先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
『標的が動いた。オーナールームへ向かってる』
「了解した。こちらも滞りなく進んでいる」
無線機から聞こえてくるミサキの声に、サオリは並行して準備しているヒヨリの様子を伺う。ガチャガチャと物々しい音を立てながら彼女は大口径のスナイパーライフルを組み立て、テラスの手すり部分へとゆっくりと無骨な銃身を寄り添わせていた。
ゴールデンフリース号カジノフロア上部、煌びやかなホールをぐるりと眺め回せるテラス部分にてサオリとヒヨリ二人は飛鳥=R=クロイツを暗殺する為に待機している。
客が滅多にやってくる事はなく、警備員の巡回頻度も低い、まさに穴場である。加えてサオリ達はケイオスの計らいにより、従業員の役職を与えられている。この辺りで何かしていたとしても、余程の事がない限りは怪しまれない。
『リーダー、仕込んでおいた盗聴器は?』
「問題ない。機能している」
サオリ達四人の少女は、ケイオスの事を信用していない。得体が知れず、目的もわからない相手の事を『先生』と呼びたくもない。故にオーナールームに盗聴器を仕込んでおいた。自分達がいない間に彼が何を考えているのか、一体何者なのかを知る為に。
「……あのコユキとかいう生徒について話し合っている様だ。相手は飛鳥だ」
『やっぱり連れ戻しに来たんだ』
黒崎コユキという少女を突然ケイオスが連れてきた時四人は困惑した。特異な能力を持っているというが戦闘能力はそこまで高いというわけでもなく、何より自分がどんな状況下に置かれているのかまるで理解していない、無垢な存在だったのだ。
無論、黙ってそれを受け入れるサオリではない。何を目的としてその様な人物を引き入れたのかとケイオスに問いかけた。彼は、
「この子が必要になるんだ。これから僕が飛鳥君の為に用意するプレゼントの為にね? 心配しなくていいよ、君達が誰かとかはまるで知らないから」
ところがケイオスはゴールデンフリース号に忍び込み、自らをオーナーに仕立て上げるまでコユキに何かを手伝わせる様子はまったくと言っていい程になく、それどころか好きに遊べなどと命じる始末だ。加えてサオリ達にはアルバイトと称して船内で働く様にと言い出す始末だ。一体どんな意図があると言うのか、それがまるで読み取れない。
そうして盗聴器を仕込むに至ったのだが、聞こえてくる会話にこれといって取り上げるべきものはない。飛鳥がコユキを連れ戻そうとし、ケイオスがそれを言葉巧みに妨げている。
(コユキ……自分の学校から逃げ出したそうだが、手を差し伸べてくる存在がいるだけずっと幸せだ。本来の居場所を追われ、じっと息を潜めて生きていく事を強要されるよりも、ずっと)
サオリは、サオリの仲間達はゴールデンフリース号にやってくる事さえ珍しい境遇にある。陽が降り注ぐ下を歩く事は疎か、学生としての日常さえ送れずにいる。それに比べればコユキは羨ましいとさえ思えた。
だがそれもしばらくの辛抱である。そうすれば、キヴォトスは大きくその姿を変えて、彼女達を取り巻く全てが好転する。
その為には障害となりうる存在を、飛鳥=R=クロイツを排除しなければならないのだ。
双眼鏡を覗きながら、サオリはオーナールームの扉が開くのを確認する。しばらくして飛鳥はボディガード達を連れながら現われ、何やら話し始めた。
「……飛鳥が部屋を出た。ミサキ、姫と共に待機しておけ」
ケイオスからの課題、それは飛鳥を船から降りるまでに暗殺する事。あらゆる学園に介入しうる存在を『計画』を実行する前に仕留めてしまえば、懸念すべき点は全て取り除かれるだろう。
サオリが目配せすると、ヒヨリはライフルを構えてスコープからオーナールームの入口を注視する。周囲に護衛の生徒達はいるものの、頭上からの狙撃には対応できまい。飛鳥自身も銃弾一発で容易く絶命する脆い肉体だ。
「すみませんねぇ、コーラ頂いた事には心から感謝しているんですけれども、これも人生と言いますか、えへへ……勘弁です、勘弁」
ぶつぶつとヒヨリは自分が狙撃する相手に対して謝罪の言葉を連ねている。最初の作戦として飲み物に毒を混ぜるという古典的なアプローチを試したのだが、ボディガードらしき生徒に阻まれてそもそも毒を混入させるには至らなかった。それだけでなく、逆に飛鳥からコーラを買ってもらう始末である。
ならば直接仕留める他にないと狙撃に至った次第だが、ヒヨリは謝罪しつつも動作にまるでブレはない。撃てとサオリが命じても彼女は一切の躊躇なく、飛鳥の頭部をトマトの様に吹き飛ばしてみせるだろう。
「準備は良いかヒヨリ」
「は、はいぃ。いつでもどうぞ」
「よし、ならば」
「―――悪いが、その狙撃は中止だ」
声にサオリは動揺する事もなく、自分のアサルトライフルを構えると聞こえてきた方向へと銃口を突きつける。ケイオスから事前に知らされていた邪魔者の正体を確かめるべく。
ところが、そこには誰の姿もいなかった。何処からやってきたのか、『カラス』が一羽いるのみだ。周囲を窺ってもサオリとヒヨリ以外には見られない。
「……?」
「そうか。これを見せるのは、この世界では初めてになるか」
声は、カーペットの上にぽつんと立つカラスの嘴から漏れ出た。ぞくりと背筋を薄気味悪い感覚が襲いかかり、サオリはライフルを構え直す。
カラスが羽ばたき、黒く暗い羽が散る。次の瞬間、そこには黒い外套を身に纏った長身の男が何処からともなく現われていた。入れ替わった、否、変身したのだ。
男の左目からは異様な光が放たれ、そして額からは一本の角が生えている。ケイオスから聞かされていた『敵』の特徴に一致している。
「まずは狙撃手からだ」
「―――うえっ!?」
音もなく、男の姿が掻き消える。直後にサオリの背後からヒヨリの呻き声があがり、振り返った先には倒れ伏すヒヨリとライフルをその手に握る男がいた。どの様な技術を使ったのかは定かではないが、彼は一瞬にして回り込んで狙撃を防いだのだ。
常人ではない。何かが異常だ。サオリは脳裏にケイオスのふざけた笑みを思い浮かべ、思い切り舌打ちした。こんな能力があると一言も言わなかった事だけではない、もしも不満を述べていなければ彼は外見さえ教えなかった可能性があった事にもである。
「ふむ……手慣れた様子で準備をしていたな。やはり手練れと見て間違いないらしい」
男はライフルを持つ手とは別の手を外套の内側からゆっくりと覗かせる。親指と人差し指に添って、黒々とした針が取り付けられている。拷問器具を思わせる外見のそれを、サオリは一目で男の得物であると理解した。
針がライフルへと突き立てられ、キキキ、と耳障りな音を立てながら舐める様に表面をなぞる。次の瞬間、銃身に無数の亀裂が刻み込まれ、バラバラになった部品が床に落ちる。
「うう、ごめんなさいサオリさん……」
目の前に散らばる無数の金属片を見つめながら、ヒヨリが涙混じりに漏らす。攻撃を受けながら目立った外傷は見られない、命も取られていない。男が手を抜いている事は明らかだ。
「安心しろ、殺してはいない。どの道そう簡単には死ねない肉体なのはわかって―――」
何の迷いもなくサオリは引き金を引いた。銃口から何発もの弾丸が吐き出されていく。けたたましい発砲音もホールの広さと、カジノの喧噪には劣る。何より享楽に浸っている者達の耳に届いたとして、自分とは関係のない事であると勝手に無視する。
弾丸に対して男はヒヨリを襲った様に高速移動はせず、むしろ両腕を広げて弾丸を迎えた。この動きにサオリが目を見張る中、不気味な音と共に男の胸から胴にかけて弾丸が叩き込まれ、みるみる内に赤い血が白い衣服の下から湧き出した。
「……ああ、良いな。良い。銃弾による激痛は久方ぶりに味わう。切創、挫滅創は死ぬ程……そう文字通り死ぬ程受けたが、銃創は懐かしいとさえ感じてしまう」
サオリは己の目を疑った。キヴォトスの住民は銃弾に対して耐性があるのに対して、男は銃弾によって大きな傷ができている。そして血も流れ、赤いカーペットにはみるみる内に深紅の池が満ち始めている。だが問題はそこではない。何発もの銃弾を浴びせられ、血の池ができる程の出血をしながらも、男の顔には苦痛の表情ではなく、歓喜の笑みが浮かんでいた。
「ふ、ふふふ、良いぞ! 見たところ貴様の撃ち方は相手を殺す為の撃ち方だ。そこらの連中とは違う、致命を狙ってのものだ。もっと浴びせてみろ!」
「これは……」
「不思議に感じるか? 何故、叫ばないと。何故、苦しまないと。生憎これしか愉しみがないものでな。貴様の様に弾丸くらいならばそれなりに耐えられる肉体であれば、何か違ったかもしれんが」
信じがたい事に、男は致命的なダメージを受けながらも一向に崩れ落ちる様子を見せないだけでなく、恍惚としている。何がそんなに楽しいのか、何がそんなにも喜ばしいと感じるのか、サオリはその疑問に顔をしかめてしまう。
「ふむ……だが、これではあまり面白くないな。銃は感情を込めづらい、邪魔だ」
笑みを浮かべたまま、男の姿が再び掻き消える。直前に漏らした言葉と、ヒヨリのライフルを分解した光景から自分の得物を狙っていると判断し、サオリはすかさずライフルを投げ捨てると、太ももに巻き付けていたベルトからナイフと拳銃を抜き取った。何処から手を伸ばそうとも、即座にナイフで対応ができる様に構えたのである。更に相手の得物が指に取り付けられた針だと言うのならば、ライフルでは近距離の格闘戦には向かないのだ。
それに対して何処からともなく、あらゆる方向から男の声が響く。
「なるほど、良い反応だ。できるな……私の何処を貫いてくれる? 断ち切ってくれる? きっとお前はその若さからは想像できない、素晴らしい動きを見せてくれるだろう」
背後に気配を感じ、サオリは振り返りざまにナイフを振るう。男が切っ先を受け止めようものなら、続いて近距離での銃撃で足を打ち抜いて動きを止める寸法だ。
力を込めたナイフの先に、肉を切り裂き貫く確かな感触が伝わる。少なくとも掌には突き刺さったはず、と視線を走らせた彼女が目にしたものは、男の喉仏に深々と突き立てられた自身のナイフだった。
「!?」
「ぐぶ、ぐぉぼ、がばぁ」
信じがたい光景である。ナイフが刺さった傷口から溢れる血によって、男は会話どころか呼吸さえままならないはずだというのに、その顔から愉悦の笑みは消える様子がない。むしろ自分の喉から生えているかの様に錯覚してしまうナイフを見下ろし、頷く始末だ。
驚愕に息を呑みながらも、サオリはすかさず両足を銃弾で撃ち抜く。足から力が抜け、男は笑みを浮かべながら崩れ落ち、床に鮮血を撒き散らす。そこから一気に喉のナイフを掴み、一気に顎まで切り上げた。
最早血の間欠泉である。二つに裂けた喉から噴き出す血に、サオリの手も顔も塗れていく。端から見れば猟奇殺人そのものとしか言い様がない絵面に、彼女自身も動揺のあまり肩で息をしてしまう。
(ここまで、ここまでやる必要はあったか? いや、だが、喉に突き立てたんだぞ? それでもまだ、まだ笑っていた……!)
男は崩れ落ちた姿勢に加え、喉から顎にかけてを二つに裂かれたばかりに天井を見上げたまま微動だにしない、奇妙なオブジェと化している。ここまでの暴力を自分が成したという感覚に、言い様も知れぬ震えがサオリに襲いかかる。
「私、は」
「ああ、そうだろうな。貴様からすれば……さぞ恐ろしい体験かもしれん」
びくりと肩が震えた。その声が眼前のオブジェからであるという事実に、サオリは戦慄した。それでもなお戦う意思は途切れず、血まみれのナイフと拳銃を手に一度距離を離した。
ゴボゴボと血で詰まった喉を鳴らしながら、オブジェはおもむろに立ち上がる。みるみる内に切り裂かれた喉がぴたりと合わさり、何事もなかったかの様に再生していく。胴体に弾丸が撃ち込まれた証拠である穴は既に塞がっていた。
「素晴らしい痛みと、そして恐怖を感じた。ここまでか弱く、そして薄気味悪い存在と戦ったのは初めてだろう? 初々しい。言うならば乙女だ」
「貴様はなんだ、一体……」
「レイヴン。私は私をそう呼んでいる。さて、それなりの痛みを与えてくれたお礼として貴様を分析してやろう。貴様は、随分とみっともない痛みを受けてきた様だな。相手を押さえつける為、言いなりにする為、黙らせる為……そんな意図が滲み出てくる。さぞかし劣悪な環境にいたのがわかる。何処の誰にやられた?」
男は、レイヴンは完全に再生された肉体を気にもせずに淡々とサオリへ語りかける。やはりその顔には笑みがあった。
「抑圧の為にある痛み、それではいつか致命的な過ちが起きる。私を切り裂いた時、撃ち抜いた時……どんな感情が湧いた? 楽しかったか、達成感を覚えたか、それとも―――自分は何を、と疑ったか?」
「―――」
「もしも私が推察した通りならばそれで良い。貴様は正しい。他者に暴力を振るうとは、痛みを与えるとはそういう意味だ。どうにも貴様達は……『あの阿呆』を含めて、痛みを与える事へのハードルが低すぎる。少しは実感しろ、そして加減を覚えろ」
何故、レイヴンが説教をするのか、サオリには理解ができない。まさかこれでもかという程残酷に攻撃を加えた相手から、温度差でどうにかなりそうな程に理性的な言葉を差し向けられるなど思いもよらなかった。
思わず武器を構える事すら意識の外に外れてしまう。そんなサオリへとレイヴンは歩み寄り、針を目と鼻の先まで近付けた。
全身が金縛りをかけられた様に動かなくなる。呼吸さえ忘れかけ、意識が張り詰めた。
「案ずるな。貴様が感じているものは全て至極当然なもので、むしろ感じていなくてはならない。忘れるなよ、貴様は今……『痛かった』のだから」
こつん、と針が額を突く。レイヴンはその瞬間に、何処かへと消えてしまっていた。音もなく、おびただしい量の流血だけを残して。
途端にサオリは意識の弛緩を感じながら、強く息を吐いた。全身を支配していた何かを追い出そうと吐いては吸い、吸っては吐いて体内を循環しようとする。
「ヒ、ヨリ、無事か?」
あまりの衝撃に頭から消えかけていた仲間の安否を確かめるべく首を動かすと、ヒヨリはふらつきながらも立ち上がっていた。
「は、はい、大丈夫で、ええええ!? なんですか、この、スプラッタな状況は!? サオリ姉さん、まさかあの人を細切れのミンチに!?」
「違う、奴は何処かへと行った。死んでいない」
「あわわわわわ、何がどうなったらこんな事にぃ」
「……それよりも、飛鳥だ。狙撃が失敗した」
無線機を取り出し、サオリはミサキ達への連絡を試みる。
「ミサキ、私だ」
『リーダー、何故狙撃をしないの。何か問題が?』
「邪魔が入った。それに関しては後で良い、狙撃はもうできない」
『何、それ。なら……、っ!? 姫、アツコっ、まずい』
ミサキが僅かに声を荒げた、その時。突然轟音がホールに叩きつけられた。すぐにそれが爆発であると理解したサオリがおぼつかない足取りのヒヨリと共にカジノへと視線を下ろすと、予想だにもしない展開がそこに広がっている。
何者かの手でカジノの入口が爆破され、続けざまに銃器を携えたヘルメット姿の少女達が続々とホールに侵入してきていた。ケイオスからは何も聞かされていない。それどころか非常事態である事がすぐにわかった。
「ミサキ! 姫! どうなっている!」
『……わからない。でも、どうやらシージャックみたい』
「シージャック……?!」
サオリは双眼鏡で襲撃者達の様子を確かめようと試みる。凄まじい勢いでホールを制圧しようとするヘルメット達に紛れて、一際目立つ少女がいる。恐らくそれがリーダーなのだろう。銃剣を備えたライフルを担ぎながら、ゆったりとした歩調で歩いている。
『あー、あー、盗聴器を聞いている誰かさんへ。こちらハッピーケイオス、聞こえてるかな?』
間髪入れずに盗聴器の受信機からケイオスの能天気な声が流れてくる。レイヴンについて問いたださねばならないとは思いつつ、一方的な盗聴ではどうしようもない。それよりも彼がサオリ達の仕込みに感づいていたという事実に舌打ちをしたいとさえ思う。
だが今は、ケイオスが盗聴器越しに何を言い出そうとしているのかを聞き届けねばならない事態であるとサオリは堪えざるを得ない。ホールの様子を窺いながら、内容に耳を傾ける。
『どうやらゴールデンフリース号は襲撃を受けたみたいなんだ。まぁ、結果オーライって感じかな? でも問題が発生してる。僕は動けそうにない。今オーナールームの扉がアホみたいに叩かれているからね。だから君達スクワッドに頼みたい事がある……向こうの狙いはカジノで搾り取られた大金。開ける方法を知ってるのは僕とコユキ君しかいない、でも僕は煮ても焼かれても言うつもりはない。つまり、コユキ君を守って欲しいんだ』
声に混じり、鈍い音が聞こえてくる。オーナールームが襲撃を受けているのは事実らしい。
ケイオスは「ひぇぇ」と悲鳴をあげながらも、心底楽しげな様子だ。くつくつと笑い声をあげながら、こう続けた。
『そして最後の頼み。君達からすれば冗談じゃない、って思うかもしれないんだけど……飛鳥=R=クロイツも守って欲しい。繰り返すよ、飛鳥=R=クロイツを守って欲しい。シージャックの首魁は『災厄の狐』こと、狐坂ワカモ。彼女は飛鳥君を、狙ってるんだ』
「―――何?」
レイヴン程ではないものの、言っている内容が理解できない。サオリは眉をしかめたままで、状況を理解しようとしばらく口をつぐむ。
その背後では銃声と爆発音が際限なく聞こえてきていた。
戦闘描写、バリ苦手。
急転直下、超得意(本当に急にするから我ながら酷い)。
レイヴンの言う『あの阿呆』は恐らく『お前か~!』よりも『ああうんそうね~!』ってなるブルアカのキャラです。