先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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studi-ベンキョウ

「仲正さんと杏山さんとは、また珍しい組み合わせと一緒にいたんだね。二人はどんな話をしていたのか、よかったら聞かせてもらえないかな」

「……黙秘権を行使する」

「な、なるほど。ガールズトークには秘密が不可欠という事か。これは僕も配慮が足りていなかったか……けれど早速生徒と交流してくれているのは喜ばしい事だ」

 

 飛鳥と合流し、ラムレザルはトリニティの離れにある小さな校舎へと向かう。一部の特別授業用に使われている教室を借りて補習授業部は活動を行っているらしい。わざわざ距離のある施設を利用しているあたり、トリニティそのものからの扱いがあまり良くない事は明らかだった。

 

「補習授業部には成績が芳しくない生徒が集まっていると聞いてる。正義実現委員会からも集められているとか」

「ああ、仲正さんに聞いたんだね?」

「何故部活の概要を説明してくれなかったのか、説明が欲しい」

 

 飛鳥からの説明はテストで良い点を取れば良いというそれだけだった。実際にイチカの口から語られたのは、成績不振者達が集められたグループだという。嘘はついていないが、情報を隠していたのは間違いない。

 飛鳥はそんなラムレザルの気持ちを感じ取ったのか、ゆっくりと頷く。

 

「僕はできれば君にフラットな目線でいてもらいたいんだ。クラスメイトになる相手なのに余計な情報を与えたくはない」

「そんな心配はいらないよ。私はもう、誰かを見下したり枠にはめこんで考えたりはしない。だって、人は皆『違う』んだから」

 

 敵であった少年がそれをラムレザルに教えてくれた。人には、生命には一つとして同じなどないのだと。皆が『違う』から生命なのだと。ならば成績が悪いからなんだというのか。それともまた誰かとの『違い』であり、彼女からすれば大切な要素だ。

 強い意思を込めた眼差しを向けると、飛鳥は納得した様子で微笑んでいた。

 

「君がハッキリとした感情を手に入れていたとは聞いていたけれど、ここまでのものだとは思わなかったよ。ラムレザルは僕よりずっと人間味がある。きっと、部の皆とも仲良くなれる。全部で四人、誠実な生徒達ばかりだからね、多分」 

「どうして最後に言葉を濁すの……?」

 

 良い雰囲気に運んでいたと思いきや、唐突に飛鳥にしては妙に歯切れが悪い言葉が飛んでくる。普段ならばハキハキと答え、言葉に詰まる事など滅多にない彼がこうなるという事は補習授業部には何かしらの危険因子が存在している証左である。

 今度は疑いに満ちた視線を向けると、飛鳥はぽつりとつぶやく。

 

「皆、真面目だと僕は思っている。けれど人間、隠し事の一つや二つはする。それは生徒達も変わらない。部内にいる生徒達は一癖も二癖もある性格ばかりで……少し手を焼いているんだ。特に一名」

「手を焼いている?」

「うん……なんというか、どういう反応を返せばいいのかまるでわからないんだ。地雷原の上を歩いているみたいな不安に襲われる時さえある」

 

 飛鳥の横顔はとにかく苦し気で、どうしたものかという表情に苛まれている。彼から見て対応が難しい厄介な生徒がいる様だ。

 一体何者なのか、気を引き締める。誰もが『違う』とは言っても他人を害する存在は許容に値しない。場合によっては対処しなくてはならないだろう、そんな風に考えていた、その時である。

 

「ばかっばかっ、死刑! 死刑! 死刑!」

 

 廊下の向こう側から甲高い絶叫が聞こえてくる。尋常ではない声色と発言内容にラムレザルが目を剥いて驚いていると、ドタドタと床を踏みしめる音が続く。

 とりあえず飛鳥の顔を覗き込むと、こめかみに手を当ててやれやれとかぶりを振っていた。件の危険因子、ないしはそれが関わっている様だ。

 

「変態! 変態! うわぁぁぁぁん!!」

 

 廊下の奥から少女が一人駆け込んでくる。着ている制服の色は黒……正義実現委員会のものだ。脇目も振らずに爆走している彼女こそ、イチカの話していた生徒らしい。確か名前は、

 

「貴女がコハル?」

「え!? 誰、何!?」

 

 突然名前を呼ばれ、コハルはハッとして俯きがちだった顔をあげる。間違いないと判断するとラムレザルは一歩踏み出し、両手を広げてみる。理由は定かではないが、受け止めてやろうと考えたのだ。

 

「止まって。廊下は走ると危ないよ」

「わ、わわわわ……」

 

 慌てて足を止め、ぶつかるかぶつからないかというギリギリの距離でコハルは静止する。

 幼い、そんな言葉が似合いそうな外見だ。小柄で、顔もあどけない。黒い制服はサイズが一つ上のものを選んでいるのか、少しぶかぶかとしていて片側の肩が露わになりかけている。加えて怒りかそれとも羞恥からなのか、顔は真っ赤……少女というよりかは、幼女と呼ぶべきかと疑ってしまう。

 

「下江さん、廊下は走らない様に。転んだりしたら大変だからね」

「ご、ごめんなさい……じゃなくて! 子供扱いしないで! 転ぶわけないじゃない! それより、あの破廉恥女を追い出してよぉ!」

 

 話を聞こうと飛鳥がなだめていると、コハルの口からは破廉恥女というまたとてつもない単語が飛び出してきた。そんな名前を付けられる人物がすぐ近くにいるのだ。

 

「コハルちゃーん? 何処へ行ったんですか~? 戻ってきてくださぁい」

「ひぃ!? た、助けてぇ!」

 

 後を追うかの様に聞こえてきたのは、ゆったりとした少女の声色。だが異様に甘ったるく、少なくとも善人の出すそれではない。コハルは悲鳴をあげながら咄嗟にラムレザルの背中に隠れてしまう。

 今度はひたひたと裸足で床を踏みしめる音を響かせながら、驚くべき事に水着姿の少女が姿を現した。

 

「ぎゃっ、来たぁっ!」

「うふふ、コハルちゃん、逃げないでください。お話ししましょう、ね?」

「絶対に嫌! あんたと一緒に勉強なんて絶対しないから! 歩く公然わいせつ罪!」

「え……? 公然わいせつ……? 私の何処にそんな要素が」

 

 ギャッと悲鳴をあげるコハルに対して、少女は自分のたたずまいをじっと眺める。トリニティの校章があしらわれた水着姿で廊下に立つ姿は異常という他にない。少なくともラムレザルの目線から考えても、この場にそぐわない服装であるのは目に見えて明らかなのだ。

 なので臆する事なくラムレザルはコハルを背中に隠しながら、

 

「ここは学校。校内では指定した服装を着用するべきと決められている」

「おや、貴女は……?」

「ラムレザル=ヴァレンタイン。トリニティ一年生、そして貴女やコハルと同じ補習授業部の生徒」

「ふむ」

 

 少女はコハルを守る形で佇むラムレザルに遅く気付いた様で、口元に手を置いて興味深そうな視線を向けてくる。少しばかりねっとりとした感覚に嫌な予感を覚えた時には既に遅く、

 

「校内では指定した服装を着用する、確かにそれは間違っていません。ですが、裏を返せばそれは水着もまた制服として認めうるという事ではないでしょうか?」

「ん……?」

「そう思いませんか、飛鳥先生?」

 

 突然少女の矛先が飛鳥へと向けられる。目をそらし口を閉ざし、守りの姿勢に入っていたところを思い切り見破られた彼は「うっ」とうめいた後に、

 

「いや、浦和さん。それは断定できない。基本的に校内は制服でいいんじゃないかな、ラムレザルが言う様に」

「果たしてそうでしょうか……? たとえば制服が故あって着られない状態にある時、体操服やジャージに着替えますよね? ではもしも制服も体操服も着用できない状況下ではどうすればよいのでしょうか? そう、水着を着るはずです。つまり水着も制服としてカウントできる、違いますか」

「……」

 

 ほらね、とでも言いたげな飛鳥の目が向けられる。どうやら問題の生徒とはこの少女らしい。

 得体が知れない。たった今飛鳥に対して展開した『水着=制服』理論は決して許容できるものではないのだが、しかしこちらから明確な返答をしづらい。『何を言っているのか』と聞き返してよいものなのかと不安に思うのだ。

 硬直する飛鳥、戸惑うラムレザル、怯えるコハル。三者の様子を確認すると少女は困り気に眉をひそめ、

 

「わかりました……私も波風を立たせたくはありません。皆さんがそこまで言うのなら制服へと着替えましょう」

「よ、よかった。浦和さんならわかってくれると」

「では、ここで着替えさせていただきますね!」

 

 おもむろに水着へと手を伸ばし、飛鳥の目の前で脱衣を試みようとした。

 

「死刑~!!!!!」

 

 誰よりもコハルは早く動いていた。ラムレザルの背中から飛び出すや否や少女へと肉薄、今まさに脱ぎ落とされそうだった水着を鷲掴みにすると無理矢理引っ張り上げ、犯行を未然に阻止する。あまりの手際の良さに拍手をしてしまいそうだ。

 

「やめて、本当にやめてってば! 先生の前でそんな事しないで!」

「え、じゃあコハルちゃんの前ではいいんですか……? そんな、困ります。私告白なんて初めてで」

「う る さ い ~ !!!!!」

 

 そうして、にこやかに笑う少女を連れてコハルはラムレザルと飛鳥が歩いてきた方向へと一目散に廊下を駆けていく。呼び止めるよりも早くその背中は小さくなってしまい、彼女はとりあえず顔面蒼白になっている先生の様子を窺う。

 

「……彼女は浦和ハナコさん。その、見ての通りだよ」

「どこから、何をどう指摘すればいいのかわからない。加えて不誠実な人間ではないというさっきの発言と信じられない乖離をしている。結論として貴方に言いたい、嘘つき」

「い、いつもああじゃないんだ。ただ明らかに狙いすましたタイミングでさっと……僕はどんな返答をすればいいのか、まるでわからなくて」

「私にもわからない。というか誰にもわからない。何が正解なの……」

 

 早速補修授業部に対して尋常ではない不安が募っている。ラムレザルの予想はもう少し平和なものだったのだ。成績が優れないというので、どちらかといえばもっと不良じみた生徒達に出くわすと予想していた。ところが既に破天荒極まる存在と出会い、恐ろしい一面を目にしてしまっている。

 これまで飛鳥に対して抱いていた信頼の三割程が今明らかに崩れ去った。残るメンバーがどんな危険人物なのか、心配でならない。

 

「と、ともかく部室に行こう。さっきの二人はすぐに戻ってくるだろうから。大丈夫、残りの部員は心配いらないから、本当に……」

 

 そうあって欲しいと願うかの様なか細い声色の飛鳥についていき、いよいよ補習授業部の部室が見えてくる。外見は普通の教室で、怪しいところは見られない。だが内部がどうなってるかまでは開かれたドアの向こうを実際に見るほかないだろう。

 

「……て欲しい、まだ……」

「いやぁ、それは……」

 

 室内では誰かの話し合う声が聞こえてくる。飛鳥の言う、残る二人の部員によるものだろう。

 さっと飛鳥の手で教室の扉が開かれ……いくつもの机が並ぶ部屋が目の前に広がる。そして黒板の前には、ガスマスクを装着した生徒が一人、腕を組んで佇んでいた。

 

「コー…ホー…あ、先生。今ヒフミにもしも密室でガスを流し込まれた状況を想定した話をしていたところだった。決して勉強をサボタージュしていたわけではない」

「あっ、先生っ!違いますよ、アズサちゃんは別に危ない事をしようとしていたわけではなくて……って知らない人? どなたですか?」

 

 ガスマスク姿の生徒の姿を隠そうとサッと割って入ってきたのは、これまでの三人と比べても善良な印象が強い少女である。彼女達にコハルとハナコを合わせた四人こそ、ラムレザルの学友になるであろう補習授業部の面々という事になるだろう。

 

「これから皆に紹介しようと思ってね。驚かないで聞いて欲しいんだけど、なんと補習授業部に新入部員が入るんだ」

 

 ガスマスクの生徒と善良そうな生徒は互いに顔を見合わせ、一体どういう事なのかと同時に首をかしげるのだった。

 

 

「えー、諸々の事情で今日からトリニティの生徒になり、そして更に色々あって補修授業部の生徒になった、ラムレザル=ヴァレンタインだ。皆、仲良くして欲しい」

 

 黒板にスラスラと名前が書き出されていく。それを背にしながら、ラムレザルはまずぺこりと頭を下げる。大切なのは第一印象、最初から険悪な印象を持たれてしまえば一度溝ができてしまう。親しみのある人間だとアピールする必要がある。

 こういう時、シン=キスクならばきっと何も悩まなかっただろう。ハナコが水着姿でいても「すげぇ涼しそ〜!!」という感想しか抱かない事は明白である。それこそ自分もそれに習って下着姿で駆け回りかねない程に。

 下げていた頭をゆっくりと動かし、四人の生徒達の反応を伺う。

 

「へ、編入初日で補修授業部入りって一体何が……?」

 

 誰よりも普通に見える明るい少女の名前は、阿慈谷ヒフミ。よもや成績不振者達の集まりに新メンバーが入ってくるなど予想していなかっただろう、目に見えて動揺している。

 

「うふふ……よろしくお願いしますねラムレザルちゃん」

 

 ハナコはしっかりと制服に着替えてある。やはり得体の知れない眼差しで、何を考えているのかハッキリと読み取れない。ただ間違いなくラムレザルに対してよからぬ事を考えているとまでは判別できる。敵か味方か、それはこれからわかるだろう。

 

「ふん……要するに他の子達みたいにバカなんでしょっ」

 

 コハルはそっぽを向き、見るからに自分は違うと言いたげな面持ちである。しかしながら既にイチカより何故補習授業部にいるのかを聞かされているラムレザルは、それが彼女の『気難しい性格』の一端なのだと察せられた。

 

「……」

 

 そしてガスマスクの少女、もとい白州アズサはじっとラムレザルを見つめてくる。ハナコのものとは異なる、刺々しくも興味津々にも取れる眼差しだが、それにはある種の既視感があった。

 心なしか、アズサの面持ちはラムレザル自身のものに近く感じられたのだ。冷たい様に見えて、朧げにではあるが熱が灯っている。

 

「さて、ラムレザルの紹介も終えたところで今日は小テストを実施したい。皆、前回から点数が上がっている事を期待するよ」

 

 補習授業部という名は伊達ではない様で、飛鳥はいつの間にやら用意していた用紙をトントンと整えながら微笑む。その口ぶりからしてテストの内容は彼が考えているものらしい。

 

「えっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのはコハルだった。椅子から飛び上がりかねない程の声に続いて顔が青白くなり、目線が泳ぎ始める。やはりイチカの言っていた通り、彼女の学力は怪しいらしい。

 残る三人は各々反応が違う。ヒフミは自信ありげ、ハナコはニコニコと笑い、アズサは顔をギュッとさせている。何とも不安になる絵面だ。

 

「テ、テストやるなんて聞いてない!」

「でも、こういう事を定期的にやっておいた方が学力の向上に繋がる。皆、準備して」

「で、でもラムレザルは今日来たばかりなんでしょ。予習とか、そういうのした方がいいんじゃないの」

「学力を測るのならば、むしろ予習は控えておいた方がいいと思う。今の時点で皆がどれくらいできるのかどうか、それを確かめさせてほしい。ラムレザルは、そうだな……下江さんの隣に座って欲しい」

 

 言われた通りにコハルの隣、空いている机へと歩いていく。

 コハルの顔が緊張でこわばっている事は近付かずともわかっていたが、実際に隣までやってくると微振動までしている始末だった。少なくとも自信を持って小テストを解ける様には見えない。

 

『手伝うというか、本当にピンチのピンチだったら助けてあげてほしいんす』

 

 イチカの言葉を反芻し、改めて観察する。どう見ても今のコハルはピンチのピンチである。しかしどう助けてやるべきなのかがまるでわからない。カンニングさせるわけにもいかない、できる事があるとすれば今回のテストの結果からコハルがどんな問題を抱えているか、それを見つけ出す程度だろう。

 

「それじゃあ答案用紙を配るよ、制限時間は一五分だからね」

 

 全員に答案用紙が手渡され、飛鳥はテスト開始の合図に手を叩いた。ラムレザルを含めた五人は用紙に視線を落とし、筆記用具を手に解答を始める。

 テストの内容はさほど難しくはない。文系理系両方の問題が混ぜられているのを見るに、恐らくこれまでの振り返りを兼ねてのものだろう。もちろんラムレザルが苦戦する要素はなく、すらすらと問題は解けていく。が、隣に座るコハルはといえば、まるで動こうとしない。用紙をじっと見つめたままで悶々としている。

 

(理解した。コハルはまず問題を解く以前に理解ができていない。わからないなりに努力するのではなく、何が何やらという状態なんだ)

 

 明らかにコハルは勉強ができていない。ペンを手にじっと動かない様子は何故彼女が補習授業部へやってきたのかをアリアリと映していた。

 問題点はハッキリと見えた。自分はイチカの為に、そしてコハル自身の為にテスト勉強を手伝う必要がある。

 ふと飛鳥に視線を向けると、彼はゆっくりと頷いてくる。その挙動でラムレザルは自分が連れてこられた理由を完全に理解した。

 

(先生とは別に生徒として補習授業部を助ける人間が必要だったから……飛鳥は私を連れてきたんだ)

 

 学生生活を楽しんでほしいというのも理由の一つなのだろう。それとは別に、飛鳥はラムレザルに同級生達を助けて欲しいのだ。

 

(わかった。やるよ飛鳥先生。コハルも、他の皆も……私のできる限りの力でサポートする)

 

 一人決意を抱くラムレザルをよそに、コハルは今にも泣きだしそうな表情で口をモゴモゴとさせていた。

 

―――50点満点テストの結果は、

・ヒフミ 40点

・アズサ 25点

・ハナコ 2点

・コハル 8点

・ラムレザル 50点

 

 前途多難、そんな言葉で済む様相ではなかった。




Qもしもシンが補習授業部にいたらどうなる?
A止まる事を知らないハナコの下ネタ。自分より下を見て嫌な安心感を覚えるコハル。
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