先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「心配させて悪いねぇ、飛鳥先生だったか?大した怪我はしてないんだ。安心してくれ」
「いえ、爆発に巻き込まれたわけですから、どこか怪我しているんじゃないかと。正直僕としては五体満足でいる事が不思議です……」
風紀委員と便利屋の戦いに巻き込まれ、店舗ごと爆発したはずの柴大将は驚くべき事に負傷こそあったが、命に別条はなかった。生徒達があれほどの頑丈さなのだから、他の住人も同様なのである。
ヒナがケイオスを連れ撤退し、対策委員会はホシノの口より告げられた衝撃の事実に驚きを隠せなかった。一難去ってまた一難、というにはあまりにも激動が過ぎるというものである。
ひとまず一度校舎に戻り、ホシノと飛鳥から詳しく話を聞く事が決まり、その前に飛鳥と、自分もついていくと言い出したセリカとアヤネを加えた三人で柴大将を病院へ運んだ次第だ。
「大将。お店は吹き飛んだけど、これからどうするの?」
「それなんだがな。店は畳もうかと思っているんだ。立ち退き要求が何度か来ていてね……カイザーから」
セリカは柴大将の言葉にギョッとした。カイザーによる立ち退き要求、ホシノが語ったアビドスの状況に合致してしまうからだ。飛鳥は冷静に振る舞いながら、
「カイザーがアビドスの土地を所有しているという話ですね。他にも何かご存知ですか?」
「確か、生徒会の子達が土地を売ったとかどうこうで今みたいになっていると聞いたよ。二〜三年くらい前の話だったかな」
ちょうどホシノが一年生であった頃の時期だ。
飛鳥達は柴大将に教えてくれた事の礼を言い、お大事にと残して病室を出た。後は校舎に戻り、これからについて深く話し合う必要がある。
飛鳥はホシノが何を考えているのかがイマイチ読み取れずにいた。彼女は何故アビドスがずっと昔から危機にあったと、あっさり告げたというのか。
「……私、全然知りませんでした。こんな事になっているなんて」
ポツリと呟いたのはアヤネだ。飛鳥が口を開こうとしたところで、彼女は泣きそうな顔で、キュッと唇を結ぶ。
「飛鳥先生、本当なんですよね。アビドスの土地がカイザーのものだって」
「僕はこの目で見た。多分、調べればハッキリすると思う」
「どうして気付けなかったんでしょう?灯台下暗しとか、そういう範疇を超えています……!」
「奥空さん、君のせいじゃない。黒見さんのせいでも、誰のせいでもない。誰も知らなかった事を知るだなんて、どうやっても無理だ」
「だとしても……!私、私達当事者なんです。学校を守ろうって、皆で頑張っていたのに」
飛鳥は土地を売ったのは生徒会だという情報を教えるべきかどうか、ギュッと拳を握って悶々とするアヤネに対して伝えあぐねる。セリカにしても、どんな言葉をかければよいのかわからないという様子だった。
「今は学校へ戻ろう。小鳥遊さんが言う通り、まだ全てが失敗に終わったわけじゃない」
「で、でも先生。土地が殆ど持っていかれてるって、どうすればいいのよ」
今度はセリカが、セリカらしくない萎びた声色で答えた。表情を曇らせ、俯きがちな様子だ。
飛鳥は少しだけゆったりとした話し方で、
「兎にも角にも、僕達がするべき事は落ち着いて話し合う事だ……こう言っても、僕がある種薄情に見えてしまうかもしれないな」
「いえ、先生の、言う通りです。ここでクヨクヨしていても、良い事なんてありませんから!私、アビドス自治区の資料を確認してきます」
「……ええい、私もついていく!先生は先に帰ってて!!」
空元気という他にないが、二人は足早に廊下を進んでいく。
先に帰れと言われた以上は従う他にない。飛鳥も学校へ戻るべく歩き始め、すぐにぴたりと足を止めた。
(……ケイオスは言った。小鳥遊さんが要注意だと。でもそれはどういう意味なんだ?敵になる可能性があるのか、それとも……アビドスのこれからを左右するという意味?)
ケイオスのアドバイスはここまで、アビドスがどの様な状況に置かれているのかを示す程度だった。それらに従っていった事で利息の横領や、直接的ではあるが自治区の問題にまで踏み込めた。
だが最後のアドバイスは、小鳥遊ホシノという個人名を出していた。それに合わせるかの様にホシノは自分から、不可解な動きを見せている。
「……保険、作っておくべきだな」
しばらく考え込んだ後に、飛鳥は行き先を学校とは別の、定かではないが『彼女達』がいるとされる何処かへ向けた。
※
飛鳥が用事を済ませて校舎へ戻ると、対策委員会はこれまでにない薄暗い雰囲気に満ち満ちていた。原因が何かと言われれば自治区問題なのだろうが、特にピリピリとしているのは、シロコだった。
「ごめん、少し遅れてしまった。何か、話し合いをしていたかな」
「話し合いというか、まあこれからどうするかについてです」
答えたのはアヤネで、病院の時とは異なり少しばかり気合の入った顔で、テーブルの上に置かれた書類を飛鳥へと手渡してくる。内容はやはり、アビドス自治区の所有権が殆どカイザーのものになっていると記されている。
「アビドスが狙われていた理由、それは……ここの所有権だけは譲渡されていなかったからで間違いない。問題は何がどうしてそうなったのか!」
「それに関してはおじさんと……先生が説明するよセリカちゃん。いや、皆にも聞いて欲しいな」
そう言って、ホシノは手を挙げる。突然の告白をした彼女に、全員が聞き耳を傾ける。大体の事情を把握している飛鳥も、ホシノが何を思い考えているのかを推察するべく続いた。
「土地をカイザーに売ったのは、アビドスの生徒会だよ。私達が今いる対策委員会の、ざっくり前身ってところ?」
「ホシノ先輩は一年生の頃に副会長だったと聞いた事があります。でも先輩は土地については?」
「知らなかった。何しろ、私が入学した頃には生徒なんてまともに残っていなかったんだもん。生徒会にしたって、何をしているのかもわからない始末。だから、当時役員だった身の私も自治区の所有権については寝耳に水だった」
そこでホシノは飛鳥へと顔を向ける。穏やかな表情のままだが、眼差しだけはよく知る冷たいものがチラリと覗いている。
「……自治区が何故カイザーに渡ったのか?これについては、先生お願い」
「ここでバトンパス、か。少し荷が重いけれど、僕が知った自治区売却について話そう。最初に、十六夜さんに謝罪しておきたい。僕は君との約束を破って、アビドスの砂漠へ向かったんだ。ケイオスと共に」
「ケイオス……!アイツと一緒に、砂漠へ!?なんで!?」
「彼は僕にアビドスの真実を教えると誘ってきた。ケイオスは嘘をつかない。信じてついていって、僕は砂漠に建てられたカイザーPMCの施設を目撃した。そして……そうなった原因が、アビドス生徒会が土地を売却したせいであると」
飛鳥は一度、生徒達全員の顔を確認してから、
「生徒会はカイザーから土地の売却を勧められたんだ。迫り来る砂嵐と戦いながら、なんとか資金を得るべく」
「ん……でも、どうにもならなかった?」
「土地を売り続けて、それで今に至る、と」
「うへ〜……まあ、生徒会がやらかしちゃってるわけだよ。そこに借金までプラスして、アビドスはぐっちゃぐちゃになった」
しん、と本部が静まり返る。落ち着いて状況を整理したとしても、なおも眼前にそびえ立っているのは打開する事など不可能としか言えない状況だった。
「まだ、手は残っている。利息の横領に関しては連邦生徒会に掛け合っている。少し時間はかかるけれど、いずれカイザーコーポレーションに捜査の手が入るはず」
「うへ〜そうそう、先生の言う通り。何より私達がこうして真相に気付いた事になんて、カイザーは気付いていないからね」
飛鳥が咄嗟に出した、少しばかり苦し紛れな言葉にホシノは素早く便乗して、後輩達を鼓舞する言葉を続けた。
「確かにちょっとキツイかもしれない。でも先生によって助けられている事もいっぱいある。今までの対策委員会よりも、フットワークはだいぶ軽くなっているとおじさんは思うんだよ」
「……確かに先生がいなければまずここまで辿り着けませんでした。そういう意味では、一歩前進と言えますね」
続いたのはノノミだ。はつらつとした性格の彼女も今回の事態には少しばかり戸惑っている様だったが、後輩達を不安に思わせない為か明るい調子で振る舞おうと試みる。
「そうですね、なんとかして……頑張らないと!」
「負けてらんない、その通り!んああ、そうと決まったら、カイザーの弱点とか見つけ出してやる!って気持ちになってきたー!」
ホシノの激励により、僅かではあるが対策委員会は活気を取り戻しつつあった。伊達に年長、三年生として今日までやってきているわけではない。
ただシロコだけは、言葉にはせずとも不安げな表情をホシノへと向けていた。
「よぉし、とりあえず今日はお開きにしようよ皆。まさか風紀委員とぶつかるなんて思ってなかったし、結構大変だったでしょ?また明日、皆でしっかり考えるとしよー」
ホシノがそう〆たところで、対策委員会の会議は一区切りとなった。生徒達の曇っていた表情も上向きとなり、飛鳥はホッと胸を撫で下ろした。今回ばかりはタフな対策委員会であっても、ショックのあまり動けないのではないかと心の中では不安を抱いていたのだ。
同時に、小さな違和感が湧き上がる。ホシノの言動に引っ掛かるものがあった。心なしか彼女は飛鳥の存在を強調している様に聞こえたのである。
「……先生」
「ん?」
ギュッと、シロコが袖を引っ張ってくる。どうやら何度か呼びかけられていたのだが、飛鳥は気付いていなかった様だ。
会議の時から元気がない様子だったが、今のシロコは何かを恐れている様にさえ見える。ホシノの言動に抱いた疑惑を一旦押しやり、飛鳥はどうしたのかと耳を傾ける事にした。
「先生に話したい事がある」
「話したい事……?」
「一度、廊下に出て」
言われるがままにシロコと共に廊下へと出る。本部内ではセリカの気合の入った声が聞こえてくるが、それに隠れる様にしてシロコは飛鳥へと囁く様に、
「ホシノ先輩の様子、少し前から変だった」
そう言ってシロコは懐から、小さな封筒を取り出してきた。
「これ、先生が来る前に先輩のカバンから盗んだ」
「盗んだ?一体、どうしてそんな事を。僕が来るまでに一体何があったんだい」
「いいから、中身を見て」
シロコから押し付けられる形で封筒を手渡される。ホシノから盗む形で入手したものに何が記されているというのか、飛鳥には想像もつかない。
仕方なくその場で封筒の中身を取り出す。一枚の少し厚めの紙だ。
退会・退部届、と大きく書かれており、続いてホシノの名前。それ以外には不気味なまでの余白のみがある。
「砂狼さん、これは?」
「私もわからない。ホシノ先輩に聞こうとしても、シラを切られた。さっきあんな事を言い出した時、もしかして……ってなったから先生にこれを見せなきゃと思って」
「……どういう事なんだ。彼女がアビドスを出ていくなんて」
シロコの瞳が揺れ動く。保健室で交わした会話から、彼女がホシノに対して強い感情を持っている事は飛鳥も把握している。
アビドスの窮状、加えて持ち上がるホシノの退学届。飛鳥の前に大きな壁が立ち塞がっていた。
「今日、ホシノ先輩が連絡しても全然応えてくれなかった理由はこれにあると思う」
「彼女は調べ物をしていた、そう言っていたけど」
「じゃあ、どうしてこんなものが?」
そこで、飛鳥は自分が抱いていた疑問に対する答えをようやく導き出した。
退部届と、ホシノの妙に明るい言動。それらが意味するところはつまり───
「小鳥遊さんに聞く必要がある」
飛鳥は即座に踵を返し、本部へと戻る。ちょうどアヤネとセリカが帰るのと入れ替わる形となり、室内にはホシノとノノミだけしかいない。
「あれ、先生どうしたの。シロコちゃんと何か話してた?」
「小鳥遊さん、話したい事がある」
「うへ〜、明日にしようよ。今日はもう良いって」
「もしかしたら、明日君に会えないかもしれない。今日話そう」
ホシノの目が、急激に冷え込む。青と黄の瞳がまるでナイフの様に一瞬だけ細まり、すぐに緩む。飛鳥は自分の想像が的中してしまっていると確信した。
「ん〜、しょうがないなあ、そこまで言うのなら……ノノミちゃん、シロコちゃん、また明日ね」
遠回しに二人へ「帰れ」とホシノは訴えている。シロコが反抗的な視線を向けるが、飛鳥は従う様にと手で制した。
ホシノは二人で話したい、そう言い出したのだ。であればその通りにしなければのらりくらりと躱されてしまいかねない。
「じゃあ、私はシロコちゃんと先に帰りますね。また明日!」
すぐに反応したノノミがシロコの手を取ると、足早に本部から立ち去っていく。飛鳥に任せるしかないと判断して、シロコも無言で手を引かれるままに消えていった。
あっという間に飛鳥とホシノは二人きりだ。
「うへ〜、生徒と教師が一対一かあ。歩きながら話そうよ」
陽が沈んでいるおかげで、廊下は薄暗い。見慣れた学校の廊下が今は物悲しく、少し不気味にさえ思えた。
二人分の靴音だけが細い空間へと響く。しばらくの間、飛鳥とホシノは無言を貫いていたが、
「退部するつもりなのかい」
「……シロコちゃんに教えてもらったの?おじさんが知らない内にあの子も色々する様になったんだなぁ。うーん、わからないなあ」
「いや、君はアビドスを去るつもりだ。でなければあんな風に話さない。自分がいなくなった時を想定している風に」
「……バレた?」
違和感の正体は退部届によって理解できた。ホシノは自分がアビドスからいなくなっても、飛鳥を頼る様にと暗に仲間達へと伝えていたのだ。
「知らなかったよ、そこまで僕は君に信頼されていただなんて」
「そりゃあ最初は怪しかったよ。走り疲れてグロッキーになるし、一人で怪しい事してたし。でもさ、先生はアビドスの為に色々頑張ってくれてるじゃん?風紀委員長相手に啖呵切るところなんて、おじさん尊敬しちゃうな、うん」
「だから、自分はもう良いと言うのかい?」
「……良いっていうか、なんというか」
暗がりで、ホシノは飛鳥へと背を向ける。表情を見せまいとしている。
「先生さ、奇跡って信じるタイプ?」
「僕は科学者だ。信じない、というよりかはしっくりこないと言うべきかな」
「そっかぁ。じゃあもし、今の問題を解決できる奇跡が起きるかもしれないとしたらどうする?受ける?」
「退部の理由は、奇跡に頼る為だと言いたいんだね」
「うー……実はさ、結構前からスカウト?っていうのを持ちかけられていたんだよ。なんと、カイザーコーポレーションからね?」
また、点と点がつながる。
カイザーローンを発端として、少女達を取り巻く様々な要素が次第に繋がっていき、一つに集約していっていた。
「スカウトを受ければ、アビドスの借金を半分にしてくれるんだってさ。おじさんが『使える』かららしいんだよ。ものすっごい怪しい奴なんだけど、でも……忘れられなくてさ」
「……」
「もし、おじさん一人がいなくなるくらいでアビドスがなんとかなるのなら。やる価値あるかなって」
「君が生徒会の役員だったのに何もできなかったから、罪滅ぼしだと言いたいのか」
「うわっ、先生急に刺してくる。きっついなぁ」
そこでホシノは振り返った。普段の彼女でもない、時折見せる冷たい彼女でもない、一人の少女の悲痛な表情がそこにはあった。
「なんて言えば良いんだろうなぁ。おじさんさ、ちょっと一回ミスっちゃったんだよ。しちゃいけないタイプのミス。それをずーっと引きずってて、でも頑張らなきゃって今日までやってきた。後輩も入学して、先生にも会えて、もしかしたらもしかするかも……!なんて、夢見てた。でもさ?」
ホシノは、噛み締める様に言葉を区切って、
「全然知らなかったんだ、アビドスを守ってるつもりでいたのに何も守れていなかったなんて。おじさんは、私は……いる意味なかったんだなって」
「……」
「でも、まだなんとかなりそうなんだ。私一人でアビドスが救える、皆助けられるなら……こんな不出来な先輩でも、役に立てるかもしれない」
何もかもが飛鳥の中で結びついていく。ホシノの苦しげな声が、嘆きが、願いが、ゆっくりと彼に染み込み一つの答えへと導きつつあった。
『私にはほんの少しだけ、先生が自分を追い込んでいる様に見えるんです。こうしなくてはいけない、みたいな』
『……先生は、先生自身の事が嫌いなんですか?』
ノノミが何故飛鳥の身を案じたのか、その理由はホシノそのものにあった。
「小鳥遊さん。君は、自分が嫌いなんだね」
「そうかもね。おじさんは、多分おじさんが嫌いだよ。何も出来なくて、何も守れなくて……」
「僕も、僕自身が嫌いなんだ」
「へ?」
飛鳥はポツリと言い捨てる。
「君と同じだよ、小鳥遊さん。僕も──何かをしているつもりで、その実何も成せなかった」
『怖いかい?でもコミュニケーションってのはそういうものだよ。時には信頼を得る為に、みっともない姿を露わにしなきゃいけないんだ。陳腐でも、お涙頂戴は必要なんだよ』
ケイオスはそう言った。先生として、生徒にどう振る舞うべきなのか。
「正直な事を言うと、僕は先生なんてやりたくはなかった。だってそんな資格は無いのだから。キヴォトスにやってくる前まで、僕は罪人だった。色んな人に迷惑をかけて、何もかも滅茶苦茶にした」
飛鳥=R=クロイツは善人ではない。世界を滅ぼしかけた、人類を絶滅させかけた、魔王なのだ。
「でも君達に出会った。こんな僕でも、何かしてあげられる事はないかと前のめりになるくらいに大変そうなアビドス対策委員会に。だから……やれる事を全てやらなくてはいけないと自分に命じさえした。そうして、見えるものもあった」
「……何が見えたの」
「君だよ、小鳥遊ホシノ。誰かではなく、自分で自分を責めている。そうしなければならない、だって、そうしなければならないのだからと矛盾した原動力で動いている、僕と同じ君に」
飛鳥はだんだんと、自分でも不思議なくらい饒舌になっている事を自覚していた。溜め込んでいた何かが抜け穴を見つけたかの様に流れ込んでくる、言葉にしなければと叫んでいる。
「小鳥遊さん、君が行く必要は無い。いや……むしろ、行ったところでアビドスは救えない。話を聞いている限り、それはある種の詐欺だからだ」
「詐欺……?」
「よく考えてみて欲しい。今までカイザーがアビドスを力尽くで奪わなかったのは、唯一生徒会が学校そのものという最後の砦を売却しなかったからだ。だから、重い借金と利息を背負わせて、生徒達が今ある全てを放棄せざるを得ない状況に追い込んでいる。それと並行して君に借金をエサに提案をするだなんて、虫が良すぎる」
ケイオスの最後のアドバイス、『小鳥遊ホシノに要注意』。その意味を飛鳥はこの瞬間ハッキリと認識していた。
ホシノの存在がアビドスの存亡に関わる。何故ならば、
「君はアビドス生徒会最後の役員なんだ。全てを把握してはいないけれど、そんな小鳥遊さんをなんとかアビドスから退学させようとする理由は……『最後の役員である小鳥遊ホシノがいなくなれば良い』という事になる」
「────」
ホシノの表情が、揺れ動く。一人の少女がその内に抱えていた多くのものが噴き出そうと震えている。
「──それじゃあ、私が何をどうしてもアビドスは救えないって事?」
ホシノが今までどうやって生きてきたのか、飛鳥には知る由もない。きな臭い提案だとしてもなるしかないと決断させる程の無力感、そして苦しみなど、出会って数週間も経っていない飛鳥にはわからない。
けれど、
「君はそんな事をしなくても良い。君は対策委員会にいるべきなんだ」
「……無理だよ、先生。無理だって!」
遂に、ホシノは爆発した。絞り出す様な声で、吐き捨てる様な彼女は叫んだ。
「私、は……何もしてない。何も出来てない。何も知らないのに、一丁前に偉そうにして、自分が正しいと思い込んで……!そんな私に、いるべき場所なんてない!」
「ある、僕が断言しよう。君は、自分を犠牲にする必要なんて何処にもない。自分を戒める必要なんて、何処にもない」
こんな風に、誰かに自分を曝け出すのは珍しい事だ。
飛鳥はホシノへとゆっくり歩み寄りながら、そんな風に考えた。誰かに対してこんなに熱く語る事などそうそうない。苦手なのだ。
けれど何かがそうさせる理由は、ホシノに自分を重ねているからなのだろう。
「君にばかり苦しい思いをさせてすまなかった。次は僕の話をしよう。僕が犯した、過ちについて」
「過ち……?」
「僕には二人の友人がいた。彼らは恋人で、とても仲睦まじかった。二人は最期の時まで決して離れる事は無い、そう僕は信じていたんだ。けれど、思わぬ形でその想いは打ち砕かれた」
言葉にするだけで、飛鳥は胸を掻き毟りたい衝動に駆られる。自分がいかに愚かだったかを、何度でも実感させられる。
「友人の一人、アリアが病気になった。その時では治せない病だった彼女を助けたくて、また友人達に幸せに生きてもらいたくて……僕は二人の仲を引き裂いてしまった。本心から、良かれと思って」
愚かだ。
あまりにも、あまりにも。
「長い時間をかけて、僕は自らの過ちを清算した。何もかもが手遅れになってしまう前に、友人達を再会させる事はできた。でも、元はと言えば僕が二人を引き裂く事さえなければ、長い間彼らを苦しめる事なんてそもそも無かったんだ」
飛鳥はホシノをじっと見つめる。まだ間に合う、まだ彼女は引き返せる。
「もっと早くに気付くべきだった。本当に守るべきなのは彼らの未来だけではなく、世界なんだって」
「世界……」
「小鳥遊さん、対策委員会の皆は何の為に今日まで戦ってきたんだと思う?」
「それは、学校を守る為に」
「正しい。でもそれじゃ足りない。一番大切な事が抜けてしまっている」
飛鳥はそれを、便利屋68から知った。
何故便利屋で居続けるのか、その問いかけに陸八魔アルはこう答えたのだ。
『……陸八魔アル、君は今の在り方を気に入っているのかな。つまりその、アウトローを目指す事を』
『勿論よ!だって、私の夢なんだもん!』
「砂狼さん達は学校の為だけじゃない。仲間と、大切な人達との世界を守りたくて戦っているんだ。そしてその世界には、君もいる」
「ッ……!」
「たとえ本当に借金が半分になるとしても、君がいなくなってしまえば彼女達は喜ばない。何故ならば大切な世界に、いるべき人がいないのだから」
「でも、それでも!」
「君の気持ちは痛い程わかる。自分が存在しても良いのか、と」
飛鳥の脳裏をよぎったのは、もう一人の自分との対話だった。飛鳥本人が作り出した、鏡写しの存在との自問自答を。
彼の言葉を、果たして自分が口にして良いのだろうか。
そんな資格はあるのだろうか。
飛鳥は数秒だけ悩んだが、しかし、意を決してホシノの肩に手を置くと、ゆっくりと語りかけた。
「自分を肯定出来ないのは知っている。でも振り返っても、立ち止まっても、歩き続けて欲しい。君を気にかけてくれる人が、大切に思ってくれる人が一人でもいるなら……その人達を悲しませない事には、十分すぎる価値がある」
「十分すぎる、価値」
「生徒である君が身を投げ出す必要なんて何処にも無い。そんな責任を君が背負う必要は無い。君がいる世界は、僕が守ろう」
「先生、そんな……そんなの、殺し文句だよ」
「……少し、クサかったかな?ごめん」
「カッコつけすぎだよ、そんなビシッて言われたら!」
喋りすぎたか、と飛鳥が困った顔になるのとは正反対に、ホシノはポロポロと泣き出していた。大粒の涙を流しながら、彼女は飛鳥の腰のあたりを掴んでギュッと顔を押し付けてくる。
「う、うううううう……!」
「もしかして、少し言い方が強かったかな。だとしたら申し訳ない。あまりこういうのには慣れていなくて──」
「違いますよ、先生。ホシノ先輩は感動してるんです」
そんな声に、飛鳥はホシノに抱きつかれたまま振り返ってしまう。いつからそこにいたのか、ノノミを先頭にシロコ、アヤネ、セリカ、対策委員会メンバー全員が揃っていた。
てっきり全員帰ったと思っていたのだが、驚く飛鳥に対してノノミが可愛らしくウィンクする。足早に出て行った理由はこれだったのだ。
「ん……名演説だったよ先生。胸の辺りにジーンとキた」
「はい!なんていうか、告白みたいでした!」
「どうして皆、ここに……参ったな」
「ノノミ先輩が呼び止めてくれたの。ホシノ先輩が、何か隠してるって」
「えへへ……!」
流石の洞察力というべきだろう。照れくさそうに舌を出すノノミに、飛鳥は感心する様にため息をついていた。ホシノはと言えば顔を飛鳥の腹あたりに押し付けたままで、一向に離れようとしない。
「小鳥遊さん、そろそろ離れてもらえないかな?」
「……嫌だ」
「そうは言っても」
「どんな顔すればいいか、わからない」
「いつもの君でいれば良いと思う。アビドス対策委員会の、小鳥遊ホシノとして」
「ん……」
ホシノはゆっくりと飛鳥の体から離れて、全員に背を向けた姿勢で数秒石の様に動きを止めてから、更に数秒時間をかけて、
「い、いやあ〜〜〜〜!おじさんの恥ずかしいところ見られちゃったぁ〜〜〜〜!今の忘れてね皆、ね?」
「ん、無理、忘れない」
「シロコちゃん冷たい、冷たいよお〜〜〜!!」
「冷たくても仕方ないでしょホシノ先輩!話バッチリ聞かせてもらったから!勝手に一人で出て行こうなんて、そんなの許さない!」
「ご、ごめんってセリカちゃん、アヤネちゃんも……」
「今回は私も怒ります!ほんっとうに!」
「あ、あわわわわ、ノ、ノノミちゃあ〜ん?」
「止めてくれた飛鳥先生にはお礼を。ホシノ先輩には、しっかりお仕置き⭐︎必要ですね!」
「えええ〜〜〜!?」
そこには彼女達の世界がある。失ってはいけない、大切な世界が。
飛鳥はそこから一歩退こうとした。自分はあくまで彼女達を守る側なのだから。
「ん、先生もこっち」
ところが、いつの間にか後ろに回り込んでいたシロコに押し込まれる形で無理矢理少女達の会話に割って入ってしまう。戻ろうにも、いつの間にやら片腕をノノミに掴まれた。
「飛鳥先生!先生も、私達の『世界』にいるんですよ!」
「あ、いや、そんな……僕はそんな」
「何バカな事言ってんのよ!先生のおかげで、私達こうして揃ってるんじゃない」
萎縮する飛鳥に喝を入れたのはセリカだ。怒りマークが頭に浮かんでいそうな凄みのある表情で彼女はくわっと睨みつけてくるが、
「私は先生の事を信じてる。だって、信頼できる大人だから!昔がどうだったとか、私にとってはどうでも良いの!」
「……君は、僕の事を気にかけてくれるんだね」
「ば、バカ!そんなんじゃないわよバカ!バカバカバカ!!」
「え、ええ……!?」
「セ、セリカちゃん落ち着いて!皆さんも!」
セリカが顔を真っ赤にしながら飛鳥の首にアームロックを仕掛けようかというところを慌てて止めつつ、アヤネが場を鎮める。ホシノを抱きかかえて振り回しかけていたノノミも、これにはぴたりと動きを止めた。
「ホシノ先輩には後できっっちりとお説教をするとします。でも本当にこれからどうすれば良いんでしょうか?我々に残されている手段は……」
「それだったら僕に良い作戦がある。カイザーが小鳥遊さんを引き抜こうとした話を利用するんだ」
「利用?一体、どうするのよ」
真面目な話になるとわかった途端に、全員の顔が戦いに備えてギュッと引き締められる。こうした温度差にもそろそろ慣れてきている飛鳥は特に驚くわけでもなく、
「カイザーコーポレーションは長い間アビドスから搾取し続けていた。それも悪辣な手法で、生徒を騙す形で。なら今度は僕達の方から彼らを騙すとしよう。そして、カイザーの社会的地位を地に落とす。小鳥遊さん、その為には君の協力が必要になるんだ」
「おじさんの……?」
「全員で戦うんだ。僕達皆で、皆の世界を守る為に」
アビドス対策委員会とカイザーコーポレーション、両者の戦いは、遂に最終局面へと移ろうとしていた。
アビドス対策委員会編、大体あと3〜4話くらいで終わると思います。
色々感想いただき励みになっております、感想を返したくても良い感じに書けなくて毎度ありがたやありがたやとちゃんと感謝しております。