先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
飛鳥がChapter00に至るまでのお話として頑張って書いたつもりですが、信じられないくらいキツかったです。キツかったです。
でもなんとか書き上げられて心よりほっとしております。
『飛鳥先生!アビドスの生徒さんからメッセージが届いていますよ!』
アロナに促されるままシッテムの箱を起動する。メッセージボックスに届いている一通のメールを開くと、びっしりと長文が記されていた。
『飛鳥=R=クロイツ先生へ。アビドス高等学校一年生の奥空アヤネです。砂漠での決戦からもう一週間が経とうとしているなんて、全く実感が湧きません。
あれからアビドスには大きな変化が起きました。まずカイザーに課せられていた高額の利息についてです。
利息金の横領、そしてカイザーPMC理事の生徒誘拐、度重なる不祥事にカイザーコーポレーションも動かざるを得なくなり、連邦生徒会も重い腰を上げて対応した結果、法外な利息は現実的な数字に引き下げられました。借金そのものはもう結ばれてしまった契約ですからどうしようもありませんが、それでも今までよりもずっと私達の置かれている環境は良いものになったと思います』
シャーレの執務室に取り付けられているテレビを点けると、『カイザーコーポレーション不祥事!PMC理事指名手配!』とそれはもう大きなテロップがニュース番組でぶち上げられている。リークの結果、予想以上の反響があった様だ。
『便利屋68は決戦の後、そそくさと何処かへ行ってしまいました。柴関ラーメン爆破の件についての処分は見送りです。ですが、柴大将は屋台でラーメン屋を再開してくれる事が決まりました。とんでもない額の寄付が入ったそうなんですが、一体何処からそんなお金が……?』
アルが札束の入ったバッグを柴大将に押しつけた旨については、敢えて隠す事にした。彼女がアウトローを目指しているのならば、打ち明けるのは野暮と判断したからである。
便利屋は非常に不可解な存在だった。行動が全く読めない時もあれば、非常に安直な時もあり、行き当たりばったりと表する以外にない。評価に困る生徒達だった。
『ホシノ先輩をスカウトしようとした『黒服』という人物なのですが、こちらで調べた限りでは正体不明としか言えません。飛鳥先生の方では、何か有力な情報は得られたのでしょうか?』
黒服のオフィスを再度訪ねたが、そこは既に空き部屋となっていた。恐らくまたキヴォトスの何処かで何か企んでいるに違いない。
ゲマトリア、それが彼の所属している組織だと言う。いずれ対面する時が来るとして衝突は避けられないだろう。
『それから、これは余談になるんですが、マスコミに報道されたおかげでアビドスの存在が周知され始めたみたいなんです。良くも悪くも目立ってしまったせいですね……。
でも今の対策委員会は今までとは違います。先生から正式な組織として認可されましたし!』
何故ホシノがいなくなる事でカイザーはアビドスへ攻め入る口実を得られるのか。全てを終えた後に判明した事なのだが、前身となる生徒会が空中分解したおかげで対策委員会は正式な管理組織としての承認が得られていなかったのだ。
つまり書類として見ればアビドスを管理していたのは未だに生徒会であり、元役員であったホシノがいる限りは自治区の権限はまだ存在していた事になる。カイザーはこれを解消するべく彼女を引き抜こうとしていたのだ。
『飛鳥先生、本当にお世話になりました。これからどうしよう、どうやって生きていこう。そんな風にばかり考えていたのに、今はとても前向きな気持ちで明日を迎えられます。
私達を助けてくれて、私達の世界を守ってくれて、ありがとうございました』
メッセージの最後には対策委員会で撮った集合写真が添付されている。
シロコはむすっとしている様に見えて、心なしか口元がほくそ笑んでいる。
セリカは顔を赤くしながらも、まんざらではなさそうだ。
ノノミは相変わらず屈託の無い笑みを浮かべて、先輩を抱きしめている。
アヤネはビシッとした姿勢で、まるで証明写真の様に背筋をただしている。
そして後輩達に囲まれて、写真の中央でホシノが手を振っていた。
「……私達の、世界か」
飛鳥はメッセージを閉じて、胸の内から湧き上がる感情を噛みしめる。喜びだ。そんな資格はあるのかと何度か自分に問いかけたが、今は素直にアビドスを守れた事実を受け入れるべきだろう。
数秒後には思考を切り替え、飛鳥はデスクトップの端末からキヴォトス中の学園に対して送るメールの記入へと移った。内容は『ハッピーケイオスという男』についてである。
『飛鳥先生、風紀委員長の空崎ヒナです。ハッピーケイオスが脱走した。厳重な警備の上で先生の指示通り手足を拘束して口まで塞いだのに、たった数秒で逃げられたわ。本当にごめんなさい』
アビドスの諸々が解決した直後にヒナから送られてきたメッセージの内容に飛鳥は驚きこそしたものの、すぐに気を取り直して『君のせいではない』『これからも協力して欲しい』と励ましの返信を彼女に送り返すと共に、ケイオスの存在をキヴォトス中に拡散する必要があると判断した。
近い内にトリニティ、ゲヘナ、ミレニアムを初めとした学園に顔を出さねばならないだろう。それだけケイオスが何を引き起こすか予想できない。ゲマトリアの存在も含めて、要注意だ。
「……よし、これで後は送信するだけ。でもその前に」
メールの記入を終えた飛鳥は息つく暇も無く席を立ち、執務室の一角へと足を運ぶ。就任した時には空いていた窓際のスペースには、今や録音機材やマイクなど多くの機材が運び込まれている。つい昨日飛鳥が苦労して用意した仮設の『放送室』である。
放送の時間までもう少し余裕がある。飛鳥はゆったりとした椅子に腰掛けて、機材がちゃんと動くかの確認を開始した。
「―――先生、おはようございます。ミレニアムの早瀬……ええ!?なんですかこれ!!」
朝早く執務室へ入ってきたのは、チナツと同じく飛鳥が最初に出会った生徒の一人、早瀬ユウカだ。シャーレの仕事を手伝う日替わりの当番で来てくれたのだろう。前回とは異なる執務室の一角に彼女は
思わず驚愕の声をあげていた。
飛鳥は椅子に座ったままくるりと回転すると、手を振って応える。
「やあ早瀬さん、おはよう」
「お、おはようございます先生。あの、これは一体何事です?」
「クロノススクール報道部の生徒達に頼み込んでね、ちょっとした活動を始める事にしたんだ。この機材は僕が調達したものだよ」
「なるほど……ん?機材の調達は一体何処から?まさか、全部自腹ですか!?」
「安心して欲しい、そこまで蓄えはない。使わなくなった古いものを譲ってもらったんだ。……そろそろ放送の時間だ、少し良いかな」
飛鳥は咳払いをし、機材を弄り始める。放送開始まであと数分だ。
先生としての初仕事は、アビドスという土地を巡った陰謀との戦いだった。生徒という不可思議な存在と、生徒を中心に動くキヴォトスという世界がどの様なモノなのかを飛鳥は知り、同時にケイオスが何故何度も助言を送ってきたのかを理解した。
キヴォトスにはまだまだ多くの問題が点在している。シャーレはそれら一つ一つと向かい合わなければならないのだ。けれど飛鳥はそれを苦だとは感じない。むしろ張り切ってさえいる。
黒服はあのオフィスで、飛鳥にこう尋ねた。
『ふむ、何故そこまでアビドスに肩入れするのでしょうか。彼女達はこのキヴォトスに蔓延る無数の搾取、その一つに過ぎません』
黒服はこう言いたいのだ。『そんな事にいちいち構ってどうするのか』と。彼は飛鳥を自分達に近しい存在だと嘯いたが、やはり間違っている。
何故ならば飛鳥の掲げる理想は、キヴォトス全土をも対象としているのだから。
「よし、問題ない。それじゃあ……始めるとしよう」
ユウカが見守る中で、時間通りに飛鳥はマイクの電源を入れた。
※
何の変哲も無い、いつも通り暴力に満ちあふれた学園都市に、その声は突如響き渡った。
『皆さん、初めまして。僕は飛鳥=R=クロイツ。連邦捜査部『シャーレ』の……先生です』
放送はキヴォトス全土に向けて放たれた。端から端まで、誰もが知っている学校から、誰も知らない学校まで。
驚くべき事に、飛鳥は先生としての権限を利用し、クロノススクールが管理するメディア全ての放送をジャックしていた。
『キヴォトスはとても広い。こんな形での挨拶になってしまって、申し訳なく思います。ですがこの方法が一番皆さんに届くと考えたのです。
これはある種の宣伝です。僕を、シャーレを皆さんに知ってもらいたい。
僕はキヴォトスに生きる全ての生徒をサポートする為にいます。
悩んでいる事、困っている事、打ち明けられない事があったら……気兼ねなく相談してください。
それと、これから毎週ラジオ放送を予定します。内容は……上手く言えませんが、僕からのメッセージです。
どんな意味があるのか、それがいつか皆さんに伝わる事を信じています』
※
「……よし。こんな感じで良いだろう」
確かな手応えに頷きながら、飛鳥はユウカへと振り返った。
まさか放送をジャックするとは思ってもみなかったのだろう。明らかに動揺しており、あんぐりと口を開けている。
「先生、今のは一体」
「宣言だよ。所信表明も兼ねている」
「所信表明?ですか」
「……世界平和の為だと言ったら、信じるかい?」
「????」
キヴォトスが異世界であろうとも、飛鳥=R=クロイツの使命は変わらない。それをアビドスの生徒達は教えてくれた。
元の世界にはもちろん帰らなくてはならない。しかし、混沌とするキヴォトスを放っておくわけにはいかない。故に飛鳥は戦う事を決意したのだ。生徒と向き合い、彼女達の世界を守る為に。
全ての人が平等に幸福を享受する──世界平和の実現。それこそが彼の掲げる願いだ。
「ここから始まるんだ。僕の……もう一つの実験が」
飛鳥の表情は心なしか、アビドスを訪れる前よりずっと晴れ晴れとしたものへと転じていた。
―――Chapter01,Fin
そういうわけでアビドス編はこれにて終わりになります。
Chapter02は『時計仕掛けのワシと貴様のパヴァーヌ』を予定しております。
第一章はいかがだったでしょうか
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