先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「飛鳥く〜ん、元気そうだね。ちょっと背とか伸びた? アハハ、相変わらず冗談通じる余地のなさそうな顔してる。それとも僕にだけなのかな」
飛鳥達の前に姿を現したケイオスはゆっくりと話がしたい、そう言い出して会話の場を自らのテリトリーであるオーナー室へと変えた。信用を得る為にと嘯いてボディガードの類を一切連れず、彼は渦中の生徒であるコユキだけを伴った。
飛鳥達は何処かへとひたすらの前進を続けて失踪したマリナを除いた五人が招かれ、飛鳥のみがソファに腰掛けて師匠でありながら仇敵とでも呼ぶべき男を見据えていた。
「……何故、黒崎さんを連れ出したのですか?」
「うん? それに関しては彼女の方から話してもらうとしよう。ね、コユキ君」
「はい!」
コユキはケイオスに隣に腰掛けた状態で無邪気に笑い、手を挙げる。精神を操られている様子はない。彼女は自分の意思でここに留まっているのだ。胸を撫で下ろしつつ、ではどんな理由でケイオスのそばにいるのか、その点に対する疑問が拭えない。
それを飛鳥が質問するよりも先にコユキは、こう言い切った。
「私、飛鳥先生にプレゼントを贈りたいんです!」
「プレ、ゼントぉ?」
たまらず声をあげたのはネルだった。当然の反応である。声を出しはしなかったものの、他のバニーガール達も一様に何かを言おうと口を開け、そのまま少し固まってしまっていた。アスナでさえも少し首を傾げた程である。飛鳥ただ一人、じっと笑顔のコユキを見つめ、
「僕が君に与えた人生ゲームのお返し、だね?」
「そうです! 私から先生にお礼がしたくて……それで、このカジノでSランクの会員になればVIPとして扱われる様になるんです。凄いんですよ、皆が言う事を聞いてくれる様になって、人気者になれちゃうんです! 今Aランクで、もう少ししたら先生と一緒にここで遊んで暮らせる様になります!」
「その為にずっとゲームをしている、と。ミレニアム名義での債券発行は……」
「ああその、ちょっとお金が足りなくなっちゃって」
コユキが刷った債券の規模を考えれば、ちょっとどころの話ではない。実際にミレニアムが潰れかけているのだ。これにはさしものネルも眉を釣り上げたまま、喉から声を絞り出す。
「じゃあ、何か? てめぇはそこのモヤシに贈り物がしたくて債券刷りまくってここで遊んでるっつーのか?」
「あ、遊んでません! Sランクになれば飛鳥先生へのお返しになりますし、忌々しいミレニアムからの脱出にもなりますので! もうネル先輩にも叩かれたりしませんし!」
「てめぇがいちいち問題起こすから、あたしが、そこら中駆け回ってるんだろうがよ……!」
白兎、もといコユキがこれまで起こしていた問題を解決していたのはC&Cであると乗船前に聞かされていた。コユキ本人の戦闘力はさしたるものではないので、身柄の確保はそこまで苦ではなかったとも。とはいえミレニアムの内情を知っている、それなりに重要な人物が脱走しては騒動を巻き起こすと考えれば、ネルが怒り心頭でいるのも納得である。
飛鳥は今にも飛びかかりそうなネルを手で制しながら、コユキへの質問を続ける。
「君は僕にお礼がしたかったし、ミレニアムからも抜け出したかった。だから、ケイオスの誘いに乗って脱走した。ここまでは合っているね?」
「そうです! もしもSランクが取れたら、その時はいっぱいゲームしましょう先生! ね、ね、ね!」
無邪気な表情だ。自らがしでかした事の重大さを理解していない。否、重大だとさえ感じられていない。初めて言葉を交わした際にもミレニアムのデーターベースを初期化した、と笑いながら語っていた様に、黒崎コユキという少女は飛鳥が出会ってきた生徒の中でも、一際善悪というものが区別されていない。己の快不快のみを基準に動いてしまっている。
たとえ借金を返す手段として銀行強盗と提案した砂狼シロコでさえ、または廃部を回避する為に生徒会への襲撃を企てたモモイ達でさえ、その根底にあったのはある程度他者を尊重する姿勢である。
不良生徒達を例に考えるとしても、それが正しいか間違っているかという価値観において自分達が少なくとも善と呼べる側に立っていないのだとある程度は理解できている。
だがコユキはその二つとは全く違う。自分の判断は絶対に正しく、それを咎める周囲に対して『何故?』と疑問を抱いているに違いない。飛鳥=R=クロイツへの恩義を返す為に生徒会を崩壊させかけている事からも、それは察せられた。
「黒崎さん、あの人生ゲームは僕からすれば手を貸してくれた事に対するささやかなお返しだった。けれど君にとってはここまでしたい、そう考える程に喜ばしい贈り物だったんだね」
「はい! 私、誰かに何かをもらうって言うの滅多になくて……先生のくれた人生ゲームも、何処にでもあるはずのものなのに、先生と遊ぶと凄く楽しくて……だからめいっぱいの恩返しがしたかったんです!」
「……うん、君の気持ちはよくわかったよ。とても嬉しく思う」
「じゃあ!」
コユキの目がキラキラと輝く。彼女にとって飛鳥はどれだけ眩く見えているのだろう。絶対に自分の味方である、そう信じて疑っていない事がありありと感じられる。これからそんな飛鳥が放つ言葉に対してどんな表情を見せるのか、想像するのは難しくない。ちくりと胸が痛むのをこらえながら、彼は言い放った。
「すまない。僕はそのプレゼントを受け取りたいとは思わない」
「え……?」
ぴたりと、コユキの笑顔が凍りつく。否定などされるはずがない、そう信じていたのに対して現実はハッキリとNOを突きつけたのである。それによって生じる衝撃は、そう簡単に受け止められるものではない。
ネル達からの視線を受けながら、飛鳥は、
「まず、黒崎さんに二つ説明しなくてはいけない。まずは一つ、ミレニアムから逃げ出した事。君は罪を犯して、あそこに閉じ込められていた。だのにそこから自分の意思で抜け出してしまったという事は、更に罪を重ねてしまったという意味だ。それを看過するわけにはいかない」
「え、え?」
「そして二つ目、君はお金が足りないという理由でセミナーの名義を使って債券を発行した。君はちょっとと言ったけれど、その額は凄まじいものだった。今頃早瀬さんや生塩さん達は大変な苦労をしているだろう。それは誰でもない、君のせいだ」
「あ、あう……」
コユキからすれば、さぞかし冷たい大人に見えているのかもしれない。良かれと思って用意しているプレゼントを『要らない』などと言い返されてしまえば、誰であっても悲しく感じるはずだ。飛鳥とてそれがわからない男ではないが、しかしここまでハッキリと言わなければコユキが受け入れない可能性は十分にあった。
視線をケイオスへと移す。コユキを拐かしたであろう張本人へと。
「けれどね、黒崎さん。まだ間に合う。君は沢山の人に迷惑をかけてしまっているけれど、今からミレニアムへ戻って謝罪をすれば怒られる事はあっても、それで終わる。また反省室に連れて行かれてしまうかもしれない、そうしたら僕または会いに行く。一緒に人生ゲームを―――」
「いやあ、それはどうだろうなぁ。僕としては飛鳥君の意見には反対だ」
狙い澄ましたタイミングでケイオスは口を開いた。飛鳥が一通り話し終え、コユキへと手を差し伸べようとするその間隙を突いてきた。
「君の言い方は少し上から目線が入ってしまっている。典型的な理詰めで話す人間のやり方だ。同僚や上司なら良いけれど、教え子に向けて使うものじゃない。僕に言わせれば、相変わらずだねぇ」
「……貴方は黒崎さんを誘拐した張本人だ。少なくとも、僕に対して何かを言う資格はありません」
「人聞きが悪いなぁ。観点を変えてみようか、君達から見て僕はコユキ君を連れ出した怪しい男かもしれない。けれど僕から、またはコユキ君からすれば、生徒会から不当な扱いを受けていたかわいそうな生徒を助けてあげた男だ。それとも飛鳥君は、コユキ君があのまま閉じ込められている事が正しい在り方だとでも言いたいのかな? 君も『白い部屋』に誰かを閉じ込めたがる様になっちゃったんだね?」
「それは穿った物の見方です。僕はこれ以上黒崎さんに罪を重ねて欲しくはない、それだけの話だ」
「ふぅむ、なるほどね。でも最終的な答えを出すのは僕でもなければ君でもない、コユキ君になる。尊重してあげようじゃないか、生徒の自主性って奴をさ」
ケイオスはニヤリと笑いながらコユキを顎でしゃくる。飛鳥は僅かに顔をしかめた。今の会話はわざと挑発的な言動を繰り返してみせていたのだ。飛鳥はヒートアップする事無く冷静に返答したが、重要なのは傍らに座るコユキが今のやりとりにどの様な反応を見せるかである。
答えを求められたコユキの表情は優れない。目が泳いでいるし、顔色も優れない。当然である。既に善意を飛鳥に突っぱねられてしまっただけでなく、ケイオスの口から『ミレニアムへ戻るべきではない』と暗に示された。この状況からコユキが差し伸べられた手を快く握り返してくれるはずもない。加えて飛鳥の背後には彼女を捕らえる為にやってきたC&Cが待機している始末だ。
「……わ、私、嫌です! ミレニアムになんて帰りません! ネル先輩に叩かれたくありません!」
答えは明白だった。落胆する事もなく、飛鳥はこの結果を受け入れる。コユキがプレゼントの話を始めた時点で最悪こうなるとは思っていたが、ケイオスの小さな横槍によって彼女との関係は修復できるか否かという瀬戸際に立たされてしまっている。
「てめぇな……!」
コユキの拒絶に対してネルが再び唸るが、これも飛鳥は手で制する。二度も制止された事で流石にギラリと睨み付けられるが、
「ここでの戦闘は御法度だ。もしも僕達の方から動いてしまえば、ルールを破った事になってしまう。招待客から排除の対象に一転してしまえば、ミレニアムそのものへの影響は計り知れない。だから美甘さん、ここは抑えて欲しい」
「んだと!? じゃあこのまま言われっぱなしにするつもりか!?」
「……ルールはルールだ。それを破っても僕達に良い事など何もない」
「わかってるじゃないか飛鳥君。僕のアドバイス、忘れていないんだね?」
「おかげさまで。同時に、これからどうするべきかも読めました」
飛鳥はソファからゆっくりと立ち上がると、ケイオスに一瞥した後コユキへと視線を落とした。
「黒崎さん、折角君が考えてくれていたプレゼントを断る形になってしまって申し訳ないと思う。けれど……どうか考え直して欲しい。何が正しくて、何が間違っているのかを」
「……」
コユキは飛鳥の目から逃れる様に俯いて、それきり動こうとはしない。嫌われてしまったのだろう、と考えながら飛鳥は踵を返してオーナールームのドアへと歩き出す。舌打ちをするネルを先頭にC&Cも続いた。
ケイオスは腰掛けた姿勢のまま飛鳥の背中めがけて、
「飛鳥君、これからどうするつもりなんだい」
「こんな形で話し合いが終わってしまったのならば、今すぐにでも僕達は貴方の指示一つで捕まえられてしまうでしょう。けれど貴方がそうしないと僕は知っているので、もう少しこの船に留まろうと思います」
「へぇ……なんで僕が君達を捕まえないと思うワケ?」
「おかしな言い方になりますが、それではつまらないからです」
振り返る事もなく飛鳥がそう返答すると、ケイオスはくつくつと背中を折り曲げて笑った。
「良いじゃないか、僕がどういうタチなのかよくわかってる。グッドコミュニケーションの報酬として良い事を教えてあげる。ここのオーナーになった理由はね……君に楽しんでもらいたいからだよ。肩肘張ってたら、疲れちゃうから」
「お心遣いには感謝します。ですが……この船の在り方はあまり僕の好むところではありません」
そこで会話を終え、飛鳥達はオーナールームを後にするのだった。
※
「それで? これからどうするつもりなんだよ、モヤシ」
「困りましたね。白兎本人がああして拒絶の意思を示してしまったとなると、説得は難しいかと」
「カジノのオーナーにべったりっていうのも困る。指示一つで私達はピンチになる」
「でも、荒事はなしだって事前に言われちゃってる……どうするの、ご主人様」
オーナールームから出て早々に、バニーガール達から一斉に指示を仰ぐ言葉が飛んでくる。当初の目的であるコユキとケイオスの確保は難易度が一気に跳ね上がってしまっている。彼女達が非難の色を匂わせるのも当然である。飛鳥は冷静に頷き返すと、ゲーム音で騒がしいホールをぐるりと眺め回して、
「……僕達は荒事を避けなければならない。けれど知っての通り、ケイオスは黒崎さんとセットで動いている。一度に捕まえたくても、ケイオスがカジノのオーナーを務めている以上は難しいだろう。であれば、僕達は敢えて正攻法で行くしかない」
「正攻法ぉ?」
「バーカウンターにいたシヨリといる、とも。このゴールデンフリース号における絶対のルールは高ランクを持つ者が絶対的な存在になると言う生徒は、船内では高いランクになればなる程待遇が良くなると言っていた。そして黒崎さんはSランクまで上がれば、VIPとなってミレニアムから抜け出せて良いのだろう」
「―――読めました。つまりご主人様はこう仰っているのですね? 我々、もしくは我々の内誰かがSランクまで上り詰めてVIPとなってしまおうと」
「幾らケイオスと言えど、決められたルールを撤回する事はできない。たとえねじ曲げるにしても強引な方法になるだろう。その時は僕が抑えよう」
ゴールデンフリース号のルールはランクに比例して船内での優劣が決まるというものだ。裏を返せばどの様な人物であってもランクが高ければ、それだけ融通を効かせられる人物になり得る。事実、飛鳥は一度コユキに触れようとしてボディガードに痛い目を見せられている。
ルールに則って、ルールの上で勝利する。飛鳥達がセミナー倒産の危機を打開する最善の方法は、現状それしか残されていないだろう。
方針が決まり、飛鳥は手近なゲーム機へと歩いて行く。スロットマシンである。財布を取り出してとりあえず硬貨を何枚か挿入口へと入れる。と、何故かバニーガール達は飛鳥の周囲をぐるりと囲み、画面へと視線を集中させる。アスナに至っては何故か頭の上に両手を置いてくる始末だ。
「す、少なくともこういったゲーム機という事は実力でどうこうという話ではない。運が関わってくるだろう……僕にその能力があるか、まだわからないけれど」
(ああ、本当に……どうしてこうなってしまうのだろう。上手く言葉を選べなかった)
スロットマシンと向き合いながら飛鳥はコユキの期待に満ちた表情がみるみる内に凍りついていく様を思い出していた。こんな結果になってしまったのはひとえに自分がコミュニケーション能力に秀でていないからと言っても過言ではない。ああする他に選択がなかったとは考えても、実際のところ彼女を傷つけてしまった事もまた確かなのだ。
(……後悔したところで詮無き事、か。今はとにかく状況を好転させなければならない)
回転するスロットを止める為にボタンを順番に押していくが、絵柄は揃わない。まだ一回目の挑戦である、そうそう上手く行くとは飛鳥も考えていない。再び挑むべく硬貨を入れる。
(切り替えていこう。黒崎さんを連れて帰り、ケイオスを捕まえる。その為に僕はここまで来たのだから)
後悔を頭の隅に押しやり、飛鳥はテンポ良くボタンを押していく。すると今度は絵柄が綺麗に揃い、『777』となった。当たりだ。せきを切った様に劇的なメロディが流れ、続けてマシンから一枚のチケットが吐き出される。『Cランク』、今のランクはDであったはずなので、どうやら一つ上にランクアップした様だ。
常に冷静であろうとする自分らしくない感傷に悩まされてしまっていたと自覚し、飛鳥はCランクのチケット手に取り改めて意識を切り替えた。目指すはSランク、VIPだ。
「わー! スゴーい! ご主人様大勝利~!」
「先生、まだ二回目なのに……どうやって?」
「流石我らがご主人様。聡明さが冴え渡っております」
「おいモヤシ、今のもっかいやってみろよ」
まさかスロットマシンで一度勝っただけでここまで褒められるとは思いもよらず、飛鳥はネルに肘で小突かれながら頬を赤くする。まだSランクまでは長い道のりとなってしまうが、一歩を踏み出せた事は間違いないだろう。であれば次にすべき事は、事前に決めていた作戦の一部変更だ。
飛鳥は財布から何枚か紙幣を取り出すと、アカネ、カリン、そしてアスナの三人へ均等に手渡していく。
「さっき室笠さんがおさらいしてくれた様に、これから手分けしてランクを上げていこう。誰か一人でもSランクに辿り着ければ御の字だ」
「……ですがご主人様、それでは守りが手薄になってしまう可能性が」
「それは問題ない。美甘さんに残ってもらって、僕のボディガードを頼みたいんだ」
「あぁ!? 何勝手に決めてんだよてめぇ」
「ケイオスは僕らに自由を許している。けれど何もせずに見ているはずもないだろう。それなら敢えて隙を見せて動きを探ろうと思う。美甘さんの実力はよく知っている、信頼しているよ」
「……だそうですが、リーダー」
飛鳥が確信を得た表情を見せると、ネルは心底不満げな表情で額に皺を寄せる。飛鳥とスロットマシンを交互に見て、しばらくして心底不服そうな表情で重苦しくため息をついた。
「あー、めんどくせぇが一人でゲームとにらめっこしてるよりかはマシか。わぁったよ、モヤシを守ってりゃ良いんだろ? てめぇらさっさと行ってこい。三分でSランク取ってこい!」
「さ、流石にそれは難しいと思うけどやってみる。先生をお願いするねリーダー」
「では、ご主人様。くれぐれもお気をつけて」
ネルが飛鳥を守るとなればカリンとアカネも不満はない。承諾の頷きを見せ、二人はわざと飛鳥から距離を離して少し離れたゲーム機へと向かっていく。最後に残ったアスナは紙幣を手にしたままでニコニコと笑みを浮かべて、
「ご主人様! あのね、もしも私がSランク取ってきたらさ、お願い聞いてくれない?」
「お、お願い……?」
「アスナの事、もうむっちゃくちゃに褒めて! 褒め殺しってくらいに!」
「……考えて、おくよ」
「やったぁ! じゃあいってきまーす!!」
ぴょんぴょんと跳ねながらアスナはご機嫌にフロアを駆け回っていく。その様子を見届けてから飛鳥の護衛を任されたネルはため息交じりに、
「一回でも言っときゃ良かったのによ。てめぇ約束はちゃんと守れよな。ああいう時のアスナはマジでやるぞ」
「そ、そんなまさか……いや、Sランクを取ってくれるのは良い事だから、構わないけれど」
思いがけない窮地に青ざめる飛鳥、呆れるネル。漫才じみた空気感であるが、時間との戦いであるばかりに肩に込められていた余計な力はアスナのおかげで少し緩んでいた。
「はぁ……しっかしまぁ、あたしはいよいよてめぇの事がよくわかんなくなってきたよ」
どっかと飛鳥の隣に位置するマシンの椅子に腰を下ろして、ネルはかぶりを振る。まじまじと観察すると、小柄で細い体にバニーガールの衣装は奇妙にマッチしている。起伏に富んだ肉体ではないからこその特色とでも言うべきだろう。と、ずっと見ていると殴られるかもしれないと視線をマシンへと戻す。
「よくわからないって?」
「ナヨナヨしてるかと思ったらハキハキして、優柔不断に見えてズバッと物を言いやがる。わかんねぇ奴だよな」
「……ただの冴えない男だよ」
「いや、そうでもねぇ。冴えない男にしちゃてめぇは妙に肝が据わってやがる。そこらの奴より弱っちいのに、躊躇いもなく体張ったりするなんて矛盾してるとは思わねぇか」
「矛盾、か。似た様な事を以前にも言われたよ。想像と違う、聞いていた話とは違う、とね」
「そう、それだよ。あたしはな、ブラックマーケットで大暴れしたっていう大人がどんな奴なのか、それが知りたかったんだ」
ブラックマーケット、苦い思い出が印象的な場所だ。一度目はアビドスの生徒達と銀行強盗を、二度目は便利屋68の生徒達と決死の逃走劇を、キヴォトスでも危険地帯と数えられるだけあって、暴力沙汰は避けられなかった。二度目に至っては飛鳥自身、片足に重傷を負っている。
「そんで、そのとんでもねぇ大人はビームも撃てるし空も飛べるなんて言われちゃ……あたしはワクワクが止まらなかった。どれだけ面白い戦いができるのかってな! だが箱を開けてみりゃ、こんなモヤシ野郎とはな」
「期待に添えられず申し訳ない。でも」
「わぁってるよ。生徒であるあたしとはやらねぇってんだろ。二度も言わせる程馬鹿じゃねぇよ。まぁなんだ、悪い奴じゃねぇってのはわかってる。アスナが懐いてるしな」
「そんな犬みたいな……」
「似た様なモンだよ。気に入った奴にはとことん寄っていくからなあいつ」
「それは、よくわかる。うん」
「はははは! 初めててめぇと意見が合ったかもしんねー!」
ネルはケラケラと笑う。いつの間にやら彼女は飛鳥に対する刺々しさが薄れていた。根が真面目な性格であるというのはわかっていたが、気持ちの良い性格でもある様だ。釣られて微笑みながら、飛鳥は何処か懐かしい感覚を覚えていた。
やはり、似ている。旧友に。
「でもまぁ、ハッキリ言えんのはやっぱてめぇ一人だと危なっかしいって事だ。キツかったらちゃんとあたしらに言えよな」
「……うん、頼りにしているよ」
本心からの言葉である。飛鳥は何処まで行っても虚弱極まる人間だ。自分よりずっと下の少女に守ってもらう事を恥じる事もない、何せ自分よりずっと強いのだから。飛鳥一人では絶対に人混みをかき分ける事など不可能であっただろうし、コユキのボディガードに腕を掴まれたところであまりの痛みに涙を流していた可能性さえある。
「あ、あとアレだぞ。アスナの奴がちゃんとSランク取ったらちゃんと褒め殺してやれよ?」
「えぇ……? で、でも本当に上手く行くかまではわからないから―――」
その時であった。カジノを照らすミラーボールが、突然金色に切り替わる。広大なホールが瞬く間に煌めく金に染め上げられていき、客達はざわつき始める。
ドタバタと忙しなく従業員がカジノ中心部に立つと、何処からかスポットライトが降り注ぐ。何かの発表が行われる様だ。もしや、と飛鳥の脳裏をアスナの笑みがよぎる。
『え、えー皆様! ただいま、初のSランク獲得者が現われました! なんと、なんと、二回目のチャレンジでの獲得となります! 前代未聞に続く前代未聞でございます!』
嫌な汗が飛鳥の額ににじむ。よもや、よもや。
『どうぞ、こちらへ! 皆様、たった二回でSランクを獲得されました―――アスナ様です!』
『きゃー! ご主人様見てるー! 私頑張ったよ~!! わぁーい!!!』
※
『きゃー! ご主人様見てるー! 私頑張ったよ~!! わぁーい!!!』
「ぶふっ! えっ!?」
その時、オーナールームでケイオスは驚きのまま白目を剥き、乳酸菌飲料を思い切り噴き出していた。
♪Unwelcome school