先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
書きたい事はちゃんと頭の中にあるのですが、出力するまでに大変な時間がかかっております。申し訳ない!
「逃走経路ってこれの事なのか。これが、『いつもの』?」
ワカモをマリナが足止めする中、C&Cの後を追いかけてカジノからの脱出を図る飛鳥。しかしネル達についていった先で目にしたものは、脱出方法とはにわかには信じ難かった。
トイレである。内装は異様なまでに凝っており、用を足すには落ち着けない、そんな場所の通風口を通って一同はカジノからの脱出を試みていた。幸い人間一人程度ならば通れる広さだったので全員で匍匐前進をしながら進んでいるわけなのだが、いかんせん埃っぽい。咳き込むかくしゃみが出かけるのを何度か堪えるので大変だった。
「いつもってわけじゃないよ? リーダーが大暴れして、それで皆で逃げなくちゃいけない時に使う手段! ……ごめん、これいつもだ。リーダーのせいだね、うん!」
「勝手に動いて大騒動起こしやがる奴が言うんじゃねえよ……」
飛鳥の後ろにいるアスナが忍び笑いをする一方で先頭からネルの鋭い声が聞こえてくる。
ネル、アカネ、コユキ、その後ろにアスナとカリン。この並びで通風口内を進んでいるのだが、緊迫した空気はあまりなくむしろアスナのヒソヒソ話が絶えない。緊張を和らげる意図は恐らくないのだろう。時折無言で飛鳥の尻に対して熱視線を送ってきているものの、どんな目的を持ってそうしているのかを尋ねる勇気を持ち合わせてはいなかった。
「うええ、埃っぽい……もうやだぁ、ここから出してくださいよネル先輩」
「ガタガタ言うな。元はと言えばてめぇはミレニアムからの脱走者なんだ、その気になればボコボコにぶん殴って口利かせなくできるんだぜ」
「ひえっ……飛鳥先生、助けてぇ」
「───二人とも、静かに。下だ」
不満を漏らすコユキに今にもネルの怒号が飛びそうなタイミングで飛鳥は人差し指を立て、真下へと意識を集中させる。
ちょうど良いタイミングで格子を覗き込むと、廊下を走るヘルメット姿の少女達が見える。何やら慌ただしい様子だ。
「急いでこの船を制圧するぞ!」
「しくじろうものならリーダーに殺される!」
「外部との連絡が取れない、どうなってるんだ!」
マリナが言っていた様に、まだゴールデンフリース号全体が敵の手に落ちたわけではないらしい。形勢逆転のチャンスはまだ残されているという事だ。
少女達が遠ざかっていくのを確認し、飛鳥は小声で話し始める。
「僕達が今するべき事はシージャック犯の撃退だ。狐坂さんとの交戦は可能な限り避けつつ、主導権を取り上げる。まずは抵抗している船員達と合流してから、協力を取り付けよう」
「あっ、私がゲットしたSランクチケットを使うんだねご主人様」
「僕達は船内ではVIP待遇だ。となれば船員達は頷くしかない。お互いWin-Winになれると思う」
アスナが話を先読みしてくれた事でスムーズに説明が進み、混沌とする船内を治める為の方針は決まった。立場上警備員達も反抗できない位置にあるのならば、それを利用してワカモ達に対抗していく必要がある。
「それならば現状の把握が必要になりますね。当初のプラン通り、セキュリティルームに向かうとしましょう。まだ破壊されていなければ、監視カメラはまだ使えるはずです」
「よぉし、カリン、後ろは見張っとけよ。あのお面女が飛び出してきたりしないかちゃんと見とけ」
「了解……先生、疑問なんだけど、どうしてワカモは先生を狙ってるの?」
「それは私も気になっています。尋常ではない雰囲気でしたし……まさか、ご主人様の命を狙っているとか? 浅からぬ因縁をお持ちの様ですし」
飛鳥は口をつぐんだ。先程までハキハキと話していただけに無言への転調は露骨に言いづらい話題であるのだと察せられてしまい、全員がぴたりと足を止め、飛鳥の答えを待ち構えていた。
「ご主人様?」
「狐坂さんは、僕と結婚したいらしい」
「なるほど、災厄の狐はご主人様と結婚を……はい?」
「えっ」
「はぁ?」
「なんです?」
飛鳥の発言に対する反応は似通っており、一体何を言っているのかと怪訝な声を誰もがあげた。当然の反応であるが、あまりにも内容が荒唐無稽なので信じてもらえるかどうかという不安に口をもごもごとさせた。
そんな飛鳥に追い討ちを仕掛けたのは、後ろにいるアスナである。ハッと息を呑んだかと思えば、
「うっそー! 何それー!! ズルーい!!!」
よほど悔しいのか狭いダクト内で暴れ出し、ドカドカと凄まじい音を立て始めた。それら全ての被害を負うのは目の前にある飛鳥の尻で、アスナはおもむろに尻を触り始めた始末である。
飛鳥は仰天した。どういう事かと尋ねられるまでは想定していたが腹いせに尻を触られるなど予想外などというものではない。
「一乃瀬さん、痛い、ちょっと痛いかな……!」
「あ、ごめん……でも、でもズルいよご主人様〜! そんなの聞いてない、ちゃんと教えてくれないとアスナ怒る!」
「そうですよ飛鳥先生! この黒崎コユキ、アスナ先輩と同意見です。結婚相手がいるだなんて聞いてませんって!」
「ち、違っ、僕の説明をちゃんと───あっ」
前後からの猛攻に大慌てで飛鳥が事の次第を話そうとしたところで、ガコンと嫌な音が響く。アスナが暴れた事によってダクトが全体的に震え、よりにもよって飛鳥が這っていた格子が勢い良く外れたのだ。
助けを求めるより先に手をつく場所が消え去り、飛鳥は吐き出される様にダクトから廊下へと落ちていた。二メートルの高さからの落下など、受け身を取らなければ体の何処かが確実に壊れかねない。
ハッとしながらも咄嗟に動く事はできず、飛鳥は四つん這いの姿勢で落下してしまった。
「あーっ! ご主人様落ちた!」
真っ逆さまに落ちていこうかといったタイミングでアスナに足を掴まれ、飛鳥は宙ぶらりんな状態で急死に一生を得る。それでも上半身が前後にブラブラと揺れる感覚は、今にも頭に血が上り気を失いそうだった。
「ありがとう一乃瀬さん……できれば引っ張り上げてもらえると」
「ちょっ……と難しいかも。リーダー、どうする?」
「めんどくせぇな。おいモヤシ、てめぇの方ではなんとかできねぇのか」
なんとか戻れないものか、と飛鳥はとりあえず上体を起こす形でダクトへと近付こうとする。しかし脆弱な腹筋でそんな高度な動きができるはずもなく、何度か体をくの字に曲げてみてはみるものの、すぐにか細い悲鳴をあげて元に戻ってしまう。
「ごめん、無理みたいだ。一度廊下に降りて、直接セキュリティルームに向かうしかない」
「敵がどれくらいいるかわからない中でかよ。仕方ねえか……?」
飛鳥は宙吊りの状態で左右を伺う。上下が反転した視界では状況の把握には苦労するが、もしもこんな情けない姿でシージャック犯達に見つかってしまった場合、それは大変な事になってしまう。
上でネル達が何やら話し合っている声を聞きながら、何か策はないかと考えていた飛鳥は前方にある曲がり角から、幾つかの足音が近付いている事に気付いた。一人ではない、複数人が小走りで走ってきているのだ。敵の可能性が脳裏をよぎり、血の気が引く。
「皆、誰かこっちに走ってきて───」
飛鳥がそれを伝えるよりも早く、曲がり角から足音の正体が現れた。
幸いな事に、足音の主はヘルメット姿のシージャック犯ではなく、ゴールデンフリース号の乗組員である事を示すバニーガールを身に纏った少女達だ。しかも初対面ではなく、飛鳥の部屋へとやってきてバニーガール衣装を持ってきた、あの顔ぶれである。
「君達は……」
「む、飛鳥=R=クロイツか? 何故、そんなところにいる」
「あ、あはぁ、どうもです飛鳥、先生。コーラの件はありがとうございましたぁ」
リーダー格らしき長髪の少女は得物のアサルトライフルを構えたまま、不思議そうに首を傾げる。少なくとも船員である以上、飛鳥に銃口を向けてくる事はないはずなのだが、冷徹な視線からは断言しがたい威圧感がある。その傍らには、バーカウンターでコーラを奢った少女、シオリがぐにゃあとぎこちない笑顔を浮かべ、ぺこりと会釈してくる。
四人組の内、残る二人は口を開く事なく宙ぶらりんになり居心地の悪そうな飛鳥をじっと凝視し、彼はつい気恥ずかしさからモゾモゾと動いてしまう。
「どういたしまして、と言いたいところなんだけど……良ければ手を貸してもらえないだろうか」
「ご主人様ー? 大丈夫ー?」
「皆、仲間が来てくれたよ」
何かしらのトラブルによるものと気付いてくれた様で、リーダーらしき少女は訝しみながらもシオリにちらりと視線を送り、ライフルを手放して飛鳥を床へと下ろすべく下から支えてくれた。
「一之瀬さん、手を離しても大丈夫。支えてもらっているから」
「りょーかい、行くよっ」
アスナの手が足から離れると共に飛鳥の体は完全に床へと落ちるが、長髪の少女とシオリが支えてくれているおかげでなんとか激突を避けて降りる事に成功した。それなりの時間を上下逆転した状態でいたおかげで、少しばかり頭がぼうっとしたものの、すぐに気を取り直して彼は助けてくれた二人へと感謝を示し、首肯を返す。
「ありがとう。君達が来なければ、今頃どうなっていたやら……」
「礼は良い。カジノから脱出していたのは幸いだ」
「幸い? 僕を探していたのかい」
「……無線で、Sランクの乗客がいるから保護しろと連絡があった」
そこで、初めて三人目の少女が口を開いた。バニーガール衣装を着ていながら上着を重ねた、少しばかり着ぶくれした外見であるが、その声色は非常に冷たい。その手に携えている、巨大なロケット砲には目を剥いて驚くほかになかった。
最後の少女は整った顔立ちであるが、言葉を発する様子は見られない。喋らないのか、もしくは喋れないのか、どちらにしても頑なに口を閉ざしていた。
飛鳥としてはありがたい状況である。味方は多い方が良い。少女達の力を借りれば形勢を立て直せる可能性は高いのだ。
「あっ、ホントだ。味方発見~! やったねご主人様! お尻触ったのは結果オーライ!」
アスナの頭上からのご機嫌な声色に飛鳥は頷き返しつつ、すぐに話を本題へと切り込む。
「助けてもらってすぐで申し訳ないんだけど、また力を借りたいんだ。この船を正常な状態に戻す為にもシージャックを撃退したくて」
長髪の少女は頭上のダクトを仰ぐ。アスナとコユキが顔を覗かせているのを確認してから、彼女はしばし考えた後に、
「脱出経路を確保するつもりだったが……どうやるか、それについては考えているんだな?」
「勿論。その為にはとにかく手数が足りない。セキュリティルームまで連れて行って欲しい」
長髪の少女は仲間と視線を交わす。何やら他の生徒とは異なる雰囲気に満ちていて、腹の底で何を考えているのかはうかがい知れない。それでも一度は助けてくれたならば味方と捉えても良い、飛鳥はそう確信していた。
念の為に、懐からアスナより受け取っていたSランクのチケットを取り出してみる。それを見たシオリが「ひぇっ」と声をあげ、残りの少女達も視線を向けてくる。
「従え、とまでは言わない。けれど船のルールに則って、僕の頼みを聞いてくれないだろうか」
「……やろうリーダー。私達だけじゃ補いきれないのは確かでしょ」
上着の少女からの提案に、長髪の少女はまた考え込む。飛鳥の提案を呑むべきかどうか、それが気がかりなのだろう。しかし船の内情によっては手段を選んでいられない事は承知のはずである。飛提案する側としては利益か不利益か、それを考える時間さえ惜しく、できれば承諾してもらいたい。
やがて、長髪の少女は重苦しい動きで頷き、
「わかった……案内しよう」
「よし。美甘さん?」
約束を取り付けたところで飛鳥はダクトへと語りかける。姿こそ見えないが、少し遅れて、
「おう、聞いてるぜ」
「僕は彼女達と一緒に行く。セキュリティルームで合流しよう」
「……無線を渡しておく。これで船員との通話はいつでも可能だ、何かあったらこれを使え」
やるべき事が判明するとすぐに長髪の少女は持っていた無線をダクトへと放り投げた。拾い上げる音に続いてネルの面倒そうなため息が漏れた。
「ったく、あのバカ女のおかげでモヤシが元気になりやがった。けど了解だ。ヘマすんなよ」
「わ、わ、わ、待ってください飛鳥先生! 私も行きます!!」
いざセキュリティルームへと向かおうかと動き出そうとする前に、ダクトから慌ただしい音と共にコユキが転がり落ちてくる。ちょうど真下にいる飛鳥へと飛びかかる動きであったが、長髪の少女がすかさず肩を掴んで引っ張る事でコユキは見事に床へと激突した。
「んぎゃ!? な、なんで誰も私は受け止めてくれないんですか!? 酷くないですか、へえ!?」
「おいチビ! 何してんだてめぇは!」
「ど、どうせなら飛鳥先生のそばが良いなって……! 私も一応戦えますからね、先生!」
ネルにキツい言い方をされるのならば飛鳥のそばにいたいのだろう。隠れる様に飛鳥の腕にしがみつき、その体に隠れようとする姿に思わず苦笑を浮かべてしまう。できればネル達と行動してもらいたかったのだが、致し方ない。諦めて飛鳥はダクトに向き、
「彼女の面倒は僕が見よう。いや、もしかしたら僕がそうされる立場かもしれない。ともかく、後で会おう。それから、狐坂さんに関しては……落ち着いてから説明するよ」
「はぁ……おい、聞いたな? あたしらはあたしらで行くぞ。わかってんなアスナ! 自分もついていくとか言うなよ!」
「はーい! 聞いてまーす! むぅ……それじゃあねご主人様!」
C&C達はサッと動き出し、ダクトを進む音は次第に遠ざかっていく。そうして残った飛鳥とコユキは新たな仲間である少女達へと、改めて向き直る。
「それじゃあよろしくお願いするよ。えーと……」
「私はサオリ。そして―――」
「シオリさん、だね?」
一人だけ先に自己紹介を受けていたので、話を先読みして応える。サオリは一体何の事やら、と怪訝な顔つきでシオリを見つめた。
「シオリ……?」
「あ、え、ええと、はいそうですシオリです。改めてよろしくお願いします。それでこっちにいるのがミサキさんで、それから……姫ちゃんです」
何かを必死に取り繕うとしている様子のシオリにサオリが追求しようにもその前に残る二人を紹介される。上着を着た少女、ミサキは軽く飛鳥に目配せし、残る姫と呼ばれた少女はコクリと頷くのみに留めた。
個性的な四人である。どうにも全体的に漂う雰囲気はただならぬものである事はひしひしと感じられ、平時であれば何かしらの探りを入れている程だ。しかし今は目的を共にする味方であり、下手な干渉はやぶ蛇というものである。
「それじゃあ、行こう。急がなければ事態は悪化しかねない」
「セキュリティルームはここからそう遠くはない。まだ襲撃した連中に奪われていなければ良いが……」
「リーダー、噂をすれば連中が来たよ。その人を連れて速く行こう」
ぽつりとミサキがそう言うと共に、背後へ向けてロケット砲が火を噴いた。飛鳥がそちらに振り返ると、着弾した事による大爆発で、追っ手と思わしきヘルメットの生徒が何人か吹き飛んで壁に叩きつけられている。これまで重火器を取り扱う生徒は見てきたものの、ロケット砲を躊躇いもなく撃つ姿には一周回って感心さえ覚えていた。
ともかく撃退してくれた事はありがたい。後続がやってこない事を確認すると、サオリを先頭に飛鳥はコユキを連れてセキュリティルームへと向かうのだった。
※
狐坂ワカモにとって、ゴールデンフリース号にいる全ての人間は飛鳥=R=クロイツと比較すれば有象無象と言っても良い。船内まで率いてきたヘルメット団の生徒達にしても、単に手駒としか認識していない。金を積めば多少の無理が利くのだから。
船内にいる生徒にしても、金儲けにしか目のない者やその食い物にされている落伍者ばかりときている。キヴォトスという世が清いものではない事など承知しているが、それでもなんと醜き事か。
―――飛鳥=R=クロイツは違う。彼こそは、キヴォトスを照らす光と言えよう。
「貴様の相手はこの池倉マリナが務めよう。というより、ここで捕縛する」
ようやく飛鳥に再会し、そして船旅を始めようかというのに邪魔者達が現われた。どいつもこいつも示し合わせたかの様にワカモの足を引っ張り、愛しい飛鳥を遠ざけようとする。今目の前にいるやかましい猿を思わせるマリナという女もその一人だ。
煩わしい。ライフルを撃ち、弾丸を叩き込んでやるが、マリナは既に動いていた。すぐ近くにあるカードゲーム用のテーブルへと飛び込み、返す刀でマシンガンを乱射し、ワカモは手近なスロットマシーンへの回避を余儀なくされる。追い打ちが来ないと確認してちらりとマリナの様子を窺うと、テーブルをひっくり返し、即席の遮蔽物を用意して銃撃戦の構えを取っていた。
(私をここから動けなくしようという魂胆は丸見え……ですが)
今のワカモには足止めを馬鹿正直に受けるつもりなど毛頭ない。今の彼女には一刻も惜しいのだ。マリナが何かしようかというその前に、腰のベルトから彼女は手榴弾を三個取り出すとピンを全て引き抜き、投擲した。
手榴弾はマリナの潜むテーブル目掛けて放り投げられ、一気に爆発が起きる。それなりに分厚いが複数の爆発を食らえば一溜まりもない。たまらず飛び出してくるだろう。
「―――突撃ィッ!」
その叫び声がマリナのもので、更に予想と異なってワカモは眉をひそめる。回避ではなく突撃と声に出して叫ぶとは一体何をしようというのか。
マリナの姿は手榴弾による爆発によって煙が舞い上がり、ハッキリとしない。目を凝らして彼女は何処かと注視すると、
「突撃、突撃突撃ィ!」
煙を切り裂き、マリナが身一つでワカモ目掛けて全速力で駆け出していた。銃撃戦の状況を作り出したのは彼女のはずなのに、一転して接近戦へ持ち込もうというつもりなのだ。これにはワカモも少し驚いてしまう。何の躊躇いもない突撃、それは少なくとも一対一で行うものではない。
思わず手を止めてしまい、舌打ちしながらも突っ込んでくるマリナを迎撃しようとするが、何の躊躇いもなく彼女はマシンガンもばらまいてくる。針山に足が生えて駆け込んでくるなど、厄介などというものではない。
「はははは! びっくりしたか、私はこういうのが一番性に合っているんだ! 突撃、突撃ぃ!」
「……調子が狂う、変な人!」
弾切れにより、弾丸の雨が一瞬だけ止む。馬鹿正直に射線上へと近付いていくるのならば、銃撃を行う絶好の機会である。これを見逃さずにワカモは身を乗り出すと間髪入れずにマリナへと銃撃を叩き込んだ。額、肩、腹、足、四発の弾丸は見事に命中し、マリナの体がぐらりと揺らぐ。装甲を身に纏っているのならまだしも、露出の激しいバニーガール姿となれば相当の痛みが襲う。その隙を突き、追撃を仕掛ければ意識を奪うのは容易である。
が、揺れ動いた様に見えたマリナは体勢を崩すどころか地面を踏みしめ、むしろ前のめりの姿勢となって再び前進し始める。
「!?」
「とあああああッ! 突撃ィ!」
(しっかり撃ち込んだはず……!)
再びの銃撃は叶わず、マリナの飛び蹴りがスロットマシーンごとワカモを吹き飛ばした。凄まじい衝撃と共に砕けた筐体からパーツが飛び散り、弾丸となってワカモへと叩きつけられる。力技などというレベルではない、最早ゴリラか何かとでも言うべき膂力である。
ひるんだ隙を見逃さずに、弾切れになったライフルを投げ捨てたマリナは徒手空拳へと移り、肉薄してくる。これもまた速い。人の形をした獣と戦っている様な錯覚に襲われる程の戦慄が背筋を昇る。
ライフルの先に取り付けてある銃剣代わりのナイフを取り外し、接近戦の構えを取ろうとするが、即座に蹴り上げられて床へと落ちる。マリナの動き一つひとつが恐ろしいまでに正確だ。技術だけではない、直感も交えた動きはそこらの人間では太刀打ちできない事だろう。
「突撃! 突撃! 突撃!」
何よりもワカモを苛立たせるのは何も考えていないと自分から言っているかの様なマリナの叫びである。技術と直感と称したが、正確ではない。全て本能だ、何もかも考えずに行っているに違いない。やはり獣だ。
とはいえ獣程度に負けるつもりなどはない。連続して放たれる拳を間一髪で躱しつつ、ワカモは的確にマリナへとカウンターを差し込んでいく。攻撃そのものは速いが、あまりにもまっすぐすぎるのだ。対応は難しくなく、攻められる側でありながらマリナにばかり拳が届いている状況だ。
「ぐは!? 突撃、ぬぐぅ!?」
「あなた、そろそろ、倒れてくださいます……!?」
しかしながら、どういうわけか、殴られてばかりだというのにマリナは一向に倒れる様子がない。銃撃を受けたにも関わらず突っ込んできた時といい、もしや彼女には痛覚というものは存在しないというのか。
「この程度のダメージで足を止めていたらな、レッドウィンターでは粛清ものなのだ! それに、そろそろ倒れろというのはこちらの台詞だ。いい加減におとなしくしろ!」
「私にはあの方に、先生と一緒になるまで止まるつもりなどありません。邪魔をする者にはどいていただきます」
「先生だとぉ……?」
「そう! 私と先生は、将来を誓い合った仲なのですから!」
ワカモの語気は独りでに強まっていく。脳裏に飛鳥の顔を思い浮かべただけで体温が上昇し、胸の鼓動は強まる。頭が沸騰してしまいそうなまでの高揚感に、拳をギュッと握りしめてマリナの顔面に強烈な一撃をお見舞いする。
ここで初めてマリナは動きを止め、首を傾げた。顔面に突き刺さった拳のダメージによってではない、ワカモの発言に対して困惑の色を見せたのだ。
「……将来を誓い合ったというのはつまり婚約という事か。初耳だな」
「まだ正式に式を挙げたわけではありませんので。けれどこの客船こそ、挙式会場にして新婚旅行の場! いついかなる時も私と先生は互いを想い合い、永遠の愛を育んでいくのです!」
ワカモは自分の将来設計は完璧だと信じて疑わない。飛鳥が了承済みである事を前提として考えている。一方通行の愛情としては極端過ぎるのだが、それに本人が気付く様子は一切ない。戦いの最中である事を
すっかり忘れて、敵であるマリナに熱弁している事からもそれは明らかだ。
そして、マリナはと言えば、
「先生はちゃんとこの件について了承しているのか……?」
その声色は、少し警戒心に満ちている。ワカモは何故喜ばしい報告をしているというのにそんな反応が返ってくるのかさっぱりわからず、首を傾げる。
「了承、とは?」
「いや、だから、新婚旅行とかそういう前に、まず先生は本当に貴様と結婚する旨を了承しているのかと」
「了承など必要あるのでしょうか……? わかりきった事なのですから、以心伝心というものでしょう」
「……?」
マリナは心底理解できない、そう言いたげな表情を浮かべる。それからこめかみをカリカリと掻き、数秒黙り込む。
熟考の末にマリナはぽん、と手を叩く。ようやく理解したと笑みを浮かべ、
「貴様、頭がおかしいんだな!」
「はい?」
「了承もしていないのに結婚だの新婚旅行だの、一体何を言っているのかさっぱりわからなかったが、合点がいった! 先生も大変だな、こんなとんでもない女につきまと―――」
次の瞬間、ワカモの全力の一撃が鳩尾へとねじ込まれた。「おごぉ」と短い悲鳴と共に白目を剥き、たまらずマリナはその場に崩れ落ちる。いくら頑丈と言えど、これには耐えきれなかった様だ。起き上がる様子もなく、倒れ伏したままピクリとも動かない。
侮蔑の視線をマリナに注ぎながら、ワカモは大きくため息をつく。
おかしくなどない。この想いが誤っているはずなどない。言葉に出さずとも、その感情は最後の拳から漏れ出てしまっていた。
(あなた様はまるで花。穢れを知らず、ただそこに『在る』だけで何もかもを照らす光)
ワカモの目にはしっかりと焼き付いている。暗い部屋で初めて出会った時の事を。今にも砕けてしまいそうなまでに弱々しい体躯と、確かな意思を宿した瞳を。
思い出すだけでも昂ぶりを抑えられない。吐息が漏れ、笑みが浮かぶ。
「あなた様、もうしばらくお待ちください。ワカモが参ります……」
それが一目惚れという感情である事は承知している。ただ、一目惚れとはする方からすれば幸せであるが、される方にとって不意打ちだと、ワカモは気付いていなかった。