先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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どうにも時間が取れない!難産!



bebo-アカチャン

「違うからね、あれは違うから。まぐれにまぐれが重なっただけで、全然、別に、実力じゃないから」

「そうなんですか? コハルちゃん、うんうん唸っている様に見えましたが……」

「ホントに違うから! いつもの私ならあんなの、ちょちょいのちょいなんだからね!?」

 

 コハルが呻き、ハナコがからかい、コハルが怒る。

 小テストの結果を顧み、放課後にも皆で勉強しようというヒフミの提案のもと、安価で学生の懐にも優しいファミレスなる飲食店にやってきた。それからというもの二人の漫才じみた攻防はまったく収まる様子を見せない。というより、ハナコが一言言えばコハルが二言で返すのだ。もはや永久機関と言っても差し支えない。

 ラムレザルはコハルが本当はエリートなどではない事を知っていて、なお口を閉ざす。否、知っているから閉ざしている。

 

「ええっ!? それじゃあラムレザルちゃんは、補修授業部に入る事を条件にトリニティへの編入を……!? またどうしてそんな」

「飛鳥先生がここを勧めてくれた。ぴったりの学校があるって」

 

 コハルとハナコの漫才をよそに、ラムレザルはヒフミとアズサを相手に自分が編入するまでの経緯をオレンジジュースを片手に説明していた。同じ部の仲間である生徒達のいきさつも聞いたのだが、どれも個性的である。

 ヒフミはどうしても見逃せないライブがあったので試験を放棄。

 アズサは成績不振というだけでなく、正義実現委員会との激しい抗争を経験済み。

 コハルはシンプルに成績が悪かった。

 ハナコは壊滅的な成績を叩き出しただけでなく、学園内を水着で徘徊の後に拘束された。

 なんとも、元の世界でもそうそう出会えない特異性に溢れたメンバーである。

 

「なるほど……飛鳥先生がそこまでするだなんて、お二人はどういう関係なんです? 親密なんですか?」

 

 悲鳴の様な声を上げるコハルからサッとハナコは意識を向けてくる。にっこりと笑っているが、何を考えているのかやはり読み取れない。ただイチカやカズサの時と同じく、興味を惹かれている事は薄々と感じ取れた。

 ではまたその時と同じ説明をするとしよう。

 

「私と先生は……」

 

 説明する内容は同じである。自分の義父にあたる存在の友人が飛鳥で、うっすらとした繋がりから偶然にもトリニティへの編入を勧められた事を。

 

「わかりました。つまり飛鳥先生とラムレザル先生は、蜜月の関係なのですね?」

「どうしてそうなるの……」

 

 ハナコはちゃんと話を聞いていたのかと疑いたくなる程度に何の脈絡もない方向に舵を切った。予想外にも程がある。

 

「いえ、わかります。先生と生徒という関係でありながらその実は誰にも言えない密かな出会いを繰り返している……そういう事なんですね?」

「全然違う」

「誰も見ていないところでは『飛鳥……』「ラム……』っなんて呼び合うんですね、そうなんですね?」

「呼んだ事ない」

「コハルちゃん! コハルちゃんの大好きな禁断の関係ネタですよ!」

「こっちにパスするなぁ!!」

 

 ざっと説明したにも関わらず、ハナコは意味不明な理論を展開し始める。だがこの早口に、この猪突猛進さにラムレザルは覚えがあった。姉妹であるエルフェルト・ヴァレンタインがヒートアップし始めた妄想を語り始める時のソレに酷似しているのだ。

 同じ手合いだとすると打つ手がない。何しろラムレザルにはそこまでの燃え上がりに対して対抗できるものを持ち得ないのだ。情熱、一言で言うならばそれが足りない。

 というより、コハルの大好きな……とはなんだろうか。

 

「コハルは……先生と生徒が名前で呼び合うのが好きなの?」

 

 純粋な疑問である。確かに名前で呼び合う事は相手との信頼関係が現れている、ある種の証明である。だが一応目上の人間と互いに名前で呼び合うとは果たしてそれほどまでに重要なのか。

 と、そんなラムレザルの質問にコハルはハッとして、それからみるみる内に顔を赤く染め始めた。恐らく何かを間違えている。

 

「ち、違うから! 別にそんなの好きじゃないから!」

「……怒らせてしまったのならごめん。そういうのには疎くて。お詫びと言ってはなんだけど、勉強でわからない事があったら教えてあげる」

「わ、私は正義実現委員会のエリートだからそんなのいらない! というか、それで思い出したけどなんでアンタ満点なのよ! もしかして、カンニングとかしたんじゃないのー!?」

 

 無論カンニングなどしていない。ラムレザルからすれば飛鳥が作ったテストは非常に簡単なものだった。解くのに時間はかからない、しっかりと予習していれば問題のないラインだっただろう。

 

「してないよ。それに先生はよく考えてテストを使っているのがわかる。正直、聞いていたよりもずっと配慮のできる人だった。変にレベルの上げたテストを持ってくるかと思っていたから」

「ぐっ!? な、なんか凄い頭の良さそうな言い回し……!」

「そして先生との関係の匂わせ……やはり私の目に狂いはありませんね?」

 

 話がややこしくなってきている。一体全体何故こんな話題になっているのかと思い出さなければならない程度に話題がズレている。

 と、怒り心頭なコハル、興味津々なハナコを潜り抜ける手段を探そうとラムレザルが視線を泳がせていたところでぱんっと軽くアズサが手を叩いた。周りに迷惑のかからない絶妙な大きさだ。

 

「二人共、私達はここで雑談をするのではなく小テストの結果を踏まえて勉強をする為に来ている。今はそっちに集中した方が良いと思う」

 

 全くもって正論である。これにはのらりくらりとしたハナコも口を閉ざし、コハルも黙り込んでコクリと頷く。

 そして最後にアズサはラムレザルへと、

 

「ラムレザル。わからないところがある、良ければ教えて欲しい。実力で満点を取れる実力という事はとても頼りになるから」

「わ、私の方からもお願いします……! 飛鳥先生は頑張って指導してくれているので、結果を出さなきゃ大変です!」

 

 アズサに続いてヒフミも手を合わせて頼み込んでくる。無論、望むところである。ラムレザルは自分のできる事すべてを駆使して、学友達を助けていこうという気持ちで胸がいっぱいだった。

 戦う事しかできない過去の自分とは違う。異なる形で誰かを助ける、それは悪くない気持ちであったし、何より嬉しく思うのだ。

 

「それでは、ラムレザル、いえラムちゃん。早速私から保健体育でわからない問題があるので教えていただけると!」

 

 すかさず滑り込んできたのはハナコである。保健体育、聞いた事のない学問であるが一体どんな問題なのか。だが知る限りの知識で答えてみようという意欲が確かにある。

 

「あ、あのラムレザルちゃん……」

「任せて。どんな問題?」

「はい! ズバリ子供の作り方です!」

 

 ハナコは信じられない程の大きな声でハキハキと尋ねてくる。これにヒフミはギョッとし、アズサはきょとんとし、コハルは硬直する。

 子供の作り方……そんな事を聞くという事は、つまり保健体育とは人の生命を取り扱う大切な学問の様だ。まだまだ知らない事が世界には散らばっているのだと再認識しつつ、ラムレザルはハッキリとハナコを見据える。

 

「知ってるよ。前に友達に教えてもらったばかりの知識」

「友達から……!?」

「うん。五歳だけど、私よりずっと色々な事を知ってる」

「ご、ごさ!?!?!?!? 嘘でしょ、アンタの友達頭おかしい!!!!」

「コハルちゃん静かにっっ! 教えてくださいラムちゃん、その五歳のお友達は、子供の作り方を何と!?」

「とても大変だと教えてもらった。生々しい話だって……」

「しっ、しけっ、しけっ!!!」

 

 沸き立つハナコ、爆発寸前のコハル、ひたすらに慌てるヒフミ、まだよくわかっていないアズサ。

 だがラムレザルは止まらない。教えられるのならば教えてあげたい気持ちに駆られる。

 

「ではラムちゃん、子供の作り方とは……!?」

 

 ハナコがぐっと顔を寄せ、鼻息荒く問いかけてくる。コハルはその横で見ていられないと言わんばかりに顔を手で隠しながら、指と指の間を開いて熱烈な視線を送ってきている。

 

「あ、あの、ラムレザルちゃん、その問題は……」

「うん。わかった、子供の作り方はね───」

 

 友人の、シンの言葉を思い出す。思えば彼からはいつも大切な事ばかりを教えてもらっている。あらゆる知識を備えているはずなのに、シンが教えてくれるものは知らないものばかりなのだ。

 あの時も、そうだった。

 

『あはは……そうかそうか、皆俺に気遣ってんのか! 確かに母さん、子供には生々しい話だって言ってたな。でも俺ももう五歳だ! 子供の作り方くらい知ってるッ!』

 

 生々しくて、とても大変な子供の作り方、それは……

 

「───目からできるんだよ」

 

 瞬間、時間が止まる。ヒフミも、コハルも、ハナコも、周囲のテーブルにいる客達も、全員がラムレザルの発言に対して動きを止めてしまった。アズサだけが、首を傾げて不思議そうにしている。

 皆知らなかったのだろうか、と全員の反応を確認していたラムレザルの肩にゆっくりとハナコが手を置く。その顔は真っ赤で、まるでリンゴだった。

 

「そ、それはっ、それはっ! それはですねラムちゃん!!!」

「……?」

「赤ちゃんはっ、赤ちゃんはですね!!」

 

 一体何がそんなにも楽しいというのか。顔を赤くしながらハナコは心の底から恍惚とした笑みを浮かべている。それは間違いなく、エルフェルトの妄想が最高潮に達している時のソレだ。

 

「赤ちゃんは目からできるんだよ。目をこう、なんやかんやしたらそれが赤ちゃんになるんだって」

「ラムちゃん……! ああ、こんな沢山の人がいる前でこんな話をする日が来るだなんて思いませんでした」

「ちょ、ちょっと待った!? まさかアンタここで……」

「ラムちゃん! 赤ちゃんの作り方についてもっと詳しくお教えしましょう! それは……」

 

 コハルがハッとするや否やハナコの口を塞ごうと暴れ出す。だが体格に大きな差がある以上完全に押し留める事などできない。理由はわからないが凄まじい興奮具合の彼女にラムレザルは咄嗟に身構えてしまう。

 ゆっくりとハナコが詳しく赤ちゃんの作り方について語ろうとする、その瞬間。サッとその間にアズサの手が割って入った。

 

「待った。ラムの言う子供の作り方だけど、それだと子供ができたら親は目が片方ない事になるのか?」

「アズサちゃん……!? は、入っちゃうんですかぁ!? やめておいた方が……」

「これは純粋な疑問。どうなんだろうラムレザル」

「……断定はできない。私が見てきた親は皆目が両方あった。どうしよう、言われてみたらちょっとわからなくなってきた」

 

 アズサの指摘は鋭い。言われてみれば目玉から赤ちゃんが生まれるとしたら親のどちらかは片目が取れていなければおかしい。しかし少なくともラムレザルが日常の中で目にしてきた親子を思い返しても、誰も片目を失っている様子はなかった。

 だがシンが嘘をついているとは思えない。嘘をつくなど彼が最も苦手な事なのだ。しかし矛盾も起きてしまっている事から目は背けられない。

 

「それにもしもラムレザルの話を当てはめてしまった場合、私達の身近な人物に子供がいる事になってしまう。飛鳥先生だ。ほら、右目を隠している」

「言われてみれば、そうですね。先生は右目を隠されています」

 

 先程までの大興奮から一転し、ハナコがアズサの発言に対して反応する。これにはコハルもヒフミも思わず話に参加し、悩み始めていた。

 飛鳥は右目に眼帯らしきものを装着している。ある種のデバイスだと以前聞いた事はあるが、外しているところを見た事がない。

 

「そうなると、飛鳥先生には子供がいる事になってしまいますね。あはは、そんなまさか」

「……飛鳥先生そっくりの人は、いる」

「え、ご兄弟とかではなく?」

「そっくりだけど兄弟じゃない。もっと別の何か……まさか、いや、でも……飛鳥先生の子供かもしれない」

 

 もう一人の飛鳥がいると、以前ラムレザルは聞いた事がある。実際に会った事はないが飛鳥本人に瓜二つで、何から何までそっくりなのだと。

 果たしてその正体まではハッキリと知らないが、もしも飛鳥の隠された眼帯と何か関連があるのだとすれば……広義としてではあるが彼の子供と言っても良いのかもしれない。

 

「ますますわかんなくなってきたあの先生……何なのよホントに」

「でもコハルちゃん、これはスクープですよ。先生にお子さんがいるのかどうかお聞きするのが今から楽しみじゃありませんか?」

「先生に子供がいるというのなら、相手が誰かも気になる」

 

 ラムレザルが考えている傍らで、学友達はいつのまにか飛鳥に子供がいるという話題をどんどん膨らませつつあった。訂正しようかと考えたが、その隙間が見当たらない。特にハナコが全く耳を貸さない。

 間違いなく飛鳥に大変な事態が待ち受けようとしている。口を滑らせるべきではなかったな、と思いつつも、ラムレザルはジュースをぐいとあおるのだった。

 

「あのっ、皆さん? 勉強しましょうよお……」

 

 ヒフミの悲しい声は、残念ながら仲間達には届かず消えるのだった。

 

 

「……くしゅんっ」

「あら、誰かが先生を噂しているのかしら」

「それは迷信だよ空崎さん。証明し難い、まさに思い込みでしかない……くしゅんっ」

「本当なのかしら……」

「本当だとも。バタフライエフェクトというにはあまりにも……は、はくしょんっ!」

 

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