先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

28 / 151
アビドス決戦

 五分。たった五分、されど五分。

 アビドス砂漠で繰り広げられる最後の戦いは想像を絶する激戦と化していた。カイザーPMCを撃破するまでは想定通りだったものの、復活したビナーによる奇襲攻撃が対策委員会を襲ったのだ。

 撤退をしようにも、ビナーが引き連れてきた小型ロボット軍団によって包囲網を敷き、満足に動く事さえ許しはしなかった。

 

「ひいいいいい!なんか凄い展開になってきてるじゃないのよ、も〜〜!!!」

 

 飛鳥の要請に応じて対策委員会に協力していた便利屋68は小型ロボットにより分断を余儀なくされ、少し離れた位置で果てしない攻防を続けていた。

 ロボット達の戦闘能力はさほど高くはない。群れをなして攻めてくるにしても蹴散らすのは容易だ。ビナーがいない事もあり、圧倒的という程ではない。

 ただ降って湧いているかの様に際限なく砂漠の向こうからやってくる。どの様なトリックなのかは定かではないが、幾ら倒す事は簡単でもひたすら戦い続けるなど現実的ではない。アルが絶叫するのも無理はなかった。

 

「いや〜!カイザー相手にしてる時は凄くキレキレだったのになんで急に変なロボット軍団だの巨大ロボドラゴンだの出てくるのよ〜!」

 

 悲鳴をあげながらも銃撃を緩める様子はない。仲間達も動揺で、鉄砲玉担当と化しているハルカは先程からショットガンをばら撒きながら砂漠中を駆け回っているし、ムツキの放り投げる手榴弾による爆発で砂が巻き上がっている。

 

「社長、良いところでここから離脱した方が良いと思う。手助けするとは約束したけど、最後までとは一言も言っていないんだから」

「そ、それもそうだわ。冴えてるわねカヨコ!じゃ、じゃあ……」

 

 カヨコの助言は間違っていない。アビドスに手を貸したし、雇い主であるカイザーに一発食らわせる事もできた。途中でそそくさと戦場から抜け出したとしても、気付かれる事は無いはずだ。

 そういうわけで程々に切り上げ、ムツキの爆弾で目くらましでも命じようかと考えていたアルは、足を止めていた。

 

「……うーん」

「そういう顔している時、大体どうなるか予想がつくけど一応聞いておく。どうかした?」

「いや、撤退しても良いんだけど……でも」

 

 まだまだ小型ロボットはやってくる。一向にその数が減る様子は無い。だがわずかではあるが、便利屋が大群の内何割かを引きつけている状態にある。

 そこから便利屋が離脱してしまえば、恐らく分散されていた部分のロボット達はリーダー格らしき巨大な竜の下へ、つまりはアビドス対策委員会の下へと急行する事だろう。それは彼女達のピンチを意味する。

 

「……社長?」

「うーん……!」

 

 アルが目指すのは最強最悪のアウトローである。冷酷無比、誰もが恐れる存在。

 けれどそれは少なくとも、この場で誰かを見捨てて尻尾を巻いて逃げ出す様な人物ではないはずである。更に言えばアウトローならむしろこの程度の軍勢を軽くはねのけて、アビドスに対して恩を売るくらいの事はするべきではないだろうか。

 

「……決めた、ここに残る!やってやろうじゃないのよー!!ムツキ、ハルカッ!このまま派手にやっちゃうわよ!」

「あー……そういう方向性でハッスルしていくのか。わかったよ社長、程々にやろう、程々に」

 

 アルが決意を込めて拳を突き上げ、カヨコはやれやれと被りを振るが、その口元にはわかっていたとでも言うかの様な微笑みが浮かべられている。便利屋68にとってこうしてやりとりが日常的な事なのだと、彼女のリアクションが如実に語っていた。

 そうと決まればアルの動きは速かった。つい先程までの悲鳴をあげていた姿とは打って変わり、迷いを捨てた面持ちで颯爽とライフルを構えると、寄せ来る敵を次々に打ち抜いていく。これにムツキとハルカの大暴れも加わり、便利屋68を中心としてちょっとした暴力の嵐が渦を巻いていた。

 

「こちとらキヴォトスで死ぬほどやり合ってるのよ!これくらいのロボットくらい!」

「アルちゃんアルちゃん、盛り上がってるところ悪いんだけどあっち見て!なんか凄い事になってる~!」

「もう十分えらい事に――――な、なんですってぇぇぇ!?」

 

 

「四方八方からやってくる!一体何処の何者なんだこいつらは!?」

「イオリ、口を動かすよりも先に手を動かしなさい。もしくは両方共、こんな風にね」

 

 銃声、続く破壊音。ヒナが一度引き金を引けば、次々に小型ロボットはバラバラに粉砕され、砂漠に転がっていく。追従するイオリ達風紀委員が束になっても、彼女と同様のスピードで敵を処理する事は難しいだろう。

 ヒナの表情には一切の焦りが見られないものの、視線は時折離れた位置で咆吼をあげる鋼の竜へと向けられている。キヴォトスでもあれほどの巨大兵器はそうそう存在しない。だが口からレーザーを放つ巨大な竜など、これまで風紀委員の誰も目撃した事がないと来ている。

 

「チナツ、記録は欠かさない様にね。こいつらと言いこの正体不明の敵について情報は蓄えられるだけ蓄えておいて」

「了解しました。あの、先程飛鳥先生と通信していた様ですが彼は今何処に……?」

「気になる?まぁそうね、チナツは先生と一緒に戦った事があるし、当然ね。多分アビドスの生徒達と一緒にいるわよ」

「ええ!?あんな場所で、あのモヤシの様な体で!?」

 

 話を聞いていたイオリがギョッとするのに対してヒナはコクリと頷き、

 

「彼、一言で表すなら変なのよ。とても戦える様には見えない、けれど何の躊躇いも無く身を乗り出してくる。たとえそれで身の危険に晒されたとしても、どうにかできる方法を持っているからなんでしょうね」

『え、あの、失礼ですがヒナ委員長。質問よろしいでしょうか?』

 

 不穏な発言に対して食いついてきたのはアコである。彼女は飛鳥と言い争う中で賭けの誘いにうっかり乗りかけていた。あの場でヒナが割って入っていなかった場合を今になって思い返しているのだ。

 

『もしもあそこで私が攻撃を命じていたら、果たしてどうなっていたのでしょうか……?』

「飛鳥先生が言っていた通り、風紀委員が目も当てられない不名誉な扱いを受けていた可能性が高い」

『そんな、まさか……確かに今まで見てきた大人とは違う雰囲気を持っていましたが、信じられませんよ委員長』

「答え合わせはもうすぐできると思う。その時が来たらチナツは記録を忘れないでね」

 

 会話している間にもロボットが薙ぎ払われ、スクラップが砂漠を覆っていく。アビドス砂漠に吹き荒れるもう一つの嵐、空崎ヒナを前にして彼女の歩みを止められる者などこの場には誰一人としていはしない。そんな彼女は、誰よりも早く砂漠に起きた異変を察知して予想通りある一点へと視線を動かしていた。

 

「ほら、やっぱりね」

『なっ……!?』

 

 

「うへ~!はいじゃあ、先生を守りながら時間を稼ぐとしようか。我らがファウストのおかげで小さいのは大分減ったから、ざっくり役割分担するとしよう!」

「ん……私とホシノ先輩でビナーをなんとかする。セリカ、ノノミは雑魚を散らして」

「了解!先生、引っ込んどいてよね!」

「お掃除は任せてくださいね~!!」

 

 ホシノを筆頭にアビドスの生徒達はいつも通りに、慣れた動きで陣形を組む。襲いかかるビナーを前にして彼女達に恐れというものはない。それは時間を稼げば飛鳥が敵を打倒するという期待からではなく、これまでに感じた事のない自信によるものだ。

 わざとカイザーに捕まったホシノの救出作戦は予想よりも遙かに速かった。対策委員会と便利屋で一気に畳みかけただけでなく、飛鳥がPMCの部隊を請け負ったおかげで円滑にホシノを奪還したのだ。

 ビナーが現れたところでちょっとしたサプライズでしかない。皆で力を合わせ、一丸となっている今の対策委員会に敵はいないのだ。

 

「飛鳥先生、前に出ないでよね?」

「大丈夫。君達の足を引っ張る事だけはしない様に僕も努力するつもりだ」

『ビナーの攻撃が来ます!備えて!』

 

 迷い無く仲間達を守るべく動いたのがホシノだ。防弾シールドを構え、ビナーの前に立ち塞がる。

 カッと光が溢れ、次の瞬間砂漠を焼き払おうかという威力のレーザーが放たれる。着弾と共に砂漠が爆発を起こし、砂の雨が降り注いでいく。その下で、ホシノはしっかりと盾を構えたままで安堵のため息をついていた。

 

「あっぶなー……いくらおじさんと言えど今のは結構ヤバかったかも。砂のおかげかな?」

「ビナーの攻撃を分散させる必要がある。小鳥遊さんと砂狼さんの二人でバラバラに動き回るんだ」

「ん、先生もイキイキし始めてる。ガンガン攻めていこう……!」

 

 ビナーが繰り出す攻撃は凄まじい破壊力を有している。直撃すれば一溜まりもないだろう。であれば、なんとかしてそのターゲットを一カ所に集中させない必要がある。混乱させ、攻撃のタイミングをずらそうという算段である。

 兎にも角にも飛鳥がお荷物であり最終兵器という歪極まりない立ち位置なのが問題だ。飛鳥がポテポテとそれはもう不安げな足取りで砂漠に足を取られながら走る様は、巨大兵器との戦いにおいては何かの冗談では無いかと疑いたくなるだろう。

 

「よぉし、シロコちゃん一気に行くよ!」

「ん……!」

 

 そんな飛鳥とは裏腹に、ホシノとシロコは一気に駆けだした。巨躯の周囲を駆け回りながら銃撃をお見舞いし、ビナーの注意を逸らしていく。ほぼ同じタイミングで異なる方向からの攻撃を受ければ、幾ら強大な武器を有していようとも僅かに判断は鈍り、更にその隙を突ける。事実ビナーは銃撃に対して反撃を試みようとして、すぐに別方向から飛んできた銃弾に煩わしそうな反応を見せていた。

 一方で飛鳥を守りつつセリカとノノミによる掃射が小型ロボットへと放たれる。ビナーの注意が散らされている時を狙っての行動だが、効果はてきめんだ。ファウストの援護によって崩れていた包囲網が更に広げられていく。

 

「飛鳥先生!あとどれくらい?」

「もう少しだけ、それでなんとか」

 

 団結したホシノ達の動きは確実にビナーを足止めし、小型ロボットを圧倒し、その時までを繋いでいく。飛鳥が全能に近い力を取り戻す瞬間まで。

 対策委員会が今持ちうる力を全て投入したとして、恐らくビナーを撃破する事は難しいだろう。だが飛鳥ならば、飛鳥の持つ「本」ならば話は別だ。

 再び、ビナーが口を開く。胴体の動力部らしき箇所から唸り声じみた駆動音が響く。レーザーの出力が上昇しているのだ。尻尾もまるで命が宿っているかの様にのたうち回る。

 

『これは……皆さん離れてください!』

 

 アヤネの絶叫を遮り、ビナーはレーザーをこれでもかという程に放ちながら同時に尻尾を振り回した。360°全ての敵を消し飛ばすか押し潰すかという、巨躯を用いての強引ながらも的確な攻撃である。周囲を走り回る小さな敵には有効な攻撃と言えよう。

 事実、ホシノとシロコはギョッとした。そこまで知能が低いとは思っていなかったが、予想以上に適応が早い。回避が間に合ったとしても、体勢を立て直すよりも先に次の攻撃が襲ってくるのは目に見えて明らかだった。

 爆発、続く砂煙。広範囲に渡る攻撃がアビドスの砂漠を一瞬にして吹き飛ばしていくが……その模様を上から見下ろす者の存在に、ビナーは遅れて気が付いた。

 

「―――待たせてしまってすまなかった。ここからは僕がやろう」

 

 地上から十数メートル程離れた空に、飛鳥の姿があった。その手には「本」を持ち、眩い太陽を背にして。

 ビナーは即座に仕留め損なったのだと理解する。飛鳥が異様な力を伴って現れたという事は、自らの行動が何かしらの妨害を受けている事にも繋がるからだ。

 

「うへ~、遅いよ先生。私達でビナーやっつけるところだったよ」

「ホシノ先輩、さっきの攻撃割と危なかったんじゃないの……?」

「ん、ギリギリの回避だったのは認めるべき」

 

 ホシノ、シロコ、共に健在。ビナーによる広範囲攻撃に対して「本」を起動させた飛鳥は、前回の様に瞬間移動で一気に距離を詰めて二人を救出してそのまま上空に飛び上がったのである。

 ビナーは吠えた。今度は負けない、そう叫ぶ様に。

 飛鳥は無言で手をかざした。今度は逃がさない、そう宣言する様に。

 ビナーが口を開くと共に、背部から何本ものミサイルが放たれる。レーザーを避けようとすれば、取り囲む形でやってくるミサイルと挟み撃ちの形になってしまう。ビナーの作戦だ。

 

「何処から連れてきたのかわからない仲間、そして前回とは異なる攻撃パターン……一体君は何なんだ?」

 

 飛鳥に動揺は無い。取り囲むミサイルは宙を指でなぞったと思えば、一斉にスイッチが押されたかの様に自壊する。レーザーにしても、即座に展開されたシールドによって防がれる。ビナーが繰り出した攻撃の全てを、飛鳥は難なくやり過ごしたのだ。

 次に繰り出されたのは横薙ぎに払われた尻尾による殴打。飛鳥がシールドで防ぐにしても、その際に生じる衝撃を打ち消す事はできないと踏んだのだ。

 

「ッ……」

 

 飛鳥は法術によって無敵に近い力を行使できるが、飛鳥本人の体力と判断力は人並み以下である。戦いの中で相手がどの様な攻撃を繰り出すのか、狙いを読み取りその先を行くという駆け引きに慣れていないのだ。

 振るわれた尻尾が思い切り飛鳥に叩きつけられる。シールドは飛鳥を守り切るが、ぶるりと空気を震わせるほどの衝撃によって彼は吹き飛ばされてしまう。

 

(戦いは難しいな……僕の反射神経では対応しきれない。となれば)

 

 飛鳥の取った選択は、そもそもビナーとの衝突を拒否するというものだった。

 瞬間移動によって一気に敵との距離を離し、飛鳥は「本」を構え、叫ぶ。

 

「ハーモニクスブースト……!」

 

 深く、深く、「本」に秘められた力をありったけ引き出していく。その果てに飛鳥は三枚のページを引き抜き、一斉に発動する。

 一つ目の魔法、ハウリングメトロン。水の法術による大質量攻撃。

 二つ目の魔法、メトロンアルペジオ。一度に五発も放たれる砲撃。

 三つ目の魔法、アクィラメトロン。一瞬にして氷塊を生み出す変速攻撃。

 対ギア―――背徳の炎を想定して飛鳥が構築していた大規模制圧攻撃メソッド、その内の一つがこれだ。

 水が、砲撃が、氷塊が、同時にビナーへと降り注ぎ、反撃を許さない。戦闘に対して全くの無知である飛鳥が取る最適解は、前回と同じく『制圧』なのだ。

 

「■■■■――――!!!!」

「君ががむしゃらに動き、それによって僕が敗北する可能性が数パーセントでもあるのなら、僕はそれを拒絶する。全ての対話を拒否し、一方的な殲滅を選ぼう。僕は、戦士ではないのだから」

 

 再び魔法が一斉発動する。

 重力魔法、アキピテルメトロン。

 面制圧魔法、ビットシフトメトロン。

 オールレンジ魔法、RMSブーストメトロン。

 一つ一つがビナーへと襲いかかり、一気に装甲を削り取っていく。だがそれでも、時間が足りない。あと三分もあれば原型を留めない程度にビナーを粉砕できると言うのに、残り時間は30秒もない。

 

「……対策委員会の皆、残り時間が少ない。ビナーの破壊は断念するが、代わりに活動不可能なレベルまで損害を与える。僕の合図に従って一斉に攻撃を!」

 

 最後の一枚を「本」から引き抜くと、飛鳥は敢えてビナーへと突撃する選択肢を取った。最後の一撃は至近距離で無くては効果を発揮できないが故だ。

 残り時間が20秒を切る。飛鳥を迎え撃たんとビナーが持ち得る全ての武器を、一斉発射する。レーザー、ミサイル、それらを見事に回避して、飛鳥は懐に潜り込んだ。

 

「これが最後の魔法だ――――!」

 

 最後の魔法、メトロンスクリーマー808。「本」から放たれたのは高火力の火球だ。直撃すれば相手の守りを崩しダメージを与えられる一方、代償として有効射程距離が著しく短いという欠点を抱えている魔法である。

 ビナーの胴体めがけて炸裂した火球は目を覆いたくなるほどの光と共に大爆発を起こした。そこでようやく装甲に亀裂が入ったのを目にし、

 

「今だ、攻撃を!」

 

 爆発の衝撃で反対の方向に飛んでいきながら飛鳥が叫ぶ。今しかない、と。

 ホシノが、シロコが、セリカが、ノノミが、装甲の亀裂めがけて怒濤の攻撃を放つ。それまで銃撃などさしたる脅威ではなかったビナーだが、脆い箇所が露呈したとあっては話が変わる。

 弾丸を叩き込まれた亀裂から、まるで血が流れるかの様に煙が噴き出し始める。それだけで絶大なダメージを与えられたのが明らかに判断できた。

 

「■■―――!?」

 

 たまらずビナーは胴体をよじり、左右に不規則な動きを見せた。痛みがあるのかは定かではないが、それでも戦闘よりも損傷に対して反応したのならば痛手を負わせたに違いない。

 制限時間を過ぎた飛鳥は砂だらけ体で起き上がり、ビナーがもがく様を凝視する。このまま戦闘を継続するか、敵が撤退するかまでは彼も予測しきれない。

 

(ビナーには知能がある。ならば、深手を負っている状況でまだ続けられるかどうかの判断も行うはずだ)

 

 ビナーはもがき、吠え、そして途端に身を翻して地中へ頭を突っ込んだ。みるみる内に長い胴体が砂を撒き散らしながらも砂漠へと深く潜行していき、あっという間に鋼の竜は身を隠してしまった。

 戦いの果てにビナーの知能はこれ以上の戦闘は不利であると判断し、そして撤退したのだ。

 

「……僕達の勝ち、で良いのかな」

 

 飛鳥はポツリと呟く。ふと視線をずらせば、ホシノ達が手を振りながら駆け寄ってきているのが見えた。

 何か大声で話しているのだがよく聞こえない。貧弱な肉体は戦いの果てに再び気絶しかけているのだ。

 

(貧弱すぎないか?僕の体は……)

 

 本格的に筋トレをしなくてはならないかもしれない、ぼんやりとそんな風に考えていた飛鳥の腹めがけて、まずはホシノの頭突きが突き刺さった。

 

「うわぁぁい、勝ったよぉ先生!」

「ぐぶっ!?」

 

 朧気だった意識が無理矢理引き戻される衝撃にそのまま飛鳥は砂漠へと押し倒された。砂がクッションとなったものの、視界がチカチカと明滅してしまう。

 

「あ、ごめん先生!大丈夫?」

「ん……先生、ボロボロ。ホシノ先輩が追い打ちを仕掛けたんだ」

「へぇ!?おじさん!?参ったな、先生ほら起きてってば。勝ったんだよ~」

「あーもう、ノノミ先輩、先生の事後ろから支えてあげて!」

「先生、もう少しだけ頑張っていただけませんか~!」

 

「も、申し訳ない。最後くらいはビシッとしていたいんだけど、少しばかり疲れているみたいなんだ」

 

 生徒達に支えられながら立ち上がるとは、なんとも格好がつかない。心底申し訳なさそうに目を伏せながら飛鳥は起き上がって、そこでようやく安堵のため息をついた。

 いつの間にか砂漠は完全に静まりかえっている。ビナーが撤退したのに合わせて小型ロボット達も姿を消したのだ。明らかに何者かが統率している動きだが、その何者かの正体を考察する余裕が今の飛鳥にはない。

 

「……ーい!」

 

 遠くから聞こえる声の方向に目を向けると、便利屋68が砂まみれになって走ってきていた。彼女達もビナー達の襲撃を無事にかいくぐった様である。

 

「ひぃぃぃ!さっきのはなんだったのよもー!砂嵐が起きて何が何だか全然見えなかったんだけどー!」

「アンタらすっごい事になってるじゃないのー!全身砂まみれ!」

「そ、それを言うならそっちもでしょー!?」

「言われてみれば、私達全員すっごい事になってますね~!砂風呂?だと思う……のも無理ですね☆」

 

 戦いを終えた安堵が一同に広がっていく。特にアビドスの生徒達は全ての作戦が成功した事、無事に全員でこの瞬間を迎えられた事に心の底から喜びの感情を溢れさせている。

 そんな光景を見つめていた飛鳥は、傍らに立っているホシノがニコニコと微笑んでいる事に気付き視線を落とした。

 

「良かったよ小鳥遊さん」

「ん~?どうかした先生」

「初めて、君の屈託の無い笑みを見たと思う。先生として、大人として君達を助けられたんだと実感が湧くよ」

 

 口の端が思わず緩んでいく。自分が笑っている事に飛鳥はしばらく気付かないまま、

 

「―――――ふふっ」

 

 笑い声を漏らした。すると、隣にいたホシノも、和気藹々と話していたシロコ達も一斉に飛鳥へと視線を向けた。信じられないものを見ているかの様な表情だった。

 

「今、先生笑った?」

「……何か、問題でもあったかな?」

「うへ~!先生が笑ってるところ初めて見た!」

「ん……!もう一度笑って、お願い……」

「あ、ええと、笑っただけでそこまで珍しがられるのも困りものだな……?」

 

 ホシノ達の騒がしい声がアビドスの砂漠へとよく響く。それはたった五人の少女達に背負わされていた呪いに近い何かが解けた証拠である。

 これからきっと今までとは違う明日が待っている。全員で砂まみれになって、わいわいと騒ぎながら、彼女達はただひたすらに喜び合うのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。