先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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いやぁ遅れてしまった……


新婚旅行と狙撃とマリナの言葉

───飛鳥が先生となった日。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 尻餅をつき、身動きのできない飛鳥を引き裂かんとしていたかの様に見えていたワカモの指は、むしろ彼を助けるべく差し伸べられていた。数秒前までの敵意に満ちていた威圧も完全に消え失せ、か細い声で彼女は飛鳥の身を案じてくる。

 何かの罠に違いないと思った。まさしく掌を返す様に一変した態度は裏があるとしか考えられない。飛鳥は口をきゅっと結び、ワカモを凝視した。素直に手を握り返すはずもなく、差し伸べられた助けに対して彼は無言のままを貫いた。

 

「も、申し訳ございません……怖がらせてしまったでしょうか。面をつけたままというのは少し失礼でした」

「……あ」

 

 飛鳥が口をつぐんでいる様子を仮面のせいだと思い込んだのか、ワカモはいそいそと狐の面を取り外してみせる。その下からは、思いのほか可愛らしい顔が露わになった。金色の双眸、整った顔立ち、薄い桃色の唇……てっきりもっと凶悪で恐ろしいものであると思い込んでいた為に、飛鳥は思わず感嘆の声をあげてしまう。

 シャーレを奪還する際に飛鳥は早瀬ユウカ達に指示を飛ばし、ワカモと抗戦した。その際の苛烈な戦いぶりと今目の前にいる可憐な少女は、とてもではないが同一人物とは考えられない。大きなギャップに飛鳥は完全に尻込みし、凍りついた。

 

「あのう、あなた様」

「それは、僕の事かい?」

 

 ワカモが恐る恐る口にした言葉に困惑を隠せずに返事をしてしまう。一転した態度から加えて優しげな声色で呼ばれては反応せざるを得なかった。すると彼女はぱぁっと顔を輝かせて、

 

「はい、そうです。愛おしいあなた様、よろしければお名前をお伺いしても……?」

「え、えと、飛鳥、飛鳥=R=クロイツ、です」

「飛鳥……なんて素晴らしい響きでしょう。あなた様のその清廉で耽美な面持ちに相応しい……ああ、いけません、私とした事が。失礼しますね」

 

 弾けんばかりの笑みを浮かべてワカモはしゃがみ込むと、飛鳥の腰に手を回してさっと立ち上がらせていた。平均体重と比較すると軽い方であるが仮にも成人男性の体躯を容易く持ち上げられるとは思っておらず、飛鳥は目を見開いて驚愕するばかりだ。

 驚きのあまりまたしても言葉を失っている飛鳥の腰や背中を優しく手で払い、ワカモは満足げな表情を浮かべて彼を見上げた。至近距離で覗き込むと、その瞳は歓喜で染まりきっており、敵意の色はこれっぽっちもありはしない。こうした変化がどの様な意味を持っているか知らない、とまで言う程に飛鳥は朴念仁ではなかった。

 

(もしや……彼女は、僕を好いている?)

 

 否、と飛鳥は内心で否定する。そんな事があるはずはない。ワカモと顔を合わせ、言葉を交わしてまだ数分である。その短い期間だけで果たして好意を抱かれるなどあり得ないのだ。何かの間違い、それ以外にあるだろうか。

 

「あなた様、私、運命というものを感じております。この様な暗い密室で巡り会うだなんて……!」

 

(ああ、一目惚れという奴なのか……!)

 

 生憎飛鳥には縁がない感情である。他人を好いた事がない、というわけではない。ただ一目惚れについてはあまり実感が湧かないのだ。しかしながらいざ実物を目の当たりにして感じるものは、一目惚れされた側としては理解が及ばないという感想である。もしもこれが日常生活での出来事ならば、自分の様な男にもあり得る事なのだとほのかな喜びを感じたかもしれないが、相手が相手だ。

 ワカモの目は本気である。ハートが浮かぶ様なアニメ的表現が見合う程に潤んでいる。何を言っても聞き入れてくれるかどうか定かではない。

 

「あ、あの……狐坂、ワカモさんと言ったね?」

「名前を呼んでいただけるだなんてっ。遠慮なくワカモとお呼びになってください。私とあなた様の仲なのですから……」

(まずい、完全に彼女の中で論理が組み上がっている)

 

 話が食い違うどころか、一人でに関係性が深まっていく異常事態。一体どんな言葉をかければこの場からワカモを説得できるのか、そればかりが気になり飛鳥はモゾモゾと視線を泳がせてしまう。

 と、ワカモは満面の笑みを浮かべながら飛鳥の手を取りギュッと握ってくる。心の底から愛おしそうにスリスリと掌で彼の手の甲を撫でながら、

 

「さ、あなた様。私と共に参りましょう?」

「参る? 一体何処へ……?」

「無論、新婚旅行です! 心配ございません。どの様な事があろうともこのワカモ、あなた様の敵は全て滅ぼしますので!」

「い、いやっ、ええ?」

 

 ワカモの言葉は嘘には聞こえない。100%本気の発言なのだと疑う必要もなく、このままでは新婚旅行の為に誘拐されるのだと即座に理解した飛鳥はこの場を切り抜けるべく頭脳をフル回転させ始めた。少なくとも相手は敵意を持っているわけではない。であるならばなんとかして今すぐにこの場から連れ去られる、という事態を回避する事は可能なはずだ。

 

「……旅行って、具体的に何処へ行くのかな」

 

 時間を稼ぐべく恐る恐る飛鳥が尋ねると、ワカモは突然ハッとして焦りの表情を浮かべた。

 

「っ! なるほど、流石は大人の方です。そこまでしっかりと考えていらっしゃるのですね」

 

 ワカモの表情に初めて陰りが見えた。飛鳥の質問に対してワカモは一人でに危機感を覚え、悩み始めたのである。

 

「あなた様はこうおっしゃられたいのですね……このワカモめがどの程度将来設計をしているのか知りたい、と」

「うん……? いや、僕は」

「承知しました。ではあなた様の為に、いえ、我々二人の為に新婚旅行のプランを練って参ります! お待ちください、あなた様!!」

 

 飛鳥は何も言っていないのだが、確信を得たワカモは速かった。仮面を着け直すと、彼女は一陣の風となって瞬く間に部屋を飛び出していった。あまりの速さに目では捉えられず飛鳥は瞬きを何度かするのみだ。もしも言葉を違えていたら、このスピードが敵意に伴ってやってきていたのだと思うと、ただ身震いする。

 全く話の流れが理解できていないものの、なんとか危機を脱し脱力のあまり重苦しいため息を飛鳥がついていると、ワカモと入れ替わる形で地下室へと誰かが入ってくる。頭上のスロープを見上げれば、そこには連邦生徒会の行政官を務める七神リンの姿があった。

 

「飛鳥先生、先程何者かが凄まじい速さで廊下を走っていったのですが」

「侵入者がここにいたよ。なんとか追い払ったけれど……このビルのセキュリティレベルをもう少し上げた方が良いと思う」

「それは、申し訳ありませんでした。この建物はしばらく使われていなかったもので」

 

 スロープから飛鳥のいる地下室下部へと降りてくるリンの手には、薄い長方形の端末があった。恐らく彼女が渡したがっていたものだろう。

 リンは飛鳥が待つ奇妙な物体を浮かべた装置の元までやってくると、咳払いの後に端末をゆっくりと差し伸べる。一枚のカードを添えて。

 

「それでは飛鳥=R=クロイツ先生。こちらを受け取ってください、連邦生徒会長が貴方に残したオーパーツ、『シッテムの箱』。そして既に口座と結びつけられている―――『カード』になります」

 

 

 

「あなた様……飛鳥=R=クロイツ様、このワカモはずっと悩んでおりました。愛する二人の大切な新婚旅行の行き先は何処が良いのかと」

 

 あの日からワカモは何も変わっていない。うっとりした声色で、心の底から喜ばしげな視線を飛鳥へと全力で向けてくる。とてもではないが受け止めきれない程の感情がグルグルと渦巻いているのはハッキリと感じられた。

 コユキに抱えられた姿勢のままで飛鳥は考える。ワカモがここにいる理由はたった一つ……しっかりと、律儀に、約束を守ったのだ。

 

「そして答えを得ました……あなた様、我々の旅に目的地などないのです! 共に地の果て海の果て、地獄の果てまで参りましょう! この客船こそその為に必要な箱船なのです!」

「あ、飛鳥先生ぇ、この人何言ってるのか全然わかんないです!」

「こういう結論に至るとは予想していなかったな……!」

 

 ただ一人歓喜のあまりその場でくるくると回るワカモに対して声を震わせるのはコユキだ。異常なテンションで話す相手を前にして、たじたじになっている。飛鳥でさえも予想外の結果を導き出したワカモにある意味感嘆していた。

 もしもワカモともう一度会うにしても新婚旅行については断るつもりだった。まさか向こうからシージャックを仕掛けただけでなく、そのまま旅行も実行するという強引極まる方法で迫ってくるなど完全に予想外である。

 

「さて! それではあなた様、私と一緒に船旅と行きましょう。ご心配なく、邪魔する者達は全て討ち滅ぼしますので!」

 

 その言葉の背後ではワカモの部下らしきヘルメット姿の生徒達とゴールデンフリース号の船員達による銃撃戦の音が絶え間なく聞こえてくる。どちらか一方が全滅するまで決して終わる事がないであろうその模様は夢見心地なワカモと比べると恐ろしいまでの温度差がある。

 また前回と同じ様にワカモの手が飛鳥へと差し伸べられる。これを受けた場合どんな結果が待ち受けるのか……! 

 

「だ、駄目です! 全然話読めないですけど、飛鳥先生は連れて行かせませんよ!」

 

 飛鳥に触れる寸前で、ワカモの手をコユキが思い切りはたき落とす。状況をよくわかっていないながらもワカモは敵であると判断し、飛鳥を守ってくれたのだ。

 だがコユキの判断は正解ではなかった。手を叩かれたワカモの目が仮面越しにギラギラと不気味な色を覗かせる。まるで肉食獣の様な、刺々しい敵意だ。

 

「なんですか、あなたは。私の恋路を邪魔すると? 何処の誰かもわからぬ、木っ端風情が?」

「ひ、ひぃ……」

 

 今にも手を出そうかというワカモから放たれる威圧感にコユキは思わず飛鳥を盾にしてしまう。守ってくれるのかそうでないのか曖昧極まる。

 

「狐坂さん、待って欲しい。黒崎さんも悪気があったわけではなくて……」

「邪魔者を片付けてから、二人きりでゆっくりとお話ししましょう。しばしお待ちを―――」

 

 飛鳥の制止も届かず、ワカモがコユキをギロリと睨み付けた、その時である。突然彼女の側頭部に、弾丸が叩き込まれた。撃ってきた方向に目を向けると、カジノを見下ろす事のできるテラスだ。何者かが頭上からワカモを狙撃したらしい。では一体誰が? テラスには誰の姿もなかった。

 正体を確かめるよりも先に狙撃を受けてワカモが僅かに体のバランスを崩したところ目掛けて、何者かが全身を使った強烈な跳び蹴りを食らわせる。勢いをつけての一撃にワカモは吹き飛び、そのままスロットマシーンを何台も薙ぎ倒していった。

 

「ったくよぉ、モヤシ野郎が。おら、あたしの言った通りだろ?」

「美甘さんっ!」

 

 飛鳥とコユキのピンチに助太刀してくれたのは敵の迎撃に向かったはずのネルだった。バニーガール姿の露出など全く意にも介さず、彼女は腕を組んで堂々とした姿勢を構える。これほどまでに心強い佇まいを飛鳥は古い友人である『彼』以外に知らない。

 

「どうして君が……?」

「おぅ、自分の事は良いだの何処ぞのモヤシが言ってたんだが……ぶっちゃけ信用しきれなかったんでな。それに合図も来やしねぇから、戻ってきたんだよ。そしたら間一髪だったわけだ。おいアカネ、やっぱあたしの言う通りだったろぉ?」

 

 助けにやってきたのはネルだけではない。アカネ、カリン、そしてアスナも舞い戻り、飛鳥とコユキをぐるりと囲み守りの姿勢を構えた。孤立状態から一気に心強い味方が現われ、安堵のため息をつきかけた飛鳥は、すぐに気を引き締めた。

 

「皆、ケイオスに妨害された。恐らくこれから僕は法術を使う事は難しくなる」

 

 ケイオスに守りを破られた。それは今回の作戦において要でもある飛鳥が戦力として数えるに値しない事を意味している。たとえまた法術を発動したとして、その時にまた妨害が起きないとは限らない。敵は飛鳥というカードを出せない盤面を強いたのだ。

 

「ああ? じゃあてめぇは完全にお荷物じゃねぇかよ! 仕方ねぇな……この場は一旦引く。あたしは別にここで続けても良いがモヤシとチビ二人抱えてはごめんだからな」

 

 口調こそトゲはあるがネルの判断は速い。カジノ内での攻防に加えてワカモまでいる前提で考えれば、今はこの場から撤退して一度態勢を立て直すべきだ。リーダーの号令に続いて、アスナが飛鳥の細い体を後ろからムンズと羽交い締めにし、無理矢理立ち上がらせる。隣ではカリンがコユキにも同じ事をしていた。

 

「ご主人様、大丈夫? 何処か痛くない?」

「最初は辛かったけれど今は大丈夫……それより狐坂さんは? 彼女は?」

「ご主人様、お下がりください。来ます」

 

 アカネの声に全員の視線はワカモが吹き飛ばされた方向へと注がれる。薙ぎ倒されたスロットマシーンから立ち上がる煙の向こうから、ライフルを肩で担ぎワカモが再び現われる。仮面の奥では変わらず情熱の籠もった目が輝き、飛鳥だけを見据えている。

 

「なんという事でしょう。折角お会いできたというのに何故こうも邪魔者ばかり……なるほど、もしやこれは愛の試練なのでしょうか。あなた様と添い遂げる為に課せられた試練なのですね?」

「ちっ、ぶつぶつうるせぇ奴だ。あたしが時間を稼ぐ、その間に全員こっから逃げろ。脱出経路は『いつもの』でイケるだろ、イケなかったらアカネにやらせろ」

 

 距離が離れていても確かに感じられる気迫、そして敵意。燃えさかる炎が如き立ち姿に飛鳥が唾を呑む一方でネルはサブマシンガンを構え、いつでも動ける姿勢を整えている。まさに戦士と言う他にないその姿は、飛鳥にどうしても『彼』の姿を重ねさせていた。

 

「よぉし来いお面女! あたしが相手だ」

「邪魔を、しないで、いただけますか―――!」

 

 ワカモが床を蹴り、一気に距離を詰めてくる。標的は飛鳥ではなく、邪魔をしてくるであろうネル目掛けてである。恐らく両者の実力は限りなく同じだ。

 

 

「とぉぉぉぉぉぅう!! その戦い、ちょーっと待ったぁ!!!」

 

 

 ワカモとネルが激突しようかという、まさにその時。二度目の乱入が起きた。今度は側面からではなく、信じがたい事に頭上からである。高らかな声と共に乱入者は両者の間に勢いよく降り立ち、床が数センチ程沈み込む。相当な力を込めての跳躍をしたであろうその名は……功を焦りケイオスの確保に向かってそれきり行方不明だった池倉マリナである。

 

「てめぇかバカ女! 邪魔すんな!」

「こ、今度はどなたです、何者ですこの方は……?」

「ふぅん! 私はレッドウィンター学園事務局保安委員の池倉マリナ! 飛鳥先生のピンチに馳せ参じた次第だ。どうだ先生、今度はちゃんと良いタイミングで振り返れたんじゃないか?」

 

 威風堂々と言う他にない立ち姿、金色という鮮烈なカラーリングのバニー衣装は自信に満ち溢れたマリナによく似合っている。携えたドラムマガジンのマシンガン、そして凛々しい顔立ちはヒーロー然とした雰囲気さえ醸し出している。

 新たなる乱入者に対してワカモは手を止めたものの、それは僅かな時間のみである。すぐに銃口をマリナへと向けて躊躇いなく発砲した。これに対してマリナは冷静に近くに落ちていたドリンクを載せて運ぶ用のトレーを蹴り上げ、即席の盾として顔面を守る様に構える。相手が何処を狙うのか読んでいたのか見事に弾丸はトレーによって阻まれた。

 

「っ……」

「そんなに敵意をギラつかせては、相手の何処を撃ってやりたいかが丸分かりだぞ。レッドウィンターならば即座に粛清されるタイプの敵意だ!」

 

 返す刀でマリナはこれでもかという程に弾丸をワカモ目掛けて放つ。遠慮のない連射を前にして盾を用意する暇はなく、ワカモはサッと横に飛んで手近なスロットマシーンの背後に隠れて攻撃を防ぐ。

 相手が動きを止めたと判断したマリナは視線をスロットマシーンに据えたままで、

 

「C&C、奴は私に任せろ。お前達は一度体勢を立て直すんだ。これだけ大きな船だ、仕切り直せるチャンスはいくらでもある」

「池倉さん……!」

 

 飛鳥はワカモの実力をよく知っている。不良生徒達を扇動し、何処からともなく戦車まで入手してキヴォトスに大混乱を招いただけでなく、自らも前線に立って鬼神の如き戦いを見せた敵を相手に、マリナ一人を置いていけるだろうか。

 そんな不安が顔に出ていたのだろう。マリナはニヤリと笑うとサムズアップし、

 

「元よりワガママを言ってついてきた身だ。無理は承知! ヒゲ……もといチェリノ会長にマリナは勇敢に戦ったと伝えておいてくれると助かる」

「ちっ、バカ女だとは思ってたがここまでバカだと思ってなかったぜ。おら行くぞ」

 

 マリナの決断に対してネルはぶっきらぼうに呟きながら踵を返し、撤退の準備を始める。口では文句を言いつつも殿を務めようという覚悟を認めたのだ。C&Cのメンバー達もそれに続き、ただ一人飛鳥は己の不甲斐なさに唇を噛み、俯いてしまう。

 本来ならばこうまでされなくても、さっさとワカモを取り押さえて無事に全て終わっているはずだった。ケイオスの妨害に反撃する事もできなかった飛鳥自身の不手際である。

 

「なぁ飛鳥先生!」

 

 まるで心を読んでいるのかと疑うタイミングで、マリナが叫んだ。飛鳥が顔をあげれば、背中を向けたままで彼女は高らかに笑った。

 

「貴方は指揮官だ! どっしりと構えて、それで自信たっぷりにヒゲを撫でてみろ。意味はわかるな?」

「……」

 

 マリナなりの励ましだ。気にするなと、めげるなと彼女は激励を投げかけてきている。クーデターを行い失脚した身で言われれば、言葉が持つ意味は深く力強いものとなった。

 口からこぼれでそうになった弱気な思いが瞬く間にしぼんでいき、飛鳥はぎゅっと唇を噛みしめるとコユキへと振り返る。

 

「黒崎さん、ここを出る。美甘さん達についていこう」

「は、はい!」

 

 すぐに立ち上がり、飛鳥はマリナの背中を凝視した後にコユキの手を引いて移動を始めていたネル達へと続く。最後尾に立っていたアスナは少し不安げな目が見つめてくるので、これに彼は頷きを返した。

 不甲斐なさへと後悔する時間はもう終わっている。飛鳥=R=クロイツという男は元より何もかもできる人間ではない、それならば……やるべき事を最後まで果たすほかにない。

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