先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
あとまた挿絵をいただきまして、章の始めに入れてみる事にしました。挿絵を描いてくださったウルト兎さん、ありがとうございます。
ロボカイとは、究極の秘密組織『終戦管理局』が作り出した最強最悪何人たりとも敵わない無敵人形である。
誰よりも優しく誰よりも慈悲深く誰よりも悪を憎む彼は、世界の存亡をかけた戦いの最前線へと参戦し、壮絶な戦いの果てに敵と相打ちになり、彫刻の如き美しい体を失ってしまったのだ。
「えー?すっごい胡散臭ーい!」
「ヤカマシイ!ココからガ本番なんだゾ!」
「ロボカイがご迷惑をおかけします。彼はずっとこの調子です」
「まァ聞ケ。大事ナ話ダぞ」
戦いを経て体を失ったロボカイだが、彼は共に肩を並べて戦った相棒とパン屋を開き、平和な世界で過ごしていた。
そんな時、事件は起きたのである。
※
戦いの後、失った体を取り戻すべくロボカイは相棒のパン屋に勤めていた。と言っても首しかないので、精々時たま店頭に立って宣伝をしたり、親子の客がやってきた時に子供と遊んでやる程度が精々である。
それでもロボカイなりに相棒の手伝いくらいはしてやろうと思い立ったが故の仕事であり、相棒もまた彼の気持ちを汲み取ってできる仕事があれば回してやっていた。
いつになったら自分の体は完全復活するのだろうか、とぼんやり考えながらロボカイが店先で客の呼び込みをしていたある日の事である。
「それじゃあヴェノムさん!また今度ね!」
「来週から新しいパンを出しますから、是非」
パンを買いに来ていた主婦が店から出たところで、ロボカイと出くわす。彼女はプロペラを出してふわふわ浮いている機械人形の姿にはもう慣れていたので、微笑みかけてくる。
「ふふっ、ご苦労様。頑張ってね!」
「マタ来イヨ〜」
かつてロボカイは路頭に迷い、暗い路地裏で生活していた時期があった。その時には街の住民に奇異の視線を向けられ、子供からは石を投げられたものである。
だがパン屋の店員となってからは、なんだかんだ清潔感あふれる相棒に釣られて地道な営業をこなす様になり、地域住民からはマスコット的な存在として好かれ始めていた。
手を振りながら道行く人々の中に消えていく主婦を見送ったロボカイは少しして店先に小さな人形を発見した。
(ム?オイ、サッキの客とキタラ忘レ物ヲシテイルゾ)
恐らく子供に作ってもらったのだろう。拙いが、それでも愛情の籠ったものであるという事はロボカイにも判断できた。
しばらく考え込んだ後、フウムと嘆息してからロボカイはプロペラを回転させ、人形を持ち主の元へ返すべく人混みへと飛び込んでいった。
(渡シテ恩を売ッテ、マタパンを買いに来サセル。ワシハ天才ダナ……)
持ち主である主婦を見つけるのはそうそう難しい事ではなかった。なにしろロボカイは空を飛べるのだ。上から人々を見下ろす形で眺めていけば、あっという間である。
「ン!オイ、ソコの……マダム!」
「え?私?」
「大切ナ物ナラ見エルトコロに着ケテオケ!ソラ!」
「あらやだこれ……届けてくれたの?ありがとうねロボさん!」
「今後トモウチのパン屋ヲ贔屓ニナ!」
感謝の言葉を受けながら、ロボカイは満足げな顔でパン屋への帰路に就いていた。自分なりに社会へ奉仕する、それが彼の信条であり信条に従って、少々不本意ながらも働いているわけである。
(ワシノ体ガ復活シタラ、ワシもチャントシタ店ヲ開クとスルカナ……)
そんな事を考えながら、パン屋への近道として路地裏を通り抜けていた時の事である。
長い道を進んでいき、曲がり角を進んだところで、ロボカイの視界に広がっているのは真っ暗闇な廊下だった。
「ウン?」
何かおかしいと感じて振り返れば、そこもまた真っ暗な廊下が広がっている。つい先程までいたはずの路地裏は一瞬にしてトンネルの様な空間に変わっているのだ。
「ドウナッテル……」
確かに自分は人がごった返している大通りから路地裏へ入ったはず、とロボカイは元来た道を戻ってみるが、路地裏どころか大通りさえ見えてこない。何処からか聞こえてくるゴウンゴウンというエンジン音の様なものばかりだ。まるで怪物が潜む洞窟である。
しばらくして、ロボカイの体に異常が起きた。次第次第に彼はうまく飛べなくなっていた。まるで息が切れる様に、彼はふらふらとした機動で飛ぶ様になっていたのだ。
「ナンダ?ナンダカ調子ガ……」
この時のロボカイには知る由もなかったが、彼は異世界へと転移していた。それも法力の存在しない世界に。
法力とヘラクレスエンジン―――文字通りヘラクレスオオカブトのパワーである―――によって駆動する彼のボディはエネルギー源を失った事により、急速な不調を引き起こしていたのだ。
「ウーン……」
機能不全に陥り、ロボカイのプロペラはゆっくりと遅くなっていき、そして力なく床に墜落していた。
「ン、グ、グ……」
誰かに助けを求めたくても音声出力機能までもうまく動かせず、目のランプの光が消えゆくロウソクの如く弱まっていく。
このまま朽ちてゆくのか……と考えながら、ロボカイの視界がぼんやりと薄れていく中で、何者かの足音が聞こえてきた。
(ヴェノム……?オマエカ……)
どうやら裸足らしい。ペタペタという音に続いて、趣味の悪いサングラス男が視界に映り込む。
「あー、来てくれたんだね。僕の自己紹介、はいらないか。君にはやってもらわないといけない事があるんだ。いわば、ゲストって奴?今から君の中身を少し弄るけど、まぁ許してね」
「ウ……ゲスト……?」
「そうゲスト。君以外にも何人か呼んでいるんだよ。ええと、ヘラクレスエンジンはこのままで法力の部分の横のスペースに普通のバッテリーを……まあちょっとぎこちないかもしれないけど、良いかな?」
サングラス男が何かを施した途端に視界が徐々にであるが広がっていく。何をされたのかはわからないが、どうやら修理の様なものを受けている事がロボカイには理解できた。
「僕の声、聞こえてる?」
「アー、ウン」
「僕はこれで帰るから、後は一人で……一機?一体?ともかく頑張ってね」
「待テ、貴様ハ……」
「それじゃあ、またいつかね。マン・オブ・スティール?」
声が遠ざかっていく。ロボカイは視界と発声機能が復活していくのを感じながら、もう一度動き出すまでの時間をもどかしくも思っていた。
あのサングラスの男は何者なのだろうか。自分は一体何処へ来てしまったのだろうか。
(トモカク、パン屋に戻ラナケレバ……)
数分後、ようやくロボカイは再び頭のプロペラを起動させて飛び上がる。心なしか全体的な機能のレベルが落ちており、透視機能やらデータベースが満足に動かない。人間でたとえるなら、『調子が悪い』という奴だ。
ともかく動ける様になっただけマシなので、ロボカイはパン屋に帰るべく廊下を進み始めた。しばらくしたら大通り辺りにでも出るだろう、と考えながら。
「ン……コンナ建築、ワシのデータベースニハ無イナ……」
しばらく廊下を眺めながら、ロボカイは流石に違和感を覚えずにはいられなかった。何処かわからない廊下、少なくとも多くのデータをため込んでいるはずなのに廊下はどれにもあてはまらない。まさに『未知の領域』だ。少なくとも何らかの施設内にいる事しかわからない。
サングラスの男はゲストとして呼んだ、と話していた。状況から判断するに、どうやら誘拐されてしまったらしい。
「ウーム、確カにワシは超ハイパー高性能ダガ……誘拐サレルトハ」
誘拐されたかもしれないというのに、ロボカイの姿勢はポジティブだった。一度路地裏で身をやつしていた際にも決して挫けず前向きに便利屋などを営んでいた程である。
ともかく出口を見つける他にない。ロボカイはひたすら直進していき、しばらくして前方に明かりが見えてきた。何が出てくるのやら、と恐る恐る速度を速める。
「ム?」
現れたのは廊下から打って変わって、広大なホールの様な空間だ。天井に穴が空いている様で、日の光が中央の玉座染みたオブジェクトに降り注いでいる。
玉座へと近付いていき、ロボカイはそこで思わぬものを発見した。近くで見てわかったのは玉座が何らかの機械であり、そして全裸の少女が腰掛けているという事だ。
「ワッ……ナンダコレハ」
少女は瞼を閉じたまま眠っている。だがロボカイの耳に相当するパーツは一切の呼気を感知していない。では死んでいるのかと思ったが、すぐに彼は少女が何者であるのかを把握した。
肌は妙につやつやしており、どことなくマネキンの様な質感を思わせる。つまり、少女は人間ではなくロボカイと同様に人型の機械らしい。
「……一体、コイツハ」
何処とも知れぬ場所に連れてこられたかと思えば、今度は人間に限りなく近い外見の機械。流石のロボカイも困惑せざるを得ない。
ただロボカイが今するべき事は一つ。目のやり場に困るので少女に何かを着せてやらなければならない。
プロペラを回転させて、ロボカイは近くに何かないかと探す。床を舐める様に見回していくと、ボロボロの布が一枚見つかった。本当ならちゃんとした服を選ぶべきなのだろうが、何も着ていないよりはマシだ。ロボカイはボロ布を咥えて玉座へと戻っていき、とりあえず少女に被せてやった。
「――――?」
途端に少女の目がぱちりと開く。左右に視線が動き、それから宙に浮遊する生首を見つけるや否や少女は明らかな困惑の色を示した。
「……状況の説明を。貴方は何者ですか?」
「ソリャ、ワシの質問ダ。貴様ハ何処の誰ダ?ワシはロボカイ。究極のロボダゾ」
「ロボ、カイ……?本機は現在、自我、記憶、目的が消失状態にあります。本機の名称について、答える事はできません」
外見は少女だが、口を開けば気味が悪い程無機質的な反応が返ってくる。完全に機械のそれである。どう答えたら良いものか、とロボカイは口をモゴモゴとしてから、
「ウーン、何処カラ説明シタラ良イものカ。ワシもサッパリワカラン。マズここが何処ナノカ、次ニ貴様ハ誰ナノカ」
そこでロボカイは少女の肩口辺りに記されている文字らしきものを発見した。『AL-1S』、何らかの型式番号らしい。
本人が名前をわからないと言うのであれば、適当に名前を見繕ってしまおう。状況がまるで読めないものの、言葉が通じる相手を無下にする理由もない。
「エー、エル、ワン、エス。ふぅん、デハ、貴様ノ名前はアリスダ。安直な読み方ダガ、シンプルで良イダロウ」
「登録。本機の名前を一時的に『アリス』で固定。ロボカイ、補助に感謝します」
「ナァニ、大シタ事ハシテオラン。ソレヨリモ、ココが何処カ知ラナイカ?」
「申し訳ありません。先程説明した様に、本機の記憶と目的は消失しています。『記憶喪失』、という表現が的確です」
「ツマリ、二人揃ッテ迷子トイウわけカ……」
「質問です。今私に覆い被さっているこの布は、ロボカイが持ってきたのですか?」
「アア?ソウダ。一応見タ目は女ナンダカラ、ソウイウのハ必要ダロウ」
「?」
少女、アリスは首を傾げながらボロ布を掴み、生地の表裏を興味深そうに見つめる。恐らく一般教養の類いは知っているはずなのだが、根本的に機械視線なのだろう。もしくは記憶と目的の消失状態が関係しているのか。
「アー、ソコカラか。アリス、貴様はロボダガ、見た目ハ人間の女ダ。ダカラ、裸トカ胸トカ人ニ見せちゃイカンノダ」
「理解しました。作法と呼ばれるものですね。ロボカイ、教えていただき感謝します」
「ウーン、子供ナンダカ大人ナンダカ。トモカク、ワシらはココで迷子ダ。ココで会ッタノモ何カの縁。二人三脚デ行クゾ」
「疑問。ロボカイは脚部に相当する箇所が見受けられません」
「今ノハ例エダ!例エ!本気ニスルナ!」
「二人三脚は、実際の手足とは関係ない。記録しておきます」
「調子ガ狂ウなァ……」
子を持つ親とはこんな風に苦労するものなのだろう。ロボカイはボロ布を握りしめて何やら満足げなアリスを眺めつつ、ぼんやりと全世界の親という概念にちょっとした尊敬の念を抱くのだった……。
※
「ソレカら数日クライか。ワシとアリスは二人デアソコにイタノダ。貴様ラがヤッテ来ナカッタラ、二人キリでズット閉じ込められていたカモナ」
「こわっ!じゃあさじゃあさ、私達はロボカイとアリスを助けた、命の恩人って事?ふっふーん!」
「カーッ!人、いやロボの事ヲオバケ呼ばわりシタ奴ニ恩もクソもアルカ!調子ノ良い奴メ!」
廃墟、そしてその奥の工場で発見した少女と生首。アリスとロボカイの存在を前にして、ゲーム開発部の二人は最初こそ驚いていたがだんだんと慣れていき、ロボカイの説明に耳を貸す程度になっていた。キヴォトスではそれなりにロボットがいるというのも、警戒が解ける理由の一つだろう。
飛鳥はと言えば、説明を聞きながら幾つかの考えを巡らせていた。非常にシンプルな話なのだが、ロボカイを彼は知っているのだ。
「あの、先生。あの子、アリスに服を着せてあげるべきではないでしょうか?一応私、何かあった時の為に替えの服を持ってきたんです」
モモイがロボカイと言い合っているのを尻目に、ミドリが飛鳥の袖を引っ張りながらそう提案する。確かにアリスは布一枚という少々見るに堪えない姿だ。着せられる服があるのならそうしてやるべきだろう。何よりロボカイに話を聞く良いチャンスである。
「ええと、才羽さん達……ちょっと呼び辛いな。モモイさん、ミドリさんが予備の服を持ってきているそうだから、二人でアリスさんに服を着せてあげて欲しい。ロボカイは僕と一緒に少し離れて」
「うわ!先生やめてよ、そのさん付け~。普通にモモイって呼んでー!」
「呼び捨てで全然構いませんよ、私達は」
「……なら、モモイと、ミドリ。お願いするね」
少々ぎこちないながらも飛鳥がちゃんと下の名前で呼んでやると、モモイとミドリは満足げに頷いてからアリスに服を着せるべく準備を始めた。当のアリスはボロ布をギュッと握りしめたまま、なんとも言えない表情だ。
「……抵抗。これはロボカイが本機に与えてくれたものです」
「アリス、ソウ言ウナ。アッチの方ガ絶対ニ良イゾ。ソレニ、捨テタクナイなら畳ンデ持ッテ行ケバ良イ」
「肯定。この布は持ち帰ります」
「よーし!じゃあお着替えタイム!先生とロボカイはあっち見ててね!」
言われるがままに飛鳥はロボカイと連れだって着替えを始める女子陣からそれなりに離れた位置まで歩いて行く。十分な距離が取れたと判断したところで、飛鳥は咳払いと共にふわふわと浮く生首へと声をかけた。
「ロボカイ」
「ウン?」
「僕は飛鳥、シャーレという組織に所属していて、今はモモイとミドリの引率をしている。けれど……それは成り行きでだ。僕も君と同じく、ここに迷い込んだ身なんだ」
「ナニィ!?ソレをもっと早ク言エ!ココは一体何処ダ!?」
「……説明が難しい。簡潔に表現するならば、ここは別世界だ。名前はキヴォトス」
「別、世界?ンン~?話ガ大キクナッテキタな?」
「ついでに言うと、君が何者かも知っているよ。あの終戦管理局がカイ=キスクをコピーして作り出した機械人形だね?」
そこでロボカイはギョッとした。まさか己の素性を詳しく知っている人間に遭遇するなど、思いもよらなかったのだろう。次にやってきたのは警戒の表情である。
そういえば彼に自分の素性を話したら、どんな反応が返ってくるのだろうか。飛鳥は少々不安だった。まさか世界を破滅させかけた『あの男』だとは説明できない。そう考えると、ロボカイの素性を知っているそぶりを見せてしまったのは失敗だ。不必要な警戒心を抱かせてしまった。
「貴様、何者ダ?」
「ああ、ええと、それは……」
思わず言葉に詰まる。ロボカイに何かしらの処置を施した人物はケイオスで確定だろう。『ゲスト』という言葉についても話し合う必要があるとなれば、諸々の説明をする上で飛鳥の素性を教えないと更なる不審を抱かせてしまいかねない。つまりどの道ロボカイは、目の前にいる青年が何者なのかを知るわけだ。
しばらく考え込んだ後に、飛鳥は意を決して口を開いた。
「驚かないで聞いて欲しい。僕は飛鳥という名前だけれど、もっとわかりやすい呼び名がある。その……君が知るところで言えば、『あの男』だ」
「……ン?『あの男』?」
ロボカイは数秒程黙り込み、目のランプをチカチカと光らせ、それからカッと見開いた。
「ナニ~~~~~~~~~~~!?」
ちょっと冗長になるのでやめておいたのですが、アリスとロボカイは他にも色々な事を話しました。後々ロボカイ視点でその辺りもっと書きたいですね。