先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
気になる事などありましたらよろしくお願いいたします。可能な限りお答えしたいと思います。
まず、黒崎コユキが何故反省室に閉じ込められているのかという点から確認する必要がある。
ミレニアムの一年生であるコユキは優れた暗号解読能力を有していた。飛鳥を手助けしたのはこの能力によるものであると考えて良いだろう。そんなコユキを生徒会であるセミナーは一度戦力として迎え入れたものの、結果は散々だった。コユキ本人が著しく倫理観を欠いており、ひとたび動けば必ずと言って良い程に騒動を巻き起こしたのである。
そういうわけでセミナーもコユキに手を焼いた結果追放処分となったのだが、その判断を下した時点で彼女はできれば秘密にしておきたい多くの事について知ってしまっており、やむなく反省室に送られたという次第である。
「ケイオスは彼女の能力に目をつけたのか。それにしても、何故ゴールデンフリース号に? あそこに何かあるのか?」
「強いて言うならば、生徒会の制御下から脱していると言う点です。自分達で収入を得て、自分達で経営をしているのだとか。あくまで仮説ですが、ハッピーケイオスの狙いは白兎───黒崎コユキを利用して、ゴールデンフリース号の資産を奪う事かと」
しゃっ、しゃっ、とメジャーの音が鳴る。飛鳥の体の寸法を測りながら、アカネは淡々と彼に返答していた。
「ケイオスが金の為にここまで動くとは思えない。何か別の考えがあるはずだ」
「ふむ、我々の予想を超える何かという事ですね? であれば罠と考えるのが最適かもしれません……はい、これで終わりですご主人様。少々お待ちください」
そう言ってアカネはメジャーを手に部屋を出ていき、しばらくして男性用のスーツを持って戻ってきた。
「はいどうぞ、ご主人様。貴方のスーツです」
「本当に必要なのかな、こんな高そうなもの」
「何をおっしゃいますか。仮にも招待を受けた身です。それ相応の服装でなければ、失礼というものですよ」
コユキから送られてきた招待チケットでゴールデンフリース号への入船方法は決まったものの、あくまでメイドとしての視点からアカネは『あくまで礼儀を通し、正装で行くべき』と主張した。飛鳥はその辺りをまったく考えておらず、必要かどうか疑ったものの押し切られたわけである。
「流石ですご主人様、大変似合っております。私の見立ては間違っていませんでした」
「そ、そうかな。こういう堅苦しい服装、どちらかといえば苦手な方だから」
アカネから渡されたスーツに袖を通し、飛鳥はほんのり頬を赤くした。他人からファッションを褒められた事など滅多になかったが故の純情な反応に、彼女はくすりと微笑んだ。
「……あの、どうして僕の事をご主人様と呼ぶのかな? 先生ならまだわかるんだけど」
「我々C&Cはメイドです。であれば仕える方も当然おり、それが今回は飛鳥先生なのです。ならばそうお呼びするべきでしょう」
ネクタイをキュッと締められながら、飛鳥はそういうものなのかと内心ひとりごちていた。女性と接する機会など滅多になく、更にそれがメイドとあってはイマイチ感覚が掴めないというものである。人間関係の希薄さの現れであると言えよう。
と、諸々が終わったと判断したのか、着替えを行っていたシャーレの一室にドタバタと少女達が押し寄せてくる。先頭に立っているのは予想通りネルで、傍らにアスナを伴わせ、眉毛を釣り上げながら飛鳥に対して威嚇の視線を送ってくる。
「おう! 着替えは済んだか? さっさと行こーぜ!! あのチビとグラサン野郎をぶん殴りによ!」
「ネル部長、はやる気持ちはわかりますが礼節は欠いてはならないものです。我々は招待客なわけですし……」
「うわっはあ! 飛鳥先生、ううん、ご主人様スーツ似合ってる! 渋い!」
ネルの横を通り過ぎて、アスナがぴょこぴょこと跳ねながら飛鳥へと抱きついてくる。ちょうど胸の谷間辺りが顔を覆い、いつかの様に飛鳥はモゴモゴと呻き声をあげていた。
「やっぱり大人のスーツって一味違うよね〜! 私達くらいだとコスプレ感が出てきちゃうっていうか!」
「うぐっ、あう……」
「だーからアスナよ、窒息しちまうからやめてやれっての。おら、着替えが終わったんならさっさと船に乗込もううぜ。今は港に停泊してるんだろ?」
「えー! もうちょっとスーツのご主人様見たーい!」
「時間がねえって会計の奴も言ってたろ。見たけりゃ船の中で好きなだけ眺めりゃいいだろうが。減るもんじゃねえし」
「ぶー! リーダーのケチ! 後から先生の事好きになっても知らないからね!」
「なるか! そんなモヤシ野郎!」
相変わらずネルの視線は鋭い。初めて出会った際に交戦したものの、飛鳥が消極的な態度を取った事が余程気に入らなかったらしく、露骨に彼への当たりがキツいのだ。
飛鳥としてはあの時はネルに対して失礼だったと認識しながらも、選択としては間違っていなかったという気持ちが強い。もしもそれを言おうものならこの場でタコ殴りにされそうなので絶対に口は開かないが。
「ふう……しかしリーダーの言う事は間違っていません。セミナーは破産寸前なわけですから、一刻も早く白兎とケイオスの身柄を拘束しなければ」
「うーし! それなら善は急げだ。アスナ、モヤシを離してやれよ」
「むー! はーい! じゃあご主人様、また後でね!」
渋々と言った様子のアスナから解放され、酸欠寸前だった飛鳥は必死に肩で息をする。アスナのスキンシップは子供のそれに近いのだが、キヴォトスの住民である以上彼の腕力では抵抗などできるはずもない。
しかしながら、そんな状態にも関わらず飛鳥は今湧き出した疑問を解消する気持ちでいっぱいになっていた。アカネとアスナは口にしたが、ネルは一度も発していないある単語について。
「あの、美甘さん」
「あ、んだよ。そのスーツ褒めりゃ良いのか?」
「いや、純粋な疑問なんだけど、君は僕を呼んでくれないのかい。その……ご主人様って」
「ぶっ殺すぞ」
「ごめんなさい」
飛鳥とネルの関係を踏まえれば、そう呼ばない理由など明白であった。それでも確かめずにはいられなかったのだが、飛鳥は今までで一番険しいネルの表情にただ平謝りする他に無かった。
※
セミナー倒産の危機を回避するべく、ゴールデンフリース号へと乗り込むチームは飛鳥、マリナ、そしてC&Cの六人である。当初は他学区への潜入という形を取る予定であったが、相手から招待チケットを送られた為に船に乗り込むまでの算段は容易についた。問題は船内がどの様な状況になっているか、である。
ゴールデンフリース号は定期的にとある学区の港で補給を行い、すぐに出発という工程を繰り返している。今回飛鳥達が乗り込むのはその補給時に行う乗り降りの時間だ。
「さぁご主人様、背筋を正して参りましょう」
「う、うん」
アカネが用意したスーツを身に纏い、飛鳥を先頭に一同はゴールデンフリース号へと向かっていく。乗船口に立っている背広を着たロボットは、近付いてくる飛鳥達に対して顔の液晶画面を僅かに光らせた。
「こんにちは。乗船をご希望なさるのでしたら、まずは……」
「チケットを頂いているんですが」
飛鳥がチケットを見せると、ロボットの液晶画面がまたチカチカと光る。
「これは……招待客の方ですね。それも、あの飛鳥=R=クロイツ先生とは。どうぞ、お入りください。楽しい一時を……それとご同伴の方々についてはこちらで衣服のご用意をさせて頂きます」
「衣服だぁ? ドレスコードでもあんのかよ」
ネルが首を傾げると、ロボットは首肯を返した。
「はい。この船でのルールとなっておりまして……女性の方は必ず決められた服装でなければいけないのです。ですがご安心ください、お持ちでないお客様の為にも準備はございますので」
「準備ぃ……?」
何やら不穏な色を感じなくもない。既にケイオスが入り込んでいるというのならば尚更である。飛鳥はとりあえず了解を取るべく生徒達へと振り返った。ドレスコードについてはアカネも予想外だった様で、少し目を丸くしていた。
「ええと、皆大丈夫かな? どんなドレスコードなのかはわからないけれど」
「それを着用しなければならないというのなら、我々メイドとしては従わないわけにはいかないでしょう。何より、郷に入っては郷に従えと言いますし」
「着なきゃ入れねぇんだろ。どーせ堅っ苦しい奴なんだろうけど」
「……仕事だから、良い」
「アスナ、全然オッケー!」
「マリナ、全然オッケー! ドレスコードって何の話だ? すまん、船じっと眺めていたら聞き逃した」
見たところ、反対意見はない。飛鳥はそれを確認してからロボットへと向き直り、問題ないと頷いた。
「大丈夫です。むしろ、そちらでご用意いただけるなんて……ありがとうございます」
「かしこまりました。では、先に客室へとご案内致しますね。後ほどこちらの者を向かわせますので」
無事に乗船も決まり、飛鳥達はロボットに連れられるままゴールデンフリース号へと遂に足を踏み入れた。すぐに目の前に広がったのはまさに豪華客船とでも言うべき内装で、誰よりも先にマリナが「うお……」と感嘆の声を漏らしていた。
右を見ても左を見ても、豪華な装飾が施されている。一体どれだけの価値を持っているのかわからない壺なども置かれており、一体全体ゴールデンフリース号の間でどの様な金銭のやりとりが行われているのかが如実に現われていた。
(生徒会の制御を外れて運営していると聞いたが、予想以上だ。これがケイオスの手によるものではないのだとしたら、シャーレとしてある程度指導をする必要があるかもしれない)
ロボットに導かれるままに飛鳥達は船内を進んでいく。同じ様に客とすれ違う事があったが、大体が生徒である。そして一番驚くべき事は、時たまバニーガールを見かけるというものだった。
凄まじい露出、谷間を強調するライン、まさかそんなものを目にするとは思いもよらずに飛鳥達は少々面食らっていた。
「……凄い格好だな。あんな露出ではレッドウィンターの環境では生きていけんぞ」
「ま、まず環境がどうの以前に普通着ないと思う。あんな服装」
後ろの方から聞こえてくるのはマリナとカリンの会話だ。雪国の様な環境であるレッドウィンターで暮らすマリナからすると、客船というシチュエーションはさぞ興味深いのだろう。先程からぶつぶつと感想を漏らしているのが先頭の飛鳥でも聞き取れる。
「ねね、ご主人様」
いつの間にやら、飛鳥の傍らにアスナが立っていた。何処か不思議な印象を持ち、雲を掴む様な感覚に襲われるこの少女は飛鳥がセミナーを襲撃する側にいたというのにまるで気にせず接触してきており、飛鳥が今まで出会ってきた生徒の中でも異彩を放っている。
アスナの呼び方はアカネのそれよりも人懐っこい声色で、飛鳥は頭の中で子犬の姿を思い浮かべていた。距離をぐっと詰めてくる話し方と言い、彼女は好意や愛情を隠そうとしない愛玩動物の様だ。
「さっきのバニーさ、私達が着たら先生褒めてくれる?」
「褒める? というと?」
「可愛いね! とか似合ってるね! とか、言ってくれる?」
飛鳥は思わず、コユキやケイオスの事など完全に頭の隅に押しやって、口元に手をやっていた。
あまり触れずにいた話題、というより触れる機会のなかった話題である。飛鳥の立場では発言のしづらい内容だ。
「……そういった発言は時としてハラスメントにあたる事がある。だから僕は避ける様にしているんだ。僕に他意がなくとも、女性の肉体に対して評価をするのはされる側からすれば失礼にあたるかもしれないから」
「んー? じゃあ、もしもアスナちゃんがどれだけ可愛くっても、先生は褒めてくれないのー?」
「まぁ、そうなるかな。それに……あの衣装は少し」
飛鳥はバニーガールの衣装を思い起こし、ほんの少しだけ顔を赤らめる。飛鳥とて男である。激しい露出に何かを感じずにいないはずがない。後ろから見るとバックリと背中が広がっているのだ。ドキリとしないはずがない。それをアスナは見逃さなかった。
「あ! ご主人様顔赤くしてる~!」
「い、いや、これはそういうわけではなくて……ある種の生理的反応と言うべきか、本心ではないんだ」
「おら、何顔赤くしてやがんだこのムッツリが。ったく、アスナもからかうなっつの!」
「でもさぁリーダー。飛鳥先生可愛いんだよ? ほらー、ちょっと目逸らしてるっ」
やりづらい。それが飛鳥のアスナに対して改めて抱いた印象だった。距離感があまりにも近い為にどの様な反応をするべきなのか測り辛い。キヴォトスだけでなく、元の世界でもここまで踏み込んでくる者は数少ないだろう。
「飛鳥様、こちらが客室になります。ご同伴の方込みでも十分な広さかと思います。どうぞごゆっくり……こちらで用意する服に着替え次第、メインホールへとお越しください」
アスナにからかわれる飛鳥をまったく意に介さず、ロボットは長い廊下の端に位置する部屋へと一同を案内し、ドアを開けた。言葉通り室内は異様に広い。六人ならば問題なく寝られる数のベッドに、シャーレのオフィスより少し狭い程度の広さだ。加えてやはり内装も凝っており、リゾートホテルの一室と言われても信じられる。
ギョッとしながらも飛鳥はロボットへと幾つか質問してみる事にした。コユキ、もしくはケイオスについてだ。
「すみません、実はこの船に人を探しに来ているのですが……僕を招待してくれた人達です。これが写真なんですが」
ミレニアムから提供されたコユキの学生証の写真をロボットへと見せる。これに彼はむむと唸り、
「ふむ。この方は、何処かで見た事が……申し訳ございません、この船には多くのお客様がいらっしゃるので私も一人一人の顔までは正確には覚えておりません。ですが、船内には確かにいらっしゃるかと」
「では、こっちは」
次に飛鳥が差し出したのはケイオスの写真である。これにロボットは目を光らせ、
「この方はゴールデンフリース号の中心部と言っても良いカジノエリアのオーナーですよ」
「オーナー?」
チケットに添えられていた手紙にも書いてあった事だが、まさか本当にケイオスがカジノを治めているとは想像もつかない。だがロボットの声色と表情にも嘘は見られない。どうやら信じる他にないようだ。
案内してくれた事に礼を述べ、ロボットを見送ってから飛鳥は静かにドアを閉じる。C&Cとマリナは室内を何かを探す様に室内を見て回っている。盗聴器やカメラの類いがないかと踏んでの行動だ。
「何か見つかったかな、室笠さん」
「いえ、それらしいものは何も。わざわざ招待チケットを送ってくるのですから、用意周到に仕込んでいるものかと思いましたが……」
「見るからに罠って感じなのに、部屋に何も仕込まない。一体何を考えているのか、読みづらいところがある」
「なんていうか、普通に好待遇?」
「おい! 皆見ろ、フルーツが山盛りだぞ!!」
「あのアホ女黙らせられねぇのか」
一体ケイオスはコユキを攫い、飛鳥をゴールデンフリース号へと招待し、何を狙いとして動いているのか。飛鳥には未だ輪郭さえ掴めない。暗闇を明かりも渡されずに歩いている様な、不安だけが周囲を取り巻いている。
コユキ、暗号解読能力、カジノ、船……そこで飛鳥は「あっ」と声をあげてしまう。生徒達が注視する中で彼はただ一人、何故もっと早くにその事に気付けなかったのかとかぶりを振っていた。
「どうしたんだよモヤシ、忘れ物でもしたか?」
「ケイオスの目的が何か、そこまではわかっていない。けれどケイオスが何を意図しているのかわかった」
「あ?」
「以前僕は彼に狙われた事がある。その際に僕は絶対に開けられない部屋に自分を閉じ込めて、ケイオスは中に入る方法を探していた。もし……彼があの時と同じシチュエーションを再現しようとしているのなら、厄介だ」
「ハッピーケイオスは非常に危険な人物である、そうご主人様から聞いております。もし、その『前回』と同じシチュエーションなのだとしたら……どの様な事態が待ち受けているのでしょう」
アメリカ合衆国の中心地、ホワイトハウスを巡っての立てこもり事件。ケイオスは飛鳥の持つ『始まりの書』を狙って各国首脳の命を人質に取った。最終的にホワイトハウスが空飛ぶ戦艦へと変貌したあの事態を彼が再び引き起こそうというのならば、それは凄まじい騒動となる。
ケイオスは飛鳥の来訪に一切の動きを見せない。監視の目さえつけない。つまり、二人の関係性は逆転している。姿を見せないケイオス、それを探す飛鳥。
そんな状況を敢えてケイオスが作り出しているのだとすれば、立ち位置まで模倣しようとしている可能性が十分にある。
「……あくまで喩えだけれど、僕達はこの船を沈没させてでもケイオスの身柄を拘束しなくてはならないかもしれない」
飛鳥がポツリと呟くと、C&Cの面々は口を閉ざし、何やら考え込み始める。チラチラと視線を交わし合い、あのネルでさえも口をモゴモゴと動かす。一体どうしたのかと飛鳥は一人だけ話が飲み込めていない様子のマリナと共に訝しんだ。
すると、咳払いと共にアカネが一歩踏み出し、
「ご主人様、喩えである事は承知の上で前もって言っておきます。ただ……本当に、我々が船を沈める可能性があるやもしれません」
「えぇ……?」
「我々C&Cは優秀である事こそ間違いはないのですが、どういうわけかお掃除をしているはずが大規模な損害を引き起こしやすいものでして。そんなつもりはないのですが……」
「大体リーダーが暴れちゃって、爆発! 爆発! 爆発! って感じ? 毎回ユウカちゃんに怒られちゃってるもんね」
「うっせぇな……」
「貴様らメイドなのに物壊しすぎだろ……! 正気か?」
「うっせぇな……! ぶん殴るぞ!!」
「おほん! ともかくですね、ご主人様、私が言いたい事はですね? もしもこの船を沈めなければならない、そんな事があってももしかしたら、万が一ですが、本当にそうなる可能性は非常に大きいかと。うふふふふ」
アカネは少々恥ずかしそうに目を伏せる。飛鳥の喩えに対する冗談か何かだと最初は疑ったが、どうも本気の発言らしい。
「……喩え話のつもりだったんだけどな」
「い、いえ勿論その様な事は起きないと言っておきます。セミナーからも今回は暴れるなど釘を刺されているので、ええ」
「ともかく、もしケイオスをなんとしても捕らえなければならないとしても、本当に沈没させるのはナシという認識でいて欲しい。喩えだからね」
なんとも言えない空気である。まさか喩え話から強烈なカミングアウトを聞かされるなど誰が想像できようか。穏便に事が進むなどと生易しい考えはしていなかったものの、今回もこれまでの例に漏れず銃弾がそこら中に撒き散らされる展開となりそうである。
どうしたものか、そう飛鳥が考え込んでいたところで、ドアがノックされる。部屋まで案内してくれたロボットが話していたドレスコード用の衣服だろう。乗務員が届けに来てくれたに違いない。
ほんの少しの息苦しさを紛らわせるべく飛鳥は「今出ます」と言いながらドアを開く。廊下には四人組のバニーガールが佇んでいた。
「……服を持ってきた、です」
「あ、ありがとう」
一番背の高い、長髪の少女が飛鳥へと大きなバッグを突き出してくる。乗務員と言うには少々粗雑な振る舞いではあるが、飛鳥はそれを指摘する人間ではない。おとなしくバッグを受け取り中身を覗き込んだ。
「ん? これは……」
「どうした、数が足りねぇのか」
少しばかり動揺して飛鳥は声をうわずらせる。何事かと部屋からネル達もやってきて、同じ様にバッグの中身へと視線を落とし、全員が目を丸くした。
「これは、何かの間違いだと思う」
明らかに不満そうな表情を顔に出したのはカリンである。あまり口を開かずにじっとしている姿が印象的な彼女が誰よりも先にそう言い放つ事になんら疑問が湧かない程度にバッグの内容物は衝撃的なものであった。
衣服と言うにはあまりにも布面積が少ない。酷い言い方だが、布きれとでも言うべきものがそこにはあった。
「あれ? これもしかして」
布きれが一体何であるか、興味津々な様子でアスナが手を伸ばしてバッグから引っ張り出す。鮮やかな水色の生地であるが、やはり服と言うには珍妙である。だが彼女は正体に気付いた様で目をキラキラと輝かせ、布を広げると全員に見える様に自分の体へと押し当てて見せた。
「皆ほら見て! これ、バニーガールだよバニーガール! わーい!」
アスナの言う通り、それはバニーガールのコスチュームだった。胸の辺りから足の付け根までしか覆ってくれない、過激なレオタードじみた布面積に飛鳥達はあんぐりと口を開けてしまっていた。
「ば、バニーだぁ?」
「……やっぱり、何かの間違いなんじゃ」
「破廉恥すぎる! 破廉恥すぎる! レッドウィンターなら露出狂!」
「も、申し訳ないんだけど何かの手違いだと思うんだ。ドレスコードと聞いているのだけれど」
これには流石の飛鳥もやんわりと不平の声をあげるが、バニー衣装を持ってきた黒髪のバニーガールはかぶりを振って、
「いや、私達が持って行けと言われたのはこの衣装で間違ってはいない……です」
「バニーガールが?」
「あ、あのですねぇ、それに関しては理由がありまして」
四人組の内の一人が、オドオドとした口調ながらも手を挙げた。
「このゴールデンフリース号のドレスコードというのは女性は全員バニーガールを着るというものでして、はい。わ、私達で決めたものではないんですよ? 私達はア、アルバイトの者ですから。リニューアル前からこのルールはあったらしくて」
「じゃあ、絶対に着なくてはいけないのかい? この服を」
「はいぃ、そうなります」
これには飛鳥も困惑せざるを得ない。まさかその様なドレスコードだとは想像の埒外であった。今から拒否してしまえば、船に乗る事はできなくなってしまうだろう。つまり生徒達にバニーガールの衣装を我慢してもらうしかないのだ。ちらりとそちらの様子を窺えば、一人はしゃいでいるアスナを除いて全員がどうにも微妙な表情である。
「あの、我々はちゃんと服はお渡ししたのでこれで帰りますね。確かに恥ずかしいとは思いますが、だんだん慣れてくると思いますから心配しないでください。無常観というか、ああ、これ着ないといけないんだぁみたいな気分になるので」
「おい、喋りすぎだ。もう行くぞ」
「は、はいぃ。それでは……」
役目を終えたと言わんばかりに四人組はそそくさと去って行く。呼び止めようと思っても良い説得方法が見つからず、飛鳥は少女達が廊下の奥に消えるのをじっと見送ってしまっていた。
ため息交じりにドアを閉めて部屋へと戻ると、生徒達はバッグから取り出したそれぞれのバニー衣装を手にしている。
ネルは赤、アカネは白、カリンは黒、アスナは水色、そしてマリナは金色である。アスナは乗り気で、アカネは観念したかの様な表情を浮かべているが、残りの三人は渋い顔つきだ。
「……ええと、皆、着てもらえるだろうか」
「はいはーい! アスナ着まーす!」
「任務の為ですし、ルールであると言うならば私もやぶさかではありませんが……どうでしょうか、リーダー、カリン、それからマリナさん」
アカネが恐る恐る尋ねると、まず最初にネルが大きく嘆息し、
「わぁーったよ。あたしもそこまでわがまま言うつもりはねぇ。ちと動き辛そうだが……着てやるよ」
次に逡巡の後にカリンも頷き、
「これはあくまで任務。アカネが言う様に、郷に入れば郷に従えなのは間違いない」
そして最後に、顔をほんのりと赤くしながらマリナは、
「くっ……背に腹は返られないか。だがここで私が一人反抗したところで事態は好転しない。着るしかあるまい! 破廉恥だが、凄い露出だが!」
「皆、申し訳ない。ありがとう」
葛藤こそあったものの、船に乗る客として認められる為にはたとえ破廉恥と言う他にない衣装であっても着る他にない。その必要がない飛鳥は心底申し訳なさそうに目を伏せ、少女達へと謝罪の言葉を口にした。
しかし無事にドレスコードを回避できるのならば、ようやくコユキ及びケイオスの身柄を拘束する任務がようやく開始する。残された時間はそう長くはないのだ、迅速な動きが要求されるだろう。
「よし。それじゃあ皆、すぐに着替えてさっき話していたメインホールに向かおう。そこでケイオスか黒崎さんのどちらに会えるかもしれない」
生徒達を導く立場である先生として振る舞うべく飛鳥はハキハキとした声色で促してみるものの、少女達は皆バニー衣装を手に持ったままで立ち尽くしている。一向に動く気配がない。問題でも発生したのかと彼はぐるりと全員の顔を見回すが、一様に口を閉ざしてしまっている。
ネルだけは、鋭い視線を飛鳥へとずっと向けてくる。やはりバニー衣装を不満に思っているのだろう。心苦しいが、ルールで決められているとなれば着てもらう他にない。飛鳥は罪悪感を覚えながらも、頭を下げる以外に何もできなかった。
「本当にすまないと思っている。けれどこうするのが一番円滑な方法なんだ。あとで埋め合わせはするから……」
「いや、あのよ? さっさと着替えろってのはその通りなんだが……テメェが見てる前で服脱げってのかよ」
ネルがこめかみにビキビキと青筋を浮かべながら言い捨て、ハッとした飛鳥の顔はみるみる内に紅潮していく。自分が配慮に欠けているなどというレベルではない失言をしてしまった事に、随分と気付くのが遅れていた。
思わず他の生徒の顔を窺えば、カリンは口を真一文字にきゅっと結び、アカネはほんの少し頬を赤らめて「いえ、私は別に構いませんが……」などと呟き、アスナは満面の笑みを浮かべ、マリナは既に衣装を着るべく制服のボタンを外し始めていた。
「ご、ごめん!!!」
飛鳥は慌てふためき、逃げる様に廊下へと飛び出した。勢いよくドアを閉めてズルズルとその場に崩れ落ち、だらしなく座り込んでしまう。胸に手を当てればバクバクと早鐘の様に鳴る鼓動がハッキリと感じられる。
「ご主人様~! 大丈夫~?」
「そ、外で待ってるから、着替え終わったら言って欲しい。本当に、申し訳ないっ」
腹の底から、絞り出す様に息を吐き出す。そして今度は勢いよく息を吸い込む。
これを三度程繰り返して、飛鳥の体はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。それでもなお顔は赤く、あまりの恥ずかしさに彼は両手で顔を押さえて「ううぅ」と小さく呻いてしまう。
「参ったぞ、本当に……参った」
こんな調子で果たしてケイオスへと辿り着けるのだろうか。飛鳥は両足を抱えた姿勢で座り込み、ガックリと肩を落とすのだった。
飛鳥の着ているスーツはビックカメラグループとのコラボで書き下ろされたスーツをイメージしております。原作のバニーチェイサーでは特に先生の服装については触れていなかったので、飛鳥に少しイメチェンしてもらいました。
あと恥ずかしがる飛鳥というシチュエーションは今回のバニー編でないとできそうになかった事なので、少々誇張して書きました。でも多分飛鳥はこういうタイプです。ケイオスが絡んだ事で思考のリソースを回し過ぎてそこ忘れる?みたいなところをしっかり忘れるタイプです多分。
そして四人組のバニーガール少女ですが、台詞回しで「何してんの君達」という感情を引っ張り出せるよう努力しました。