先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
『こちらゲーム開発部、準備オッケー。後は飛鳥先生からの連絡あるのみだね』
『名作タクティカル・エスピオナージ・アクションを思い出すね、この緊張感……』
「えーっと、こちらヴェリタス。通信の感度良好……モモイの言う通り、後はトロイの木馬こと先生の動き次第だね」
セミナーへ襲撃を仕掛ける、それも同じミレニアムに所属する生徒達が。まさに内輪揉めと言う他にない様相を呈しているが、学園そのものの規模を考えれば同じ括りに属しているだけと言っても過言ではないのかもしれない。事実、学園を統治する生徒会を相手取るというのに弱腰になっている生徒は誰一人としていなかった。
ロボカイはそんな模様を前線ではなく、ハレとコタマの二人と同じくヴェリタスの部室で見守っている。通信越しに聞こえてくるモモイとミドリの真面目なのかそうでないのかわからない態度に、彼は不安げな面持ちだった。
「おイ、アリス。大丈夫そうカ?無理はするなヨ……」
『アリスは全然大丈夫です。勇者なので、魔王突入には慣れています!』
「ふ、不安になってきタ……ワシもやっぱりついていくべきだっタ!」
「しょうがないよ、一番大切な『G.Bible』はロボカイの中に入っているんだから、何かあったらまずいし……」
本来ならば、ロボカイは最前線までアリスについていくつもりだった。しかし彼のメモリに転送された『G.Bible』に万が一の事があれば『鏡』の奪還作戦自体が水の泡になりかねない。データの再転送も考えられたが、『G.Bible』の機密を守りたいというモモイ達の要望により却下され、現在に至る。だが一番の理由はアリスがロボカイは前線に出ない様にと頼み込んだというものである。
『ロボカイが頑張ってくれたので、今度はアリス達が頑張ります!待っていてくださいね!』
「アレだゾ、くれぐれも無理だけはするんじゃないゾ!?」
ロボカイの心中は穏やかではない。もしも首から下が残っていれば、代わりに『鏡』を取りに行った事だろう。しかし今の彼はただの生首であり、まともに動く事さえままならないときている。これほどまでに今の姿を口惜しいと思った事など、未だかつてないと断言できた。
目に見えて不機嫌だと思ったのだろう、テーブルに置かれていたロボカイをハレはおもむろに持ち上げ、自分の机まで運んでいく。少しでも作戦に参加している気持ちにしたいのだろう。
「ロボカイは随分とアリスの事が気になるんだね。込み入った事情があるみたいだけど」
「ン……ワシにとってアリスはキヴォトスで初めて会った存在だ。多分、奴の方からしてもナ。それにワシの友達に似ていテ、そんな風に考えているとどうにも世話を焼きたくなル。不思議な気持ちダ。ついでにモモイ達も、見ている限りトラブルの塊としか思えなくテ……なんだかなァ」
「それはきっと、ロボカイがアリスの夢を笑っていないからだよ。聞こえてたよ、夢の話」
他人の夢を笑わない。たとえそれがどんなものであろうとも、各々が持つ大切な夢なのだから。
アリスにだけ話しているつもりだったのだが、しっかり聞かれてしまっていた様だ。ロボカイは少し恥ずかしくなりながらも、
「そういえバ、そうだナ。知ってるカ?アリスの奴、ワシの事を妖精だと思ってるんダ。本気で自分をゲームに出てくる勇者に近づけていテ、あんなデカい大砲を光の剣などと呼んでいル……悪くなイ。自分は勇者だなんテ、そうそう自信を持って言えないからナ」
「ふふ、多分、本当にロボカイは妖精なんじゃないかな」
「なんデ」
「勇者の事を心配して、勇者の夢を大切に思ってる。そんな事するの、お姫様か妖精くらいだよ。ロボカイはお姫様って感じじゃないから、妖精だね」
クスクスとハレは笑う。何がそんなにおかしいのやら、と怒るよりもロボカイはじっと彼女の言葉を反芻する。
最初はアリスから妖精だと言われて、その時は受け入れがたかった。どうせなら王様か戦士の方が似合っていると信じていたからだ。
次にアリスから助けを求められて、冗談めかして妖精だと名乗って『G.Bible』を転送させた。
けれど今はだんだんと、自身が妖精と呼ばれるだけの理由は十分にあるのではないかという嫌な確信がロボカイに芽生えつつあった。
「ワシは……妖精?いや、いやいやいヤ!ワシみたいなイケメンロボが妖精なのは無しダ!戦士、戦士にしロ!」
「しっ!待ってロボカイ」
『こちらモモイ!先生、じゃなくて!謎の協力者から連絡が来たよ!』
「待ってね……よし、セミナーのセキュリティがガラ空きになってる。凄いね謎の協力者、本当に魔法で穴を開けてる」
和やかな会話はモモイのはしゃぎ声にかき消される。交渉が決裂した事で移行していた第二プランが、トロイの木馬である飛鳥のハッキングを合図に始まろうとしているのだ。これにはハレも飛鳥の盗聴に集中して一切口を開いていなかったコタマも表情を引き締める。ロボカイも手持ち無沙汰ではあるが、シリアスな表情だけは浮かべておく事にした。
「セミナー側はすぐに態勢を立て直してくる。それまでにこっちの方で罠を仕込めるだけ仕込むから、実働部隊は先に動いて!」
『はい!それでは勇者アリス、吶喊します!光よ――――!!!』
通信越しにアリスのレールガンが火を噴き、何かを派手に破壊する音が聞こえる。中枢部に殴り込む電撃作戦なのだから、そうと決まれば隠密行動などしていられない。ひたすらに突撃あるのみだ。
それに合わせて、ハッカー達の動きも忙しなくなる。部室にはキーボードを叩く小気味よい音が聞こえ始めていた。
「ええと、構造を把握……セキュリティドローンの誤作動を誘発させて、差押品物保管庫へ続く指紋認証も……あれ、予定よりも崩し方が凄い。本来なら電力を落としてハッキングの隙を作るって話だったのに、これほぼ初期化じゃない?」
「流石せん……いえ、謎の協力者と言う他にないでしょう。かなり楽なので片手間でASMRが完成してしまいました」
「ええト、状況はどうなんダ?」
「これなら当初の想定よりも早く『鏡』は奪取できる。一番の問題は解消できたし、後はC&Cをどうするかかな」
「ですがそれに関しても、ここにいる我々でセキュリティを改竄し侵入者用のシャッターを操れば……できました。敵を分散させる事に成功!エンジニア部も動き出していますし、リーダーである美甘ネルもいません、これは我々の勝利と言っても差し支えないでしょう」
「そ、そこまで断言するのカ」
だが電子戦のプロであるハッカー集団ヴェリタスがここまで言うのであればロボカイから異を唱える事は
できない。作戦の成功を祈るばかりで、更に言うならばアリス達が何事もなく笑顔で帰ってくると期待する他にない。
部室に設置されている中でも最も大きいディスプレイには作戦に参加している各部員達がそれぞれ点として表示されており、全員が淀みなく動いている。見たところ、なんら問題はなさそうだ。
と、そこでロボカイは飛鳥の表示だけが無い事に気付いた。
「おイ、飛鳥は何処にいル?」
「飛鳥先生ですね。待っていてください、今建物内に設置されている監視カメラで探してみます。盗聴器にはGPSも仕込んでいるので……」
「ハレ、コイツはなんで捕まっていないんダ」
「まぁその、色々あって」
「見つけました。ええと、一番近くのカメラで……飛鳥先生を捉えました、映像出します」
コタマは素早くディスプレイの端に監視カメラの映像を転送する。廊下をひた走る飛鳥の姿がそこにはあった。これでもかという程手を振り、脚を動かしているがあまり進んでいるとは言えない。むしろ途中で急に足を止めたかと思えば、膝に手をついて今にも死にそうな荒い呼吸をしている。
「魔法があるとは言エ、大丈夫なのか奴ハ」
「先生が向かう先にはセキュリティドローンが配置されています。本人の申告通りならばさしたる問題では……あれ?」
そこで、初めてコタマの声色が変わった。ハレもロボカイも何事かとそちらを向けば、彼女は額にうっすらと汗をかき始めている。
「な、何故?情報ではいないはずなのに」
「コタマ先輩?何か問題が?」
「こ、これを……」
ディスプレイに新たな画面が表示される。映っているのは差押品保管庫がある最上階へ続くエレベーターホールなのだが、そこに生徒が一人佇んでいる。映像越しでも羽織っているジャケットの荒々しい絵柄が見えた。
「あわ、あわわわわわ」
「せ、先生に伝えないと!」
「まさかとは思うガ、アレはいるはずのないネルって奴カ!?今日はいないと聞いていたゾ!?」
「そ、そのはずなんですが、どうして!先生に連絡する手段……!」
「ユウカに没収されてるから無理!先生がミンチにされちゃう!」
「ミンチィ!?」
作戦開始時のご機嫌さは何処かへと消え失せて、ハレとコタマは大慌てで飛鳥への連絡を試みるが、どうにもならない。通信機能を有している機器を持ち合わせていないというシンプルな問題によって飛鳥は眼前に迫る危機を知らないままでC&Cのリーダーへと自ら向かっていく。
「と、というかここにネル先輩がいるのなら最上階への侵入は不可能に近いのでは……!?」
「とにかく実働部隊に連絡を!」
『こちらモモイ!何事?今、ユウカのロボット部隊と大激戦なんだけど~!』
『お姉ちゃん前見て前!ひゃあっ!?アスナ先輩まで来た!』
『光よ────!』
「あわわわわ、あわわわわわわ」
「コタマ先輩落ち着いて!こうなったら、飛鳥先生がなんとかしてネル先輩を押さえ込んでくれると信じるしか……!」
動揺を超えて微振動に至っているコタマをよそに、ハレとロボカイは飛鳥の動向を注目する。
息を切らしながら飛鳥はエレベーターホールへと向かっていき、そして遂にネルと遭遇してしまう。サブマシンガンを手にしている敵に対して彼は何やら話しかけているが、上手く行かなかったのか魔法を発動する為の本を取り出し、戦闘態勢へと移った。が、次の瞬間驚異の速度で肉薄したネルの銃撃に襲われる。魔法で防ぎこそすれど攻撃の速度に対応できていないのは明らかだった。
「コタマ先輩、動かせるセキュリティドローンがあればあの廊下に!モモイ達の援護も!」
「このままだと全滅……やれる事をやらなければ」
状況を把握して、二人のハッカーは即座に対処するべく再びキーボードへと向かう。想定外の事態に置かれながらも迷いのない判断力にロボカイは感心しつつ、自分にも何かできないかと視線を彷徨わせていた。
「わ、ワシにできる事ハ?」
「無い!」
「ム、ムムム」
飛鳥は大ピンチ、加えてアリスも不利な状況に立たされている。作戦に臨む全員が何かしらの役割を持ち戦っているというのに、自分だけ何もできない無力感にロボカイは歯噛みした。
作戦の進行は僅かに滞り始めていた。このままではいずれ形勢が逆転してしまいかねない。危機を打開する為の一押しが必要なのだ。
「ヌゥ!おいハレ、ワシも動くゾ!」
「でも」
「このままだと作戦は失敗してしまウ、そうしたらどの道ゲーム開発部は廃部ダ!こうなったらやれる事を全部やらせロ!」
「……一理あるね。仕方ない、それならエンジニア部から預かっているものをロボカイに託すよ。いざとなった時の為に、彼女達が専用のボディを作ってたんだ」
「ボディ……?ウタハの奴、短い時間でそんなものヲ!?」
「今準備するね!」
エンジニア部の技術力は素直に評価できる。発声機能も直してもらえただけでなく、心なしか生首ながらも調子が良いと感じる程なのだ。であれば新しいボディも間違いなく高性能なものに違いないと、ロボカイはどの様なものか早く確かめたかった。
ハレは勢いよく椅子から立つと、部室の隅に無造作に置かれていた段ボール箱へと駆け寄って、中に入っていたモノを取り出して床へと置いた。ウタハがロボカイの為に作り出したという新しい体、それは……円盤状のドローンである。中心に何かを接続するらしいコネクタがあり、恐らくそこにロボカイを乗せるのだと思われる。
ロボカイは言葉が出なかった。ボディと言うより何か禍々しい合体を行うのだと見せつけられ、怒りを通り越して泣きたくなった。
「さぁ、ロボカイこれに」
「他にはないのカ……?」
「これと戦車の二択なんだけど」
「嘘だロ。ウタハの奴、本気カ!?アイツゥゥ!!」
しかし文句を言っている場合ではない。生首状態から脱して援護に向かう事ができるのならば選り好みなどしていられないと涙を呑んで、ロボカイは苦悶の声を上げながらドローンへと自身を接続した。
「……こうやって接続できるのモ、ウタハの奴が勝手に弄ったんだナ」
「うん、まぁ、その、うん」
「良イ!ワシがボディを欲しいと言ったんだから文句は後にすル!くそゥ、結構出来が良いぞこレ!」
ドローンボディと接続したロボカイは頭からプロペラを出さずとも、滑らかに素早く上昇し浮遊してみせた。それだけでウタハが細かな調整をしてくれたのだと理解でき、複雑な感情に苛まれたロボカイは口をモゴモゴとさせる。
「武器とかついてるのかこレ?」
「前に出て戦う事は想定していないけど、閃光弾と煙幕弾を搭載してるよ。サポート特化だね」
「結構ちゃんとしてるのが腹立ツ。じゃあ行ってくるゾ!」
「通信機能までついているから安心して。しっかりサポートするから、頑張ってね妖精ロボカイ!」
ハレとコタマに見送られながら、新たな力を手にしたロボカイは颯爽と部室を飛び出す。目指すは激戦が繰り広げられるセミナー本部である。
スイと加速し、ロボカイは廊下を突き進んでいく。その速度たるや、まさに風を切ると言ったところだ。
「待ってろヨ、アリス……!」
妖精ロボカイは行く、勇者の元へ。