先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
そして毎回挿絵を書いてくださっているウルト兎さんに感謝します。これからもよろしくお願いします。
平和とプリンとレッドウィンター
スロットマシンが唸る。金と欲望を吸い込み、際限なくグルグルと回り続ける。ボタンを順番に押していくと、三つのスロットがそれぞれゆっくりと止まっていき……見事に『777』の図柄を完成させる。途端にせきを切った様に劇的なメロディが流れ始めた。こんなものを聞き続けたらどうにかなってしまいそうな爆音である。
そうしてメロディが鳴り止んだ辺りで、スロットマシンから一枚のチケットが吐き出される。そこには『Cランク』という文字が記入されていた。
「わー! スゴーい! ご主人様大勝利~!」
「先生、まだ二回目なのに……どうやって?」
「流石我らがご主人様。聡明さが冴え渡っております」
「おいモヤシ、今のもっかいやってみろよ」
色とりどりのバニー衣装をつけた少女達がきゃっきゃっとはしゃぐ。バニーガール達に囲まれながら、マシンと向かい合う飛鳥の顔色はあまり良いとは言えなかった。
(一体全体、どうしてこんな事に?」
『えー……ようこそ、『カジノ・ケイオス』に。わたくし、当カジノ支配人のハッピーケイオスと申します。お客様に良質な時間を提供し……』
艦内放送に耳を傾けると、聞き覚えのある声が信じ難い事を話している。
一体全体どうしてこうなってしまったのか、飛鳥はぐるぐると回るスロットを見つめながら、事態の始まりをゆっくりと振り返り始めるのだった。
※
その日、飛鳥は書類仕事をなんとか片付け、街へと散歩に出ていた。元々体が弱い為に好んで屋外活動をする方ではないのだが、先生の仕事についてからというもの、異常なまでのデクスワークによって肉体のあちこちの調子が優れない。つまり、メンテナンスが必要なのだ。
そういうわけで当番の生徒に留守を任せ、飛鳥はシャーレの建物があるD.U.地区をぶらぶらと歩いていた。ゲーム開発部の依頼やレッドウィンターでのクーデター騒動も解決し、珍しく飛鳥には穏やかな───凄まじい書類を除外すれば───時間がやってきているのだ。
(平和とは言い難いけれど、それでもシャーレとしての仕事によってキヴォトスの治安は以前より良くなっている……そう思いたいところだ)
ただ飛鳥は同時に、キヴォトスがそこまで穏やかな世界ではない事もよく知っている。何せ部活を廃部から回避する為の行動で危険極まる廃墟に足を踏み込んだり、生徒会本部を襲撃するのだ。
きっとこの散歩から帰ってきたら、また厄介な依頼が飛び込んでくるに違いない。できれば戦闘の類も、策謀の類も存在しない優しい依頼であって欲しいという気持ちこそあれど、やはり銃撃戦が起きるのだろう。既に飛鳥は覚悟を決めてしまっていた。
「ね、ね、聞いた? オデュッセイアの客船! なんか、リニューアルしたらしいよ!」
公園のベンチに腰掛け、ボーッとしていた飛鳥の前をカラフルなドリンクを手にした生徒二人組が通り過ぎる。片方は何やら楽しげな声色であるが、もう片方は不安げだ。
「えー、私あそこの良い噂聞かないんだけど。行ったら戻って来れなくなるって」
「一生遊んで暮らせる様になるって有名なんだよー! それで、オーナーが変わったとかでたった一日でこれまでよりもずっと楽しくなったとか!」
「どっちにしても嫌だなぁ。そりゃ遊んで暮らせるのなら私もそうするけどさ、そういうのって大体裏に何かあるって」
その会話を聞き届けて飛鳥は嫌な予感を覚えていた。たった一日で内容が一変した『客船』、間違いなく厄介な事件と関連しており更にシャーレへと何かしらの依頼が飛んでくる。これは直感ではなく、過去の統計から導き出した実に理論だった答えだ。
迷いなくシッテムの箱を取り出す。一度ミレニアムに没収された際にはどうなる事かと思ったが、無事に取り戻し───もとい返却された事で再び飛鳥の所有物である。
「アロナ、オデュッセイアと客船……何か知ってるかい?」
『オデュッセイア海洋高等学園の事かと。校舎が幾つかの大型客船で構成されているんです。ですが、リニューアルしたというお話は私も今耳にしました! SNSでも取り上げられていない辺り、もしかしたら『行ったら戻って来られなくなる』というのは真実なのもかしれません……』
「見るからにきな臭そうな話題だ。もう少し調べておいてもらえると助かる。シャーレに戻っておいた方が、良い気もする」
散歩を早々に打ち切って、シャーレへの帰路に就く。元から危機に直面する事が多かったものの、キヴォトスでは日常的に騒動が起きる。元の世界とはその点が大きな違いだ。
一抹の不安を覚えながらシャーレへと戻り、とりあえず準備をするべく建物内に設置されているコンビニ、『エンジェル24』へと向かった。飛鳥の脆い体を補強する為に大切な、栄養ドリンクの補給である。
「あっ、先生。いらっしゃいませ! 何か買っていかれますか? この前新作のお弁当が……」
「栄養ドリンク、とりあえず十本」
「あうう……はい。お会計はどうされますか?」
「カードでお願いするよ」
レジに大量の栄養ドリンクを持って行き、飛鳥は店員のソラになんとも言えない顔をされながら懐からクレジットカードを取り出す。元の世界ではもう存在していない、現金いらずに支払いができる便利なアイテムである。
ソラは飛鳥がカードを取り出すといつも目をキラキラとさせる。以前世間話をした際に聞いた話なのだが、彼女はお金に困っているらしく、名前の通り二十四時間営業を行なっているコンビニで働いている理由もお金を貯めて新しい携帯端末を買いたいからなのだそうだ。
小遣いを貯めて欲しいものを狙うという生活は誰しも経験するものである以上、咎めるわけにもいかない。飛鳥は限度を越した労働には注意する様にと言い聞かせる程度に留めていた。
「先生、折角『大人のカード』を持っているんですから、大きな買い物とかされないんですか?」
「たまにするよ、ドローンとか……シールド発生装置とか。研究の為に」
「そうではなくてこう、ゲームとか携帯とか」
「人が好きなものに興味を持てない、どうも僕はそういう人種みたいでね。ああでも……ゲームは好きになったかな、うん。それにカードがあるからと言って、過信するのも良くない。からね」
さっとクレジットカードで決済を済ませ、飛鳥はドリンクの詰まったビニール袋を手にオフィスへとエレベーターで向かい、フロアに到着すると早々に何か郵便物が届いていないか確認すべく、郵便受けを覗いた。
「……おや?」
一枚の封筒が郵便受けの中には入っていた。標識は『シャーレの飛鳥先生へ』とだけ書かれている。とても薄いので爆弾の類ではない、では細菌兵器かと思い天井の明かりで透かしてみるものの、チケットらしき紙が封入されているだけだ。
一体誰のものであるか、中身を確かめるべくとりあえずオフィスへの廊下を歩いていく。そうしてふと、飛鳥は気のせいか散歩をするべく外出した時と比べて廊下がピカピカと光って見える事に遅く気付いた。
「……?」
掃除された、にしては綺麗すぎる。一応清掃用のロボットを配置して定期的に掃除をする様にしていたが、異様なまでの清潔感である。
散歩に出た後に一体何があったのかと首を傾げ、すぐに飛鳥は原因を理解した。今日の当番である生徒に、『できたら清掃をお願いしたい』と頼んでいたのだ。
(だからといって、ここまでするのか?)
真相を確かめるべく、飛鳥はオフィスへと足を早める。
「うむ! かなりピカピカになったんじゃないか!」
当番生徒の声が聞こえてくる。間違いない、シャーレ全体を徹底的に磨き上げたかの様な状態にしたのは彼女だ。
飛鳥はオフィスに辿り着き、そして眼前の光景に唖然とした。
何もかもが光り輝いて見える。清潔にする様心がけていたが、それ以上に目につくもの全てが眩しい。
「帰ってきたな、飛鳥先生! 命令通り、清掃をしていたぞ!」
そんな空間の中心で、レッドウィンター学園二年生の池倉マリナは溢れんばかりの自信を笑みとして浮かべて飛鳥を迎え入れた。
「なんというべきか、思っていた以上の清掃具合に度肝を抜かれているよ」
飛鳥が驚きと感心の声を漏らしながら冷蔵庫にドリンクを仕舞い込んでいる間も、マリナはオフィス内部の清掃に努めている。窓際に埃は積もっていないか、机の下や棚の隙間に何か落ちていないか、ここまで来るとオフィスそのものが指一本触れられない具合に磨かれそうな勢いである。
セミナーの会長であるリオから渡された資料に関しては、飛鳥しか触れる事のできないエリアに隠してある。正確な場所を知っているのは飛鳥本人とアロナだけだ。
「うむ! 私はチェリノ会長からよく粛清されてはトイレ掃除を命じられていたからな。清掃作業はお手のものだ。シャーレも清潔ではあるが……あのシャーレだからな、来訪者が驚愕と感嘆に目を皿の様にするくらいの美しさでなければ!」
「言われてみれば、連河さんの銅像やら何やらもしっかり手入れがされていたな……」
「ああ! あの銅像も大体私が手入れしたものだぞ。粛清されてな!」
マリナは快活に笑いながらもゴシゴシと布で窓を拭いている。男性かと見間違える精悍な顔立ちと勤勉な様子からは想像もできないが、彼女はかつて自身が所属するレッドウィンター学園でクーデターを起こし、生徒会長であった連河チェリノを失脚させるという凶行をしでかしている。自身が犯したミスによる粛清を恐れてという理由であったが、そこから生徒会長の座を奪いに行くというのはアグレッシブと言う他にない。細かに行き届いている清掃の理由はそうした精神性が別の方向性で発揮されているが故のものなのだろう。
それにしても、と飛鳥は郵便受けから取った封筒を机に起き、椅子に腰掛けてじっと室内を見つめる。綺麗という言葉は不釣り合いだろう。やはり眩い、そう呼称する他にあるまい。
「池倉さん、こんなに眩しくしてくれてありがとう。目が潰れそうなくらいだ」
「ふっ、あのチェリノ会長が文官として評価している人物だからな。部下である私も全身全霊で奉仕するまでだ! それに、こうでもしないと更なる粛清が待っていそうだ……」
「粛清って、たとえばどんな風に?」
「チェリノ会長の粛清は恐ろしいぞ。プリン一ヶ月抜きだろう? トイレ掃除一ヶ月だろう?」
「……なるほど? まぁ、必ずしも過酷な事ばかりを強いるのが粛清ではないか」
「何!? 先生はプリンを削られても苦しまないと!? 流石シャーレ……なんという精神だ」
マリナは至極真面目な表情で騒がしく話す。感情の起伏が激しい、というより常にハイテンションな彼女と会話をしているだけで飛鳥は強い興味を抱いていた。まったくもって何を考えてるのか読めず、何をしだすのかが予測できない、それがレッドウィンターでありマリナはその片鱗をありありと見せてくれる。
飛鳥が納得する様にうんうんと頷いていると、懐の端末がぶるりと震える。公園で感じた嫌な予兆が遂にやってきたのかと端末を取り出すと、噂をすればレッドウィンター学園の生徒会長であるチェリノからの電話だった。
「連河さんからの電話だ」
「何!?チェリノ会長からの!? ま、まさか勝手にプリンを食べたのがバレたか!」
「はい、もしもし」
一人でに悶絶し始めるマリナをよそに、通話を開始する。端末を耳に当てた飛鳥は、
『元気かカムラッド!!!!! おやつ食べてるか!!!!! お昼寝してるか!!!!!』
突然の大音量に思わずひっくり返りかけた。咄嗟に端末を耳から離したものの、キーンという耳鳴りが収まらない。背後でマリナも大声に飛び上がり、机の角に頭をぶつけて悲鳴を上げた。
『ん? どうしたカムラッド!』
「なんでもないよ。相変わらず元気そうだね、連河さんは」
『当然だろう! なんといってもおいらは誇りあるレッドウィンター学園の生徒会長であり、環境美化部部長兼書記長兼運動代表兼清掃部部長兼風紀委員長兼……えっと、あとは……なんだったかトモエ』
『給食部部長です、チェリノ会長』
『そ、そうだったか、うむ……給食部部長だからな!! カムラッドもおやつを食べた方が良いぞ、プリンとかな!!』
「は、はい、わかりました」
気圧されるとはまさにこの事である。チェリノの勢いに押され気味な飛鳥は思わず敬語で言い返してしまう。威厳というものが果たしてこんな嵐の様にまくし立てる形で成立しているのかは定かではないが、しかしチェリノの自信満々な声色は思わず背筋を正したくなる気持ちに駆られる。
「それで、連河さん。どうして連絡を?」
『うむ。シャーレの当番に行かせたマリナ委員長の様子はどうだ?』
椅子を回転させて振り返る。頭を打った痛みで涙目になっているマリナを見つめながら、
「シャーレをピカピカに掃除してくれたよ。感謝している」
『そうか。おいらがトイレ掃除をこれでもかという程に強いたのは間違いではなかったらしいな。正直なところ、クーデターをかましたばかりの問題児を送って良いものかと思ったが……ストーカーと酔っ払いを遣わせるわけにもいかなかったからな』
「真面目なのが池倉さんの良いところだと思う。たまにおかしな方向に向かってしまうだけで……」
『カムラッドは甘い奴だな、まったく。甘いと言えば……トモエ秘書室長、そろそろおやつの時間じゃないか?』
「げっ……! いかん……!!」
電話に出る直前、マリナはチェリノのプリンを食べたというニュアンスを漏らしていた。彼女が居ぬ間に手をつけていた様だ。飛鳥はなんとも言えない視線で頭を抱えているマリナを凝視してしまっていた。
『むっ? どうしたトモエ? 何、プリンがない!? どういう事だ! おいらが隠しておいたプリンに手を出せる奴など、おいらとトモエ以外には……マリナしか……』
「バ、バレた……!?」
『おのれマリナ! おいらに対してクーデターを仕掛けるだけでなく、プリンを盗むだとぅ!? 戻ってきたら粛清だ、粛清~~~~~!!!』
「電話を、電話を切ってくれ先生ェッ!」
マリナに言われるがまま、飛鳥は通話をブツリと切った。どの道このままでは凄まじい音圧が襲ってきたたのは間違いなく、切らざるを得なかったというのが真実であろう。
顔面蒼白のマリナはその場で体育座りをして、先程までの余裕など完全に消え失せた薄暗い表情を浮かべていた。
「粛清される、粛清されてしまう。一体どうすれば……待てよ、私が粛清される未来を避けるには私が権力を握れば良いのでは!?」
「池倉さん」
「よし、そうと決まれば工務部の連中にコンタクトを取ろう。奴らはデモができればそれで良いらしいからな……」
「池倉さん」
「あとは錦の御旗だな。よし、ここは正義は我にありと誇示するべく先生の協力を!」
「池 倉 さ ん」
「―――はい、すみません。今のはちょっと口が滑っただけで、本意ではないです、はい」
クーデター成功、失脚、トイレ掃除、という激動の日々を過ごしたはずなのに何故再びクーデターを起こそうと考えられるのか、一体何処に勝算を見出したのか。本当に飛鳥には理解できず、マリナに対して眉をひそめてしまうばかりだ。思わずこめかみを抑えてしまう。
「プリンの件は連河さんに謝りに行こう。僕もついていくから。美味しいプリンを売っている店に心当たりがある」
「せ、先生……! 感謝する!」
「とりあえず僕から言いたい事は一つ。選択肢から一旦クーデターを排除して欲しいんだ。クーデターを思いついたとしても、別の方向性でアプローチしてもらいたい」
「別の、方向性?」
「だからその、クーデターは無しで」
「クーデター以外にやる事、あるのか……!?!?」
飛鳥は、おもむろに椅子から立ち上がって冷蔵庫へと向かうと栄養ドリンクを一本飲み干した。今までの飛鳥であれば絶対にやらないラッパ飲みの後に口元をぐいと拭い、しばらく宙を眺める。
キヴォトスには慣れたつもりである。日常的に銃撃戦を繰り広げられ、自動販売機のラインナップに弾丸と手榴弾が並び、銃撃戦が繰り広げられる。そう、飛鳥は慣れたつもりだった。だが気のせいかどんどんと深淵を覗き込んだかの様に新たな衝撃が彼の頭を真横から殴り飛ばしてくるのだ。
「……うん、頑張ろう」
「先生? 何故、そんなに辛い顔をするんだ……!?」
「大丈夫。今ちょっと気分を入れ替えただけだから。ええと、それじゃあ一緒に店に行こう。君の手から謝罪と共にプリンを渡せば、連河さんの怒りも少しは治まるだろうから」
なんとか仕切り直し、飛鳥はコクコクと頷く。ともかく今は烈火の如く怒り狂っているチェリノをなんとかして宥めて一触即発の空気を鎮めなければならない。でなければ、また何処からともなく聞いた事のあるマーチが流れてきて、銃撃戦が引き起こされるだろう。
そういうわけで早速店へと向かおうとした飛鳥とマリナだが、まるで示し合わせたかの様に新たなトラブルが二人に襲いかかった。
信じがたい事に何の前触れもなく、天井が爆破されたのである。爆発音がフロアの中心部を突き抜け、瓦礫と埃が室内を舞う。
「何だ……!?」
「チェリノ会長が攻めてきたんだッ! シャーレの周りはレッドウィンターの軍勢でいっぱいに違いない……! おのれヒゲぇぇッ!」
まさか、と飛鳥も目を細める。幾らチェリノと彼女の率いる部下達が優秀であろうとも、レッドウィンター学園からシャーレにやってくるまではそれなりの時間を要するはずである。まだ一時間も経っていないだから、導き出されるのはチェリノ以外の何者かがシャーレを襲撃したという答えだ。そちらの方が最悪なので、飛鳥は唇をきゅっと締めて襲撃者の姿を確かめようと試みる。
少しずつ薄れていく煙の向こうから、カツカツとヒールの音を伴いながら現れたのは―――メイド服を纏った少女達だった。
「けほっ、けほっ……必要だったのかな、この爆破は」
「サプライズって感じで良いと思うよ! 先生絶対びっくりするだろうし!」
「……びっくりっつーか、あのモヤシ下手したら死ぬんじゃねぇか?」
聞き覚えのある声に飛鳥は息を呑んだ。前回の依頼で遭遇し、散々な目に遭わされた生徒が眼前までやってきているのである。一体どうしたものかと考えている内に、先頭を歩いていた眼鏡のメイドが飛鳥に対してゆっくりとお辞儀をした。
「―――突然の来訪、申し訳ございません。飛鳥=R=クロイツ先生。私は『Clear&Cleaning』の室笠アカネと申します。急を要する事態であり、天井から失礼しました」
Clear&Cleaning、通称C&C。ミレニアムサイエンススクールに所属する戦闘集団であり、故あって飛鳥も一部メンバーと戦わざるを得なくなった事がある。
そんな彼女達が今回は敵ではなく、依頼をする側として飛鳥の前に現れたという事は、何やら物騒な出来事が起きたのだろう。それを即座に察した上で飛鳥はゆっくりと天井を指差し、
「まず、天井を直してもらえないかな」
大きな穴が開いた天井からは、太陽の光がさんさんと降り注いでいた。
─Chapter03,『船とバニーとミルピコと』
天井を補修するのにそう時間はかからなかった。伊達にメイド服を着ているわけではなく、C&Cはテキパキと瓦礫や埃を取り除き、爆発など最初からなかったかの様に元通りにしてくれた。穴を開けたのは彼女達であるという部分さえなければ、素直に飛鳥も喜んでいただろう。
「では、改めて自己紹介をさせていただきます。我々はC&C、ミレニアムに所属しております。私は二年生、コールサイン
「同じく二年生、コールサイン
「はい、はいはいはい! コールサイン
「……コールサイン
ミレニアムから持ち込まれたプロジェクターから投影されているスクリーンを背に、C&Cの面々がずらりと並ぶ。ゲーム開発部主導によるセミナー襲撃の際に、飛鳥はネルとアスナの二人には遭遇したが、アカネとカリンに関しては今回が初対面になるだろう。椅子に腰掛けた状態で、飛鳥はとりあえず会釈をした。隣に座るマリナも、よくわからない表情を浮かべながら続く。
突然天井を爆破して現れたC&Cの目的はシャーレへの協力依頼らしい。急を要するという言うからにはよほどの事態らしい。
「さて、自己紹介もあらかた終えたところで……飛鳥先生、今セミナーは存亡の危機に立たされているのです」
「存亡の危機……?」
「はい、端的に言うならば破産目前です。原因は……彼女です」
アカネがプロジェクターを操作すると、映像が学生証らしき写真へと切り替わる。映った生徒を見るや否や、飛鳥は怪訝な面持ちを浮かべた。
「……黒崎さんじゃないか」
黒崎コユキはセミナー襲撃の際、飛鳥に協力してくれた生徒である。故あって監禁状態にあり、それを不憫に思った飛鳥は人生ゲームを差し入れていた。そんな彼女が、何故ミレニアム破産の原因となっているのか。
「黒崎コユキ、通称『白兎』。彼女は一週間前に反省室から脱走していました」
「引っかかる表現だ。それはどういう意味だい」
「反省室には確かに『白兎』の姿がありました。ところが、どうにも様子がおかしかったのです」
また映像が切り替わる。反省室内に設置されている監視カメラのものらしく、ドアを叩くコユキらしき人物が見える。
『ここから出してください! お願いです! 私、『白兎』じゃありません! 新素材開発部の二年生で―――』
「これは?」
「つい昨日の映像です。最初は脱走の為に何かの演技をしているのかと思われましたが、調べたところ彼女が名乗った名前の生徒は一週間程姿を消している事が明らかになりました。幾つかの質問をしてみると、どうやらこの『白兎』らしき生徒は……何者かによって顔を変えられて、身代わりとして反省室内に閉じ込められていたのです。そしてどうも、一週間程前から『白兎』は妙に無口だった。恐らくこの気の毒な生徒は一種の催眠状態に陥っていたのでしょう」
そこで飛鳥は眉をひそめる。アカネが次にどんな話をするのか、その先は既に読めてしまっていた。
次に流れる映像は反省室前の廊下だ。夜間の記録なのか薄暗い。
誰かが歩いている。二人組だ。ゆっくりとカメラはズームしていき、まずコユキの桃色の髪を認める。その隣にはスーツをわざとだらしなく崩した、男の背中が見える。
「……なるほど、これが僕に力を借りたい理由だね」
「この映像は昨日、身代わりの生徒が正気を取り戻すと同時に公開されました。何者かによって改竄されていたのです。そしてその何者かとは、映像内で『白兎』と共に歩いている人物と見て間違いないでしょう」
男がおもむろに振り返り、カメラへと手を振る。青い肌、白髪、そしてサングラス。
「ハッピーケイオス。ゲヘナから脱走して以降姿を消していた彼が、このタイミングでこんな事をする理由は一つしかない。僕への挑発だ」
「ミレニアムの意見も相違ありません。時間差による改竄の公開、そしてあからさまな証拠……愉快犯と言う他にないでしょう」
「ケイオスは黒崎さんを連れて何処へ行ったのか、それはわかっているんだね?」
「こちらです」
そうして映し出された映像を目にし、飛鳥は思わず「ああ……」と声を漏らしてしまっていた。これにはC&Cの面々も、マリナも首を傾げてしまう。
映像には巨大な客船が映っている。船体に記されている文字から、船名が『ゴールデンフリース号』なのがわかる。
「……オデュッセイア海洋高等学園。二人はそこに向かったのか」
「流石、シャーレの先生です。既にご存知だとは……」
「偶然耳にする機会があったんだ。まさか、こうなるとまでは予想しきれなかったけど」
公園で二人組の生徒が話していた内容は、オデュッセイア海洋高等学園の管理する船がリニューアルしたというものだ。そして何やら不穏な噂が飛び交っているとも。ケイオスが動きを見せた事と関わりがないはずはない。断言しても良いだろう。嫌な予感、もとい予測が的中してしまった事に飛鳥は静かに嘆息していた。
「あのチビ、とんでもねぇトコに逃げ込みやがった。他学区ともなるとミレニアムとしては動けねぇんだとよ」
苦虫を噛みつぶした様にネルが唸る。その一挙一動に飛鳥は身が引き締まる思いだが、当の本人が気付く様子はない。
「オデュッセイア側に連絡を試みたのですが、どうもこのゴールデンフリース号は生徒会の手を離れ、独立して動いているらしく、『白兎』の情報は得られませんでした。確かなのは彼女がセミナーの名義で、これでもかという量の債券を発行している事」
「セミナー破産の危機、というわけか」
「非常に良くない状況です。ミレニアムでも特に危険な生徒と、正体不明の怪人が連れ立って動いている……我々だけでの対処は確実ではないと判断し、飛鳥先生のお力を借りたいのです」
飛鳥は迷いなくアカネに対して頷き返していた。助けを乞われれば断る理由などない。ケイオスが関わっているのであれば尚更である。何よりコユキが心配だった。
今週末に予定が空いたのでその日に反省室のコユキに会うつもりだった。まさかケイオスが接触するなどとは予想していなかった事に、飛鳥は強い後悔の念を抱いてしまう。
「わかった。すぐにゴールデンフリース号へと向かう準備をしよう。美甘さんの言う通りなら、船には潜入する形になるのかな?」
「そうなります。忙しなくなると思いますので、しっかりとご準備を」
セミナー破産の危機、そしてケイオスとコユキ。予想していた以上のトラブルであるが、飛鳥は至って冷静に動き出していた。遠出する際に必ず持ち運ぶ肩がけのバッグに栄養ドリンクとエナジーバーを詰め、いつ何があろうともコンディションを維持できる態勢を作っていく。
と、飛鳥は目をキラキラさせて見つめてくるマリナの存在に気付いた。
「池倉さん」
「準備はいつでもできているぞ先生! レッドウィンター事務局、保安委員長の名が伊達ではない事を見せてやろう!」
「……君は、留守番を」
飛鳥がぽつりと言い放つと、マリナはみるみる内に肩を落としていく。唇をワナワナと震わせて、次の瞬間地面に膝をついたかと思えば手を合わせて懇願の姿勢を取った。
「た、頼む先生! 私も連れて行ってくれ! ここにいたらチェリノ会長に粛清される可能性が大なんだ。しかし貴方についていき現地で目覚ましい活躍をすれば、会長も許してくれるはず! クーデター以外の選択肢を探せと言ったのは先生だろう!」
「しっかり覚えていてくれたのは嬉しいけれど……このタイミングか」
そう時間は残されていない。飛鳥は許しを乞うかの様なマリナをどうするべきか口元に手を当てる。
マリナの実力はよく知っている。一度は失脚したチェリノが奮起し、飛鳥を引きずり回しながら挑んだクーデター返しの際にも彼女は敵ながら鬼神の如き戦いぶりだった。戦力としては申し分ないだろう。
だが飛鳥としては、レッドウィンターという巨大な変数を伴う事は不安要素でしかない。マリナの存在が吉と出るか凶と出るか、まるで判断できないのだ。
「……いや、しかし」
やはり留守番を頼むかと決断しかけたところで、飛鳥は相手がケイオスである事を思い出す。彼は一見予測できない人物に見えて、どちらかと言えば飛鳥と同様に綿密な計算をした上で作戦を練る側の人間である。その行動には必ずや何らかの意図がある。
「完璧な作戦は行き当たりばったりに劣る、か」
ケイオスが練り上げるであろう策を破る為には、ある程度の変数は必要であるかもしれない。少なくとも飛鳥では不可能だ。C&Cも、厳密には該当しないだろう。であるならば、偶然この場に居合わせたマリナが思わぬ形で活躍する可能性を捨てきれない。
飛鳥は意を決して、C&Cの面々へと振り返った。
「彼女も、池倉マリナさんも連れて行く。責任は僕が取ろう」
「せ、先生……!!」
「……先生、しかし」
「これが黒崎さん一人であれば、僕もこんな選択はしなかった。けれど相手はケイオスだ。今回は僕の判断を信じて欲しい」
飛鳥がハッキリとした口調で言い切った事にC&Cの少女達は一度顔を見合わせる。そしてすぐに、
「セミナーからはこの様に言われております。『飛鳥=R=クロイツのわがままは、できる限り通せ』と」
「早瀬さんが言ったのかい?」
「はい。『どうせ言っても聞かないから』、だそうです」
ユウカらしい伝言である。飛鳥は口の端を少し緩め、すぐに引き締める。修羅場をくぐり抜ける事はこれまでもあったが、今回は潜入ときている。体力に乏しい身で何処まで足を引っ張らずに済むか、今から考えておかねばなるまい。
「よぉし! 先生からの太鼓判ももらった事だ。私も準備をするぞ! 少し待っていてくれ!」
ご機嫌なマリナの声を背に、飛鳥はアカネから潜入方法を詳しく聞こうとして、
「おーい先生。この封筒は何だ? 何か入っているのか?」
そんな声に思わず振り返っていた。郵便受けに入っていた差出人不明の封筒を、マリナがヒラヒラと振っている。そういえばそんなものがあった、と飛鳥は手を叩きながら、
「ああ、それか。チケットらしきものなんだけど、送り主が誰なのか書いていなくて……」
「む! 危険な代物かもしれない。どれどれ私が中身を検めてやろう」
これからの戦いを考えると、封筒の中身が何であろうと関係がないものだと飛鳥は切り捨てていた。恐らく大したものではなく、何かのキャンペーンを知らせるものであろうとも。
ところが、封筒を開けて中身を引っ張り出したマリナが驚愕に目を見開き、
「ん!?!? なんだこれは!!!!」
と素っ頓狂な声をあげた。これには何事かと飛鳥達も注視してしまう。
マリナは封筒から取り出したのは一枚のチケットと、添えられた手紙である。血相を変えて飛鳥の元まで走り寄ってきた。あまりにも異様な反応に、一体中身はなんだったのかと確かめたい気持ちに駆られる。
「確か行き先はゴールデンフリース号とかだったな? これを見ろ先生!」
そう言ってマリナが突きつけた手紙には、こう記されていた。
『飛鳥=R=クロイツ先生へ
こんにちは、ミレニアムサイエンススクール一年生の黒崎コユキです。お忙しい中失礼いたします。
お元気ですか? 私は元気です。先生のお友達のケイオスさんにとても良くしてもらっています。
私は今、豪華客船で先生に恩返しする為に頑張っています。良かったら先生も遊びに来てください。
この手紙と一緒に入れてあるチケットで船に乗れます。
黒崎コユキ
PS.飛鳥君へ、僕カジノのオーナーになったよ。君の親愛なる友人、ハッピーケイオスより』
手紙に続いてマリナはチケットを見せる。そこには『飛鳥=R=クロイツ先生 ゴールデンフリース号への乗船を許可します』とある。
「こ、これはもしかして大変なものを見つけてしまったんじゃないか私は!」
早速、マリナは変数としての活躍を見せた。飛鳥達は潜入せずとも、ゴールデンフリース号へ入船する手段を手に入れるのだった。