先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
ゆっくりと落ちていく。実際はもっと速く、あがきようがない程の速度で落下している。恐らく大人のカードを使用した事による副作用は飛鳥の体から一時的にあらゆる力を奪ってしまい、彼は手足を振り回しもせずに船首から海面へと真っ逆さまで落ちていた。
船首と海面の高低差はざっと十五メートル程。水面はコンクリートレベルの硬さである。衝突した瞬間に飛鳥の体は文字通り四散してしまうだろう。
何かに掴まろうにも常人より遥かに劣る飛鳥の反射神経ではまともに動けない。そして、どういうわけか彼はゆっくりと海面へと向かっていた。
「……?」
おかしい。まったく着水する様子がない。それどころか飛鳥の肉体は船首からこぼれ落ちた、その姿勢で緩やかに落下していた。まるで動画の再生速度を極端に遅くしているかの様に。
法術である。暴走する船を止めるべく船体全体に施していた法術が運よく飛鳥にも適応されているのだ。残り時間はあと十秒程、それまでになんとか元いた船首へと……戻れる力は残っていない。
(一命はとりとめたが、どうすれば……!?)
「ぎゃああ!? 飛鳥先生ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
法術によるテレポートか、と思案していたその直後。両足がむんずと掴まれる。何事かと下―――実際は上だが―――を覗き見ると、そこには顔を真っ赤にして必死の形相で飛鳥を助けようとするコユキの姿があった。
「黒崎さんっ!」
「んぎぎぎぎ! い、今助けますからね飛鳥先生。やったー船が止まる、なんてはしゃいでいたら急に落っこちるとか、もう私先生の事よくわかんないです……!」
「じ、事情があって……!」
直後、法術の効果が切れると共に飛鳥にかけられていた低速化も消滅する。もしもコユキが手を放そうものなら、今度こそ飛鳥は大海原へとその命を散らす事となる。
だがコユキのこれでもかという程力を込めているらしい顔を見るに、引き上げてもらうどころか一緒に海へと落ちかねない。
「黒崎さん、耐えられそうかな」
「いやっ、無理ですこれっ。幾らなんでもこの体勢じゃ、おもっ……!」
飛鳥自身で体を起こそうにも、ダクトから落ちてしまった時と同様に腹筋が悲鳴をあげる。「おごっ」と悲鳴が漏れ、いよいよ二人は絶体絶命だ。
「だ、誰か助けて~! 私はギリギリなんとかなるけど、飛鳥先生が死んじゃう~!!!」
コユキの甲高い悲鳴がこだまする。こんな状況が船内でもあったが、まさか二度目になろうとは思いもよらない。あの時はワカモが凄まじい速度で駆け付けたものだが、もしや今回も来てくれるのだろうか。
(いや、僕は何を考えているんだ。幾ら彼女でもそんな事が二度もあるわけ―――)
「どなたが、死んじゃうと?」
「へぇ!? ええ!?」
その声が聞こえてきた時、飛鳥の背筋は粟立った。そんなはずがないと自嘲していた事が本当に起きてしまったのだから。
コユキの隣からワカモが顔を覗かせる。ネル達に続いて砲塔の破壊に向かい、ここに来られるはずのない彼女が。
状況を理解したワカモはコクリと頷くと、素早く飛鳥の足に手を伸ばしてむんずと掴んだ。一体何をするつもりなのか確認するまでもない。思い切り引っ張り上げるつもりなのだ。
「あなた様、今お助けしますね」
「こ、狐坂さんっ、待っ―――」
ひょい、とワカモは飛鳥を引っ張り上げる。ただその動きは人を助けるというよりかは、大根かカブを地面から引き抜く際のそれである。凄まじい力で宙へと浮き上がった飛鳥とコユキはワカモの頭上でくるくると回り、そして飛鳥だけがお姫様抱っこの姿勢で彼女の腕の中に着地した。
「んぎゃ!? な、なんで私ばっかりぃ……!」
一人顔面から床に激突したコユキがすすり泣く横で、飛鳥を両腕で抱きながらワカモは感無量の表情で天を仰いでいる。珍妙としか言えない光景である。
ワカモは何かに満足したのか飛鳥をそっと下ろすと、安堵のため息をつく。その眼は、少し潤んでいた。
「よかった。先生を助けられて。私の為に体を張ってくださるなんて、無茶しすぎです」
「……無茶じゃない。これくらいはやらないと」
飛鳥が体を張る理由を、彼女は察していた。これ以上狐坂ワカモの起こした事件を悪化させない為に、というあまりにも無茶と称する他にない理由を。
減速によってゆったりとした速度になっている船の様子を眺めながら飛鳥は口の端を緩めた。素晴らしい客船だ。これがもしも沈んでいたら、大変な事態だっただろう。
「あとは砲塔だけ、か……」
「いえ。それももう終わるかと」
ワカモと共にメインデッキを振り返る。巨大な砲塔が爆炎をあげて吹き飛び、煙が立ち上がった。
メラメラと燃える炎を背景に、少女が歩いてくる。一周回って美しいとさえ言える金色のバニーガール姿のマリナだ。怒髪天を突く様子で、ずんずんとワカモ目掛けて彼女はやってきていた。
「貴様ァッ! あの大砲の処理を私一人に押し付けるなぁこのイカレ女めぇ!!」
「仕方がないでしょう。飛鳥先生が危険だったのですから。どの道あなた一人でもなんとかなったので、万事問題ありません。この突撃女」
「カーッ! このっ、こいつめぇ……飛鳥先生、なんとか言ってくれ!」
「池倉さん、ありがとう。君の活躍は連河さんにも報告しておく。『君一人』で、成し遂げたと」
「……なら、いいか! ふははははは!!」
爆炎を背に、マリナは一転してケラケラと笑い出した。なんとも現金なものだが、そのこざっぱりとした在り方は飛鳥には到底まねできない。彼女だけの持ち味だ。
反対を押し切って連れてきた事は間違いではなかった。マリナは飛鳥を激励しただけでなく、コユキを操舵室へと連れて来て、そして砲塔の破壊まで手伝ってくれた。彼女が加わっていなければ、ゴールデンフリース号は取り返しのつかない事態に陥っていた事だろう。
「本当に、池倉さんには感謝しかできない。もちろん、船を止める手伝いをしてくれた黒崎さんと、僕の命を救ってくれた狐坂さんにも」
「にははは! わーい、褒められたー!」
「そんな……私はただ恩返しをしたかっただけで」
この場にいる生徒達全員が問題児である。クーデターの実行犯に、脱獄者に、犯罪者。どれも悪い意味で粒揃いだが、内には純粋な心を持っている。その証拠に彼女達は飛鳥の話に耳を傾けてくれて、そして共に戦ってくれた。
世界平和。それは飛鳥の掲げる最後の願いである。わずかな時間ではあるが、豪華客船という狭い空間でそれは実現された。今日起きた事がこれからキヴォトスでも広まっていけば、学園都市群は大きく形を変えていくかもしれない。
「話の腰を折ってしまい申し訳ありません。が、お伝えしたい事があります」
話がひと段落したタイミングで、音もなく飛鳥の背後に黒衣の怪人、レイヴンが現れた。ケイオスを食い止める役割を最後までこなしてくれた彼にも感謝を伝えなくてはと考える飛鳥とは対照的に、その表情は暗く影が刺している。
「んぎゃ!? また出た、おばけ!」
「先生の知り合いなのかぁ?」
「あなた様、そちらの方は一体……」
まずはレイヴンの紹介をしなければならない。一応姿は見ていたコユキと違い残りの二人は初対面である。ハッとしながら飛鳥はレイヴンの隣に立った。
「彼はレイヴン。僕の友人だ。偶然この船で会って、色々手伝ってもらっていたんだ。紹介が遅れてしまって申し訳ない」
「私の話をしている間に事を仕損じていては本末転倒でした。それと、ご報告が」
レイヴンは気を遣わずとも良い、とかぶりを振りながら指を立てると客船で最も高い位置にある、煙突を指差す。全員がゆっくりとそこを見上げ、そして何者かが吊るしあげられている事に気付く。
「おーい、僕だよ飛鳥くーん、あはは、君のお友達に捕まっちゃった」
ケイオスである。
常人では到底できない離れ業であるが、レイヴンはケイオスを煙突まで連れ去り、そして身動きが取れない様に縛り上げたのだ。流石という他にない手際の良さに飛鳥は思わず感心から深くうなずいていた。
「ありがとうレイヴン。君には助けられてばかりだ」
「いえ、お気になさらず。友人に手を貸す程度、当然の事です」
「機会があったらまた手を貸してもらえると嬉しい。僕一人では手が足りないんだ。あ、もちろん君が良ければだけど」
飛鳥としては、レイヴンが仲間になってくれればこれからの活動が潤滑になる。自分と同じく異世界から連れてこられた身分であるならば、多少なりとも手を取り合っていかなければならない。もう一人の来訪者であるロボカイにしても、今はミレニアムに身を寄せているのだ。
レイヴンは飛鳥の提案に興味を示した様子だったが、すぐに背を向けた。それだけで拒絶の意思を示している事がわかり、飛鳥は彼を見送るべきだと引き下がっていた。
「……面倒を見なければならない阿呆がいるのです。それが片付いてからで、よろしいでしょうか」
「構わない。もとより僕らは、既に一度別れた身だ。戻ってこいだなんて言えない……いつかその阿呆を紹介してくれると嬉しいかな」
少しだけ冗談めかしてそう言うと、レイヴンは釣られてクスリと笑う。飛鳥としてもこんな冗談を聞かせる事など滅多になかったもので、挑戦してみたはいいもののわずかに耳を赤くしていた。
「貴方がそんな風にものを言うとは思いませんでした。ふふふ……シャーレの先生になって、少し変わりましたか?」
「そ、そうかもしれない。多くの価値観に触れているからね。ここにいる生徒達の様に」
そこで飛鳥は逆にワカモ達をレイヴンへと紹介していた。お騒がせな三名で、その内の二名は今回の騒動を引き起こすきっかけである。しかしながら彼女達に触れ、そして寄り添う事で彼女達の協力を得られた。
きっと飛鳥の表情は満足げなものだったのだろう。レイヴンはほんの少し喜ばしげな声色で、
「恐らく我々は近い内にまた会います。前述した阿呆については、その時にでも紹介しましょう。それでは」
そうして、黒衣の怪人は去っていった。カラスとなって羽ばたいていったのだが、これに飛鳥以外の三人は軽く悲鳴をあげた。
※
結論から述べるならば、ゴールデンフリース号は無事停止した。コユキがエンジンを切り、飛鳥が減速した事で港へ激突するルートは避けられたのだ。とはいえ、ネルやマリナと言った生徒達が船内の防衛設備をあらかた破壊していったおかげでそこら中から炎が吹き上がった。これらは船体に傷こそつけたものの、奇跡的に沈没までは至らなかった。
乗船口から続々と乗客達は港へと降りていく。騒動が終わった事を示すかの様に沈む夕陽を背にじっとその模様を見つめる飛鳥の元へと、
「あー! 暴れた暴れた。満足だぜぇ!」
船内での隠密行動はさぞ窮屈だったのだろう。仲間達と揃って全身すすだらけで戻ってきたネルは、開口一番に心底楽しそうな声でそう叫んでいた。言葉通りにあらゆる武装を破壊していったのだ。彼女の助けがなければ、船を止めたところで港への攻撃が行われていた。飛鳥はネルにも感謝してやまないわけだ。
「ありがとう美甘さん。心から感謝するよ」
「ああ? いいんだよ、これくらい。それよりもあたしからも言わせてくれ、なかなかやるじゃねぇか。こんなバカでかい船止めるなんてよ、『先生』っ!」
ネルはそう言って飛鳥の胸を拳で軽く叩いた。今までずっと『モヤシ』と呼ばれ、それに慣れてきていたばかりに彼は目を丸くして驚いた。彼女に信頼されている証拠である。これにはつい口元から笑みが漏れてしまう。
「君にそう呼んでもらえると嬉しい。美甘さん……『ご主人様』とも呼んでくれるのかな」
「はぁ!? 勘違いすんな、ぜってぇ呼ばねぇ。次言ったらぶっ殺す!」
「はい、すみませんでした」
どうやら、まだ良好な関係を築けたとは断言できない様である。その点は落胆しつつも、飛鳥は改めてC&Cの面々へと向き直る。自分一人では決して良い結果をもたらす事など叶わなかったのだ、様々な指示に従ってくれた彼女達に感謝してもしきれない。
アカネも、カリンも、アスナも、全員ネルと同じくらいすすけている。にも関わらず全員が満足げな表情だ。どうやら大暴れしてすっきりしたのはリーダーだけではないらしい。
「なんと言いますか……C&Cとしてこんなにも胸を張って色々破壊してしまったのは初めてかもしれません」
「アカネ、それは嘘だよ。絶対、絶対嘘。いつもと同じくらい晴れ晴れとしていた」
「まぁつまりね、ご主人様。私達四人、いつも通り頑張ってきました! 褒めて~!!」
船体のそこら中から吹きあがる煙をちらりと窺ってから、飛鳥は思わず苦笑いしてしまう。本当にこれくらいの破壊規模がいつも通りだというのならば、C&Cを統括するセミナー、つまりユウカは大変な苦労をしている。帰ったら労いの一つや二つをしてやらなくてはならない。
そこで飛鳥は、まだサオリ達に感謝を述べていない事に気付いた。彼女達の協力もまた、船を取り戻す為に欠かせない重要な要素であった。最後まで手を貸してくれたというのに、礼の一つもないのは失礼だろう。
「そういえばサオリさん達は? 会っていないのかい」
「あ、見てねぇな……もう下船しちまったんじゃねぇか? なんか変な連中だったぜ」
「学校の名前も教えてもらえなかったから、シャーレとして感謝を述べる事もできないな……」
振り返ると、飛鳥はサオリと出会う前から彼女に助けられていた気がしていた。カジノ内でワカモに詰め寄られた時、何者かが彼女を狙撃して妨害してくれた。誰が撃ったのかまでハッキリとしなかったものの、思い当たる節はサオリ以外にないのだ。
何処から来た何者だったのか、名前以外一つとして明らかにならなかった謎の生徒達。いずれまた会う時を期待する他にないだろう。
サオリ達との無言の別れを残念に思いながら、飛鳥は港に集合している何台もの車両へと目を向ける。ケイオスとワカモを確保するべくやってきた『ヴァルキューレ警察学校』のものだ。ケイオスについては既に捕らえられ、連行されたとの事である。
「狐坂さん、迎えが来た様だ」
ケイオスの企みを防ぎ、ゴールデンフリース号はなんとか押し留められた。だが元はと言えばことの発端はワカモのシージャックにある。極めて個人的な理由から他学区へと攻め込み、武力による占拠を行った点については拭いきれない。
心苦しいが、先生という立場から飛鳥はワカモに一度ヴァルキューレに身柄を拘束されてもらう必要がある。だがそれはコユキがミレニアムに戻り、再び監禁される様に避けられない。
「……」
ワカモはじっと俯いたままで黙り込んでいる。どう声をかけたら良いものか、せめて励ましの言葉は送らねばならないだろう。
飛鳥は少し躊躇した後に、彼女の肩に手を置く。今は辛い思いをさせてしまう、けれど可能な限り面会にも行くし何かしらの措置を与えられないものか……と。
だが、ゆっくりワカモが顔を上げるとそんな気持ちは完全に吹き飛んでしまっていた。というのも、どういうわけか彼女の顔には狐の仮面がつけられているのだ。記憶が正しければ、粉々に砕け散っていたあの仮面が、である。
「うん……?」
「あ、あれ先生。なんか変ですよ、変!」
「この曲者!」
異変をすぐに感じ取ったコユキが騒ぎ立て、マリナが咄嗟に仮面を剝ぎ取った。するとそこには、まったく別人の顔があるではないか。目の前にいたのはワカモではない、彼女の服装を真似た偽物だった。
『えっ!!!』
これには全員が仰天する。ワカモはずっと飛鳥のそばにいた。入れ替わるタイミングなど何処にもなかった。だというのに、いつの間にやら彼女は偽物と入れ替わっていた。
動揺のあまり呆然とする飛鳥に対して、偽ワカモはおもむろに懐から一枚の封筒を取り出すと、にやつきながら手渡してくる。
「へ、へへへ、これウチのリーダーからです。あれっすよ、自分、脅されて仕方なくなんで。許してくだ―――」
「とああっ! あのイカレ女!!」
マリナの全力を込めた一撃が叩き込まれ、偽ワカモは宙を舞う。飛鳥は慌てて封筒から中身である一枚の紙を引っ張り出した。
「先生、何が書いてあるんですか!?」
「見せろよ、おい!」
「ま、待って、僕が読めない」
仲間達が駆け寄って紙を覗き込んでくるのをなだめながら飛鳥はそこに記されている内容に目を通し、そしてあんぐりと口を開ける。
『飛鳥先生へ。
この様な形でお別れをお伝えする事になってしまい、申し訳ございません。
あなた様には感謝してもしきれません。愚かな私を許してくださり、そして守ってくれたのですから。しかし私はこの場から逃げ出します。というのも、気持ちとしてはあなた様に従ってヴァルキューレに捕まるべきだと理解しているのです。ただ……捕まった後、私は先生への想いに駆られて脱獄してしまう自信があります。それはあなた様を含めた多くの人にとって迷惑となるでしょう。
ならば……いっそここで逃げ出すしかありません。狐坂ワカモは逃げます。あなた様を悲しませてしまいますが、それでもお言葉はこの胸に宿り続けます。
愛しいワカモより』
「なんっじゃこりゃああああ!!!!」
「え、ええと、つまりワカモは逃げたと!?」
「あの厄災の狐が……」
「しかも! 愛しいワカモ!! 何これご主人様~!!!」
「え~! 逃げたんですかあの人!? あんだけ暴れておいて!?」
「あのイカレ女が~!!!!!」
ワカモは逃げた。飛鳥への感謝を述べながら、捕まりたくないと。
彼女の言い分を飛鳥は何となく理解した。捕まった先で衝動的に脱獄するくらいならば、最初から脱獄状態でいれば良いという事だ。一応ワカモはセキュリティルームで交わした内容を踏まえて、最適解を選んだのだろう。
ぎゃーと悲鳴をあげるネル達を背に、飛鳥は手紙を持ったままで海上の地平線を眺める。夕焼けの光を浴びながら、彼は珍しく呆れた表情を浮かべていた。
「いや、本当に……なんていうか、皆個性的だ」
それはある種の降参宣言であり、飛鳥=R=クロイツが先生として一皮むけた瞬間だった。
―――Chapter3,fin
※
「いやぁ、悪いね皆。助けてもらっちゃって」
ケイオスは今回ばかりは照れ臭く笑う。ヴァルキューレの護送車に乗せられた彼を待っているのは刑務所のはずだったが、車が向かう先は正反対の方向である。
狭い車内の後部座席にはケイオスを挟む様にしてミサキとヒヨリが腰かけている。助手席には姫……アツコがおり、運転席からはとてつもない殺気を放ちながら、サオリがハンドルを握っていた。
ケイオスを連行する為の護送車は港に到着した時点でサオリ達によって奪われていた。ヴァルキューレの制服を着た彼女達によって彼は連れていかれる体を装い、誰にも追跡される事なく脱走に成功したのだ。
「……貴様に聞きたい事がある。何故私達に飛鳥=R=クロイツを守らせた? 何故船を動かし、大惨事を引き起こそうとした?」
「おっと、質問は一つずつお願いね。本来の計画が色々狂ってしまったから僕もアドリブをするしかなくってさぁ。当初の予定ではサオリ君達には、飛鳥君を暗殺する為に頑張ってもらいたかったんだ。でも、直接彼と触れ合ってもらった方がいいと思って。船を動かしたのは……飛鳥君に頑張ってもらいたかったから?」
「では私達は、貴様の戯れに付き合わされたという事か」
「そうでもない。どうだったかな、飛鳥君と話してみて。面白い大人だったと思うけど」
サオリからは殺気が漂っている。にも関わらずケイオスは人を食った様な態度を崩そうとはしない。その余裕の根拠が一体何処にあるのかは窺い知れない。
ケイオスの質問にゆっくりとヒヨリは挙手する。これにミサキは咎める視線を向けるが、彼女は目を伏せながら、
「と、とっても優しい人でした。コーラ奢ってもらっちゃいましたし」
「そう、飛鳥君はとても優しい。でもね、そんな彼を君達は殺すんだ。ヘイローを持つ存在とは違って彼は銃弾一発で死ねる。とても脆い存在だ。だから僕はさ、知ってほしかったんだよ」
「何をだ」
「―――人を殺すっていうのは、どういう事なのかをさ。でもまだ足りない。今度は遠足をしよっか。そうすればだんだんとわかってくると思う。そうしたら後は、種明かしする。飛鳥君が何者なのか、キヴォトスに生きる皆が知る。そして、彼は死ぬんだ」
ケイオスが浮かべる深いクレバスの様な笑みは、これからキヴォトスで巻き起こる嵐を予言していた。
※
レイヴンは羽ばたきながら、家路へとついていた。
異世界へと飛ばされた彼の拠点は、驚くべき事に学生寮である。そこに住まう生徒が保護者なのだ。保護者といっても生活費を渡されているだとか、食事を与えられているという意味ではない。あくまでも、止まり木だ。
レイヴンが帰ってくるまで、学生寮の一室は窓が開けられている。カラスの姿のままで彼はそこから室内へと入り込むと、変身を解除した。
部屋は一人で使うには少し広すぎる。主である少女は大きな学園の生徒会に所属しており、それ故に特権階級の身分なのだ。
「おかえり、レイヴン。遅かったね。お友達はどうだった? シャーレの飛鳥先生なんでしょ」
少女はレイヴンの帰りを待っていた。てっきり眠っていると思い込んでいたばかりに、彼は少し面食らいながらも、
「少し、表情が豊かになっていた。先生として働きながら、充実した生活を送っているらしい」
「へぇ~。いいなぁ、私も早く会ってみたい」
「……きっと、彼ならばお前を救ってくれる。お前の様などうしようもない阿呆をな」
刺々しい物言いだというのに、少女が不満を抱く様子はない。むしろ何度か頷いて、微笑んでみせた。
「そんなどうしようもない阿呆の面倒を見ている人は、もっと阿呆だと思うけどな私」
「違いない。我ながら、どうしてこんな事をしているのか疑問だ」
「あははは、変なの。でもいいの? 私と一緒にいたら、お友達の先生と戦うんだよ?」
「構わない。私と彼が同志だったのはかつての事だ。今は違う。今は……哀れな女の為にいる」
レイヴンの答えに、少女は何も言い返さなかった。口をきゅっと真一文字に結び、何かを口から発しない様にと努力している。
「まだ遅くない。もう諦めろ」
「……あーあ、私疲れちゃった。生徒会って結構疲れるんだよね。お肌に悪いからもう寝よっと。おやすみ、レイヴン」
少女は会話を一方的に打ち切った。それ以上言うな、そんな感情が籠っている。
奇妙な同居人に背を向けて彼女は寝室へと消えていく。じっとその様子を見届けてから、レイヴンは開かれた窓へと腰かけた。
本来ならば、レイヴンは飛鳥と共に戦う存在である。飛鳥という人間に惚れ込み、一時期は忠臣として仕えていた程深い関係性にあった。
だがキヴォトスで、レイヴンは少女に出会ってしまった。何処までも愚かな、誰の救いも得られないかもしれない少女を。
神であろうと思うつもりはない。そんな気持ちはとっくの昔に消えている。レイヴンがこの部屋を止まり木とする理由は、ただ放っておけないというお節介からだった。
「―――ああ、おやすみ、『ミカ』」
ぽつりと、少女の名がこぼれ落ち、そして消えていった。
というわけでChapter3もこれにて完結です。後日談なども投稿する予定です。それらが終わり次第、遂にChapter4です。当初は『虚無との交戦』というタイトルだったのですが、色々ありまして変更になりそうです。
レイヴンとミカ。この二人についてはガッッッツリとやっていきたいと思います。
そしてエデン条約編はなんとレイヴンだけでなく、もう二人程ギルティギアからのゲストを予定しております。お楽しみに!