先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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とりあえず後日談になります!


メモリアル 通い妻美甘ネル

「おらっ起きろ!!」

 

 その日の朝は、ネルの怒号から始まった。ぐっすりとベッドで眠っていた飛鳥はシーツを引き剝がされ、思わず自分の身を守ろうと体を丸めてしまった。

 前日は夜遅くまで、連邦生徒会へと送る為にゴールデンフリース号の一件を報告書としてまとめ上げていた。十分な睡眠時間の為にもう少し寝ていたかったのだが、ネルはそれを許さなかった。

 

「う、ううん、あと五分だけ」

「もう朝の八時だ。朝飯作ったから早く起きろ」

「あ、朝飯……? そもそもどうして美甘さんがシャーレに」

「ああ!? 今日の当番だよ! わざわざ来てやってんだから感謝しやがれ!」

 

 ネルは無防備な飛鳥の体に手を置くと、体を揺らしてくる。まぁまぁの力が加わり微睡の中にあった意識は無理矢理覚醒し、起きなくてはならないと訴えかけてくる。何よりこのままぐずぐずしていればネルは更なる攻撃を加えてくるに違いない。

 体を起こし重い瞼をこする。まるで母親に叩き起こされる学生の様なみっともない姿であるが、それだけここ数日の飛鳥は疲れ果てていた。狐坂ワカモがまさかの逃走をしただけでなく、捕らえたケイオスまでも逃げられてしまったのだ。被害の拡大は防いだものの、完全な目標達成とは至らず、口惜しい気持ちに苛まれる。

 

「顔洗って、そんで歯ぁ磨けよ」

「美甘さん、どうしてこんなに早くシャーレに……? 朝食を作ったという事は、七時くらいにはもうついていたんだろう」

「飯作りに来てやったんだよ。会計の奴に聞いてるぜ。まともなもん食ってねぇってよ」

 

 会計というからにはユウカの事だろう。以前に自信を持って見せた食事内容に対して怒り心頭となった出来事を思い出し、飛鳥は少しだけ口をきゅっと締めた。

 

「え、栄養素は問題ないと思う。それにお弁当ばかり食べては塩分や炭水化物、脂質といったものの管理が難しくなるし」

「じゃあ自分で作れよ! そういうのはてめぇで調整できるもんだろーが」

「……僕、あまり料理に自信がないから」

「ああいえばこういうなこの野郎。良いからさっさと、飯を食え!」

 

 ネルにお尻を蹴り飛ばされそうになりながら、まずは洗面所へと向かい顔を洗って歯を磨く。

 なんだか、まるでネルは母親である。少し前までの彼女からは想像できない世話焼き加減だが、どういう風の吹き回しなのかが気になる。悪い人間ではない事は承知だが、もしかしたら何か飛鳥に対して要求してくるのやもしれない。

 そんな風にぼんやりと考えながら寝巻姿のままでオフィスへと足を運び、飛鳥はいつも使う机の上を彩る朝食に目を剥いた。

 

「これは」

「肉も嫌い、魚も嫌いってんだろ。ちっとばかし気を遣ったメニューにしてみたんだよ」

 

 ホカホカと湯気をあげる白米に様々な野菜に豆腐を加えた味噌汁、そして卵焼きと納豆の小鉢。

 絵に描いた様な素晴らしい食事が揃っている。腹の虫が「ぐぅ」と音を立て、ネルはにやりと笑った。

 

「あのな、栄養を気にすんのは当たり前だが美味いもんを食うのは同じくらい大切なんだぜ。味とか食感とか、そいうのを忘れると飯がつまらなくなるからよ。なんつーの、人間らしさって言うだろ」

 

 人間らしさ。哲学的な言葉である。だがネルの言う事には一理ある。数字だけを見る事は間違いではないが、度を越せばそれはあまりにも機械的だ。必要ではない娯楽を愛する様に、食事にも余裕は必要である。

 少し頭が固かったと自嘲しつつ、飛鳥は椅子に腰かける。朝食から醸し出る香りに食欲は抑えきれない。手を合わせ、「いただきます」と呟くとまずは味噌汁を口に運んだ。

 

「ッッッ、お、美味しい!」

 

 電流が走る様な衝撃が飛鳥を襲う。しっかりとした出汁の味はしつこくなく、具の野菜も柔らかい。豆腐も細かく刻まれて食べやすい。

 あっという間にぐいと味噌汁を飲み、思わず感嘆のため息が口から漏れ出てしまう。こんなにも美味いと感じたのは一体いつ以来だろうか。

 

「はははは、味噌汁一つで大袈裟な野郎だな」

「いや、本当に美味しい。卵焼きも程良くてしょっぱくない。納豆も味わい深い……こんな風に何かを味わって食べるのは久しぶりだよ」

「マジで言ってんのかそれ……?」

 

 嘘ではない。最近の飛鳥にとっての食事は栄養補給を第一にしていた部分があり、味や満腹感というものは二の次になりがちだった。先生としての業務が忙しすぎた為である。

 だがこうしてネルの作ったメニューを口にしながら、これまでにない多幸感に飛鳥の身は震える。食事が久方ぶりに喜ばしいものへと転じている。

 隣に座るネルに見つめられながら飛鳥は黙々と食べ、あっという間に完食した。さながら育ち盛りの学生である。

 

「ごちそうさまでした」

「おう、お粗末様。なんだよ、しっかり食えんじゃねぇか」

「とても美味しかった。少し意外だよ、こんなに美甘さんが料理上手だなんて」

「C&Cはメイドなんだぜ一応。部長やってるあたしができねぇわけねぇだろうがっ」

 

 カラッと笑いながらネルは空いた皿を洗うべく運んでいく。その背中を飛鳥はじっと見つめてしまっていた。

 何故ここまでしてくれるのだろう。いくら先生と生徒の関係性といえど、わざわざ朝早くからシャーレにやってくるなど献身的すぎる。

 やはり何か裏があるのか、それとも心からの行動なのか。飛鳥は妙に疑心暗鬼となっていた。

 

「美甘さん」

「んー?」

 

 ネルが皿を洗う音を聞きながら、思い切って飛鳥は質問してみる事にした。

 

「どうして朝食を作りに来てくれたんだい。当番と言ってもそこまでは要求していない。わざわざ用意してくれるだなんて」

「あ? なぁに言ってんだよ。シンプルにてめぇがほっとけねぇんだって。ワカモとケイオスを逃がした事引きずってんだろ」

「……僕のミスなのは間違いない」

「そういうトコだよ。なんか勘違いしてんだろ、先生はスーパーマンでもなんでもねぇ。ほそっこいモヤシ野郎で頭でっかちだ」

 

 そこまで言われるとは思っておらず、飛鳥はほんのりと口をすぼめる。事実である以上反論できない。

 

「だからな、できる事もありゃできねぇ事もある。そうだろ?」

「それは、まぁ」

「ならあんま引きずんな。今回はうまくいかなかった、それで良い。それにあのチビはてめぇのおかげで今は楽しそうにやってるしよ」

「黒崎さんか……」

 

 黒崎コユキはミレニアムへと帰還し、そしてやはりユウカによって拘束された。避けられない事である。しかしゴールデンフリース号のセキュリティ突破や暴走の阻止などの活躍により、情状酌量の余地があるという飛鳥の訴えにより、なんとか罰そのものは軽く済んだ。一番の決め手は、彼女を連れ去ったケイオスは何の悪事もさせていなかったという点にある。

 てっきり船内の様々な部分にコユキの能力を利用しているのかと思いきや、ケイオスは何もさせずにただ船で遊ばせていたのだ。どういった意図によるものだったのか、確かめようにもケイオス本人は何処かへと姿を消してしまっている。

 そういうわけで、ほんの少し扱いが良くなったコユキは罰を軽くする条件としてミレニアム内で起きている問題やトラブルへの対応を課せられる事となった。これに協力するのはハッカー集団『ヴェリタス』の現部長である各務チヒロで、一歩間違えればトラブルメーカーになりうるコユキを制御しながら、それなりの結果を出しているらしい。

 

「ミスしてばかりじゃねぇんだ。良い結果だけを考えていこうぜ」

「……朝早くから来てくれた理由は、僕を励ましてくれる為か。ありがとう」

「へっ。あとまぁあれだ。礼だよ、礼。船を止めてくれただろ。C&Cを代表して、サンキューな」

「僕にできる事をやったまでだよ」

「それで大勢助けた。ワカモの奴も助けた。ならもう少し胸張れよな? てめぇに必要なのは自信だな……ほらお茶」

 

 洗い物を終えてネルは湯呑に温かいお茶を淹れると飛鳥の下へと戻ってくる。それを受け取り、水面を覗き込むと、茶柱が立っている。幸運だ。

 

「胸張れって。あたしはあんだけの事をやってのけて、チビもワカモも説得したてめぇをすげぇと思ってる。ほそっこいモヤシ野郎の先生が一番強いのは、そうしてあたし達生徒に寄り添ってくれる事だ」

「……なんだか、こそばゆいな。そこまで言われると」

「あ? なんだよ、アスナ呼ぶぞこの野郎」

「いや、それは勘弁してほしい。本当に」

 

 ネルの言葉は飛鳥の胸にぐっと撃ち込まれていた。

 今までの自分は法術がなければただのか弱い男という認識だった。戦う力がなければ何の意味もないと。それが魔王として生きてきた飛鳥=R=クロイツだと。

 ところがゴールデンフリース号での事件は何の力も持たない個人として切り抜けた。思えばそれは、先生としての飛鳥が打ち立てた功績と言っても過言ではない。キヴォトスにやってきてから生徒達と触れ合っていたおかげで、多少は人間性が育まれているのかもしれない。

 

「でも、そうか。僕は誰かに寄り添える様になっているのか。心の機微に対して疎い方だから、成長できているのは喜ばしい。美甘さんの言う通り少しだけ胸を張っていきたい」

「そうそう、そういう気持ちが大事だ。あとちゃんと飯食え、そうすりゃ体力もつく。そうだな……あたしが当番の日にはまた飯作ってやるよ」

 

 成長を喜ぶ飛鳥に、ネルは魅力的な提案を出してくる。これに飛鳥は乗り気になって頷き返していた。彼女の作る料理はどれも美味しかった。今後もそれを食べられるというのならば、お金を払ってでも頼み込みたい。

 

「是非ともお願いしたい。できる事なら毎日作ってもらいたいくらいに」

「ま、毎日は流石に無理だろっ」

「それもそうか……でも気持ちとしてはそれくらいだよ。美甘さんの手料理をもっと食べたい」

「なんだよぉ急に。そんな褒めたってなんも出てこねぇからな!」

「心から褒めているんだよ。美甘さんなら、きっと良いお嫁さんになれる」

 

 それはアスナとの交流で得た『相手を褒める』事の応用だった。ネルの料理が本当に美味しかったから、めいっぱいの賛辞を贈ろうと相応しいと思った言葉を選んだ。

 が、少しばかり選んだ言葉は大袈裟すぎた。たとえばこれ百鬼夜行学院の河和シズコであれば「んも~先生ってばそんな事言っちゃって~!!」などと冗談めかして喜んでくれたかもしれない。だがネルは、面倒見がよく懐も広いが凶暴性も十二分にあるネルはそうではない。

 みるみる内にネルの顔が紅潮していく。赤く、紅く、最早爆発寸前なレベルにまで。それが明らかに選択ミスだと飛鳥が気付いた頃には既に遅く、

 

「ば、ば、ば、バカ言ってんじゃねぇ! 何言い出すんだこの、このアホ!! 死ね!!!」

 

 凄まじい罵倒が飛び込んでくる。飛鳥がギョッとして謝罪の言葉を口にする前に、ネルは猛烈な勢いでポカポカと肩にパンチを叩き込んでくる。それなりの力を込めての連続攻撃になすすべなく、「あうう」と飛鳥は短い悲鳴をあげる。

 寄り添える力を手に入れたは良いものの、まだ言葉選びに関しては至らぬ点が多いのだった……。

 

―――

 

「っていう話があってな、ったくあの野郎……とりあえず週一で朝飯作ってやる事になったよ」

「えーリーダー。それってアレじゃない、通い妻って奴じゃない?」

「は!? いや、そんな、んなワケ……ち、違うからなぁ!!!!」




これにてChapter3も終わり、次回からChapter4『Ke ĝi estas malsama―チガウトイウコト』になります。ズバリこれはエスペラント語を使ったタイトルです。といっても機械翻訳と辞書を見ながら作った文章なので、もしエスペラント語有識者の方がいたらお助けください。早速第一話のタイトルは『instruisto-センセイ』です。
そしてエスペラント語を使うという事は、そういう事になります。お楽しみに!
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