先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「さて、ここから先は僕の仕事だ」
セミナーに対する宣戦布告を終えた飛鳥をそのまま返すわけにもいかず、その身柄はミレニアム内の反省室で待機という事になった。まさかノコノコとやってきて、そのままじゃあ帰りますなど通るはずもない。飛鳥自身からユウカに提案し、現在に至っている。この方法ならば一応はミレニアムが先生を拘束した、という状況は建前で回避できるというわけだ。
反省室というだけあって室内は殺伐としている。勉強用の机と参考書や教科書が並べられている本棚がある程度で、ミレニアムらしい。
「あー、あー?聞こえているかな?」
襟元に取り付けてあるコタマの手作り盗聴器へと話しかける。一方通行なので向こうから特に反応はないのだが、とりあえず確認しておこうと思ったのだ。
携帯端末は取り上げられてしまった。シッテムの箱も同様である。突然持ち主と離ればなれになってしまったアロナは、今頃寂しがっているかもしれない。一刻も早くこの部屋を出て、モモイ達と合流しなければならないだろう。
そういうわけで飛鳥が『本』に手を伸ばしたところで、
「にははは!新人が来ましたね!何をして捕まったのかなー?」
そんな声が何処からともなく聞こえてきた。思わず周囲を見回すべく、飛鳥はぐるりと一回転する。もちろん室内には飛鳥以外に人影はない。となると無線の類いと考えるのが最も有力だ。
「にははは!机の裏です、裏!そこにありますよー!」
言われるがままに学習机へと歩いて行き、裏側を覗き込んでみる。するとそこには無線機がテープで無理矢理貼り付けられている。声の主はこれを使って飛鳥へと話しかけていたらしい。テープを剥がし、飛鳥は恐る恐る話しかけてみた。
「びっくりした。まさか反省室に先輩がいるとはね……君は何処にいるのかな?」
『隣隣~、思いっきり叫べば聞こえると思うけど喉痛くなっちゃうから無線で話してまーす!こっちとしては、まさか反省室に後輩が来るなんてって感じ。にははは、一年生なのに後輩できちゃいました!それで……貴方は何処の誰?』
「僕はシャーレの飛鳥=R=クロイツ」
『シャーレ?というと……あわわ!もしかして先生って奴!?こ、こんにちは先生!まさか大人だとは知らなくって!』
一年生というには随分と声色は幼く、無邪気だ。少なくとも反省室にいるという事は何かしらの理由で生徒会であるセミナーから処罰されたという事なのだろう。飛鳥がこの部屋にやってくると知っていて無線機を仕込んでいたとは考えづらい。疑問を解消すべく、少し話してみる事にした。
「ええと、君はどうして捕まったのかな?」
『私ですか?私はですね、ちょっとミレニアムのデータベースを初期化しちゃったんですよ。やってみよっかなと思って……そしたら無茶苦茶怒られて反省室行きですよ!ネル先輩に叩かれたんですからね、こう、後頭部の辺りをガツンって!』
無邪気に笑っているが、学園のデータベースを消したという恐ろしい所業をあっさりと話している時点で飛鳥はこの生徒がどういった人物なのかをすぐに理解した。キヴォトス住民らしい、控えめに言って良いとは言えない倫理観だ。
「ここに無線機があるっていう事は、何度も反省室に出入りしている感じかな?」
『そうなんですよ~。もし私以外に入ってきたら暇つぶしで話そうかな、なんて思ってて。でもまさか先生だとは!先生は何をして捕まったんですか?』
「うーん、セミナーへの宣戦布告?そのメッセンジャー?とでも言っておこうかな」
『へえぇ!?そんな事しちゃったんですか!?先生、凄いです!』
「……データベース初期化の方がよっぽどだと思うな?」
雑談をその辺りで切り上げて、飛鳥は『本』を取り出して開く。今は三つあるプランの内二つ目に移行している段階で、飛鳥は重要な役割を担っているのだ。それは、セミナーへの大規模ハッキングである。
『本』が法力を引き出し、99秒のカウントが開始される。飛鳥は即座に法術を展開し、セミナー中枢のセキュリティシステムへと手を伸ばす。特異現象捜査部の部室でヒマリは法術を既存の電子回路と入れ替えれば、無限のエネルギーが実現可能になる、と話していたが、飛鳥がこれから行おうとしている事はまさにそれである。
立体映像が飛鳥の周囲に表出する。法術が作り出した仮初めのコンピューターというわけだ。それを指でなぞり、時折何らかのコードを打ち込んで飛鳥はセミナーの防御に戦いを挑んだ。
(法術を用いて99秒間だけ電子回路を再現……本来なら機械と法術を混ぜてしまうのが一番手っ取り早いのだけれど、さしたる問題ではない。一時的にコンピューターを出現させていると解釈すれば十分なくらいだ)
ユウカの元へ向かう前にモモイ達と練りに練った作戦はこうである。
第一プランは最も平和な作戦。飛鳥の要求にユウカが応じ、一切の武力行使が起きない無血開城。
第二プランは交渉が決裂した場合を想定して、セミナーが構えるであろう鉄壁のセキュリティを飛鳥が内側からハッキングして瓦解させ、実働部隊であるモモイ達が吶喊するスピード勝負。
そして第三プランが奥の手。飛鳥のハッキングが失敗に終わった場合まで見越して、多少の戦闘を想定した最終手段である。
(できれば生徒同士での交戦は避けたい。もちろん僕が生徒と交戦するのも……第二プランを成功させるしかないかな)
一応、飛鳥はハッキングもできる。プロのクラッカーと比べれば流石に負けてしまうが、実体を持たない法術のフットワークを活かせば何処からでも侵入する事が可能という点で優れているだろう。セキュリティシステムに手を加え、侵入者を防ぐ役割を持っているシャッターや指紋認証が必要なエレベーターを素通りできる状態にしてしまえば、後はモモイ達に任せれば良いだろう。
問題点があるとすれば一つ。セミナーが抱える戦闘集団『Cleaning&Clearing』、通称『C&C』の存在である。可能な限り戦闘は避けて欲しい、と伝えておいたが……プロフェッショナルであるらしい彼女達の事である、間違いなくモモイ達実働部隊との戦闘は必至と考えるべきだろう。
(その点も僕がここでできるだけセキュリティを崩せるかに左右される。……先生がここまで手を回して、公平性とは何なのかと疑いたくなるな)
思わず飛鳥は自嘲からかぶりを振ってしまっていた。アビドスの事件では悪の企業を相手取って戦ったが、今回は生徒同士の諍いが中心になっている。こういった場合にどちらの味方をするべきか、その正解が彼にはわかりかねた。依頼はゲーム開発部を廃部から救う事であるが、それならば他にも方法があるはずだ。たとえば飛鳥自身が『鏡』を盗んでくるさえ可能なはずで、つまるところ先生として、状況を俯瞰的に見る存在としては不正解も良いだろう。
だのに飛鳥はアリスの言葉を受け止め、この作戦を実行に移してしまっていた。まっすぐな目で語りかけてきた彼女に、頷かずにはいられなかったのだ。
(あんなにも確かな意志を見せつけられたら、僕は何も言えないな。ああ、なんとなくわかったよフレデリック。君が僕に言った言葉の意味が)
およそ百年ぶりだっただろう。大きな戦いを終えた飛鳥は友の前に立ち、その素顔を露わにした。決意表明を突きつけるべく、『あの男』ではなく『飛鳥=R=クロイツ』として向き合ったのだ。
彼は笑った。怒りや憎しみの色とは異なり、むしろ上等だと。
『シン、よく見ておけ。アレが男の目だ。喧嘩を売る野郎の目だ。ああいう目をした奴には、理由なんか要らねぇ。応えてやるのが筋なんだよ』
あの時の飛鳥はきっと、アリスの様な目をしていたのだろう。強い気持ちが込められた目を。
「……ん?」
と、飛鳥はそこで手を止めた。流石ミレニアムと言うべきか、サイバー攻撃に対して万全の守りを築いている。例えるならば、幾十もの壁が通すものかと立ち塞がっている様相である。崩す事は可能だが、果たしてそれまでに法術を保っていられるかと問われれば否だ。
どうしたものか、と考えて、飛鳥は反省室で出会った思わぬ人物に助けを請えないかと再び無線機を取った。
「ええと、君の名前をまだ聞いていなかったね」
『あ、自己紹介ですね!私、黒崎コユキって言います!』
「黒崎さん。今セミナーのセキュリティをハッキングしているのだけど、少し手間取っていてね。データベースを初期化したというのなら、セキュリティシステムを少しは知っているんだろう?僕に力貸してもらえないかな?」
『わ、私ですか?先生から?』
「もちろん、君が良ければだけど」
『手伝います手伝います!ええとですね……』
コユキはすらすらと飛鳥の質問に答えを返してくる。特にパスワードや暗号の話になると思い出しているというよりかはカンニングをしているのではないかと思う程の反応を見せた。おかげでセキュリティへの侵入が捗り、予想よりも早く飛鳥は王手を仕掛ける事に成功した。
残り時間は少ない。飛鳥は即座に法術で電話の機能まで代用し、モモイの端末へと繋いだ。
「モモイ、聞こえるかな?」
『おわぁ!先生!予定より結構早くない?』
「思わぬ助力が得られてね。それより、今からセキュリティを落とす。ただ相手はあのミレニアムだ、立て直すまでそう長くはないと思う。後はヴェリタスの皆にお願いしたい」
『オッケー!それならこっちも出発!目指せセミナー城!先生はどうするの?』
「騒ぎに乗じてここを出て、僕の方でも『鏡』を探してみる。それじゃあ」
そこで飛鳥は力強くトドメを刺すかの様に立体映像のコンソールを叩く。それと同時に攻撃は終了し、一度だけ天井の明かりが点滅したかと思えば、反省室の扉が独りでに開く。建物内のセキュリティが全て改竄された事により、言うならば白紙に近い状態となったのだ。
反省室を足早に出て、飛鳥は隣の部屋に目をやる。コユキがいるのはここのはずだ。
「黒崎さん、ありがとう。君のおかげで上手く行った」
『どういたしまして~!それじゃ先生、私の部屋のドアも……』
「ごめん、それなんだけど、君の部屋は開かない様にしておいたんだ。手伝ってくれたお礼としてそこから出してあげるのが一番だとはわかっているんだけど」
『ええええ!?なんでですかぁ!?先生~!!!』
バンバンと扉を叩く音が聞こえる。やはり本人が言う様に隣の部屋にいるらしい。
『手伝ってあげたじゃないですか先生~!うわぁぁぁ~ん!!意地悪~~!!!』
「ぼ、僕の一存で出したら後で早瀬さんに怒られてしまうから……」
「先生の裏切り者~!!ユウカ先輩に言いつけてやる~!!!」
無線越しだった声がいよいよドアの向こうから聞こえてくる。どうしたものかと飛鳥はあたふたとしてから、
「そ、そうだ。こうしよう。今の依頼が落ち着いたら、一週間に一度くらいは黒崎さんに会いに来るよ。独りだけだと寂しいんだったね?」
そこでぴたりと声が止む。数秒の後、無線機から小声で、
『……ホントですか』
「約束は守るよ。君に感謝している気持ちは心の底からのものだとも強調しておきたい。手伝ってくれて本当にありがとう」
『で、でもあれくらい……大した事ないですよ?』
「君にとって大した事じゃなくても、僕にはできない事だった。そんな風に思わなくても、お礼をしたいというだけだよ」
『じゃあ!じゃあ!人生ゲーム持ってきてください人生ゲーム!私アレ大好きなんです!』
今度ははしゃぎ声が聞こえてくる。駄々をこねていた様子からの素早い転換は人懐っこい、というより人恋しいのだろう。無線機とドアの向こうの両方からコユキの声を聞きながら、飛鳥はユウカにどうやって面会を許可してもらおうかを早くも考え始めてしまっていた。
「じゃあ黒崎さん、僕はそろそろ行く。人生ゲームだったね、必ず持ってこよう」
「はい!いってらっしゃい先生!」
先程とは一転して喜び一色のコユキに見送られながら、飛鳥は反省室が並ぶ廊下を抜けて『鏡』が保管されている階を目指して単身での潜入を試みる。セキュリティシステムが機能不全に陥っている今の内に警備を素通りし、可能な限り目標へと近付かなければならない。法術が再び使用可能になるまでのクールタイムは五分、それまでに進めるだけ進むとしよう。
(一番は僕がさっさと見つけて、すぐに皆が退却する事なんだけど……)
早足で廊下を進み、階段を登っていく。弱々しい飛鳥の肉体はそれだけで悲鳴をあげ、まるで進まない。事前の作戦会議通りならばもうすぐ指紋認証がエレベーターに辿り着き、そこから押収物を保管する倉庫へ迎えるのだが、しばらく歩き続けたところで拭いきれない違和感に胸がざわついた。
廊下には警備ドローンが配置され、侵入者を待ち受けている。これらに関してはセキュリティをハッキングしたところで自立式で動くので、適宜排除するつもりだったのだが……もうすぐでエレベーターに到着するというのに一向に現れない。まるで最初から配置自体がされていないかの様に。下調べが食い違っているにしても、まさか死守するべき箇所の警備が皆無などあり得ないはずだ。
『不安なのはC&Cだけど、リーダーで一番強い生徒が今事情があって離れているんです。つまり絶好の機会です!』
作戦会議にて自信満々に語っていたコタマの顔が脳裏をよぎる。彼女が嘘を言っていたとは思っていないが、もしやという不安に飛鳥は唾を呑んだ。
C&Cのリーダーは一言で言うならば『嵐』なのだそうだ。とにかく強く、一度銃を抜けば確実な結果と被害をもたらすミレニアム最強の生徒と称されている。そんな彼女がもしも、もしもこの場にいるのだとしたら?
恐らく五分が過ぎた辺りにも関わらず、飛鳥は法術による瞬間移動に何故か踏み込めない。理論的なはずの彼が直感で『まだその時ではない』と判断したのである。
曲がり角が見えてくる。その先にエレベーターがある。できれば杞憂であって欲しい、と心から願いつつ飛鳥は角を曲がり、そして、ぴたりと少し長い廊下の奥に見えた人影に気付いて足を止めていた。上層階へ向かうエレベーターを守るかの様に、小柄な生徒が佇んでいる。制服の上から重ねられている派手な色の上着は、明らかに攻撃的だ。
「――――よぉ、アンタが飛鳥先生?遅かったじゃん」
悪い予感は完全に的中していた。C&Cのリーダーにしてミレニアム最強の生徒は最悪な事に飛鳥がやってくるのを待っていたのだ。
「そういう君は、美甘ネルだね?」
「質問に質問で返すなよな。まっ、別に確認しなくても良いんだけどよ」
「僕がここに来ると、何故?」
「ウチの生徒会長からの命令だよ。『飛鳥=R=クロイツは特殊な能力を持っている。調べてこい』ってな。まぁ要するにだ……知ってンだぜ、アンタがただのモヤシじゃあないってコト。ビーム出したりとか?」
ネルはゆっくりと廊下を歩いてくる。その両手にはサブマシンガンが握られていて、いつでもその銃口は飛鳥へ差し向けられる様に準備済みだ。
生徒会長、確か名前は調月リオ。視察の際にも多忙を理由に姿を現さなかった彼女がこのタイミングで、何故。疑問を抱き考察したくても、飛鳥は眼前の少女から意識を逸らせない。蛇に睨まれた蛙とはまさに今の状況を示している。ネルはニヤリと笑っているだけだというのに、体躯から放たれる威圧感は虚弱な飛鳥の精神を容易く圧倒している。
(間違いない。空﨑さんに匹敵する、いや……限りなく同等の実力だ)
「僕は生徒と戦うつもりはない。無意味だ」
「……正直な話な?あたしはあたしでアンタに興味があるんだよ。あのワケのわからねぇラジオを流すのはどんな奴なんだろうってな。そしたらどうだ、面白い事できるって言うじゃねぇか」
「つまり、君は」
「すげぇシンプルな話をするとな?あたしは、ちょーっとだけ見てみたいんだよ。先生がどんな力を持っているのかって……あー、そうだな。もしも見せてくれたら、アタシはここをどいてやるよ。それでリオの奴も満足するだろうしな?」
自分に力などない。そう訴えたところでネルは信じないだろう。口ぶりからして、間違いなく彼女とその裏にいる生徒会長リオは法術の事を知っている。
「生徒と戦うなんてイヤだってんなら、コミュニケーションだと考えりゃ良い。もしくは……正当防衛か?」
「……わかった。ただし、僕の力には制限時間がある。99秒、それが過ぎたら僕は死んでしまう。それまでにやめると約束して欲しい」
「心配すんなよ。そういうのはぜってーしねぇから」
観念してネルと戦う、否、ネルから逃げ延びるしかない。それで道を開けてくれるというのならば頷く以外に道はないだろう。もしも瞬間移動で逃げたとしても、地の果てまで追いかけられるかもしれないという考えまで脳裏をよぎる始末だ。
飛鳥はゆっくりと『本』を取り出し、開く。法力が満たされていく感覚に頷き、ネルへと向き直る。
「これで問題ない。それじゃあ―――」
「うしっ、手は抜くからな」
一瞬。ネルの体が左右にブレたかと思えば、二丁のサブマシンガンの銃口は飛鳥の目の前に突きつけられていた。次いで銃声が鳴り響き、飛鳥の意識は刈り取られかける。巨大兵器ビナーの攻撃を以てしても突破は不可能なバリアだが、攻撃された際の衝撃だけは確かに伝わる。思わずたたらを踏み、飛鳥は喉を震わせた。
何かを勘違いしていた。生徒とは尋常ではない力を持つ存在であり、法術があったとしても身体能力で言えば飛鳥など簡単に粉砕されてしまうのだと。
これは戦いとは呼べない、まさに防衛だ。
「……容赦がないな?」
「マジなんだな先生。いや、できるとは聞いてたけどよ。ハハッ、良いぜ……楽しめそうだ!」
ニヤリとネルが笑う。明確な敵意に、飛鳥の背筋を冷や汗が伝うのだった。
ネルがこんな事をするのかと無茶苦茶悩んだのですが、とりあえずやるしかないという事でこういう展開にしました。どうなんだろうマジで、わかんないマジで。
あと瞬間移動に関してなんですけどたとえ99秒に制限していても便利すぎてどうしたもんかねこれ!大変ですね、マスターオブソーサリー!
あとコユキは次のチャプターでも活躍するので、先行登場って感じです。