先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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法術についてーーー明星ヒマリの考察

 エイミのショットガンから飛び散る様に放たれた弾丸がロボットへと撃ち込まれ、破壊音が部屋に響き渡る。突然の乱入から敵の意表を突いて彼女は迷いなく発砲を繰り返し、その勢いに敵は室内から僅かに後退していく。それを見逃すまいと飛鳥は法術によって朽ちて放置されたコンピューターを無理矢理引き抜き、ロボット達へと投げつけて入口を完全に封鎖する。後はエイミが入ってきた壁の穴から脱出しても、瞬間移動で撤退しても良いだろう。

 しかし敢えて飛鳥はすぐには動かず、自分の名前を知っているだけでなく援護までしてくれたエイミへと振り返り、先程まで全く気付いていなかった衝撃的な光景に目を疑った。

 

「……和泉元さん、だったね?」

「そうだけど、どうしたの先生。顔が赤いけど体調でも悪かったりする?」

「その服装は、戦闘の余波でそうなったのかい」

「?何の事?」

 

 ミレニアムの制服らしきものに袖を通してはいるものの、エイミの上半身は下着らしきもののみがあった。下半身にしても異常に短いスカートときていて、飛鳥は咳払いと共につい目を逸らしていた。さほど感情に起伏がない彼であっても、眼前の信じがたい服装には動揺を隠せずにはいられないのだ。一体どういう理由で露出の激しい出で立ちであるのか、つい口に出している始末だ。

 エイミは首を傾げながら視線を体に落とし、首を傾げた。飛鳥の言っている事がよくわからない、そう言いたげだ。

 

「何か変?いつも通りだけど」

「いつも通りだって……!?あ、いや、うん、わかった。ここはキヴォトスだったね、うん」

「?変な人だとは聞いていたけど、本当だったんだね。私の事は良いからさ、とりあえずここから離れようよ」

 

 飛鳥が努力して気持ちを落ち着かせようとする一方でエイミはショットガンを構えたままで壁の穴に足を運ぶ。塞いである入口の向こうからはロボットが遮蔽物をどかそうとせわしなく動く音が聞こえてきており、一刻も早くこの場を立ち去る必要があった。飛鳥も促されては唸っている場合ではなく、エイミの後を追いかけて壁の穴を抜けてコンピューター室の外へと出た。

 暗い廊下はいつ奥からぞろぞろとロボット達が押し寄せてくるかわかったものではない。この場を離脱するべく、飛鳥はエイミへと手を伸ばす。

 

「和泉元さん。近道がある、僕の手を握って欲しい」

「うん?あ、さっきの超能力だ。そっちの方が早いだろうからお願いするね」

 

 飛鳥の曖昧な提案に対してエイミは何の躊躇いも無く手を握り返してくる。先程の戦闘でも法術に対して大きな反応を示していなかった事に飛鳥は眉をひそめたが、問い詰める状況下ではないとすぐに思考を切り替えて法術によるテレポートを発動した。

 一瞬にして二人は空間を飛び越え、工場の外どころか廃墟の外にまで移動していく。数秒にも満たない時間での長距離移動にも関わらず、跳躍を終えた時点ではエイミは顔色一つ変えずに興味深そうに頷いていた。

 

「うわ、凄い。これもしかして量子テレポートって奴?なるほど、さっきのサイコキネシス染みたものと言い先生の超能力はあくまで物理現象に対する干渉って感じなのかな」

「……今のだけで、わかったのかい?」

「うん。部長も知ってるよ、先生のやってる事」

「僕に会いたがっている、そう言っていたね?」

 

 敵が周囲にいない事を確認してエイミはショットガンの引き金から指を離して肩にかける。視線でその動きを追いかけると激しすぎる露出が目に入り、飛鳥はまた目線を逸らしていた。

 

「案内するね。といっても、私達はあくまで部活だからミレニアムの中にあるんだけど」

 

 エイミは短時間で戦闘と長距離移動と目まぐるしい変化があったにも関わらずその表情に目立った動揺や変化は見られない。彼女が所属している部活、そして飛鳥を詳しく知っている様子の部長とは何者なのか、確かめねばならないのだと飛鳥は素早く判断する。

 まだロボカイに転送された『G.Bible』の解析は終了していないはずであり、それならば隙間の時間を利用してやるべき事を済ませておかなければならない。思案の後に飛鳥はエイミの誘いに承諾し、彼女と共にミレニアムへの帰路に就いた。

 

 

「ここだよ先生。特異現象捜査部の部室」

「……随分、へんぴなところにあるんだね。部員は君の他には誰が?」

「ん?私と部長の二人だけだよ?」

 

 機械制御のドアに何かしらの認証を行いながら、エイミは飛鳥にサッと答える。たった二人の部活が承認されているなど、ゲーム開発部の面々が耳にしたら憤慨しそうなものであるが、どういった事情があるというのか。

 認証を終え、部室のドアが開く。入口から見える部室内には何らかのデータ観測用に幾つものモニターが設置されており、部室と言うよりは研究室とでも呼ぶべき様相である。

 

「部長、飛鳥=R=クロイツ先生を連れてきたよー、部長」

 

 エイミに続いて室内へと入っていき、飛鳥はまずほんのりと室温が廊下と比べて高い事に気付いた。大体廊下が二〇℃程だとして、部室は二五℃はあるだろう。

 と、入口からでは見えていなかった部屋で最も大きいモニターの前に、車椅子が止まっている。形状から見るに自律移動できるものらしく、すぐに駆動音と共にくるりと翻り、細身の少女が飛鳥の目の前に現れる。

 たとえるならば白百合である。細く、折れてしまいそうな程に弱々しく、けれども美しい。まだ十代の少女であるはずなのに、その身には異なる雰囲気を纏っていた。薄い桃色の唇がゆっくりと動き、囁く様な声色で……

 

「――――初めまして先生。お忙しい中足を運んでいただき、ありがとうございます。ミレニアムサイエンススクールに所属する三年生、この特異現象捜査部の部長を務め、ミレニアムでも限られた者のみに与えられる『全知』の学位を持ち、ミレニアムに咲く一輪の美しき花であり、天才ハッカーでもある清楚系美少女、明星ヒマリです」

 

 よくわからない長文が飛鳥に襲いかかってきた。少女、ヒマリは数秒前までの端正な顔立ちを自信満々な表情に一変させ、一体今の言葉にどんな信頼を寄せているのかわからないが勝ち誇っている。飛鳥はとりあえず何かの間違いではないかと思ってエイミへと助けを仰ぐが、どうやら現実の様でかぶりを振られてしまう。

 

「おや?どうかしましたか、先生。雪の結晶よりも儚く可憐なこの私に、言葉が出ませんか?でしたら拍手で応じていただいても構いませんよ。こう、パチパチと」

「……してあげて先生。そうしないと話進まないから」

 

 エイミに言われるがまま、とりあえず拍手をする。ぺちぺちと乾いた音が数回起きたところでヒマリは満足げに頷き、自信に満ちた面持ちのままで飛鳥へと軽く会釈する。

 エイミも個性的であるが、ヒマリも同様である。外見とのギャップに飛鳥は少し驚いたが、そう何度も驚愕するものでもなく、すぐに落ち着いた。

 

「こうしてお会いする事ができて、大変嬉しいです。何せ飛鳥=R=クロイツといえばキヴォトス全土に怪電波を発信する奇人という触れ込みでしたので」

「そ、そこまで言われると傷つくな。明かせないだけで一応意図はあるのだけれど」

「もちろん私はあのラジオに意図がある事は把握しております。ただ……あまり納得がいっていないのでこの話は後にしましょう。それよりも本題である、何故先生をここへお連れしたかについてです」

 

 ヒマリは車椅子をまた回転させ、大きなモニターを操作し始めた。少しして映像が表示される。映っているのはアビドス砂漠、そして大暴れするビナーである。

 

「これは先日、アビドス砂漠で撮影したものです。そして……」

 

 突然、ビナーが何かの攻撃を受けてのたうち回っている。ヒマリが操作して映像の一部にカメラがズームしていき、小さな人型を捉えた。粗い画像が鮮明になっていき、飛鳥のよく知る人物の姿が見えた。その人物は火球やレーザーを放ち、ビナーへと凄まじい勢いで猛攻を仕掛けている。

 

「……僕だ」

「ええ、そうですね。シャーレの先生は戦えない、という噂を聞いておりましたが、どうやらデマだった様ですね?」

「君は僕の力を理解していると、そこにいる和泉元さんから聞いた」

「細かい原理を始めとして全てを知り得ているわけではありませんが、何をしているのかは大まかにですが。先生は何らかの方法を使って物理法則を書き換えていますね?隅から隅まで分析しましたが、どう考えても『何もないところに突如出現した』という事実しか残りません。加えてこの攻撃の前に予備動作がなく、後にも痕跡が残らないという点からも……何らかの現象を起こしているというよりは、物理法則そのものに変化を与えている、という結論に至りました」

 

 天才とは自称ではなかった様で、ヒマリはスラスラと法術とはなんたるかを言い当ててみせた。飛鳥が感心して言葉に詰まっているのを確認すると、また誇らしげに口の端を緩めた。間違いなく、飛鳥が知る中でもトップクラスの頭脳を有している。飛鳥以上の可能性さえも。

 

「どうやら正解だった様ですね。もちろん、私は『全知』なので当然と言えば当然ですが、答え合わせをしていただく事はできますか?」

「ほぼ君の推察通りだ。僕は物理法則そのものに手を加えて、無から有への変化を起こしている。けれど重要なのはその方法だ」

「というと……?」

「和泉元さん、何か書くものはないかな」

「ん?あ、じゃあ部長が読んでた占い雑誌でいい?」

「エイミ。―――アナログはあまりないものでして、代わりにモニターの方を使っていただければ」

 

 ヒマリに促され、飛鳥は幾つかのデータをモニターに打ち込んでいく。すぐに法術の理論を解説する為の映像が表示された。

 

「法術、魔法とも僕は呼んでいるが……これによって法則を書き換えるにはある領域への接続が必要になる。恐らくできるのは僕だけだろう。僕は特別な手段を用いて領域へとアクセスし、99秒という時間制限の中でこの世界の物理法則というものに干渉し、時には書き換える事さえできる」

 

 以前アビドスの生徒達に説明したものよりも具体的に飛鳥はヒマリへと法術の説明を行う。ただ『始まりの書』と、異世界に関してだけは濁さざるを得ない。

 

「なるほど。法則の書き換えとは、具体的にどの様なものまで?」

「ビナーとの戦闘で見せた様な攻撃として用いる事もできればテレポートにも運用できる。時間制限もあるが、遠方との通話も」

「通話も……?もしや、それは電子回路などの代用を法術で行えるという事ですね」

「鋭いな。その通りだよ。法術による物理法則への介入と改変、これによって既存の電子回路が不要になる。更に言えば電気や燃料と言ったものも法術で補えば不要になっていく」

「まさに、無限のエネルギー」

 

 そこまで話したところで、飛鳥はヒマリからの鋭い視線を受けていた。腹の内を探られている。下手すれば素性までも。

 話しすぎてしまったという認識こそあれど、飛鳥はほぼゼロの状態から法術を理解し、エネルギー問題の解決にまで至ったヒマリに強い喜びを感じていた。ミレニアムの生徒はやはり他校と比べても技術に対する知識が秀でているだけでなく、見知らぬものへの知識欲も強いのだ。

 

「……先程時間制限がある、と言っていましたね。その理由は?恐らくセーフティだとは思いますが」

「情報を書き換えるのであれば、その代償は世界そのものへの重い負担だ。完成している絵画に描き加えていったとして途中で絵そのものの構図に変化が生じ、釣り合いが取れなくなってしまう様に、物理法則への介入は現実のキャパシティを大幅に超えてしまう可能性がある。だから、時間制限を設けておくんだ」

「なるほど……なるほど。大変興味深いですね、法術。もしもある程度の制御が可能となればキヴォトス内での電力供給や通信回線の混雑などが多少は改善されるでしょうね……法術を用いての犯罪も起こり得ると思いますが」

「そうした点も踏まえて、僕はこの技術を可能な限り非公開にしている。キヴォトスにとって良いものであるとは言い難いからね」

 

「あのさ部長。先生と楽しく話しているところ悪いんだけど、そろそろ本題に入ろうよ」

 

 飛鳥とヒマリの会話が白熱を極めていた辺りでエイミが割って入り声を上げた。ヒマリはハッとした表情で数秒ほど黙り込んだ後に咳払いをして、

 

「ああ、すみません先生。私とした事が、随分と話が逸れてしまっていました。あくまでも先生がこの現象を引き起こしているのかどうか、それを確認しておきたかっただけだったというのに。特異現象捜査部という名前ですから、活動の一環という事にしておきましょう」

「本題はまだあるのかい?てっきり、法術についてなのかと」

「いいえ、むしろ法術という未知の技術を用いている飛鳥先生に協力をお願いしたいのです。先程のビナーも関わっている、『デカグラマトン』について」

 

 デカグラマトン。ハッピーケイオス、そして黒服から告げられたとある存在。どうやら思いがけない形で点と点が線で結ばれようとしている。

 

「自らを神と定義し、その証明を行おうとしている。僕はそんな説明を聞いた」

「あら、説明する手間が省けますね。私とエイミはデカグラマトンの正体、そして行動についてを調査しているのです。そうですよねエイミ」

「私が実働部隊で部長が支援。二人きりでやるのは結構骨が折れるよ……」

 

 ヒマリとエイミ、二人の生徒がデカグラマトンに関わっているのだと知った事で飛鳥の中で不明瞭だったある出来事に関する答えが突然現れる。納得と共に彼は手をぽん、と叩き、

 

「廃墟の工場周辺での戦闘の痕跡、あれは和泉元さんのものだね?」

「ああ、ケセドについて調査しようとした時。うっかり見つかっちゃって、離脱する為に戦闘せざるを得なかった。おかげで警備の数が増えちゃって……」

「合点がいった。敵対者の可能性はないかと不安だったけれど、和泉元さんだったとは」

「真相が明らかになったところで飛鳥先生、どうでしょう?私達の調査に手を貸していただけますか?」

 

 廃墟周辺の謎が明らかになり、問題が一つ解決した。しかしながらデカグラマトンという新しい壁が生えてくるとは飛鳥も予想だにしていなかった。ただでさえ多忙だというのに、未知の存在を調査する使命まで課せられようとは。

 しかし、デカグラマトンが危険である事はビナーとケセド、二体の預言者との遭遇で確かなものとなっている。いつ何時キヴォトスに甚大な被害をもたらすのか、まるで予想もついていない。特異現象捜査部に協力する事になんら損はないと言えるだろう。

 だが飛鳥は、そこまで思考を整理したところでヒマリに対して冷静に、

 

「申し訳ない、明星さん。今はまだ特異現象捜査部に協力する事はできそうにない」

「できそうにない、という事は……何か他に優先しなければならないのですね?」

「今僕はゲーム開発部の生徒からの依頼を受けている真っ最中なんだ。それを完遂させてから、調査に協力するというのは駄目かな」

 

 飛鳥は申し訳なく思いながらも視線を逸らしはせず、ヒマリとエイミへと体を向けた。誠意を持って、大人としてハッキリとした意思表示をせねばならないと意識しているのだ。

 

「ゲーム開発部は今、廃部を回避しようと必死に努力している。僕は彼女達を応援したいんだ。自分達が好きだと信じるものを、必死に守ろうとしている。そんな生徒から『助けて』と乞われれば、手を貸すしかない」

 

 飛鳥がモモイとミドリを手助けする理由はシャーレの先生だからだというだけではない。イズナが忍者になる夢を持つ様に、二人がゲームに対して強い想いを持っていると理解したからだ。飛鳥が持っていない情熱を、自分だけの確かな夢を胸に秘めている生徒達を尊重し、各々が持つ世界を守りたい。それが彼の心からの願いだった。

 

「それに、新しいゲームが完成したら一番最初に遊ばせてもらえると約束したんだ。恥ずかしながらとても興味があって……」

「―――ふふふ、はい、わかりました。飛鳥=R=クロイツ先生。そこまで熱弁されては、いくら小川を流れる清き水の如き私でも呼び止める事などできません。わかりました、デカグラマトンについては私とエイミでもう少し調べておきます。今すぐに重大な事態へ逼迫する可能性は極めて低いので。その間に先生は今するべき事に集中を……」

「い、言い訳じみていたかな。だとしたら申し訳ない」

「いいえ、むしろ飛鳥先生がどの様な方なのか、よくわかりました。ふふふ、怪電波を発信する奇人の様に見えて、貴方はとても心優しく誠実なのですね」

 

 ヒマリは何かを確信した様に微笑んだ。それまでの理知的なものや、勝ち誇ったものとは異なる暖かな笑みは、彼女自身の純粋な感情が現れているのだと飛鳥には理解できた。

 と、調査協力の断りについて了承も得たところで、飛鳥の懐で携帯端末がぶるりと震えた。どうやら電話がかかってきた様で、飛鳥はヒマリに出ても良いかと視線で訴える。首肯が返ってきたのでとりあえず通話を開始すると、モモイの甲高い声が聞こえてきた。

 

『あ、先生!今何処ー?』

「ミレニアムの校内にいるよ。もうすぐ部室に戻る。『G.Bible』の解析は終わったのかな」

『それなんだけどねー!色々あってさー!』

「何かトラブルでも……?」

『セミナーに襲撃を仕掛ける事になったんだよ!』

 

「……えぇ?」

 

 つい先程ヒマリにゲーム開発部を助けたい、と決意を胸にしたばかりだというのに、飛鳥は何をどうしたらその様な展開に運ぶのかと困惑の色を隠せないのであった。

 




ちょーっちデカグラマトンに関しては刻んでいきたいと思います。
あとヒマリとエイミの漫才は書けば書くほど膨らんでいくので今回は控えめにしておきます。
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