先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
飛鳥がミレニアムの技術力を目の当たりにしたのはイズナと出会った桜花祭、そのフィナーレを飾る為に開発されたミレニアム特製の花火である。ジャパニーズ的な百鬼夜行の雰囲気にしっかりと合わせながら、学校の特色を活かしたプロジェクションマッピングで、夜空に美しい光を打ち上げた瞬間を飛鳥は今でもはっきりと思い出せる。
自分達の色を違和感なく作品に溶け込ませながらも、求められている以上の完成度を叩き出す。間違いなく、プロの仕事だったのだ。
であれば、ミレニアムの技術と技術者には必見の価値がある。飛鳥の科学者としての燃え上がる様な興味関心は、自然とミレニアム視察が主要学園の中でも最後に置かれていた。
そして、飛鳥=R=クロイツ、至福の時。予想を超える、大収穫であった。
間違いなくここに財宝がある。金貨の山が、宝石の山が、直視すれば目が焼ける程のものが、そう確信しながらスコップを突き立てて、その通りに宝が現れた感覚に近い。
ミレニアムで飛鳥が目にしたものは、彼が求めて止まない異世界における科学技術の群体である。
最新式の計算機、謎のシールド投射装置、マジックアームを搭載した陸海空に対応するドローン、どれか一つを抜き取っても飛鳥の興味関心をこれでもかというほどささらせるものばかりだった。
「超小型液晶テレビ、なるほど。ここまで小型化と携帯化ができるものなのか」
「一秒間に三十連射が可能なベースボールマシン?これを使わなければならない時が来るのか」
「よ、四〇〇メートル先まで巻き取り可能なフックガン。僕でも扱えそうだが、巻き取りの際に生じる風圧に耐えられるかどうかが問題だな……」
「超小型重力波発生装置!?何をどうしたらこんなものを……!?」
「ケチャップ、タバスコ、しょうゆ、ソース、ラー油にお酢、あらゆる調味料を詰め込んだ六色ボールペン型のマシン……?」
技術力は優れているという他にない。日常的に使用できるものから戦闘用のものまで、それはもう溢れんばかりにあるのだ。
一方でどの様な創作意欲に駆られているのかわからない異質なものもある。どうやらミレニアムの生徒達は知識欲に逆らえない、ある種の性に近いものを有しているらしい。
それは飛鳥にも満遍なく発揮された。ノアが飛鳥を連れて、とある部活の活動現場へ案内した時の事である。
※
教室内では難しい顔をした生徒達が、それぞれ空中に映し出されている計算式のディスプレイに向かい、ぶつぶつと何やら呟いていた。全員が難問に対して悪戦苦闘していたのだ。本来は見学する程度だったのだが、飛鳥は表示されている式の難易度に目を剥いて驚いてしまった。
全ての式が、かつて務めていた研究所の職員達が悪戦苦闘する様なものばかりだったのである。生徒達は十代でありながらそれらを解こうとしており、優れた頭脳の持ち主であると示していた。
「……生塩さん、ちょっと良いかな」
飛鳥はノアに許可をもらってから、適当な生徒の元へと近付く。少しでも音を立てようものなら睨みつけられそうな雰囲気の中で、なんとか辿り着いた生徒の肩を叩いてみる。
「……」
無言である。よほど解を求める事に集中しており、ならばと飛鳥はおもむろに手を伸ばしてディスプレイの一角を指でなぞった。タッチパネル形式となっているので、メモ帳の様に扱えるのだ。
「もっと良いやり方があるよ」
「……ん?誰、です?」
「この問題を解くならこうだ」
ディスプレイに指を走らせ、飛鳥はスラスラと数式の正しい解を導いてみせる。難しい問題であるが、若き頃の彼は既に答えを見つけていた。今でも容易に思い出せ、解答するのも容易い。
突然声をかけてきた大人が淀みなく難問を解いてみせる姿を、生徒は呆然とした顔で見届ける。
ここで終わり、と言わんばかりに飛鳥が人差し指でディスプレイを叩き、
「こうすると良い。こっちの方が解きやすいよ」
「へ……?」
「あ、申し訳ない。自己紹介を忘れていた。僕はシャーレの飛鳥です。集中しているのは知っていたけど、こういうの、詳しい方だったからつい……邪魔してしまったかな」
「い、いいえ全然。数学お好きなんですか?」
「好きだよ。数字は嘘をつかない、というフレーズはその通りだと思う。先生になる前は科学者だったんだ。そうだ、そこの君」
飛鳥はまた別の生徒へと声をかける。今度はちゃんと反応してくれて、疲れ果てた顔で油の切れたロボットの様に振り返る。そこで彼女はようやく、いつの間にか現れていた大人に目を剥いて驚いた。
「え、誰……」
「その数式、少し見せてもらえないかな」
少し飛鳥は機嫌が良かった。ミレニアムの発明品を見た後で、肉体労働ではなく得意分野で活躍する機会を得られた事で、思わず積極的な姿勢を取ってしまったのだ。
飛鳥はスタスタとその生徒の元へと向かうと、またスラスラと問題を解いてみせる。その様を見て、少女は目を見開いて驚いていた。
まさか大人が、それもシャーレの先生に自分が苦戦する問題を解かれるとは思っていなかったのだろう。
「うん、こうだね」
「??あ、ありがとうございます?」
「み、皆!シャーレの先生!この人先生だよ!」
「あの怪電波を放送してる!?」
怪電波、というのがラジオの事だと理解して微妙な表情を浮かべながらも、飛鳥は教室内の他の生徒へと振り返り微笑んだ。
「その先生で合っていると思う。申し訳ない、見ているだけのつもりが口を挟んでしまって」
「あの問題解かれちゃった……」
「嘘……!」
「せ、先生!私の問題見てもらえませんか!?」
「こっちも!!」
弾かれる様にパッと生徒達は立ち上がると、自分の数式を解かせようと飛鳥の手を引っ張る。同時に両側から手を引かれるものだから、下手したら体が真っ二つになるのではないかと嫌な想像が脳裏をよぎる。
「はい、そこでストップですよ。先生は逃げませんから、一人ずつ順番に。ですよね、先生?」
そこで割って入ったのはノアだった。飛鳥がどうしたものかと助けを求めるよりも早く、彼女は生徒達に待ったをかける。先生に一応は好きに動かせて、危なくなったら動く、敢えて飛鳥を泳がせていたのだ。
ミレニアムの生徒会、セミナー。その生徒なだけあり、表情からは読み取れない考えをノアは持っているのだ。
ハッとして生徒達が手を離したところで、仕切り直すべくノアはコホン、と咳払いし、
「では先生、お願いしますね」
「あ、はい。ありがとう。それじゃあ一人ずつ、問題を見せてもらいたい」
飛鳥はほんの興味本意で生徒の問題を解いたのである。昔を懐かしむ心と、少しだけ手伝ってあげられないかというシンプルな気持ちからだ。しかしいつの間にやらノア主催『飛鳥先生に問題の解き方を教えてもらう』コーナーが始まっていた。
とはいえ得意な分野であるし、生徒が困っているというのならば先生としては手伝わなければならないだろう。飛鳥は生徒一人一人に手早く、解き方を教えていった。
「あ、そっかそうやればいいのか……」
「無駄な時間を消費してしまった……!」
飛鳥は他人に教える事をそこまで得意だと思った事などない。コミュニケーションが苦手であり、そこから人に何かを教え伝えるなど更に苦手な分野なのだ。
しかし流石はミレニアムの生徒というべきか、彼女達は飛鳥の教え方に対して良い反応を見せるだけでなく少しヒントを示す程度ながらも、すぐに答えを理解して勝手に問題を解き始めた。大したものだという他にない。
こんなレベルの生徒達が平均水準なのだから、恐るべき学園である。飛鳥は先程とは打って変わり凄まじいスピードで解答する少女達を前に、腕を組んで唸っていた。
「皆!こっちこっち!ここにいる!」
一通り問題を解き終えたところで、ドタバタと慌ただしい足跡に続いて教室に別の生徒達が駆け込んでくる。先頭に立っているのは飛鳥が最初に手伝った生徒で、どうやら彼女が連れてきたらしい。
嫌な予感が飛鳥の脳裏をよぎったところで、乱入してきた生徒は興奮を抑え切れない荒い鼻息で詰め寄った。
「シャーレの飛鳥先生!プログラミングとかも得意だったりしますか!」
「え?一応、齧ってはいるけれど……」
「一回!とりあえず一回我がアプリ開発部の最新アプリが抱えている問題を見てもらえませんでしょうかね!!」
数式を解いてもらった生徒は、他の困っている生徒に飛鳥の存在を教えてここまで連れてきたのだ。解決してくれるに違いない、と確信したのだろうが、飛鳥からすると不意打ちもいいところである。
とはいえプログラミングに関して知らないわけではない。キヴォトスにやってきたから、法力を用いない精密機器の扱いは再び学び直したのだ。
アプリ開発部──恐らく部活なのだろう──の生徒が持ってきた大型端末の画面に表示されているのはプログラミングのソースコードがズラリと並んでいる。
「バグが何処にあるのか、もうぜんっぜんわかんないんです!」
「……ええと、ちょっと見させてもらうよ」
とりあえず目を通してみない事にはわからない。飛鳥は画面を覗き込み、それから問題の原因らしき部分に気付くとそこを手直ししてみた。
「これで、どうかな?」
「あ!直ってる!先生すごっ!そうだ、あれだ、新素材開発部の子も連れてこようよ!」
「え、え、いや、待って欲しい。このままだとちょっと、僕が一番困──」
「飛鳥先生〜〜!鳥人間開発部です!我々が製作している人力飛行機の監修をお願いしまぁーす!!」
「ミレニアム化学実験部です〜〜!!」
一体何処から何処まで飛鳥の宣伝が行われたというのか、怒涛の勢いでミレニアムの生徒達は教室へと雪崩れ込んできていた。困った事にそのほとんどが飛鳥の精通している分野であり、答えられないとかぶりを振る事はできそうになかった。
どうしたものか、と飛鳥が生徒に囲まれて青ざめながらノアへと助けを求めて視線を寄越すと、彼女は少し申し訳なさそうな面持ちで苦笑いし、手を合わせた。
「すみません、先生。お願いしますね!」
「……ああ、はい」
ミレニアム観光は思わぬ形で中止が確定してしまった。何故こうなるのか、という気持ちとこうなっても仕方ないか、という気持ちが混ざり合い飛鳥の内心はなんともいえない感情でモヤモヤと曇っていくのだった。
※
「先生、お疲れ様でした。無理を言ってしまいすみません……」
「全然大丈夫。かなり疲れたけど、生徒達の手伝いをするのは先生のやる事だからね。それに、皆勉強熱心なのは良いところだ。ミレニアムは素晴らしい学園だと思うよ」
「そう言っていただけるとは……これはちょっとしたお礼です、どうぞ」
何十人もの生徒達からのSOSを全て聞き届け、全て解決した飛鳥は校舎から少し離れた屋外の休憩スペースで、ベンチに腰掛けて重苦しくため息をついていた。
ノアはせめてもの労いとして、近くの自動販売機から買ってきた缶コーヒーを手渡してくる。彼女としてもまさかあそこまでの規模で生徒が集まってくるとは考えてもいなかったはずなので、飛鳥は何か言おうという気持ちは湧いてこなかった。礼を言ってコーヒーを受け取ると、ちびちびと唇を湿らせる。
「……ふぅ。やっと一息つけた。久田さんを先に帰らせておいて良かった。もみくちゃにされていただろうな」
「凄い勢いでしたものね……」
「けど、僕としてはミレニアムのおかげで色々知る事ができた。感謝したいのは僕の方だ」
「?そう、なんですか?」
飛鳥は懐から携帯端末を取り出す。キヴォトスに生きる人々の誰もが持っている個人用のものだ。
「飛鳥先生、その端末がどうかしましたか?」
「……いや、珍しいからね」
「本当ですか?このタイプの端末、キヴォトスでは至って普通ですが」
「僕が前にいたところではこんなに小さくて尚且つ便利なアイテムなんてなかったんだ。ミレニアムで見せてもらった発明品なんかを見ても、僕の知るものとは違う」
「なるほど?先生が、先生になる前のところはそうなんですね」
当然の事ながら、異世界キヴォトスの技術体系には法力などこれっぽっちも関わっていない。飛鳥の世界で突如発生した電子機器への異常、並びに未確認生命体の出現……いわゆる『再帰の日』と呼ばれる事件が起きていないからだ。
元の世界では携帯端末などもう使わなくなって久しい。法術による長距離通信が可能となり、個人が端末を持つ時代など過ぎ去ったからだ。訳あって百年以上を生きていた飛鳥が覚えている限りでも、かつて使っていた端末は画面が小さく子供用のおもちゃじみた形状をしていた。
だが異世界の住人が当たり前の様に使う長大な液晶画面が貼り付けられたデバイスはどうだろうか。これ一つに信じられない程の機能が内蔵されている。モモトークなどのアプリケーション、位置情報機能、カメラ……異なる文明の異なる技術体系が集約されていると言っても過言ではない。
そしてミレニアムではそんな端末を、生徒達が趣味で改造している。自分が作ったアプリケーションを配布する者がいれば、勝手に中身を弄ってカメラに機能を増やしたりと、多種多様だ。
(ざっくりと仮定するならキヴォトスは『もしも』の世界だ。再起の日が起きなかった場合、バックヤードが存在しない場合の世界と言って良い。発明品を見ていっても、根底にあるのは変わらず電子回路だった)
飛鳥がミレニアムの技術力を見るべく視察をしたのは純粋な興味からでもあるが、キヴォトスの技術が再起の日以前、つまりは旧時代のものとどの程度類似しているのかを確かめる為でもあった。
キヴォトスがもしもの並行世界だとして、バックヤードの存在まで確かでないとなれば他に違いがあるのかを確認しなければならない。そうすれば元の世界へ戻る手がかりが得られるのではないかと考えて、飛鳥なりに動いてみたのだ。
科学文明についてはある程度知る事ができた。しかしそれでもまだ解明できていないものは多い。たとえばそれは隣でベンチに腰掛けているノアの頭部に浮かんでいるヘイローであり、ひいては生徒達そのものである。
「……この世界はまだ僕の知らない事が多すぎる」
「先生、今何か?」
「独り言だ、気にしないで欲しい。今日は少し疲れてしまったから、そろそろシャーレに──」
「せんせー!!飛鳥せんせー!!!」
どうやら今日の飛鳥は人気者にも程がある様だ。飛鳥とノアの座るベンチ目掛けて走ってくるミレニアムの生徒が一人、それもものすごい速度である。
思わず飛鳥はノアへとなんとも言えない視線を向けてしまう。明らかに厄介事の到来を予感させるのだ、まだ出会って間もない生徒が相手だとしてもとりあえず助けを求めてしまいたくもなる。
しかし返ってきたのは、申し訳ないのだが最後まで頑張ってもらいたいという笑みである。
流石にこれが最後の生徒であって欲しい。飛鳥は酷使された肉体に鞭を打って、駆けてくる少女へととりあえず手を振ってみた。
「せんせー!」
「やあ、どうかしたのかい」
相当な距離を走ってきたのだろう。桃色の装飾が目立つその生徒は膝に手をついてしばらく肩で息をし、呼吸をしっかりと整えた上で更に脇腹を抑えつつ、キラキラと目を輝かせた。
「まだ帰ってなくて良かった……頼みたい事があって!シャーレの先生は生徒の事を助けてくれる、で良いんだよね!」
「そうなるね。わからない問題だとかがあったのなら、手伝うけど」
「それじゃあお願い、先生!私達のゲーム開発部が今廃部の危機なの〜〜!!!」
廃校だの廃部だの、どうしてシャーレには時折物騒な依頼が舞い込むのだろう。
飛鳥はきゃー!とはしゃぐ生徒を前にしながら、遠い目で陽が沈みゆく空をぼーっと見つめるのだった。