先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「ふむ……船自体は広いが、やはりセキュリティルームに近付けば近付く程数が増えているな。既に占拠されている可能性もあるか」
「あまり騒ぎは起こしたくない。相手は災厄の狐だし、何かあれば突っ込んでくるかも」
「い、一番嫌なパターンですね……」
意識を失い倒れ伏しているヘルメットの生徒を跨ぎながら、サオリはあっさりとした口調で呟く。仲間達も同じ様に、敵だった者達を意にも介さず、涼しい顔で廊下を進んでいく。
飛鳥とコユキはその後ろをドギマギしながら追いかける。基本的にドタバタと忙しなく動くコユキも前方を歩くサオリ達の圧を恐れてか、大袈裟に抜き足差し足で歩いていた。
「せ、先生なんなんですかこの人達。なんかムッチャクチャ強いんですけど……あのサオリって人、もしかしたらネル先輩と同じくらいかもしれませんよっ?」
「この船にはアルバイトで来た、そう言っていたけれど……そういえば詳しい素性については聞いていなかった。もしかしたらかなりのやり手なのかもしれない。心強くもあり、同時に少し得体が知れない」
サオリ達四人はセキュリティルームへの道中、何度か出くわす敵に対して驚く事も焦る事もなく、冷静に彼女達の意識を刈り取っていく。銃撃戦が起きる前に徒手空拳で締め上げるか、サイレンサーを取り付けた拳銃で頭部を撃ち抜く流れは手慣れており、四人が相当な経験を経ている証左だ。
思えば都合が良すぎる展開である。手数が欲しいとタイミングで凄腕の味方が参入してくるなど、幸運と言うには少しばかり作為的なものを感じてしまう。味方が単に強いというわけではなく、何かしらの訓練を積んでいるであろう熟練さを見せているなら尚更だ。
「……飛鳥=R=クロイツ。セキュリティルームはこの先だ、急ぐぞ」
「ありがとう……皆、とても強いんだね。君達は何処の生徒なのかな。アルバイトという事はオデュッセイアではない事は間違いないんだろう?」
意識を失っているハイジャック犯達を踏まない様にと気をつけて歩きながら、飛鳥はサオリ達に対して質問を投げかけた。あくまでも世間話程度の内容である、やぶ蛇をつつくまではいかないはずだ。
サオリの目が細まり、視線が警戒心からか僅かに揺れ動く。口もきゅっと縛られ、途端に沈黙が廊下を支配する。どうやらどうという事もないと予想していた質問は彼女達にはやぶ蛇だったらしい。
「―――私達の学校、バイト禁止だから、言えない。シャーレの先生なら学校に告げ口するかもしれないし」
口を閉ざしてしまったサオリに代わってミサキが返答する。無論、それが苦し紛れに取り繕ったものであると飛鳥は察した。これ以上の素性についての追求は正真正銘の地雷だという事も。
サオリ達が学校の名を出さず、嘘をつく理由は幾らでも考えつく。もしかしたら本当にアルバイトを禁じているから言いたくないのかもしれないし、何か深い事情があるのかもしれない。確かなのは触れられたくないという一点だ。
「なるほど。それなら僕からは質問を控えよう。それに、もしも教えてもらったとしても秘密は守るよ。誰しも知られたくない事は一つや二つはある……ああ、でも一つだけ」
「何?」
飛鳥は口の端を緩め、
「アルバイトをするのなら、もう少し安全な仕事に就いた方が良い。ここはどうにも剣呑としていて、あまり良い空気じゃない。地区によってはコンビニやカフェの店員を募集しているから、君達さえ良ければ僕の方で仲介するよ」
「……仲介?」
これには口を真一文字に結んでいたサオリも目を丸くする。
襲撃を受け、これからどう敵を追い返そうかなどという緊迫した状況で、よもやアルバイトについての説明を受けるなど不意打ちだと言えよう。ただ、対する飛鳥の表情は真剣そのものだ。
「セキュリティルームはすぐそこなんだね? それなら歩きながら話そう」
全員が足を止めていたところで飛鳥はおもむろに踏みだし、ゆったりとした歩調で歩き出す。少し遅れてコユキが不思議そうな顔でついていき、サオリ達も続いた。
「あ、あの先生、仲介って言うのはどういう事でしょう?」
「シオリさんにはもう話したと思うんだけど、僕はシャーレの先生として困っている事があれば、生徒を助けたい。だから、どうしてもお金が欲しいとかそういった事なら、良い仕事を探すよ。できれば争いのないものを」
「たった一人で、キヴォトスにいる全員に施しを与える。そう言いたいのか?」
刺々しい口調でサオリが問いかけてくる。額に皺を寄せ、少しばかり険のある表情を浮かべていた。
「施し、というのは少し違う。ただ大人として君達にできる事をしたい、それだけ」
「……ヒヨ、シオリにコーラを奢ったのも同じ理由か」
「彼女は色々教えてくれたから、お礼としてだよ。あ、もしかしなくてもシオリさんの友達っていうのは君達か」
少しずつ飛鳥は正体不明の四人組に対して距離を縮めている感触があった。とは言っても特別話術に優れているわけではない、ただ一人の人間としての姿を穏やかな口調で見せているだけである。
四人の助けになりたい、それは紛れもない本心だった。たとえ彼女達が何処の誰であろうとも、生徒だという事に変わりはない。事情があるのならば解決するし、悩みがあるのならば可能な限り聞き入れたいとさえ考えている。
「せ、先生。私にもそうしてくれますかっ?」
飛鳥の服の袖を引っ張り、コユキは不安げな表情で自分を指差してくる。これに思わず眉をひそめ、
「どうしてそんな事を聞くんだい。当たり前じゃないか」
「だ、だって私、先生に怒られちゃいましたし……」
コユキはわざわざ飛鳥についてくる選択肢を取りながらも、内心ではVIPルームで一度拒絶された事を気にかけている。自分のプレゼントをはねのけられてしまったまま、それでも飛鳥を好いている気持ちも相まって不安定極まりない様子だ。
「黒崎さん、僕は君の事を嫌いだから怒ったんじゃない。君に悪い事をして欲しくないから怒ったんだ」
「……でも、でも、先生にプレゼントしたかったんです。ありがとうございますって」
ぎゅっと袖を強く握りしめて、コユキは口をモゴモゴとさせる。これに飛鳥は足を止め、
「プレゼントをしたい、その気持ちはとても嬉しい。僕は他人に感謝されたり贈り物をもらうだなんて滅多になかったから。けれどね、黒崎さん……自分は良くても相手からすればそうではない事はあるんだ」
(ああ、うん。僕はまた、僕自身の話をするんだな)
飛鳥は自嘲のあまり少しだけ口の端を歪める。他人に人生を説く資格など持ち得ないと思っていたが、どうやらこういった類いの話であれば幾らでもできるようだ。
「これが一番だとか、きっと喜んでくれるはずだとか、そう思い込んでしまうともしも間違ってしまった時に大変な事になってしまう。正しくない方法でそうしてしまった場合は特に。自分が間違っていたと気付いた時には既に手遅れ……そんな風になって欲しくない。だから狐坂さんをなんとかしたら、一緒にミレニアムへ戻ろう。僕は君に後悔だけはして欲しくない」
「戻ったとしても、そしたら私、また閉じ込められちゃいます」
「それなら君の部屋に通う。早瀬さんにも君を出してもらえる様に頼む」
ほぼ同じ内容をVIPルームでも話したが、その時はケイオスに割って入られてしまった。『白い部屋』、そんな言葉を交えて。
彼の言葉には一理ある。飛鳥はコユキに対して少し高圧的な物言いをしてしまっている節がある。狭い部屋に彼女を連れ戻し、出られない様にと鍵をかけようとしている。
だとしても、それでも飛鳥=R=クロイツはコユキをどうにかしてミレニアムへと返してやりたい。
「君からすれば辛いところはあるかもしれない。でもミレニアムは君の学校だ。もしかしたら思いがけない出会いがあったり、友達が一〇〇人くらいできる可能性だってある。そんなもしもを取りこぼして欲しくはないんだ」
「友達、一〇〇人!? そ、そんな事あるんですか?」
「人生は不確定、決まりきったものなんてない。君の受け売りだ。それに……友達ならここにまず一人いる」
少しばかりキザな物言いだと自覚しつつも、照れくさく笑いながら飛鳥は自分を指差したが、コユキはハッとして目を輝かせる。
「友達……先生が、私の友達になってくれるんですか!?」
「そうだとも。そして君は僕に人生ゲームを教えてくれる師匠というわけだ。プレゼントはお互いの事をよく知ってから改めて用意すれば良い」
「じゃ、じゃあ! じゃあ! 私先生と一緒にやりたいです、クレーンゲームとか、ガチャガチャとか!」
「良いとも。君が君として自由にいられる様に、友達として努力するよ」
「やったぁ! あ、でも……ユウカ先輩に怒られるのは怖いです。角とかニョキニョキ生えてきそうで」
「それなら問題ないよ。実は、早瀬さんに渡された幾つか書類の記入が終わっていないんだ。領収書も何枚か隠していて……多分帰る頃にはバレてるかもしれたい。なので、怒られるのは一緒だ」
飛鳥は思わず苦笑いを浮かべてしまっていた。激務の中でこぼれ落ちた様な書類なのだが、本来は今頃提出していなければならないものである。今回の騒動によってタイミングを損なってしまったわけで、今頃ユウカはこの事に気づいてしまっているだろう。
コユキはこれに口を抑えてクスクスと笑い、
「えー? ダメですよ飛鳥先生、そういうの〜! にははは! あ、なんていうかこういうの、凄く友達っぽいですね! にはははは!!」
「ふふふ……多分、君より僕の方が怒られるかな。HAHAHA」
「……盛り上がっているところ悪いが、一刻を争う状況である事は理解しているか?」
と、笑い合っていた二人に対して心の底から面倒そうな声色でサオリが釘を刺す。周囲の事を忘れ、すっかり話し込んでしまっていた。二人揃って顔を見合わせ、口をモゴモゴとさせながら「ごめんなさい」と謝罪の言葉を呟いた。
サオリは呆れた顔でかぶりを振り、吐き捨てる様に、
「問題児であろうとなんだろうと手を差し伸べるのか? 罪人であったとしても?」
飛鳥の脳裏をワカモの姿がよぎる。破壊の限りを尽くし、争いを産む、問題児と呼ぶにはあまりにも凶暴すぎる存在を。
けれど袖を掴んだままで心なしか喜ばしげな表情のコユキを見て、飛鳥の中でカチリと歯車が噛み合った。
「罪人、という表現は間違っている。生徒に、いや、子供に罪なんてない。罪とは個人個人の問題ではなくて、もっと大きな括りで生まれるものだ。そしてその括りを作るのは子供ではなくて、大人なんだよ。つまり―――僕は大人として、責任を果たしたいんだ」
飛鳥がそう言い切ると、サオリは黙り込んだ。少し難しい物言いであったので、わかりづらかったかもしれない。舌が回ると他人に理解してもらおうという意欲が湧いてこず、思った事をべらべらと話してしまうのは彼の悪い癖だ。何度指摘されてもイマイチ直らない、いわば性と言える。
サオリは数秒程黙り込んだ後に、目を細めて踵を返す。飛鳥の言葉に対して何か言い返すわけではなく、話を打ち切った。
「……そんなもの、虚しい夢物語だ」
そんな囁きが漏れ聞こえたものの、飛鳥とコユキから視線を外して歩き出すサオリの後ろ姿は、とてもではないが声をかけられる様子には見えない。薄暗く冷たい、孤独を秘めていた。
※
「わぁい! ご主人様おかえりぃ~!!!」
セキュリティルームに到着した飛鳥を待ち受けていたのはアスナによる抱擁だった。今度こそ首の骨が折れようかという衝撃に白目を剥きかけるが、もしもこうなる可能性を考慮して僅かに踏ん張っておいた甲斐もあり、奇跡的にもダメージは軽減された。
室内にはヘルメット姿の生徒達がそこら中に倒れている。得意げな様子で待ち受けていたネルから判断するに、全員叩きのめしたに違いない。
「遅かったじゃねぇかモヤシ。道にでも迷ったのかよ」
「少しね。遅れてしまった事は申し訳ない。それより、船内のカメラはどうかな」
「今アカネがやってるけどよ、ちとめんどくさそうだ」
「ご主人様聞いてー! 途中でダクトが爆発してさー! リーダーがいつも通り大暴れしちゃったんだよー!」
「……私達四人は入口を守っている。急げ」
サオリ達に入口を任せ、アスナにしがみつかれながら部屋の奥に設置された多数の大型モニターへと向かう。カリンが腕を組んで見守る中、アカネがキーボードを打ちつつ画面と睨み合っていた。
モニターの殆どは電源こそついているが映像が映らず、沈黙している。何かしらのトラブルが発生しているらしい。唯一点いているモニターには赤い文字列が幾つも走っており、いかにも緊急事態という様子だ。
「室笠さん、おまたせ」
「お待ちしておりましたご主人様。本来ならば合流するまでにシステムを復旧させるつもりだったのですが、申し訳ありません。襲撃の際に何らかのロックがかかってしまったらしく、船内カメラが起動しません」
「ロック……」
そこで飛鳥は部屋の入口でモジモジしているコユキへと振り返る。ボコボコに殴り倒されたヘルメット生徒を指で突き、「ひえええ、ネル先輩やばっ……」と呟いていた。
「黒崎さん、こっちへ」
「え! はい! 行きます!」
驚く程の早足でコユキはモニターまで駆け寄ってくると、満面の笑みを浮かべながら見つめてくる。初めて会った時の人懐っこい調子に戻っており、飛鳥は内心で安堵しつつアカネが苦戦している電子ロックを指差す。
「どうもシステムがロックされているみたいなんだ。助けてもらえないかな」
「良いですよ! まっかせてください! アカネ先輩、横から失礼しまぁす!」
「なるほど、適材適所というわけですね?」
喜びのあまり声をひっくり返しながらコユキはアカネに代わってモニターの前に立つと、赤い文字列がずらりと並ぶモニターとキーボードを一度だけ確認し、それからおもむろにタイピングを始めた。
「えーっと、うーんと、うん、これでオッケー!」
操作を始めてものの一分、魔法を唱えたかの様にモニターが一斉に復活し、みるみる内に電子の光が薄暗い室内を照らし始める。幾つものモニターが船内の状況を映し出し、ゴールデンフリース号のありとあらゆる光景が一堂に会した。
「これは……流石白兎と言いますか」
「にはははは! チョロいチョロい!! 飛鳥先生、もっと難しいのでもなんでもじゃんじゃん言ってくださいね!」
「流石だ黒崎さん。後で僕から早瀬さんにこの事を話すよ、頼りになるって」
「そ、そんなぁ、先生ってば……」
突然のシージャックに遭遇したがコユキの協力によってスムーズに撃退できた。そんな話をすれば彼女に対するユウカからの怒りは僅かではあるが緩むはずである。恐らくミレニアムへ帰還すればまた閉じ込められるだろうが、肯定的な評価を行う余地はできるだろう。
モニターを確認していくと、カジノ内部とその周辺一帯のカメラは映像が映らず沈黙している。恐らくワカモ達によって破壊されてしまったのだ。
「……ふむ、船内での抵抗勢力は」
船内に残っている船員達は各所で襲撃者と戦闘を行っている。現状はなんとか戦線を維持しているが、このままでは押し切られかねないだろう。ワカモの存在を考慮すれば、今すぐに崩壊してもおかしくはない。
となれば、と飛鳥はモニターを眺めながら無線の類いは何処にあるのかとキーボード周辺を探す。恐らくそれと思われるインカムを見つけ、すぐさま耳に取り付けた。
「こちらセキュリティルーム。誰か応答を」
『ん!? やっと繋がったか! こちらメインデッキ、侵入者達と交戦中だ!』
『こちらは一階廊下! 奴らゲリラ戦をしているぞ!』
『戦力が足りない、一刻も早く援軍を!』
聞こえてくる声はどれもこれも荒々しい。銃声や悲鳴も混じり、船内のそこかしこに戦場が作り出されているのだ。
「……指揮系統が混乱している。この部屋が狙われていたのも含めて、狐坂さんは船内を一気に制圧するつもりだったのか」
「いかがしますかご主人様。狐坂ワカモを早々に仕留め、降伏を促すという手もあります」
「できれば今ある戦線を全て維持したい。狐坂さんを止められるかどうかが不安だ」
「じゃあどうすんだよ。こんなでけぇ船全部の面倒なんて見きれねぇぜ?」
モニターを睨み付けるネルに首肯しつつ、飛鳥は考えを巡らせる。
船内で引き起こされている戦い、マリナと交戦している、もしくは既に交戦を終えているであろうワカモ。注目しなければならない要素が多すぎる。未だに攻撃が止まない事からもマリナは抑えきれなかった可能性が高く、つまり災厄の狐と呼ばれる少女は飛鳥を探して船内をうろついている事になる。
「―――よし、作戦は決まった」
「何するのご主人様、教えて教えて! アスナ頑張るから!」
「それじゃあ、良いかい? これから―――」
取りまとめた作戦の内容を飛鳥は簡潔に説明する。最初はどういったものかと神妙な面持ちで聞いていた生徒達は、やがて眉をひそめ、そして最後には少し顔を引きつらせた。話を進める度に面白い程顔色が変わっていき、
「―――こんな感じなんだけど」
「てめぇ本気で言ってんのか?」
「ご主人様、それは少しばかり……」
「危険すぎる。命が幾つあっても足りない」
「ぜっっったいご主人様死んじゃうと思う」
「にはは、正気ですか飛鳥先生……」
大顰蹙である。怒濤の反対意見に飛鳥は腕を組み、どうしたものかと視線を彷徨わせた。
入口にいるサオリとその仲間達はどうかと助けを求めるが、返ってきたのは、
「……自殺する気なのか?」
トゲのある一言が飛んできた。四方八方から否定され、あまりの衝撃に飛鳥は僅かに肩を落とす。名案かと思ったのだが、誰一人として同意を示さないというのは想定外だった。船もワカモもどうにかする名案だという自信に満ちていただけに、胸が痛む。
「けれど聞いて欲しい。ケイオスはこの船が『どうにかなる』と言っていた。それが具体的にどうなるかまでは聞けなかったけれど、このままでは大変な事が起きるのは間違いないんだ。他に案があるならお願いしたい」
これに生徒達は顔を見合わせる。飛鳥の提案したものが尋常ではない危険性を持っている事は全員が認識しているが、けれどそれを上回る案を出す事もまた難しいのだ。
「はぁ……わぁったよ。やりゃ良いんだろ?」
心底呆れ果てた声色でそう応えたのはネルだった。頭をガリガリと掻き、かぶりを振りながらも彼女はニヤリと笑う。
「良い根性見せるじゃねぇかモヤシ。良いぜ、ただやるからには腹ァ括れよな」
「ネル部長、しかし」
「兎にも角にも動かねぇ事には始まらねぇ。それにだ。まともに戦えねぇモヤシが頭フル回転させてやるっつーんなら、こっちも信じてやるっきゃねぇ」
「美甘さん……」
今の飛鳥は法術を使う事ができない。計算しか能のない冴えない男である。だがそれでも、飛鳥=R=クロイツであるからこそできる最大限の策を練り、作戦を考えついた。ネルはその意を汲んでくれたのだ。それは彼女から見て、飛鳥という一人の男が認められたという意味でもある。
「……仕方ありませんね。代替案もありません。ここはご主人様を信じるとしましょう」
「危険ではあるけれど、上手く行けば災厄の狐を倒せるのは確か。やるしか、ない」
「よぉし! ご主人様のハッスルに私もハッスルしちゃお!」
C&Cの面々は飛鳥の決意に応えてくれる覚悟を決めた。これに感謝の意思で首肯を返し、飛鳥はサオリ達にも目を向けた。
「それで、本当になんとかなるのか?」
「成功率は断定できない。けれどこれ以外には良い案が思いつかないよ」
飛鳥がハッキリと言い切ると、サオリは疑わしげに眉をひそめる。相当の経験を積んでいる様子の彼女からすれば、今回の作戦はさぞ心許ない事だろう。分の悪い賭けと言われたらそれまでである。
「……もしも形勢が不利になれば、私達は貴様達を見捨てるぞ」
「勿論。僕は力を借りている側だ。最終的な決断はそちらに任せよう」
サオリの了承も得た。それならば、作戦を実行に移す時である。今この瞬間にも船内での戦いが一変しかねない、早々に動かねばならない。
「それじゃあ皆、お願いしたい」
作戦開始の号令に応じて、C&Cとサオリ達の八人は足早にセキュリティルームを飛び出していく。あっという間に室内には飛鳥と、不安げな様子のコユキのみがぽつりと残された。
「先生、私はどうすればいいんですか?」
「さっき話した様に、黒崎さんは僕とここで待機だ。ここぞという時には君の力が必要になるから」
コユキは戦闘要員としては数えられないが、電子ロックを容易く解除できる特殊能力はこの場にいる誰にもできない唯一無二の力なのだ。それ故に飛鳥は待機を指示した。
モニターでは苛烈な戦闘の模様がリアルタイムで映し出されている。戦いは徐々にシージャック側に傾きつつあり、いずれ押し切られてしまいかねない。全力でサポートに回るべきだ。
「よし―――後は、ケイオスか」
飛鳥の作戦において最大の障害があるとすれば、また姿を消したケイオスだ。飛鳥の法術を封じ込めてしまった彼の所在が明らかではない限り、作戦に妨害が入る可能性は排除しきれないのである。
恐らくケイオスの性分を考えれば何の脈絡もなく動きはしない。モニターのいずれかにわざと映り込むといったそれらしい仕草を見せてくるはずなのだ。
「それは、私が対処しましょう」
モニターに集中していた飛鳥は背後からの懐かしい声に一度は驚いたものの、すぐに口元を緩めた。振り返るまでもない、背後の人物は紛れもなく味方だ。
「え、ええ!? 飛鳥先生、後ろに知らない人ぉ!」
「大丈夫。彼は僕の味方で、友人だ」
「……そう言い切ってくれると、喜ばしく思います。私が現われた事に驚きはしないのですか?」
「驚いてはいるよ。でも、どちらかといえば……君が来てくれて嬉しいという気持ちの方が大きい」
『友人』は飛鳥の返答にくすりと笑いながら、
「貴方に、一つ質問をしたい」
「何を言うかは、わかっているよ」
「それならば……お答えください。貴方は、『神』を目指しているのですか?」
かつて『友人』と浜辺で交わした会話の内容を思い出す。
神とは何か、何を指しているのか。
神に、何を求めるのか。
「いいや、僕はシステムでありたいとは思わない」
「では、どんな存在でありたいのですか」
「……数学の問題を解く事、論文を書く事だけは得意な冴えない男。それじゃあ、駄目かな?」
「ハハハ。なるほど、それは」
飛鳥が苦笑いを交えながらそう言い返せば、『友人』はハッキリと笑みを漏らした。
「ハッピーケイオスは私が抑えます。貴方は、貴方のやるべき事に集中してください」
「ああ、また君に頼み事をしてしまうね。よろしく―――レイヴン」
「先生、ご友人が消えちゃいました……」
コユキの言う通り、背後にあった気配は完全に途切れている。『友人』は音もなく現われ、音もなく消えたのである。
不安材料は取り除かれた。であれば実行するのみ。モニターを見つめながら、飛鳥は拳を強く握りしめた。
「狐坂さん、勝負と行こう……!」