先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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ワシらは二人三脚

「オラオラどうしたァッ!守ってばっかかァ?」

「ううっ……!」

 

 シンプルに速い。法術による防御により飛鳥が傷を負う事はないものの、ネルが繰り出す怒涛の攻撃には対処どころか守りに専念する以外にできる事などない。とにかく壁を作って耐え忍んでいた。

 戦闘が始まってもうすぐ一分。まるで飛鳥は動けず、ネルのサンドバッグ状態である。助けが来る様子もなく、彼の脳内には嫌な想像がじわじわと湧き出ようとしていた。

 

(僕、死ぬんじゃないかこのままだと……)

 

 あらゆる破壊をもたらす力を持つ法術といえど、使い手が戦いそのものに精通していなければ何の意味もない。格闘術などもっての他、反射神経まで人並み以下の飛鳥ではネルの攻撃を捌く事さえ難しい。かつて怒りに燃える旧友の攻撃を容易く受け流したが、あの時も内心では少しヒヤヒヤしていた程である。

 何より疲労で足がプルプルと震え出していた。反省室を抜け出してから廊下を走り階段を登っただけなのだが、それだけで飛鳥の肉体は限界を迎えていた。口の中には先程からずっと血の味がするし、心臓の鼓動がうるさすぎる。

 

「あうっ」

 

 そして遂に戦いの真っ只中だというのに飛鳥はぺたんとその場で尻餅をついてしまっていた。攻撃を避けようと一歩下がろうとした瞬間にカクン、と膝が折れたのだ。これにはネルも思わず足を止めてしまい、目を丸くする。何かの罠かと疑いたくても、勢いよく崩れ落ちたからか痛そうに尻をさする飛鳥を見ればそうではない事が明らかだろう。

 

「てめぇ、何やってんだ……?」

 

 ネルの口を突いた言葉は純粋な疑問で、これに対して飛鳥は珍しく拗ねる様に目線を逸らしていた。

 

「いや、僕はこういうのあんまり得意じゃないから……足を捻らなくて良かった。お尻は少し痛いけど」

「得意じゃねぇって、今何もねぇところで勝手に転んだだろ」

 

 そこで飛鳥は顔を赤くする。自分より年下の子供に対してちょっとした言い訳をしただけでなく、それをハッキリと否定されてしまえば流石に羞恥心の一つや二つは湧いてしまう。

 

「き、君の攻撃を避けようとしたんだ。それで、申し訳ないんだけど、足がもう生まれたての子鹿に近い。手を貸してもらえないかな」

「あぁ!?なんでだよ、この状況でてめぇをあたしが助ける理由何処にもねぇぞ!?」

「それはそうなんだけど、実は足にあまり力が入らないんだ。ほら」

 

 飛鳥が恥ずかしげに赤面しながら足を指差す。言われるがままに視線を落としたネルはプルプルと震える両足を見て、また目を丸くした。何が何だかまるで理解できていない、そんな面持ちだ。

 これには飛鳥も唇を少し噛んだ。以前アビドスの生徒達と交流していた際にはどちらかと言えば気遣ってもらっていただけに、笑うわけでもなく怒るわけでもなく、ただただ驚愕するネルの目に対して気恥ずかしさを感じずにはいられない。

 ネルは頭をガリガリと掻く。それから重いため息をつくと、おもむろにサブマシンガンを仕舞い込んで飛鳥へと手を差し伸べてくる。表情は呆れているというより、完全に気が抜けている。

 

「ちっ、仕方ねぇな。おら」

「あ、ありがとう。本当に申し訳ない」

 

 心からの感謝を口にしながら飛鳥はネルの手を握り返し、引っ張られながらヒョイと立ち上がる。全力で踏ん張りなんとか仁王立ちの姿勢を維持するが、やはり膝は笑っている。

 

「やっぱり鍛えるべきかな。これじゃあいつか本当に死んでしまう……どうかな、美甘さん。君は見たところとても運動神経が良いみたいだけど」

「……てめぇな、どういうつもりなんだよマジで……?んなもん、ランニング毎日やりゃ良いだろ。自転車漕ぐとかよ」

「自転車、やはり必要か。ああいやでも、砂狼さんに知られたらどうなるか。やっぱりランニングか……」

「あのよー!あたし、アンタの敵!アンタ、あたしの敵!だろ!?何仲良く話しかけてんだ!?」

「そ、それなんだけどもう99秒は過ぎたから魔法は使えないんだ。だから戦えないし……あと五分くらい待ってもらえないかな」

「はぁ!?てめ、てめぇ……調子狂うなおい」

 

 飛鳥としては全て本気である。本気でネルに話しているのだが、何処かズレている彼の感性は窮地にあっておかしな発言を見せてしまっている。話せば話す程にネルは首を傾げながら苛立ちを抑えられずにガリガリと頭を掻き始めていた。

 なんとなく剣呑としていた空気が柔らかなものになりつつあるのを感じ取り、飛鳥は恐る恐る、

 

「それで、99秒経ったしエレベーターに乗っても良いかな」

「良いわけねぇだろ。てめぇ99秒あたふたして尻餅ついて終わりだったのに、何やりきった顔してやがるんだよえー!?」

「駄目だろうか」

「駄目だろうが!ビームとか出してたんだからあたしにもやれよな!」

「できないよ。僕は先生なんだから、生徒である君に攻撃なんて……」

「か~!話のわからねぇモヤシ野郎だなてめぇは!?」

 

 到底却下される。飛鳥としてはこれ以上の戦闘などまったく望んでおらず、できる事なら無血開城で通して欲しいのだが、怒りに燃えるネルの顔を見れば生半可な言葉ではむしろ火に油を注ぐのがオチだ。

 飛鳥は足をプルプルと震わせ、ネルは体をプルプルと震わせる。廊下を支配する空気は緊迫感よりも子供と子供の喧嘩に限りなく近付きつつあった。

 

「ったく、とんでもねぇ事しでかす大人なんて言うもんだから期待してたら、こんなモヤシ野郎だとは思わなかったぜ……リオめ、もちっと調べろよな。あーモヤモヤする!」

「君は僕と戦いたかったんだね?それなら、僕は降参だよ。それで打ち止めって事にはできないかな」

「アホか!そんなもんつまんねぇだろーが!あたしはあんたと正面からぶつかってみたかったんだよ!」

「……なるほど、バトルジャンキーという奴か。馴染みのある概念だ。僕には実践できないけれど」

「馴染みぃ?どうせ映画で見たとかそんな辺りだろ?」

「いや、気に入らないものはとにかく殴り飛ばす性格の友人がいてね。多分、君とものすごく波長が合うと思うんだ。機会があれば、会えると思うんだけど」

 

 そこでネルは片方の眉を吊り上げた。どうやら飛鳥の友人に対してほんの少し興味が湧いたらしい。なんとかこの話を餌にしてエレベーターに乗れないものだろうか、とここに来て飛鳥は冷静な思考で取り入る為の策を練り始める。

 

「どんな名前なんだよ、そいつ」

「ソル……いや、フレデリックという男だ。昔程の強さはないけれど、拳一発でそこらの壁くらいなら平気で穴を開けられてしまう。純粋なフィジカルで言えば僕は絶対に敵わないと思うよ」

「へぇ?で、何処にいんだよ?」

「……キヴォトスの外、かな。連絡も取れない」

「んだよぉ、肩透かしだっつーの。あー、もう白けるぜ。先生はモヤシだし、まともに戦おうともしねぇ」

「じゃあ、そろそろエレベーターには乗っても良いかな」

「それとこれとは話が別だろ。先生はあたしの出した条件を満たせる基準になってねぇんだ、うなずけるかよ」

 

 少しは隙になるかと思ったが、大前提としてネルは飛鳥を通すつもりが一切無い。では要求に応じて法術で戦うかと問われれば、微妙なところである。というのも距離があまりにも近い。下手な動きをしようものなら蹴りの一発でも叩き込まれるだろうし、かといって距離を取る為の術も動き出す時点で止められかねない。

 ではどうすればネルを抑えられるのか。それは至極簡単で、物理法則に介入してこの廊下一帯を真空状態にしてしまえば良い。意識を断絶させれば幾らキヴォトスの生徒と言えど耐えられないはずなのだ。だが先生は、そんな事を生徒に行えない。飛鳥には超えられない一線が存在するのだ。

 

「先生、二択だぜ。ここでずっとあたしといるか、あんたが本気を出すかのどっちかだ」

「……」

「だんまりかよ。あたしも動く気のねぇ奴に攻撃するなんて願い下げ――――」

 

 そこで言葉が途切れた。ネルが立っている場所の真横にある壁をぶち抜いて何かが彼女に激突し、そのまま反対側の壁まで突き破っていったのだ。一瞬の出来事に飛鳥はその場で立ち尽くし、あまりの出来事に口をあんぐりと開けていた。

 一体全体何事か、恐る恐る破片がパラパラと落ちている壁の大穴を覗き込んでみる。するとそこには、見慣れた顔が並んでいた。

 

 

 大激戦である。『鏡』が眠る差押品保管庫を目指し三つの部活が協力して挑む電撃作戦、その要と言っても良い最上階へ続くエレベーターに続く広場ではゲーム開発部のモモイ、ミドリ、アリスの三人とユウカ、そしてC&Cのメイドによる銃撃戦が繰り広げられていた。飛鳥がネルと対峙しているすぐ真横である。

 

「モモイ!ミドリ!そしてアリスちゃん!いい加減に投降した方が痛い目を見ずに済むわよ!」

「誰が投降するかー!ゲーム開発部はセミナーの圧政に対して徹底抗戦するもんねー!」

「ゲームの自由をー!」

「貴方達ねぇ!?元はといえばそっちがまともに活動してないからでしょうが!」

 

 ライフルをこれでもかという程に連射しながら、才羽姉妹とユウカの舌戦は収まるところを知らない。感情の昂ぶりをそのまま銃弾に乗せていると言っても過言ではないだろう。だが威勢こそ良いものの、ゲーム開発部側の形勢は微妙に不利であった。その原因は、常にアリスへと牽制の銃撃を放っているC&Cのメンバー、一之瀬アスナにある。

 メイドの服装で戦場を駆け、敵を掃除する。C&Cの理念であるそれを、銃撃戦の中でアスナは冷静に行っていた。

 

「うう……光の剣が撃てません」

 

 アリスの携行するレールガンは一度放てば、容易く敵を撃滅しうる火力を有している。本来ならばユウカ達が隠れている遮蔽物も簡単に吹き飛ばし有利な状況に持ち込めるはずなのだ。ところがエネルギーチャージを終え、発射しようかというその時に合わせてアスナはこまめに銃撃を合わせてくるのだ。

 

「ふふふ、撃たせないよ?そんな大きな大砲、動きが読めちゃうもん!」

 

 アリスが遮蔽物から顔を出そうにも、それに合わせてアスナが的確な銃撃で妨害する。火力を欠いたゲーム開発部の隙を突き、ユウカが操る攻撃ロボットが波状攻撃で抑え込んでしまう。まさに戦闘のプロと言っても良い攻撃に、流石のアリスも口をへの字に曲げていた。

 

「HPもMPも十分……でも、チャンスが見つかりません!モモイ、ミドリ、どうしますか?」

「どうするもこうするも、八方塞がりだよぉ!」

「このままじゃ、押し切られちゃう……!」

 

 アリスはロボットである。現状の把握はそこまで難しくはない。むしろ、ハッキリと理解してさえいる。この調子では決定打を与えられて守りが崩れ、全員ユウカに捕らえられてゲームオーバーだ。

 けれど逃げるという選択肢を取るつもりはない。ここで逃げてしまえばロボカイの頑張りが無駄になる。

 

(勇者として、アリスは全力で……)

 

 おかしなロボである。生首でふわふわと浮いて、言葉遣いは悪い。それでも、アリスからすれば目が覚めた時に、言うならば生まれた時そばにいた存在なのだ。ゲームというものを教えてくれたモモイ、ミドリ、そしてユズ達に巡り会うきっかけとなった存在なのだ。

 きっと彼は妖精に違いない。アリスは最早確信の域に達していた。勇者を目覚めさせ、導く妖精。それこそがロボカイなのだと。ならば、勇者としての責務を果たし仲間達とこの戦いを切り抜けなければ……!

 

「―――ケ!どけどけどけどけどケ───!!」

 

 その時である。背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。少ししゃがれていながら、親しみのある声が。

 アリスは思わず振り返り、仰天のあまり声をあげそうになった。ロボカイだ。円盤に首を接続させて、異様なスピードで飛んできている。その後ろにはユズも必死の形相で続いていた。突入の際にはぐれていたのだが、思わぬ味方を引き連れて追いついたのだ。

 

「ロボカイッ!」

「ユズがぶっ放すぞォッ!しゃがメ───!」

 

 叫び声にモモイとミドリも気付いて、反射的に体勢を低く下げる。アリスも続いた。真向かいにいるユウカ達だけは、突然の援軍に反応が遅れている。

 

「やってしまエ!ユズッ!」

「は、はいぃぃ!グレネード、行きます!」

 

 全力疾走の果てにユズが叫びながら放ったグレネード弾が広場へと放たれ、炸裂する。敵のロボット達が爆風によって一気に散り散りとなり、ほんの僅かであるが波状攻撃が緩んだ。だがこれだけではまだ完全な隙であるとは言い難い。

 

「ええーイ!そこにワシダー!アリス、貴様ならいけるだろウ!」

 

 ロボカイが接続している円盤から続けて吐き出された何かが、今度は広場をたちまち煙で埋め尽くしていく。煙幕弾を打ち出して敵の視界を阻んでくれている。

 アリスはすぐにロボカイとユズの作戦を理解した。グレネードと煙幕弾の連続攻撃によって敵陣を崩し、続けて視界を埋め尽くした。普通ならば煙が晴れるまでは下手な攻撃はできないが、それはアリスには当てはまらない。

 

「十時の方向、確かに見えています!光よ───!!」

 

 正確に、狙いを澄ましてアリスはレールガンを放った。煙幕の中で確かに捉えたアスナめがけて。

 

「へぇ!?凄ーい!これはちょっと予想外ぃぃぃ~~!!!」

 

 着弾したであろう破壊音と共にアスナの声が遠ざかっていく。レールガンの衝撃により煙が薙ぎ払われていき、彼女がいたであろう場所に目を凝らしてみれば、凄まじい穴が空いている。どうやら壁ごと吹き飛ばしてしまったらしい。十分なチャージによる砲撃であると考えれば納得の火力だ。

 

「ひゃああ!すっごーい!流石アリス、ユウカも今の衝撃で気絶しちゃったみたい!」

「凄いよユズちゃん!それに、ロボカイも!」

 

 一気に形勢が逆転し、喜びのあまりモモイとミドリはぴょんぴょんと跳びはねながら駆け寄ってくる。アリスの隣にはひぃひぃと喘ぐユズと、いかにも軽快そうなロボカイが追いついてきていた。仲間の手助けもあり、無事に勝利を掴んだという実感が湧いてきて、アリスはにっこりと笑ってしまう。

 

「勝利です!やりました!ユズ、ロボカイ、助かりました。グッジョブです!」

「と、途中で皆とはぐれちゃった時は本当にどうなるかと思ったけど、ロボカイが急に後ろから飛んできて……こっちだこっちだって」

「あ、そうだよロボカイ。なんでここに?部室にいるはずじゃ」

「ふン、ワシはそこの勇者のお目付役というわけダ。事実ワシがいなけりゃ貴様ら大ピンチだったんだゾ~。敬えヨ~」

「んにぃ~ムカつく~、でもありがと~!」

 

 グハハハハとロボカイは笑って空中で一回転し、それから咳払いをしてアリスへと向き直る。彼はヴェリタスの部室で夢の話をしていた時に同じ様に真面目な声で、

 

「ワシと貴様は二人三脚。助け合いだ、ナ?」

「……はい!でもやっぱりロボカイには足がありません!」

「喩えダ!喩エ……!ふっ、ふふふふ、ヌハハハ!」

 

「―――皆、こんなところにいたのか」

 

 不意にそんな声が壁の穴から聞こえてくる。全員でそちらを向くと、驚きに染まった表情で飛鳥が顔を出している。何処にいるのかと思いきや、壁を挟んですぐ隣にいたらしい。アリスは勝利の余韻に浸りながら手を振った。

 

「魔法使い飛鳥先生!無事ですね!」

「ぶ、無事ではあるけれど……今の爆発?は君達が?」

「そうだよ、先生!もうアリスがバァーンとやっちゃったんだから」

「それは良いんだけど、君達の攻撃はちょっとまずい事になったかもしれない。さっきまでそこにいた、あ……」

 

 飛鳥の顔が突然引っ込んだ。誰かに引っ張られた様に見えるが、よく見えない。どうしたのだろうと顔を見合わせていると、入れ替わる様にコツコツという足音が近付いてきていた。飛鳥の靴ではない。

 

「……おい、アスナ。何遊んでやがんだよ」

「あははごめんリーダー!でもあの子達強いし、何より楽しいよ!」

「ちっ。デケぇケツで思い切り突っ込んで来やがって」

 

 アリスが開けた穴から、吹き飛ばされたはずのアスナを両腕で抱えて、小柄な少女が現れる。C&Cのユニフォームであるメイド服を身につけて、険しい顔つきのあまり鬼を思わせる憤怒の表情を浮かべるその姿に、アリスを含めた全員が「え」と気の抜けた声をあげてしまっていた。

 

「おいてめぇらか。ウチのアスナを吹き飛ばした挙げ句、あたしにぶつけやがったのは。壁にめり込んだぞコラ」

「な、なんでネル先輩がここに」

「まさかちょうどそこにいるとは流石のワシでモ……」

 

 美甘ネル。ミレニアムサイエンススクール最強の生徒。本来ならばこの場に居合わせるはずのない強大な敵を前にして、先程までの勝利の喜びは消え失せてしまう。

 モモイは口をぱくぱくと動かし、ミドリは絶句し、ユズは顔面蒼白に、ロボカイもどうしたものかと目を泳がせていた。アリスだけは正面からネルを見つめ返すが、それでも緊張に唇をきゅっと結ぶ。

 

「……まぁ良い。先生の方は期待外れだった。んじゃC&Cに一発くれてやったチビ共に焼き入れてやるとすっか」

 

 ギラギラとネルの双眸が光る。これまでにない強烈な敵意に、アリスは反射的にレールガンの持ち手を強く握りしめるのだった。

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