先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
─Grandpa Frederick A─
「あーあ、折角の月面着陸もあっという間だったわね。私達、とんでもない偉業を達成したっていうのにあっけないものね」
「だったらあの飛鳥と一緒にいりゃ良かっただろう。あの野郎に手料理でも振る舞えば、少しは喜ばれたかもしれねえぞ」
「ううん。私がいたらむしろ邪魔だったと思うし、何より彼は今こそ独りでいるべきなんじゃないかしら」
「どういう意味だ?」
「自分探しの時間よ」
『ファイアホイールMK-Ⅲ』。フレデリックが別の名前を名乗っていた際に使役していたサーヴァントと呼ばれる存在をモチーフに作り上げた二輪バイク『ファイアホイールMK-Ⅱ』を改良した、趣味の一品である。MK-Ⅱと比較して大きな点はハンドルがチョッパーハンドルに変わっている事だが、フレデリックはこの仕様ならば体で風を感じられるので喜んでいる。ジャック・オーの為に設けたサイドカーは大型化しており、MK-Ⅲそのもののボディは正面から見ればトラックと見間違う程に大型化していた。
MK-Ⅲのハンドルを強く握りしめたままで、フレデリックはジャック・オーへと視線を投げかけた。
「自分探しだ? モラトリアムだなんて言える時期をとっくに過ぎてるだろうが」
「いいえ。彼は飛鳥君であって、飛鳥君じゃない。たとえ本来の飛鳥=R=クロイツの記憶と価値観を引き継いで作り出された存在だとしても、この世界に生まれ落ちたという点では赤子と言って良いと思う。そうね……世界五分前仮説みたいなものよ」
「あの飛鳥を形成する記憶も、精神も、本物であって偽物だと?」
「そういう事。本物だと実感したとしても、もう一人の飛鳥君は心の何処かで当事者ではないと感じているはず。昔の私みたいなものね」
フレデリックはジャック・オーの言わんとする事が理解できた。彼女は以前の自分と飛鳥=R♯を重ね合わせているのだ。アリアという女性の器として作り出された、誰でもない存在だった自分と。
「昔ね、私を叱ってくれた人がいたの。自分の価値を数値化するなんてやめて、平凡な明日を願えって……言っておくけど飛鳥君じゃないわよ? 彼、そういうの苦手な方だから」
「じゃあ何処のどいつだ? そんなロマンチックな言葉をお前に贈ったのは」
「貴方が聞いたら、すごーく嫌そうな顔をする人」
「ああ……?」
フレデリックの頭の中でいわゆるクサい言葉遣いを繰り出すであろう人物達が並んでいく。その中から最もそれらしいと思う男をピックアップして、
「アクセルか? アイツなら口説き文句の一つや二つ、息をする様に吐きやがる」
「ブブーっ! 貴方、むしろアクセルの事になるとちょっと笑う方じゃないの」
「うるせぇ。さっさと言え」
「それはね、レイヴンよ」
「レイヴンだぁ……?」
フレデリックは思わず顔をギュッと歪め、本当なのかと疑わしい表情を浮かべた。それを見たジャック・オーは「ほらね?」と言わんばかりに彼の顔を指差す。
「やっぱり、すごーく嫌そうな顔した」
「当たり前だ。あんな気味の悪い変態野郎の口からそんな言葉が出てくるとは到底思えねぇ」
「あら? 彼、結構根は優しいのよ。哲学的な一面を持ってたりね?」
「ああ……?」
「ちょっとぉ、その顔やめてよね。失礼じゃないのレイヴンに……おほん、ともかくね? 私はあの飛鳥君にもっと色んな感情を持って欲しい。飛鳥=R=クロイツに似せたものではなくて、彼自身にしか持ち得ないものを。今、この世界にいる飛鳥君は月にいる飛鳥君だけなんだから」
「お前も、結構ロマンチックな事を言いやがる。考えてみろ、飛鳥が二人いるだけでも軽い悪夢なんだぞ。そこから別々の人格にでもなったら、今度はアイツら二人で何をしでかすやら……」
そんな風に漫才じみた会話をしている間に、フレデリックとアリアの二人はイリュリア城へと近付きつつあった。
イリュリア連合国、ヨーロッパ諸国が寄り集まって作り上げられたであり、アメリカ、中華連邦、南半球オセアニア連邦と並んでG4に数えられる国家だ。三人の王によって統治されている事からも、その規模が窺える。
そんな連合国の首都であるイリュリアの城へと向かう理由は、フレデリックのライバルであり、友でもあるカイ=キスクが国を治める三人の王の一人だからだ。
「かったりぃな、あの城の雰囲気はどうにも好かねぇ。どいつもこいつも襟を正してやがる。酒を飲むのにわざわざ地下まで行って、図書館みたいな古臭い倉庫を右へ左へと行かなきゃならねぇんだぞ」
「だからって倉庫の扉を粉砕する理由にはならないと思うんだけど?」
「……誰から聞いた、その話」
「第一連王様?」
「仮にも統治者なら、ちったぁ口は硬くしやがれ……」
「えー? でも良いじゃない、微笑ましい話で。カイからしたら貴方はお義父さ───ひゃぁ!?」
ジャック・オーの言葉を遮って、否、遮る様にフレデリックは思い切りエンジンを噴かし加速する。サイドカーの中で体勢を崩しかけたジャック・オーは口を尖らせて運転席を睨みつけた。フレデリックの表情は巌の如く厳しい。
「ちょっとぉ! 舌を噛むところだったわよ!」
「どうせなら噛め。噛んで黙っとけ」
むっとジャック・オーが頬を膨らませて不満を表しても、フレデリックは更に不機嫌そうな表情で迎え撃つのだった。
※
西暦2188年、それがフレデリック達の生きる時代である。幾度かに渡って引き起こされた人類存亡の危機を乗り越えて、真に平和と呼べる様になった今日。イリュリア城は穏やかな世界を見下ろしている。
かつて電子機器が一斉に使用不可となり、新たなエネルギー『法力』が発見された『再起の日』から、文明の在り方は二〇世紀以前へと回帰していた。化石燃料や発電と言った人類が抱える難題が法力で解決された一方で、聖戦と呼ばれる争いによって引き下がられた文化はそのまま現在に至るまで残っている。さながら中世の如きイリュリア城が美しく、全盛を誇る理由の一端はそこにある。
聖騎士団。聖戦の際に設立され、人類と生体兵器『ギア』の間で繰り広げられた血みどろの争いの中で、最後まで戦い続けた者達。第一連王カイは二〇代という若さで騎士団長を務め上げた秀才であった。
英雄。誰よりも先頭に立ち、希望という名の光を掲げ続けた男。そんなカイの玉座である王城は、騎士団が解体されてもなお、彼の誇り高き精神を形としているかの様だった。国民もカイを心から尊敬し、イリュリア城にも同等の目で見上げている。
「相変わらず堅っ苦しい城だ」
ただ一人、フレデリック・バルサラという男を除いて。
「貴方ねぇ、久しぶりに来たっていうのに一言目はそれなの?」
「うるせぇ。気に入らねえもんは気に入らねえんだ。そら行くぞ、向こうはさっさと来て欲しくてウズウズしてやがる」
怪物の如きMK-Ⅲの巨体から地に足をつけて、フレデリックは王城の正門へと堂々とした足取りで向かっていく。ジャック・オーも遅れてその後に続く。彼の言葉通り、正門を固める門番達は明らかにソワソワした様子で来訪者を待ち侘びていた。
正門前に立ったところで、屈強な鎧を身に纏う門番は踵をビシリと合わせて敬礼の姿勢を取る。踵の鋼と鋼がぶつかり合い、よく響く高音が弾けた。
「ソ───! フレデリック・バルサラ様! ジャック・オー様! お待ちしておりました!」
「カイの野郎は?」
「第二連王、レオ・ホワイトファング様と共に会議室におります! ご案内しますね、ソル───じゃなくてフレデリック様!!」
なんとも若々しい騎士である。門番を務めている辺りそれなりに武勲を立てているのだろうが、兜越しに見える敬愛に満ちた眼光とうわずった声色に、フレデリックは思わず苦笑いをしていた。
「おい、お前」
「は、はいぃ! なんでしょうか!」
「俺はフレデリック・バルサラ。ちと理由があってテメェんとこの王様と知り合いなだけの、バイク屋の店主だ。誰かと間違っちゃいねえか?」
「は、はうっ!? え、ええと……!」
意地の悪い質問に対して、ジャック・オーはやれやれとかぶりを振った。若き騎士は自分の考えている事が筒抜けであると今になって気付き、フレデリックに対してどう弁解すれば良いものかとあたふたし始める。
言葉を間違えればぶっ飛ばされる。フレデリックは言外にそう仄めかしていた。
「ひ、人違いでした! 申し訳ありませんソル・バッドガイ様!! あっ!?」
思わず口を両手で抑え、騎士は息を呑む。きっと兜の裏では顔面蒼白になっている事だろう。事情を知る者がいれば、こめかみを押さえてしまうに違いない。
フレデリックは手を伸ばす。もうおしまいだと言わんばかりに「ひぃ!」と若い騎士が震えながら悲鳴をあげ───その肩にポン、と大きな手が乗せられた。フレデリックの手である。
「へ……?」
「ソル・バッドガイだぁ? 死んだ英雄サマに似てると言われるとはな。おいジャック、似てるか?」
「似てるんじゃない? その笑顔とか」
フレデリックは笑っていた。口の端をニヤリと歪め、不敵に。
それを見た騎士は一転して、「ほえええっ」と感嘆の声をあげていた。
「カイの奴は中で待っているんだな。案内はいらねえよ、ここの事はよく知ってる。テメェはここで変な奴が来ねぇか見張ってろ」
「わ、わっかりましたぁ!」
肩をポンポンと叩き、フレデリックは騎士の横を通り過ぎる。ジャック・オーが呆れた顔でその後ろを歩いていく。
と、おもむろにフレデリックは踵を返し、
「おい」
騎士は振り返った。まだ興奮冷めやらぬ様子だ。全身を震わせているおかげで鎧がガチャガチャと音を立てている始末である。
「ソル・バッドガイが好きなのか?」
笑みを浮かべたまま、フレデリックは問いかける。
そこで、鎧の震えはピタリと止まった、
「───はい。私の、俺の尊敬する人です」
「見た事があんのか?」
「間近で。もう、こんな、目の前で。瓦礫の撤去作業中に、俺の頭に降ってきた大きな瓦礫を……拳一発で粉砕しちゃったんですよ」
そこでフレデリックは「ハッ」と笑った。そういえばそんな奴がいた、と。
普段は門番をやっているか、それともあれから色々あって門番になったのか。どちらにしても、
「そいつは、イカしてやがる」
そう言って、フレデリックはジャック・オーと共に遠隔操作で開かれた正門から城内へと入っていくのだった。
若い騎士……ちょっとニクい感じの事をやりたくて書いていたんですがここは二次創作らしく好きにやっちまおう!と思いました
誰?となった人はyoutubeで公開されているXrd REVELATORの第一話をチェック!