先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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他人の夢を笑うナ

 意識が飛んだ、とロボカイが認識してから再起動まで、体感では数秒程である。ブツリ、という音が再び聞こえたかと思えば、彼の視界はまもなく本来の色鮮やかさを取り戻し、コンピューターがひしめく何処かもわからない空間を見せつけてくる。

 

「うーン……?」

「あ、ロボカイ!目を覚ましましたか!」

 

 突然視界に割って入ってきたのはアリスの笑顔である。ロボカイはギョッとして飛び上がりかけたが、そうしたくても上手く動かずにウググと呻いた。どうやら首ごと何かの機械に接続されているらしい。

 

「ここは何処ダ……?ワシハ……」

「ロボカイは『G.Bible』をダウンロードする途中で一度機能不全に陥りました。幸い、回路に故障はなかったのですが……人間で言うところの昏睡状態だったのです」

「昏睡……?それで、『G.Bible』ハ?ちゃんと手に入ったんだろうナ?」

「ここにいるハッカーの皆さんが今解析中です」

 

 そう言ってアリスは薄暗い部屋で黙々と作業している生徒達を指差す。三人の生徒がそれぞれ別々に端末と向き合い、カタカタとタイピング音が部屋に響いていた。

 

「ハッカー?」

「あたし達、ハッカー集団の『ヴェリタス』!それであたしは部員のマキ!で隣がコタマとハレね!」

「よろしくどうぞ、妖精さん」

「ちょっとだけ動き辛いと思うけど、解析が終わるまでもう少し待ってね」

 

 ハッカー集団という呼称で、ロボカイは彼女達がアリスの学生としての身分を偽造したのだと理解した。モモイが頼ったのはきっとこの少女達に違いないのだ。

 

「状況は理解できタ。とりあえず、今はワシの中に入ってる『G.Bible』を引っ張り出そうとしているんだナ?」

「はい。データの解析が終わるまで、休憩時間という事になりました。モモイ達はさっき食事を買いに出て行きました」

「飛鳥ハ……?」

「それが、用事を思い出したとの事で……解析が済んだら連絡して欲しいそうです」

 

 恐らく飛鳥は廃墟へと向かったのだろうとロボカイは理解した。彼の事である。間違いなく工場内の怪しい箇所を今の内に確かめるべきだと判断したに違いない。

 となれば、確かに休憩時間だ。『G.Bible』がハッキリとその姿を表すまでゲーム開発部はただ待つのみというわけである。

 モゾモゾと動きながら、ロボカイは暇を潰す為にアリスとしばらくの間話す事にした。騒がしいモモイ達がいないおかげで部屋の雰囲気も話しやすいのだ。

 

「ロボカイ、『G.Bible』を……いえ、モモイ達を助けてくれてありがとうございます。あそこでロボカイが体を張らなければ、きっとゲームオーバーでした」

「助けてやったんダ、お礼の一つや二つでも期待したいもんだナ。そうだナ……みかんが欲しイ。デッカいみかん畑を作りたいんダ」

「みかん畑?ロボカイはみかんが好きなのですか?」

「いヤ、ワシの夢なんダ」

 

 ロボカイはもしも体があれば胸を張っていた事だろう。声色は自慢げで、グフフと笑ってさえいた。アリスは首を傾げた後に、納得した様子で頷く。

 

「なるほど。アリスにとっての勇者が、ロボカイにとってのみかん畑なのですね」

「そういう事ダ……そうダ、今の貴様になら話しても良いナ。いいかアリス、大事な事だからよく聞けヨ」

 

 アリスはロボカイの声色から真面目な話だと判断したのか、ほんの少しだけビシッと背筋を正す。その素直なところは無邪気さの表れでもあり、同時に何色にも染まれてしまう危うさを感じずにはいられない。だからこそロボカイは今の内に伝えるべき事を伝えねばならないのだと判断した。

 

「いいカ、夢というものは皆が持っているものダ。そこにいるハッカーの連中にだってあル、モモイやミドリにだってあル。そして……ここからが大事だゾ。絶っっ対に、夢を笑っちゃいかン。夢を笑う事は、夢を持つ奴自体を馬鹿にするようなもんだからダ」

「夢を……笑ってはいけない」

「そうダ。もしも貴様の『勇者になりたい』という夢を笑われたら、嫌だろウ。同じ様な思いを他人にさせるナ、それだけで良イ」

 

 アリスはじっとロボカイの瞳を見つめた。ハッキリとではないが、それでもロボカイが伝えたい事を彼女は感じ取っている様だった。

 

「……わかりました。アリス、誰かの夢を笑いません」

「よおシ、それで良イ。それさえ出来れば十分ダ。まァ、勇者はそんな事しないだろうから余計な心配だったカ?」

「いいえ、ロボカイの言葉はとても良いものだと思います。やっぱりロボカイはアリスの妖精です。アリスは勇者なので、ロボカイの夢を応援します。みかん畑を必ずや作ります」

「はーい、横から聞いてたマキだけど、みかん畑作るのならミレニアムには園芸部や野菜栽培部とかもあるから、オススメだよ。成長促進剤とかも開発してたり!」

「貴様、この雰囲気で結構野暮な事言うナ……?」

 

 

「完全に電源は切れている。再起動も難しい、か。アリスの素性を知っていた辺り、何かしら情報を持っていたのは間違いないと思うんだけど」

 

 ロボカイに転送された『G.Bible』のデータをハッカー集団『ヴェリタス』が解析している間を利用して、飛鳥は三度廃墟の工場へと足を運んでいた。前回はとにかく意識を失い動かなくなってしまったロボカイをミレニアムへと連れ帰る事が最優先であった為に退散し、気になる事を確かめられずに終わってしまったからだ。

 工場周辺のロボットは相変わらず多かったが、今回も手早く薙ぎ払って済ませた。しかしながらそうして侵入した工場内には、めぼしい手がかりは見当たらない。不穏な雰囲気を持っていたコンピューターにしても完全に沈黙している始末だ。

 

(……アリスはこの工場で眠っていた。彼女はここで作られたのか?それとも、別の場所から運ばれてきたのか?)

 

 決してアリス本人の前では意識しない様にと努めていたが、飛鳥は人間そっくりのロボットである彼女に対して強い疑問と関心を寄せずにはいられない。その正体が何であるか、確かめたい気持ちが強くあった。

 アリスが武器としているレールガンはたとえ身体能力が優れているキヴォトスの住民である生徒でも携行するのが困難な、文字通り砲塔である。それを軽々と持ち上げるだけでなく、発射の際に生じる衝撃にも全く揺るがない体幹、いくらロボットと言えでも尋常ではない。

 

『アリスについてなんだが、質問があるんだ。レールガンを発射し、天井に大穴を開けた際に彼女は軽い切り傷を負ったはずなんだが、部室を出て行く際には傷跡一つ残っていなかった。恐らくなんだが、ナノマシンによる自動修復だ。私の言いたい事はつまり、天童アリスは……『戦闘用に調整されたロボット』ではないかな?』

 

 エンジニア部の部室を訪れた後に、部長である白石ウタハはこの様なメールを飛鳥個人に宛てて送ってきた。技術者である彼女の目から見て、アリスの正体は一目瞭然だったに違いない。どう応えたものかと悩んでいたところ、メールの文末には、

 

『これは私の独り言に近いものだ。先生から返信する必要はないよ』

 

 少なくともウタハの口からセミナーにアリスの正体が明かされる事はない様だ。とりあえずは一安心だが、ウタハからハッキリと明言されては飛鳥もアリスが一体どの様な存在であるかを突き止めなければならない。

 その手がかりを得るべく工場へやってきたのだが、やはりそれらしいものは見つからない。アリスが眠っていた部屋についても同様だ。

 

「……完全に手詰まり、か?」

『あの、飛鳥先生』

 

 探索を一区切りし、飛鳥が嘆息していたところで懐に仕舞い込んでいたシッテムの箱からアロナの声が聞こえる。取り出して起動してみると、

 

『飛鳥先生、お忙しいところすみません。あのコンピューターからデータを転送する時、どうして飛鳥先生はシッテムの箱を使わなかったんですか?恐らく、保存する事は可能だったと思います』

「でも、どんなデータなのか確証が持てなかった。もしもアロナに何らかの障害が起きてしまった時までは予測できなかったんだよ。今のところロボカイは異常も起きていないから、杞憂だったみたいだ。……君の言いたい事はわかる。もしもあそこで彼が動かなければ、『G.Bible』は失われていたかもしれない、そう言いたいんだろう?」

『はい……飛鳥先生の選択を間違っていたと言いたいわけではないのですが……』

「あのシステムは、アリスの事を知っていた。けれど何故、どういった経緯でなのか。それが明らかでない以上、動くに動けなかったというのが正直な感想だよ」

 

 何より飛鳥はキヴォトスという世界でもなお特異と言わざるを得ないアリスの存在から、どの様なものに繋がるのかを読み切れなかった。彼女の何もかもが不透明極まりないのだ。

 コンピューターの電源が落ちてしまう前に法術を用いれば真意を覗き見る事も可能だったかもしれないが、既に終わってしまった事を蒸し返したところでどうにもならない。また同じ様な状況が訪れた際には迷う事なく決断しなければならないだろう。

 

「よし、ともかくここで得られそうな情報はもう残っていない。ロボカイの事もあるしミレニアムへ――――」

 

 廃墟から出るべく踵を返したところで、飛鳥はこつこつという靴音を耳にした。モモイ達のものではない、革靴が立てる音だ。つまりは敵である可能性が高いという事である。何者かと飛鳥はいつでも戦える様に身構え、近付いてくる靴音を待ち受ける。

 やがて飛鳥のいる部屋に足を踏み入れてきた人影の全貌があらわになる。彼は現れた人物が何者であるか知ると、眉をひそめて明らかな警戒をあらわにした。

 

「クックック、飛鳥先生。奇遇ですね?まさかこんな廃墟で貴方にお目にかかれるとは」

「……それはこちらの台詞だ。何故貴方がここに?」

「ちょっとそこまで散歩を、なんて言ったら信じますか?」

 

 黒服、ゲマトリアという謎の組織に所属し、アビドスの廃校を巡って暗躍していた正体不明の人物。唯一ハッキリしている事があるとすれば目的の為ならば生徒を平気で利用する、飛鳥の敵という事のみだ。であるならば身構えるどころではない、今すぐに排除しなければならない相手である。

 

「僕は貴方の冗談が好きじゃない。もしも生徒を狙っているのだとしたら―――」

「まぁ落ち着いて。クックック、別に常日頃から私が貴方にとっての『悪事』を行っているわけではありませんよ。今日ここへ足を運んだのは、これまで人の出入りが一切許されていなかったミレニアムの廃墟で騒ぎがあったという噂を聞きつけたもので」

「騒ぎ……?」

「ええ、戦闘行為があったのだとか。飛鳥先生はご存知ですか?」

 

 脳裏をよぎったのは何者かが戦闘を行った結果なのか、数を増やしていたロボット達である。怪しい口ぶりから黒服はその何者かの正体を知っているのかと考えたが、決してそれを気取られない様に飛鳥は目を細める。

 

「知っている。だが、それが貴方と何の関係が?」

「この廃墟は我々ゲマトリアも関心を寄せているのです。ここはですね、キヴォトスから忘れ去られたものが行き着く先と呼ばれています。ですが私から見れば宝の山です。この地には多くの神秘が未だ残っていると考えて良いでしょう」

「……」

「そして、こんな話を耳にしました。ミレニアムの廃墟には恐ろしいものが眠っている。それは……全てを滅ぼしキヴォトスに『終焉』をもたらす力を持っている、と」

「何が言いたい」

「興味はありませんか?先生。探求者である貴方から見て、一体『終焉』とは何を指すのでしょう」

「……たとえ僕が興味を持ったとしても、それを語り合う余地はない。僕達は敵同士なのだから」

 

 飛鳥が明確な敵意を示すと、黒服はくつくつと笑い声をあげた。やはりこの怪しげな風貌の男はハッピーケイオスに限りなく近い存在だ。飛鳥とは決して相容れぬ事のない、水と油とでも呼ぶべきだろう。

 

「私は飛鳥先生に情報を与えたいのですよ。廃墟に眠るものにお気をつけくださいと」

「何故僕に情報を?」

「私個人として先生を高く買っているから、それではいけませんか。我々としてもキヴォトスに滅びがもたらされるなど本意ではありません。先生としてもその様な存在と出くわしたくはないでしょう。それに、この地に秘められたもの自体に興味があるのは確かなはず」

 

 キヴォトスに終焉をもたらす力。言葉通りであるならば確かに聞き捨てならない、大きな脅威だ。そしてわざわざ黒服がそれを飛鳥に伝えるというのは、彼自身が言う様に単なる警鐘であると捉えるべきか。

 飛鳥はしばらく思案した後に、黒服の話を詳しく聞くべきだと判断する。ゲマトリアという組織は不透明であるが、キヴォトスに精通しているのは確かだ。

 

「続けて欲しい」

「では……私も全てを知っているわけではありません。ですが、かつてこの地にいたとされる者達が強大な力を持つ『何か』を遺したとか。その名は―――『名も無き神々の王女』」

 

 王女。その名前に対して飛鳥の脳裏をよぎったのは、アリスだった。

 廃墟に眠るとされている過去の遺物。たった一人で遺されていたアリス。ウタハは彼女を『戦闘用』に調整されたのではないかと言及している。

 何一つとして確証は得られない。黒服の話す『名も無き神々の王女』と呼ばれる存在が本当に廃墟の何処かにいるのかさえ確かではない。しかし……それではアリスという少女を取り巻く謎の答えが何処かに消えてしまう。

 

「私が聞いていたのは連邦生徒会の部隊が撤退して、監視網に穴が空いたって部分だからさ」

「連邦生徒会?という事は、ここを立ち入り禁止にしたのはミレニアムじゃないのかい?」

「そう、連邦生徒会長が廃墟を封鎖したの」

 

 廃墟はこれまで、失踪した連邦生徒会長の手で立ち入り禁止区域に指定されていた。

 

『飛鳥=R=クロイツ先生……資格を確認』

 

 廃墟を進んでいった先で、謎の電子音声はそう言ってアリスが眠る部屋への扉を開いた。

 

「先生?どうかされましたか?」

「……貴方の事は信用できない。けれど、今の情報は有用なものだったと言っておこう」

「それは良かった。飛鳥先生のお役に立てたのなら光栄です……そうだ、もう一つ、興味深い情報をお教えしましょう。こちらもきっと、先生はご興味があるはず」

 

 手に入れた情報を頭の中で整理していた飛鳥に反して、黒服は上機嫌な声色で続ける。今度はどんな情報なのかと視線だけを向け、飛鳥はどの様な内容なのかと耳を傾けた。

 

「先日のアビドスでの一件、先生は『ビナー』と戦いましたね?」

「アレについても、知っているのか」

 

 ビナー。二度に渡って飛鳥の前に立ち塞がり、激戦の果てに打ち倒した謎の存在。ケイオスはビナーを前にして、この様に話していた。

 

「この世界には多くの神秘がある。そして同時に科学が生んだ遺物も。『Q.E.D』、それが『アレ』の結論。神になろうとするモノの使徒」

「デカグラマトン、その内の一片……」

 

 デカグラマトン、神になろうとする何か。その名前だけを飛鳥は知っている。もしや黒服は、ゲマトリアはその正体を知っているのだろうか。

 

「我々ゲマトリアはデカグラマトンと呼ばれる存在について、研究を進めています。端的に説明するならばアレはAI、人工知能です。新たなる神を証明する、そんな行動規範に従っているのです」

「神の証明。なるほど、だからビナーは一度だけ、ケイオスに従ったのか」

 

 ケイオスは飛鳥の世界で生み出された本物の神、その半身だ。恐らく彼は自らの肉体を餌としてちらつかせてデカグラマトンに接触を図ったに違いない。

 

「ビナーはデカグラマトンの同士である預言者の一体でした。問題はここからです。アビドス砂漠での決戦で、アレは仲間を引き連れて参戦しました。飛鳥先生はその場にいたからご存知のはずです」

 

 アビドス砂漠を舞台に、飛鳥は多くの生徒と協力してビナーに立ち向かった。その際にビナーは謎の小型ロボットを随伴させていたが、何処から、誰の手によって作り出されたのかはわからずじまいであった。だが飛鳥は黒服の話を先読みし、ハッとした。

 

「あの時、別の預言者がビナーに協力していたという事か」

「流石飛鳥先生。その通りです。デカグラマトンの影響を受け、同じ思想に目覚めた者達、それが預言者。そして彼らは飛鳥=R=クロイツという存在に対して恐らく危機感を抱いたのでしょう。本来ならば別々に動いているはずの預言者達が、足並みを揃えたのです」

「……ここまでの話から判断するに、貴方はビナーに協力していた預言者を知っている?」

 

 飛鳥の問いかけに黒服は頷き、ぐるりと室内を見渡す。いくつものコンピューターが立ち並ぶ光景に目を細め、

 

「飛鳥先生、この工場が廃墟になる以前はどの様なものだったかはご存知ですか?」

「いや」

「軍需工場ですよ。かつてこの工場をコントロールしていたのは、ディヴィジョンという名のAIでした」

「……まさか」

 

 また飛鳥は話の内容を先読みした。

 預言者と呼ばれる者達はデカグラマトンの影響を受けた存在であり、そしてイレギュラーである飛鳥に対して強い危機感を持っている。その証拠としてビナーとは別の預言者があのアビドス砂漠に参戦していた。

 ビナーに随伴していた謎の小型ロボットは一体何処で作られたのか、その答えは今黒服の口から明かされている。

 

「軍需工場を管理していたAI、ディヴィジョンは」

「そうです。デカグラマトンの干渉を受け、預言者へと覚醒したのです。本体はこの工場から離れた様ですが……廃墟を中心に活動している様ですね」

 

 そこで、飛鳥は壁や天井がミシミシと軋む音を耳にした。地震である。何かがこの工場に近付いている様だ。

 

「飛鳥先生、お気をつけて。その預言者が持つパスは権力を通じて動作する慈悲、異名は慈悲深き苦痛をもって断罪する裁定者、名は……『ケセド』

 

 瞬間、凄まじい地響きと共に飛鳥が立っている地面に亀裂が走る。攻撃だと判断してその場に飛び退くと同時に床が真下から物々しいアームによって突き破られ、朽ちた破片がそこら中に離散する。

 

「ケセドは貴方を捕捉したのですよ飛鳥先生。ビナーを打ち倒した、貴方と貴方の『本』をね。無事にここから脱出できる事を祈っていますよ、それでは」

 

 巻き上げられた砂埃の向こう側で黒服の声と、遠ざかっていく靴音が聞こえる。後を追おうとした飛鳥の前に、床を崩壊させた張本人がその姿をあらわにする。純白の装甲が薄暗い室内で目を惹く巨大なロボットだ。両腕のアームと頭部には大口径の砲身が備え付けられ、その全てが飛鳥へと向けられている。

 

「ッ!」

 

 息を呑むとほぼ同時に爆音を伴って砲口から弾丸が飛ぶ。飛鳥の身体能力と反射神経では到底回避など不可能であり、「本」を取り出して法術を起動させる。光を放ちながら彼はバリアを作り出し、襲い来る弾丸を受け止めてみせる。が、直後に背後から突然バットで殴られたかの様な衝撃が叩きつけられる。バリアは全方位に張り巡らしている為にダメージは軽減したものの、飛鳥の体は思い切り前方まで吹き飛ばされてしまう。

 背後から壁を突き破り二体目のロボットが現れ、無防備な飛鳥の背中に砲撃を浴びせていた。襲撃者であるケセドは恐らくビナーとの戦闘で飛鳥本人はさほど優れていない事を理解しているに違いない。最初の一体に注意を向けている間に後ろから不意打ちを狙ったのだ。

 

(となると、制限時間についても把握されているか……?)

 

 飛鳥が体勢を立て直すと、前後を挟む様に佇む二体のロボットは合わせて六門の砲口から再び弾丸を放つ。敵が攻撃を避けられないと踏んでの挟撃であるが、相手取っているのは最強の魔法使いである。飛鳥が手に持つ本を開いたかと思えば、時計の針を思わせる大振りな刃が突然飛び出し、コマの様に一回転した。属性による攻撃とは別の、純粋に物理的な攻撃である。

 一回転した刃は砲弾を真っ二つに切り裂き、そのまま二体のロボットをも真一文字に両断してみせる。ロボット達は胴体が泣き別れになった事にも気付かぬまま崩れ落ち、土煙を起こした。

 

「くっ……!」

 

 なんとか撃破したものの、飛鳥の耳には廊下を駆ける金属の音が幾つも聞こえた。敵は今の二体だけではなく、もっと大勢いるのだ。第二の預言者であるケセドは機械の兵団を思いのままに操り、送り込んできているのである。

 制限時間は99秒、それまでにこの工場から抜け出さなくてはならない。最も手っ取り早い方法は瞬間移動による長距離移動だが、果たして敷地外まで追っ手が来ない確証はない。99秒という刻限は飛鳥単身では危ういものである。

 

(狭い室内で追い込まれるよりかは、一度ここから脱出を……)

 

 ぞろぞろと廊下から室内へとライフルを携えたロボットが侵入し始め、飛鳥が瞬間移動を発動しようかと動き出した、その時である。飛鳥の背後から発砲音が響き、ロボット達に銃撃が浴びせられる。不意を突いての攻撃に振り返った先には、巨大ロボットが粉砕した壁を通ってきたのか、生徒らしき少女が銃口から硝煙が立ち上るショットガンを構え、佇んでいる。

 

「飛鳥先生、大丈夫?」

「助けて、くれたのかい」

「ウチの部長が先生に会いたがってる。あ、自己紹介必要?私はミレニアムサイエンススクール『特異現象捜査部』所属の和泉元エイミ。よろしくね、飛鳥先生」

 

 

 そこで、少女のショットガンが火を噴き、散弾がロボット達の胸部に叩き込まれ破壊音が鳴り響いた。

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