先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「……さて、ゲーム開発部の皆。今この場で大体の状況を整理したいと思う」
端からモモイ、ミドリ、アリス、ユズ、そしてロボカイを並ばせ、飛鳥はブリーフィングをするべく彼女達の前に佇む。こほん、と咳払いと共に、
「君達ゲーム開発部は今、廃部の危機に陥っている。モモイとミドリは状況を打開するべく、シャーレに助けを求めてきた。そしてゲーム開発のノアハウが記されている『G.Bible』を手に入れる為に『廃墟』へと向かった……」
「そこでワシとアリスに出会ったわけだナ」
「……あの、いいですか」
戸惑いながら手を挙げたのはユズだ。ゲーム開発部の部長である少女は飛鳥の言葉に軽く目を泳がせる。
「アリスちゃんとロボカイさんは、廃墟で会ったんですか……?」
「そういえばユズにはその話してなかったんだった!うんそう、細かい事は省くけどそうなの!」
「へぇぇ……?」
アリスにゲームを用いて言葉を教えていた際にロッカーから現れたユズであるが、状況はあまり理解していなかった。アリスも単に新入部員と受け取っていたのである。そんな彼女が作戦会議に足を運んでくれたのには、廃部の原因を担っているという自虐的な思考によるものだ。
「経緯は省くとして、アリスは新入部員として認められた。けれど存続の条件として早瀬さんが提示したのは『部としての結果を残す事』。これについては……以前の部長会議で決まったそうだね」
「あ、あう、すみません。私がロッカーに引きこもっている間にそんな話をしていたとは知らなかったんです……」
ユズは部長でありながら会議の席におらず、それが現状の遠因と言っても良いかもしれない。だがモモイとミドリ、そして飛鳥はそれを責めようとは思わない。全員がかぶりを振り、ユズを宥めた。
「ユズは悪くないよ!大体ユウカが悪い!これで決まり!」
「誰が悪いとか、そんな風に考えるものでもないから大丈夫だよユズ。ですよね先生」
「少なくとも、君のせいじゃない。そもそも大前提としてゲーム開発部はその条件があってもなくても、廃部の話が持ち上がっていたし……」
「あぅ……そ、それで、部としての実績を立てる為に探すんですよね?『G.Bible』を」
首肯の後に飛鳥は『廃墟』へと振り返る。作戦会議の場は、あろう事か廃墟の目の前だったのだ。
ユウカから提示された条件を満たし、部を存続させるには当初の目的である『G.Bible』を入手するしかない。それがモモイ達が導き出した答えで、他に良い案も見つからなかった為に総出で探索へと乗り出した次第である。
「……正直、僕としては今すぐゲーム開発に着手するべきだと思うのだけれど」
「ノーノー!先生、完璧で究極なゲームを作ってユウカを見返す!それっきゃないよ!」
「そこまで言うのなら止めないけど、もう一度あの工場に入るには少し難しい。ほらあそこ」
飛鳥は朽ち果てた高層ビルに挟まれた大通りを指差す。生徒達がそこに注目すると、モモイとミドリが「ええっ!」と驚きの声をあげた。ユズとアリス、そしてロボカイはピンと来ておらず首を傾げる。
大通りにはぞろぞろと銃器を携えたロボットがうろついている。相当な数で、どう見ても危険だ。
「す、凄い事になってるけど何か変なの?」
「前に私達でここに来た時よりロボットが増えてるの!これじゃあ、囮作戦は上手くいきそうにないかも……」
「正面突破ですか?アリスはいつでもダンジョン攻略の準備オーケーです!」
「オーケーも何もあるカ。ワシらはたった五人と生首一つだゾ?囲まれたらどうなるやラ……」
前回よりも増えているロボットの数に飛鳥は一瞬だけ目を細めたが、すぐに納得するかの様に頷く。何かを思いついたのか、おもむろに胸へと手を当てた。
「ロボットは僕がなんとかしよう。ここで戦闘を行って、工場内で何か起きた時が怖い」
「なんとかするってどうやって」
「あ、もしかして……」
困惑するモモイとハッとするミドリ、その反応にアリスのレールガンにくっついているロボカイは同様に飛鳥がこれから行おうとしている事がなんであるかを理解した。飛鳥が本当に『あの男』だというのならば、間違いなく法術を発動するつもりなのだ。
一体何が始まるのかとユズがハラハラと視線を向ける中で、飛鳥は胸から突然一冊の本を取り出した。これには生徒達はギョッとし、ロボカイでさえも思わず言葉に詰まった。
「びっくりしたかな?とりあえず痛みはないよ。少し下がっていて欲しい」
そうして飛鳥は廃墟へと足を踏み入れる。何をするのか気になってしまい、モモイ達は急いでその後を追いかけた。
大通りに出た飛鳥は本を開くと、独りでに宙へ浮いた。羽がついているというより、文字通り浮き上がったのだ。この時点でまずモモイが「うおー!」と声をあげた。ミドリは唖然としていた。
飛鳥は宙に浮いた状態で本を開くと呪文らしき言葉を唱える。すると次の瞬間、大通りにたむろしていたロボット達が一斉に吹き飛ばされ、あっという間にスクラップと化していく。まるで見えない手が飛鳥の代わりに暴れたかの様だった。これを目にしたユズは「ひぇぇぇ」と悲鳴をあげていた。
一瞬にして障害を取り除いてみせた飛鳥は呆然と見つめる生徒達の元へと戻っていき、
「道は開けた。新手が来る前に工場へ向かおう」
「凄いです!飛鳥先生は、魔法使いでした!ロボカイ、早速アリスのパーティーに魔法使いが加入です!」
「いやァ、アリス……貴様は大した奴だなァ」
ただ一人アリスだけは、飛鳥が引き起こした衝撃的な光景を前にしてぐっと握り拳を作って感激するのだった。
※
「飛鳥先生、さっきの何がどうなってるの!教えて、教えてよ~!」
「魔法だよ。説明すると少し長くなるから、とりあえず制限時間があって何度も使えるものではないという話は先にしておこう」
「前回ここへやってきた時に私達を助けてくれたのも、先生の魔法だったんですね!?」
無事に工場内へ侵入したのは良いものの、生徒達の注目は飛鳥の手で突然引き起こされた破壊に注がれていた。モモイはウサギと見紛う程の勢いでぴょんぴょんと飛鳥の周りを飛び跳ねているし、ミドリも興奮を隠せない様子だ。
そこにパタパタと足音を鳴らしながら近付いていくのはアリスだ。工場に入るなり、その背中にロボカイから与えられた布(クリーニングして少しマシになった)をたなびかせている。どうしてそんなものを持ってきたのかとロボカイが問いかけたところ「勇者はマントをつけているからです!」というのがアリス本人の談である。
「飛鳥先生!いえ、魔法使い飛鳥!アリスのパーティーに入ってください!」
「誘ってくれるのはとても嬉しいんだけど、僕の魔法は何度も使えるものではないんだ。だからパーティーへの加入は難しいかな……」
「えー!先生そんな事言わないでよー!もっと他の魔法とかも見せて〜!」
暗い工場にモモイの甲高い声が反響する。飛鳥は人差し指を立てて、声量を落とす様にと促す。工場内部へと潜入したは良いものの、まだ何かが息を潜めている可能性は十分にあるのだ。気を緩めてはいけない、と視線で訴え、
「魔法の話はまた後で。今は『G.Bible』を手に入れて、ここから出る事が大切だ。パーティー加入についても、その時でいいかな?」
「はい!勇者アリスはいつでも汝の答えを待っています!」
「なら善は急げ!目指せ『G.Bible』!」
静かにという話をしたはずなのだが、ドタドタと少女達は足音を鳴らしながら走り出す。飛鳥はやれやれとかぶりを振って、その後を追いかけていった。
ロボカイはその辺りでアリスから離れて、最後尾を歩くユズへと飛んでいった。怖い物知らずで突撃していくモモイ達とは異なり、少し遅めの歩調な為に自然と遅れているのだ。
「うう……モモイもミドリもよくこんなところ探検できるね。怖い……」
浮遊するロボカイにユズは声を震わせながら話しかけてくる。見るからに荒事が苦手そうで、心なしか体もプルプルとば振動していた。無理はしない方がいい、と語りかけたい気持ちになるが、ここまでやってきているのはユズ自身の意思である。ロボカイはぐっと言葉を飲み込んで、
「あいつらが変なのダ。ここまでついてきているだけでも大したものだゾ、ユズ。ただ……置いていかれんようにナ?」
「う、うん!ありがとうロボカイ、さん」
「さんはいらんぞ、ロボカイで良イ。貴様はさっきの魔法に驚かないんだな?」
「お、驚いてるけど……モモイやミドリ、アリスちゃんみたいにはしゃげる程、今のわたしには心の余裕がなくて……」
「気のせいか、体の微振動が強くなってないカ?生まれたての子鹿と言うには激しすぎるゾ」
プルプルどころかガタガタという表現が似合いそうな程にユズは体を震わせる。才羽姉妹と異なって他人とのコミュニケーションや環境の変化というものに耐性がない事は明らかで、あまりの怖がり様に泡でも吹くのではないかとロボカイは本気で思い始めていた。
「な、なァ、キツそうだったら無理しなくてモ……」
思わず言うまいと思っていた言葉が口を突いて出てしまうが、これにユズは微振動しながら勢いよく首を振り、
「大丈夫っ、大丈夫っ。部長として部を守りたいしっ、それに……『G.Bible』、わたしも見つけたいから」
震えながらも強い決意の籠もった声である。怖がりながらも歩みは止めたくない、ユズはきゅっと口を真一文字に結んだ。
「うーむ、そこまで言うのなラ……走れユズ!」
「は、はいぃっ!」
ロボカイがわざとらしく声を低くして言ってやると、ユズはパタパタと足音を鳴らしながら走り出した。よく見れば履いているのは靴ではなく、サンダルだ。上には室内着の様なパーカー、下はサンダル、着の身着のままとでも呼ぶべき服装である。ロッカーから姿を現した時には驚いたが、もしかしたら普段からああして引きこもっているのだろうか。
(こうして外に出てきている辺り、好きで引きこもっている訳ではないんだナ……?)
まだゲーム開発部の内情を完全に理解できているわけではない。どこかで詳しく聞いてみる必要はあるだろう。ロボカイは頭の片隅にユズの事を留めておき、ついていった。
と、しばらく進んだところで先に行っていたはずのモモイ達が固まって待っている。何故、と問いかけるよりも先にミドリが手を振って、
「ユズ!待ってたよ!」
「ご、ごめん。遅くて……」
顔を赤くするユズだが、ミドリに続いてモモイとアリスがかぶりを振った。
「全然へーきへーき!私の方がちょっと急いじゃったせいなんだから。ごめんね」
「アリスは勇者なので、パーティーの仲間を置いていったりしません!ユズが勧めてくれたゲームにそうありました!」
「ありがとう、皆……!」
てっきりユズが置いて行かれると踏んでいたロボカイだったが、それは杞憂だったらしい。新入部員のアリスを含めたゲーム開発部全員がユズの事をしっかりと待ってくれていたのだ。心配せずとも同じ部活の生徒同士、互いを気遣う関係は結ばれている様だ。
と、そこでロボカイは飛鳥の姿がない事に気付き、ぐるりと周囲を確認する。彼は一体何処へ行ったのだろうか。
「おい、飛鳥ハ?」
「廊下の奥を先に見に行ってる。気になる事があるって言ってたけど……あ、戻ってきた」
暗い廊下の奥から靴音を鳴らしながら、飛鳥が戻ってくる。心なしか工場に潜入する前より、緊迫した表情を浮かべていた。どうやら朗らかなゲーム開発部とは異なり、彼は何かに気付いている様だ。
「集まったようだね。ロボカイ、花岡さん、先に行ってしまって申し訳ない」
「ぜ、全然大丈夫、ですっ。皆待っていてくれましたし……」
「気になる事があるそうだガ……何か見つけたのカ」
生徒達が全員揃ったと確認し、飛鳥は一拍置いてから話し始めた。
「工場周辺を巡回する警備ロボットの数が以前より多かった。侵入された事で増員した、と最初は考えたけど僕とモモイ、ミドリと工場を訪れてからまだ一日しか経っていないし、何より僕らは姿を見られていない。そして昨夜、もう一度ここに戻ってきて様子を窺ったが、その時も今程ロボットは見当たらなかった」
「ム?いつの間にか消えていたのはそれカ……それデ?何が言いたイ」
「昨夜の内に、僕達以外の何者かがこの辺りにやってきていた。そして恐らく、戦闘を行ったんだろう」
飛鳥を除いた全員が顔を見合わせた。飛鳥の伝えたい事はつまり、ゲーム開発部以外の何者かが工場に出入りしている可能性があるというものだ。
「じゃあさ先生、その誰かに心当たりあるの?」
「一人、心当たりがある。けれどこの廃墟がそれなりに知られている事はモモイから聞いているから、断定はできない。僕達と同じ様に廃墟で何かを見つけようとしているのか、それとも……僕達を追っているのか?」
「ゾッとしませんね。心当たりがある、って言いましたけど、それは誰なんですか?」
「……ハッピーケイオス、危険人物だ。自由自在に姿を変えられる、怪人とでも呼ぶべき人だ。もしも彼が僕達の後をついてきているのだとしたら、どの様な展開になるのか想像できない。そういうわけで、相手が何者であれ僕達以外に誰かがいるかもしれない、という認識をしておいて欲しい。ここから先は皆で慎重に進んでいこう。そうだな、ゲームで言い換えれば、『皆でダンジョン攻略』だ。お互いに助け合いながら、情報を共有するんだ」
ダンジョン攻略、そんな言葉を用いられてしまえばモモイ達の目がキラリと輝いた。特にアリス体を揺らして自力で無理矢理マントをはためかせ、勇者であると名乗らんばかりに堂々としたポーズを取ってみせている。本人が狙って選んだのかわからないが、一同の士気をあげるには良い説明だったのだろう。
「うよぉし、それじゃあ皆前進!目指せダンジョン最奥のお宝!急がず焦らず、『いのちだいじに!』
「勇者アリス初ダンジョンです!」
そういうわけで、改めて『G.Bible』を求めて探索が始まった。先頭をモモイとアリス、最後尾を飛鳥とロボカイが勤め、誰も遅れない布陣となっている。ダンジョン攻略という表現が功を奏したのか、生徒達は互いに話し合いながら周りに気を配りながら進んでいる。
ロボカイは生徒達の―――特にアリスの様子を窺いながら、飛鳥へと小声で話しかけた。
「貴様、どうやら本当に『あの男』らしいな」
「うん?それについては、最初に話したと思うんだけど」
「さらっと聞かされただけで納得できると思うカ?今こうして貴様がサラサラと話す様子からようやく確信できたワ。それに、ワシに知る『あの男』は聖戦を引き起こした超極悪人だゾ?」
そこで、思わず飛鳥は前方を歩くモモイ達を確認する。今の会話を聞かれていないか、とつい注意を向けてしまったのだ。そんな反応にロボカイは法術も含めて、彼が自分自身の素性を隠しているのだとすぐに理解した。
「……知らないんだナ?あいつらハ」
「不誠実だと言われたら否定はできない。でも下手に話して混乱を招く結果は、簡単に予想できる」
ロボカイはじっと飛鳥を見つめる。一度は視線を逸らされたが、それでも努力して目線を合わせてきた。
『あの男』。その名前がどれだけの意味を持っているのか、飛鳥もよく知っている上で隠しているのだろう。だからこそ、ロボカイは全てを明かせなどと彼に言う気持ちにはなりようもなかった。
「正直、ワシにはピンと来なイ。あの男とかいう奴はもっと不気味で、恐ろしい奴だと思っていたからナ」
「……」
「そして、他の奴らと話している限りでは貴様が『あの男』だとは思えン。だから今は、ただの飛鳥だと思う事にすル」
ロボカイの答えは簡潔なものである。眼前にいる細身の青年を、今は『あの男』ではなくシャーレの先生『飛鳥=R=クロイツ』とみなして接する。それが現状の正解であると彼は考えたのだ。
「貴様はただの飛鳥でいるんだろウ?ならワシもそうして扱ウ。何モおかしくは無イ。そうだロ?」
「あ、ええと」
「貴様が良い奴カ、悪い奴カ、それはこれから判断する。今は小娘共の面倒を見てる『先生』として見る、それだけの話ダ」
飛鳥はつい戸惑いの表情を見せていた。まさかロボカイの方から示し合わせる様に言い出すなど、想定していなかったのだろう。というより話が拗れる事なく収まる事さえ予想できなかった。そんな困惑も読み取ったのかロボカイはぬふふと忍び笑いを漏らす。
「よぉシ、それじゃあ飛鳥。これでいいな、ン?」
面食らった表情の飛鳥はしばらく口をもごもごと動かしたが、しばらくしてゆっくりと頷いた。
「……そんな風に言われるとは、思っていなかった。君の期待を裏切らない様に努力するよ」
飛鳥は苦笑いで、少し安心した様子で呟くのだった。
※
「む……?」
工場をしばらく進んだところで、勇者の気分で意気揚々と先頭を歩いていたアリスが足を止めた。
「何か、感じます。こっちです」
熱に浮かされる様な口調でアリスは突然歩調を早めた。彼女がはぐれない様にと全員でその後を追いかけていくが、分かれ道に出くわしてもアリスは迷う事なく道を選び突き進んでいった。
アリスが廃墟の中を何かに浮き動かされる様なスピードで進んでいく。モモイやミドリがその理由を尋ねると、
「何かがアリスを呼んでいる様な、そんな気がします」
彼女がロボットである事を考えて、何かしらの信号を受け取っているのではないかと飛鳥は予想したが、 確かめる術はない。ロボカイに同様の事が今まであったのかと尋ねてきたが、「ない」と答える他にない。短い間だが二人で過ごしていた時も、今の様な状態にはならなかったのだ。
そうして暗闇を切り開く様に進んでいったところで、一同が辿り着いたのはサーバールームを思わせる広大な部屋だった。埃にまみれたコンピューターがずらりと並び、どれも液晶画面は砕けている。
「アリス、ここは何処だい?」
「……わかりません。でもアリスはここを知っている気がします」
工場内で起きた出来事の事情を知る者達は顔を見合わせた。詳しく知らないユズだけが事態を理解しようとあたふたしている。
アリスはためらいなく最奥へと進んでいく。そこには一台のコンピューターがぽつんと設置されており、物々しい雰囲気を醸し出していた。きな臭いものを感じずにはいられない。と、そこで突然駆動音に続き、液晶画面が明滅した。完全に朽ち果てたものと思いきや、電源が生きているのだ。
「どうやらこのコンピューターはこの工場の管理システムか何かの様です」
「管理システムゥ?そんなもん、あったのカ?」
「え!じゃあさ、『G.Bible』について聞いてみて!」
「待てモモイ、アリスもだ。どうにもきな臭イ……こんな朽ち果てた工場でまだ生き残っている機械があるとは想像できン。飛鳥の言っていたケイオスカ、それとも他の奴カ、どちらにしても罠の可能性があル。モモイ、ミドリ、アリスを見張っていロ。嫌な予感がすル」
と、そこで独りでにコンピューターの液晶画面に文が表示される。
『あなたはAL-1Sですか?』
「これハ……」
AL-1S、ロボカイがアリスと名付けるきっかけとなった型式番号である。何故コンピューターはその名前を知っているのか、そもそもカメラらしきものもないというのに、何故自分の眼前にアリスがいると理解したのか。ロボカイは即座に敵の策略か何かだと判断し、即座に飛鳥へと視線を投げかけた。
飛鳥は足早にアリスを遮ってコンピューターの前に立ち、備え付けられたキーボードで素早くタイピングして、質問に質問で返す事にした。
『君は何者だ?AL-1Sとは?』
液晶画面に変化はない。飛鳥の目がゆっくりと細められ、再びタイピングの音が響く。
『AL-1Sとは何だ?』
『……それは』
飛鳥が再び投げかけた質問に対し、返信が返ってくる。一体このコンピューターは何者なのか、それがまもなく明らかになる……と思いきや、一定のリズムだった駆動音が乱れ始め、液晶画面の表示にもブレが生じ始めた。
『緊急事態発生。電力限界に達しました、電源が落ちると共に消失します。残り時間は……』
「電力限界だって……!?」
「え、え、どういう事先生!」
「まぁ簡単に言うト、あと一分もしない内にこのコンピューターはおじゃんになル。怪しい奴ダ、このまま放置しテ……」
「駄目だよ!もしかしたら『G.Bible』に繋がる手がかりあるかもしれないしさ-!?」
『――――貴方達が求めているのは、『G.Bible』ですか?』
「ムッ!?」
思わぬ返答がコンピューターより返ってくる。そこで飛鳥とロボカイはまた視線を交わす。得体の知れない存在が予想外の話題に食いついてきたのだ。
「え!?知ってるの!?何処にあるの、教えてよ~!」
「待つんだモモイ、コンピューターを揺らさないで!」
『揺らさないでください、データが消えます。残り時間三十秒』
「データ!?って事は……お姉ちゃん、このコンピューターの中にあるんだよ、『G.Bible』!」
「じゃ、じゃあ、データを移さないといけないって事!でも……そんなの何処にもない!」
あわわわ、と生徒達はぐるぐるとコンピューターの周りを駆け回り、先程まで様子のおかしかったアリスも遅れてあたふたし始めた。飛鳥とロボカイだけは現状を把握するにも残された時間があまりにも少ない事に歯噛みしてしまう。
このコンピューターがどういった経緯でアリスの名前を知っているのか、その事が有耶無耶のままで更にモモイ達が求めている『G.Bible』を持っているなど人質を取られているに等しいのだ。
『なんでも良いので保存媒体を接続してください』
「あ、そ、そうだ!私の持ってる『ゲームガールズアドバンスSP』のメモリーカードは!」
『……容量が不十分なので、データの削除が必要になります』
「じゃやっぱ駄目ぇ!うわーん!どうしよぉぉぉ!」
ロボカイはこのままこのコンピューターの電源が消えるのを見届けるつもりでいた。とにかく得体が知れないだけでなく、不穏さまで醸し出しているとあっては下手に手を出せない。やぶ蛇という奴である。飛鳥も似た様な事を考えているのか、モモイ達が悲鳴をあげるのを尻目に手を止めてじっと液晶画面を見つめていた。
そこで、ロボカイのうなじ辺りをアリスが小突く。振り返れば、悲しげな瞳がそこにあった。
「どうしタ、アリス」
「こういう時、アリスは勇者なのにどうすれば良いのか全然わかりません。沢山ゲームを遊ばせてくれたモモイ達が困っているのを、見ている事しかできません……ロボカイ、助けてください」
「助けてと言われてモ……」
うぐぐ、とロボカイは呻く。コンピューター内の電源が消滅するまで残り二十秒、と画面に表示されている。一方でアリスは今にも泣き出しそうな表情だ。
「アリスが遊ぶこのゲームには、主人公である勇者を導く妖精が登場します。空を飛ぶ妖精は眠っていた勇者を起こすだけでなく、色々なチュートリアルまで見せてくれます。ロボカイは空を飛びながらアリスを起こして、色々な話をしてくれました……『二人三脚に手足は関係ありません』」
「ハハハ、ナルホド。ソレデワシは妖精か、ダガソウナルとアリス。貴様ハ勇者ナノカ?」
「はい。アリスは勇者になってみたいです」
そんな会話がふと脳裏をよぎる。勇者を導く妖精がロボカイで、導かれる勇者がアリスなのだと。
そこで、ロボカイの答えは出てしまった。思い切りため息をついてから、
「……フン、仕方ない。勇者の為に妖精が一肌脱いでやるとするカ」
「え……?」
「おい、モモイ。データを移す為のコードとかはあるカ?」
「あ、あるけど」
「じゃあワシをソイツに繋げろ。エンジニア部の小娘が勝手に作った接続口を使えばいけるだロ」
決意を固めたロボカイが大声で呼びかけた辺りで、最初に飛鳥が信じられないと言わんばかりに振り返る。それにロボカイは「仕方ないだろ」と目を細め、それからコンピューターの前に飛んでいく。
「君は……」
「ワシはそんじょそこらのゲーム機より容量はあるはずダ。正直死ぬほどイヤだガ……ウチの勇者に助けてなどと言われたら仕方あるまイ。ほらミドリとユズも手伝エ!時間は無いゾ!」
残された時間は少ない。素早くモモイ達はロボカイのうなじに増設された接続口にデータ転送用のコードを差し込んでいく。
「接続、できた!ロボカイ、行くよ……!?」
「さぁやレ!」
「よぉし!データ転送、開始ぃ!」
瞬間、ロボカイの視界があっという間に黒く染まっていく。転送されてきたデータが予想以上に膨大なのだ。『G.Bible』とはこれほどまでに大容量のものなのか、という疑問も流れ込んでくる情報量にかき消されてしまう。
「オ、オオオ……オオオオ!?」
「ロボカイ、大丈夫ですか!」
アリスの不安げな声が聞こえてくる。ロボカイは努力して笑みを作り、
「安心、しロ……ワシは超高性能だかラ、なんて事は無イ……ヌオオオオオ!!!」
ロボカイなりにアリスを安心させようと努力したその時、糸が切れる様にブツリと彼の意識はそこで途切れてしまうのだった。