先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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伝える必要

 威圧感、そんな言葉が脳裏に浮かび上がる。飛鳥はキヴォトスにやってきて、これほどまでの焦燥を感じる事は初めてだった。

 対策委員会、便利屋、身内であるはずの風紀委員会までもが現れた空崎ヒナを前にして口をつぐみ、彼女の一挙一動を注目せざるを得なくなっている。主導権は幼い外見の少女に、完全掌握されているのだ。

 

「……アコ?説明を」

『い、委員長。出張中のはずではなかったのでしょうか?』

「ついさっき帰ってきた。そしたら、勝手に生徒をアコが送り込んだと聞いてここまで足を運んだ。途中でこの変なのに車で撥ねられそうになって……今ここにいる」

 

 ヒナの口調からは何の感情も窺い知る事は出来ない。確かなのは何者にも口を開かせはしない、自分の言葉のみに耳を傾けろという絶対的な命令だ。

 飛鳥は唾を飲んだ。心臓を鷲掴みにされている様な感覚、足下に転がっているケイオスはヒナと交戦した後に敗北したのだ。であれば、『本』を用いて戦うとしても敗北しうる実力を有している事になる。

 

『委員長、ご説明します。我々はアビドス学区内に逃亡していた便利屋68を追跡、確保する目的があって……』

「何処にもいないけれど?」

 

 ヒナが周囲をぐるりと見回すのに合わせて、飛鳥達アビドス一同は便利屋がいつの間にか姿を消している事に遅く気付いた。風紀委員長の出現に対して彼女達は一斉に逃亡したのだ。動きが速いという他に無い。

 アコを筆頭に風紀委員の顔色が青ざめ始める。現状を説明しようにも、追いかけていた便利屋がいないのでは話にならない。現場に残っているのは戦闘の跡のみと来ている。

 飛鳥はそれを好機と見て、おもむろに手をあげる。アコが何か言い出す前に―――ヒナに対して怯えている様子を見るに出来ないだろうが―――牽制を試みたのだ。

 

「空﨑ヒナさん、僕の事は知っているんだね?」

「そこの自称化け物が教えてくれたわ。『友達』だって」

「彼は、僕の教え子を誘拐しようとした。一応……犯罪者の類いに入る」

「あ、飛鳥くぅん?あの……ねぇ?」

 

 ヒナの視線が飛鳥へと向けられる。心なしか、鋭さが増した様に思える。胃袋がぎゅっと引き絞られる圧力に唇を噛みながら、

 

「君の部下はアビドス学区内で戦闘を行った。政治的な観点からは、『侵略』と呼ぶのが相応しい」

「……行政官の言い分を尊重するのなら、こちらとしては公務であるとは主張出来る。遠目から見ていたけれど、アビドスの生徒がその公務を妨害した。とも判断する事は可能だけど?」

 

 重圧が重くのしかかる。飛鳥は動揺や緊張が顔を表出させまいとしながら、残された最後の切り札を切るべきかどうかを判断しかねていた。

 『ここは、カイザーコーポレーションの自治区である。風紀委員会と言えど、企業が管理する地域で公務と主張して戦闘を行うのはいかがなものか』。

 どれほどの効果を発揮するのか確証は無い。拘束力など無いとヒナが判断し、改めて風紀委員会に命じられれば目も当てられない。加えてまだ何も知らない対策委員会からすれば、寝耳に水である。精神的な動揺を与えかねず、そしてアビドスがその様な状況に置かれていると他学区に漏らす結果へ繋がる。

 残るは『本』しかない。法術ならば、現状を打開できる。問題は先生という立場として、生徒に対し危害を振るう行為を飛鳥自身が容認しきれない点だ。

 

「空崎さん、天雨さんがアビドスへ侵攻した理由は僕の身柄を確保する為だった。それは把握しているね?」

「ええ、アコの事だから理由を無理矢理作って押し通そうとしたんでしょうね」

『ギクッ!』

「でも、アビドスの生徒数はたったそれだけ。押し通す事自体は難しくない」

「……」

「飛鳥先生、もう時間稼ぎは終わりよ。そろそろ結論を出さない?」

「生憎、長話は好きな方なんだ。日が沈むまでここで話し続けても良い」

 

 飛鳥は本気でそうするつもりだった。ヒナが根負けし、ここから去ると宣言するまでしがみついてやろうとさえ考えている。

 

『あ、飛鳥先生。これ以上は……』

 

 割って入る様にアヤネが通話回線を繋げてくる。飛鳥はそこで背後を振り返った。

 シロコも、セリカも、ノノミもやる気満々という顔で風紀委員達を睨んでいる。この場で戦闘を続けようと、彼女達は提案しているのだ。

 

「飛鳥君、どうする?このままだと大変な事になっちゃうよ。ふふふ、どう動くのかなあ」

 

 拘束され地面に寝転がったままでケイオスは不敵な笑みを浮かべる。だが言葉は正しい。風紀委員もアビドスも抑えられなければ、戦いが始まってしまう。

 

(使うしか、ないのか……?)

 

 飛鳥が意を決し、胸に手を当てて『本』を取り出そうとした、その時。一触即発の場に欠伸が混じった、暢気な声が響いた。

 

「ちょっと皆、飛鳥先生が困ってるよ。一旦落ち着きなって~」

「小鳥遊さん……!」

『ホシノ先輩!』

 

 ホシノだ。

 ノノミが連絡を試みても返信が来ず、アビドス内で爆発騒ぎが起きた挙げ句風紀委員との抗争が起きようかという土壇場で、彼女はやってきたのである。

 ピリピリとした空気は、意表を突いて現れたホシノによって瞬時に弛緩していく。どうやら出てくるタイミングを狙っていた様だ。

 

「先生大丈夫?顔が怖いよ?ほら皆も、ね?」

「……小鳥遊ホシノ、アビドスからいなくなったと聞いていたけど」

「うわあはぁ、風紀委員長までいる。私の事知ってるなんて、おじさんも人気者になったんだねぇ」

 

 勇み足でホシノは飛鳥とヒナの元へやってくると、笑みを浮かべながらもわずかにではあるが威圧を込めてくる。この場で何かしようものなら、という威嚇だろう。

 飛鳥はそこで、ようやく息を吐いた。ヒナと対峙する事でかかっていた重圧が、ホシノの登場により軽減されたのだ。

 

「先生、顔赤いよ。しっかりしな?」

「大丈夫だよ。君のおかげで、少し落ち着けたから」

 

 安堵の表情を見せまいと努力しつつ、飛鳥は気を取り直して改めてヒナへと向き直る。助けが来たわけではない、少しだけ気が楽になった程度なのだ。

 

「……はぁ」

 

 ぽつりとため息。ずっと威圧感を放っていたヒナが、ここにきて初めて感情らしいものを見せたのだ。更に、それがなんであるかを飛鳥が確かめるよりも先に、風紀委員長は驚くべき事に突然頭を下げた。

 

「謝罪するわ。部下が独断で動き、迷惑をかけてしまって申し訳ない」

『い、委員長!?何を!』

「アコ。貴方は私が帰るまでその場から動かない様に。チナツ、イオリ、帰るよ」

「え、でも委員長、規則違反者が……」

「帰 る よ」

「は、はいぃ!」

 

 ヒナの指示に反対する者は誰もおらず、全員が一斉に動き出す。ピシャリと言い切られたイオリも、その横で困った表情のチナツも足早に飛鳥達に背を向けて撤収を始める。

 何の脈絡も無く、事態は終息しようとしていた。説明もしてもらえずに飛鳥達は呆然と風紀委員達が去っていくのを見届ける。

 

「ん……どうせならやりあいたかった」

「街を壊されたのは確かですしね……むー!」

「まあまあ、もっと酷い事になっていた可能性大だし」

『あの行政官には、言いたい事が沢山あります。が……今回は抑えるとしましょう』

 

 緊張が和らぎ、安堵の表情で生徒達が話す中、撤退を命じた本人であるヒナは飛鳥に対し、改めて頭を下げていた。

 

「安心して、先生。騙す意図はないから」

「……ありがとう。戦闘を避けられて良かった」

「代わりと言ってはなんだけど、この不審者はゲヘナで預かる。一応私に危害を加えようとした以上、ね?」

 

 忘れ物だと言わんばかりにヒナはケイオスの服の襟を掴む。完全に引きずって帰るつもりなのだろう。

 飛鳥としては目が届くところに置いておきたいが、アビドスに手一杯な今はむしろ逆効果だろう。短い時間ではあるが、ヒナの監視下に置くのが最善だ。

 

「飛鳥君、僕らの仲だ。ここは一つ僕の事を庇ってくれても」

「わかった。でも一つ忠告を。口をテープか何かで塞いでおいて欲しい。手足も千切れそうなくらいに縛る様に」

「……んー、冷たい。僕が折角色々教えてあげたのにさ〜?」

「生徒を誘拐しただけでなく、危害を与えようとしたのならば僕からは弁護出来ません。貴方が何を考えているのかはわからないが、少なくとも空崎さんならば抑え込める。であれば、彼女に任せます」

「えー!ちょっと待ってよ!そいつを引き渡すの!?私、誘拐されたんですけど!」

 

 聞き捨てならないとセリカが割り込む。先程からケイオスの様子をじっと見ていたのでそろそろだろうと思っていたが、鼻息荒く肩で息をしながら駆け込んでくるとは飛鳥も予想外だ。

 

「やぁセリカ君。元気そうだね?しかも飛鳥君の事を信頼しているみたいだ。僕のアドバイスも役にたっ」

「こんのっ!」

「あたっ!?ちょっと、パンチはやめてよパンチは。僕動けないんだけど」

「うるっさいのよ!キモグラサン!」

「あ、今の凹んだ。結構凹んだ。女子高生の割とキツめな言葉、僕の胸に深い傷をつけたよ」

 

 セリカが拳を猛烈にケイオスへ叩きつける一方で、ヒナは飛鳥をチラリと窺うと、

 

「飛鳥先生、貴方がアビドスの面倒を見ているという事は借金についても把握しているんだよね?」

「もちろん。可能であれば、返済の手伝いをしたいと思っている」

「それなら、私は貴方に一つ聞いておきたい事がある」

「聞いておきたい事?」

「カイザーコーポレーションについては、知ってる?」

 

 ヒナの声色が、囁く程にまで落ち込む。飛鳥はシロコ達の様子をちらりと横目で確認し、それから頷き返す。

 

「……この学区内の大半が、彼らのモノになっている」

「ふむ、やっぱりそうなんだ。風の噂で、カイザーが砂漠で何か動いているとは聞いたけど、思っていたよりも悪い方向に向かっているのね。その様子を見るに、まだ他の子達には話していない様だけど……」

「対策はこれから練る。アビドスを廃校から救う、それが僕に向けての依頼だからね」

 

 そこまで言い切ったところで、ヒナの口元が僅かに緩む。穏やかなその面持ちに飛鳥は少し驚いたが、むしろ年相応な表情を見せてくれて喜ぶべきだと自分を心中で戒めた。

 

「アコとの賭け、アレはどちらに転んでも貴方の勝ちだった。違う?」

「……何の事かわからないな。僕は、平凡な男だよ」

「じゃあ、そういう事にする。でもハッピーケイオスと知り合いであるのなら、貴方もまた何かしら特異な存在だと認識しておくから。……そろそろ行くわ、そこの囚人候補も連れてね」

 

 ヒナはすぐにまた表情を引き締めると、タコ殴りにしていたケイオスの首根っこを鷲掴みにする。「おうふ」と短い悲鳴があがった。

 

「アビドスの生徒には、もう一度謝罪しておく。今後我々風紀委員会は有事を除いてこの学区内には立ち入らないと宣言するわ。それじゃあ……」

「あ、あいだだだだ、飛鳥君また今度ね、いたたたた」

 

 そうして、ケイオスを連れてヒナもまた去っていく。

 風紀委員会の長ともなれば、様々な情報が舞い込んでくるのだろう。ともなれば、アビドスの危機に関してはキヴォトス内で大きな勢力を持つ人間には筒抜けであると考えるべきか。

 

「も〜ムカつく!あの誘拐犯の顔見てたらムカムカが止まらなくなってきたわ!!」

『あ、あはは……セリカちゃん、そう興奮せずに』

「ん、先生?どうかした?考え事?」

 

 しばらく、飛鳥は生徒達の顔を見られなかった。

 知ってしまった事は、伝える以外にない。隠したところで解決策に繋がりはせず、問題の先送りでしかないのだ。

 

「皆、風紀委員をなんとか退けたこのタイミングで……話すべき事ではないとわかっているんだ。僕も、こんな事言いたくはない」

「先生、どうかなさったんですかそんなに改まって」

 

 飛鳥がハッと顔をあげると、そこにはノノミが不安げな表情を浮かべている。

 思えば彼女との約束も反故にしてしまっている。自分はもしかしたら嫌われてしまうかもしれない、などと考えながら飛鳥は意を決して、

 

「僕は今日、ケイオスに連れられて砂漠へと行った」

「砂漠?いや、そもそもケイオスと?何の話よ、急に……」

「アビドスの真実を、僕は砂漠で目にしたんだ。それは──」

「あーあー、先生。良いよ、そんなに無理しなくても。そこまでおんぶに抱っこだと悪いからさ?」

 

 飛鳥の言葉を遮ったのは、ホシノだった。飛鳥を含めた全員の注意がそちらに向けられる中で、彼女はほんの少しだけ眠たそうな目をハッキリと開く。

 

「実はね、前々から先生とアビドスを狙っているのがカイザーなんじゃないかって話はしていたんだよね。その時はまず確証を得る段階だったから皆には教えられなかったんだけどさ?それで……私も気になって、色々調べてみたんだよ出来る限り」

 

 そこから先、何を言うのか飛鳥にはすぐに理解出来た。今日一日ホシノと連絡がつかなかった理由を理解したからだ。

 

「このアビドス学区……その殆どは既にカイザーコーポレーションの手に渡っていたみたいなんだよね」

 

 ホシノは、何の躊躇もなく言い切った。それが何を意味するのか一番理解しているのは彼女だと言うのに。

 しばらく、誰も口を開かなかった。ホシノの言っている事の意味がわからない、そう顔に出ていた。

 

「い、意味わかんないんだけど」

 

 最初に口を開いたのはセリカだった。予想通りであったが、予想したくはなかった。

 

「カイザーの手に渡ったって、どういう意味よ」

「おじさんも全部を見たわけじゃない。でもね、もう砂漠のあちこちにカイザーが作った拠点らしきものが沢山あったんだ。で、飛鳥先生がこれまで推理してくれた分も考えたら、色んな事に合点がいったワケ」

「……アビドスが狙われていた理由は、まだカイザーのモノになっていなかったからという事?」

 

 シロコが続く。それにホシノは頷き返した。

 

「そうなるね。でも何も知らないままより、こうして気付けたのは、飛鳥先生が色々練ってくれたおかげだよ。

「……けれど、知ったからとは言え根本的な解決に至れるわけじゃない」

 

 飛鳥は不思議だった。何故、ホシノはそこまで穏やかでいられるのか。何故、時折見せるあの冷たい眼ではないのか。

 まるで何かを観念しているかの様だった。決断を済ませた後に見せる、ある種の諦めに近いものを彼女からは感じ取れた。

 

「で、でもホシノ先輩。飛鳥先生の言う通りです。わかったからとは言え、これからどうすれば……」

「少なくとも何故狙われているのかはわかった。逆に考えれば、カイザーは私達を無理矢理アビドスから追い出さないんだよ。つまりは学校を人質に閉じこもっているワケ。まだまだ、挽回出来るチャンスは残ってるよ」

 

 まるで、奇跡が起きると予言するかの様な口ぶりだ。

 アビドスは平和でいられる、そう信じているかの様で、どう反応すれば良いのか困っているシロコ達を尻目に、飛鳥は妙な既視感を覚えてしまう。

 

『小鳥遊ホシノ、彼女には要注意。あの子、さっき話したアビドス生徒会の子だから』

 

 ケイオスが何故ホシノに注意と促したのか、少しずつ飛鳥にはその理由が鮮明になりつつあった。




もうすぐです、もうすぐアビドス編で絶対にキメてやるぞと予定していた部分に入ります。
ちょっと長めになってしまいましたがそれなりに書いてきた分を次回解消できればと思っております。
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