先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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cikatro-キズアト

 飛鳥は敗北した。水着を両手に迫ってきたハナコを拒絶する事もできずに生徒達のプール掃除への参加は確実なものとなった。元から生徒達の引率として手伝う事自体は賛成であったのだが、まさか自分も水着に着替えるなど思いもよらなかったのが本音である。

 そして仕方なく着替えの為に誰もいない空き教室へと移動したのだが、また予想外の事態が発生していた。

 

「まさかとは思うけれどそこで着替えを見ているつもりなのかな?」

「いえそんな……そんな事は……私の目の前で先生が急に服を脱ぎ出すと言うだけですので」

 

 教室までついてきたハナコはそのまま廊下に出ていく素振りを見せない。飛鳥がジャケットのボタンに手をかけても動こうとしないので、苦笑いを浮かべて思わずそれとなく退室を促してみるものの、反応は芳しくない。

 にっこりと笑みを浮かべる様子を観察し、飛鳥はボタンから手を離すと教室の出入り口に視線を向ける。するとハナコは笑顔のままで、

 

「カギは閉めておきましたよ」

 

 と言ってくる。これに飛鳥はため息をついてから、

 

「二人だけで会話をする為に、わざわざあんな方法を取らなくてもいいじゃないか」

「あれくらいの方が疑われる可能性は下がりますよ? それに……これから秘密の話をしますみたいな顔で抜け出すだなんて皆に勘違いされてしまいます。 それとも飛鳥先生は、もしかして私と蜜月で内密で親密な関係性になりたいんですか……!?」

「話を本題に入らせてもらってもいいかな……?」

「うーん……飛鳥先生はあまり反応がよろしくありませんね。コハルちゃんみたいに顔を赤くしてくれると楽しいのですが」

 

 ハナコは飛鳥に水着を着せるという名目でわざわざ空いている教室へと連れ込んだ。だが彼女の心を僅かではあるが窺い知れば、それがある種の『フリ』である事は判断できる。そしてそんな事をする動機も、十二分に理解できる。

 合宿が始まる数日程前に、個人面談の場で飛鳥はハナコにティーパーティーから告げられた依頼の内容を明かしていた。『補習授業部内にいるエデン条約締結を妨害する裏切り者を見つけろ』……これを知らされた直後のハナコは少し驚いていた様子だったが、逆に言えばそれ以上の反応を見せる事はなかった。

 今になって飛鳥と一対一で話す状況を彼女自身が作り出したとすればその内容は、

 

「秘密を共有しあう間柄になったわけですから、こうしてお話しする機会は今の内に設けておくべきかと思ったんです。先日の面談についてもしっかりお答えしておかなければならないですしね」

「……イエスという事かい」

「聞いてしまった以上は他人事ではありません。恐らくナギサさんは今後何かしらの介入を図るでしょうし、飛鳥先生一人では分が悪いかと思います」

 

 やはりハナコはただ者ではない。面談の日にハッキリとした回答をせずに言葉を濁していたのは、数日の間に何かしら思案していたに違いない。飛鳥=R=クロイツは信用できるのか、そのあたりだろう。

 そんな彼女だからこそ飛鳥は秘密を打ち明けた。補習授業部の背後に潜む陰謀と、その間にある自身の立ち位置について。

 

「それで、飛鳥先生は裏切り者が誰かわかっているんですか?」

「わかっている。君達の中にはいない」

「聡明な方だとは知っていましたが、流石です。……どなたかお聞きしても?」

 

 スレイヤーの時と同じく、飛鳥はハナコに現時点で把握している情報を明かした。

 まずはエデン条約について。険悪な仲にある二大校の間で結ばれる、平和を築く為の政策。

 だがそれを快く思わないトリニティ内部の何者かが、条約の締結を阻もうとしている事。

 そして……ティーパーティーのホストであるナギサはその何者かが補習授業部に集められている生徒達の誰かだと思っている。

 飛鳥は既に裏切り者がハナコではないと知っていて、そしてどのタイミングで正体を暴くか考えている。

 

「……なるほど。ナギサさんの事ですから、この補習授業部は敵を探す為だけに収めるはずはありません。テストが合格できなかった場合はどうなるのか、そこについては聞いていますか?」

「―――全員退学、だそうだよ」

 

 これにハナコは一瞬目を丸くし、それから呆れた様子で視線を天井へと向ける。

 

「ああ、とてもトリニティらしいやり方ですね。疑わしくは罰せよと言いますが、そこまでするとは。大方ティーパーティーの権限を利用して、強引に校則を捻じ曲げるつもりなのでしょう。そこまでして彼女は敵を排除したいんですね」

「僕は君達補習授業部の成績を改善させる為にここにいる。だから、裏切り者については今のところ桐藤さんには伏せておくつもりだ。今の彼女はどうにも様子がおかしい」

「ええ、それが良いかと……はい、状況はわかりました。今から専念するべき事は

 ①大前提としてテストに合格する。

 ②ナギサからの疑いを解く。

 ③裏切り者を止める。

 うふふふ、少しワクワクしますね。同じ謀でも、トリニティのソレとはまるで違います」

 

 ハナコが何を考えているのか、飛鳥には少し読み取れない。彼女がいくつもの顔を持っている事は言葉を交わすだけでもわかるが、果たしてどれが本当なのか、どうすればそれを見せてくれるのかまでは判断がつかない。

 ただハッキリしているのは、彼女が決して悪い人間ではないという点だ。

 

「安心したよ浦和さん。君はとても良い人間だ」

「そう判断するには、少し早いのではないでしょうか? 先生に優しいフリをしているだけかもしれませんし、本当は私こそが裏切り者である可能性は残っているかもしれないんですよ?」

 

 思った事を口にすると、ハナコは困った顔でかぶりを振った。これは予想できた反応だったので、

 

「いいや。君は優しい人間だ。面談の時にこう話したね、奇行の理由は『自分はそうじゃない』、『自分は違うんだ』。そんなメッセージを込めている、と。それは裏を返せば……君はどんな状況であっても、自分の能力で誰かを傷つける方向には進まないという意味にもなる。だから、浦和さんは優しいと思う」

「……」

 

 ハナコは面食らった顔でじっと見つめてくる。もしやまた何か選択を誤ってしまったのかという不安に飛鳥はハッとした。他人に踏み込みすぎるのは悪い癖だ。これでもしも彼女に嫌われてしまった場合、どんな感情を向けられるのか想像もつかない。

 

「あっ、ええと、今のはつまり……君を信用しているという事だよ、うん」

「そうですか? それなら、私から一つ先生にお願いがあるんです」

「お、お願い……?」

 

 どんな無理難題が飛ぶのか、飛鳥は身構える。

 

「先程、この教室にやってきたのは二人で話す理由付けだと話しましたが……ちゃんと私達と一緒にプール掃除をしてほしい気持ちは本当なんです。なので、やっぱり今ここで着替えて欲しいんです!」

「え、ええ!?」

 

 予想の遥か上を行く発言に動揺のあまり一歩後ずさる。だがハナコが冗談で言っていない事はギュッと拳を握っている様子からも明らかで、言葉に詰まった。

 

「飛鳥先生は私の事をよく知っている様な口ぶりですが、私は先生についてよく知りません。なので……まずは生まれたばかりの姿から知りたいんです!」

「飛躍が凄いな……!?」

「そうでしょうか。お互い誰にも明かせない秘密を共有してしまいました。であれば、もう少し互いを知っても良いはずです。その点で私が気になっているのは飛鳥先生、決して見せようとしない貴方の内側……!」

 

 発言には一理ある。一方的にハナコの心中に踏み入る様な事をしたのは確かであるし、彼女が飛鳥を知ろうとする事は間違いではない。が、それにしても他にないのか。何故裸体を見たいというのか。

 

「わ、悪いけれどそれはできないよ。一応僕も男なわけだから、女性である君に体を見せるなんてできないし……」

 

 全力でかぶりを振り、再び拒絶の姿勢を全身で表す飛鳥。これにハナコは目を細める。

 その目は冗談ではなくて、面談の日にも見えた鋭いものだった。つまり、彼女が飛鳥の裸を見たいという理由は、セクハラではないのだ。

 

「……今から私は失礼を承知の上でお聞きしたいんです。私の知る先生はいつも、長袖ばかり着ています。こんな噂があるんですよ。『飛鳥=R=クロイツには人に見せられない傷がある』、なんて」

「―――」

 

 少し、予想外の発言が飛んでくる。そんな噂は耳には入っていない。一体どんな生徒達の間で交わされているのか。

 服装に目を落とす。長袖のジャケットの下にシャツ、確かに肌は極力隠している。以前C&Cのアカネに採寸してもらった際にもシャツの上からであり、素肌は見せていない。

 思えばキヴォトスの誰にも見せていない。もちろん少女達ばかりの世界なのだから当然ではあるが、肌の露出を避けていたのは事実だ。

 ハナコがどの程度まで勘づいているのかはわからない。ただもしも信頼を勝ち取れるというのならば、飛鳥は自分の肉体を見せる事に躊躇いは感じない。

 

「人間味が、薄く感じられるのかな」

 

 ぽつりと呟いて、飛鳥はボタンに手をかける。ハナコは口をつぐんだ。

 

「肌を隠しているのは理由があるんだ。その……『傷』があるというのは、本当だよ」

 

 そうして、飛鳥は次々にボタンを外して上着を脱ぎ捨てる。ハナコはじっとその模様を見つめていた。

 

「浦和さん。誰にも見られていないね?」

「……は、はい」

「今から僕は君にだけ、君にだけこれを見せる。あまり気持ちの良いものではないから、覚悟はしておいてほしい」

 

 ワイシャツのボタンを一つずつ外していく。二人きりの教室は途端に静寂が強まり、どうにも緊張感に背中がじりじりと焼ける。

 少し時間をかけて飛鳥はシャツの下に着ていた肌着まで脱ぎ捨てて、上半身を露わにする。遂に明らかになった素肌を前にハナコは、絶句していた。

 

「っ……」

 

 飛鳥の体は、細い。少女のそれと見紛う。枯れ木の様な胴体、薄い胸板、そして砕け折れてしまいそうな細さの腕……だが何よりも目立つのは、身体の至るところに残っている『痕』だ。痣の様なものが浮かび上がっていて、何かの病気を連想させる。

 飛鳥は苦笑いながら痣を指で撫でて、

 

「僕が実は一〇〇年以上を生きていると言ったら君は信じるかな」

「……一〇〇年、ですか?」

「そう。そして老いた肉体を何度も若返らせているというのもどうかな」

「不可能では、ないと思います。発達する科学ならば、いずれはその様な事も現実に起こりうると」

「信じなくてもいいんだけど、僕はその発達した科学によって若返った身なんだ。そうでもしなければいけない事があってね。それで……老人から若者への逆行そのものは成功していたんだけど、どうやらあまり人体に耐えられるものではなかったらしい」

 

 最初は問題がなかった。人類を守る戦いの為に身を投じるべく、老いた肉体から若々しい少年へと『復元』を行い、それによって存分に実力を発揮できた。記憶がオーバーフローを起こし焼失しかけるというデメリットこそあったが、『復元』そのものは成功していたのである。

 ただ、時間の逆行とは時に肉体へとちょっとした変化を与える。直接的なダメージではないが、理を捻じ曲げてしまう事へ一種の『罰』が与えられるのだ。

 それが『痕』である。痛みはない。肉体を侵す毒というわけでもない。ただ、人の身で神の摂理に反して生き続けた事を示す証だ。

 

「……そうだな、水着はそのパーカースタイルにするよ。それならこれを見せずにいられる」

 

 飛鳥ははにかみながらハナコが用意した水着へと手を伸ばす。上半身をすっぽりと覆う形なので、あっという間に『痕』は隠れた。これならばヒフミ達に気付かれる事もない。

 ハナコはと言えば、腑に落ちないと言いたげな顔である。断片的に情報を与えてしまったせいだろう。

 

「驚かせてしまったね。すまない」

「いいえ。こちらこそ失礼でしたね」

「……もしも罪悪感を覚えているのだとしたら、その必要はないよ」

 

 ハナコはきっと、ほんの軽い気持ちだったのだろう。噂の真偽よりもあくまで交流の一つとして飛鳥の素肌を見たいと思ったのかもしれない。まさか本当に傷があって、そしてそれが理解しがたい話まで添えられていたとあっては動揺するのも無理はない。

 だからこそ飛鳥はパーカーのチャックを一気に締め上げ、ほくそ笑む。

 

「今こうして、僕達はまた秘密を共有した。信頼も深まったと解釈しよう」

「……」

「プールに向かおうか。皆を待たせたら悪い」

「先生」

 

 少し明るく振舞いながら教室を出ようとしたところで、ハナコが呼び止める。振り返ると、

 

「―――先生は、何者なのでしょうか」

 

 悩む必要はない。当たり前の解答をするべく、口を開く。

 

「僕は浦和さん達を守る先生だ。それだけは間違いないよ」

 

 ハナコは飛鳥の解答に、少しだけ口の端を緩めてこくりと頷くのだった。




今回の『痕』とベイブレードに関しては独自設定です。飛鳥が初登場した際には何の説明もなく片目を隠した状態でいました。加えてXrdでもSTRIVEでも長袖の服に手袋までつけていたので、これは肉体に何かあるのではないかという考えがありました。
手袋に関してはポップアップストアのイラストにて何もない事は明らかになりましたが、首から下については未だ明らかになっておりませんので、『若返りの際には何かしらデメリットが起きてしまうのだろう』という風に解釈しました。
GG2の資料集では若返りの描写が簡潔だったので、あそこからXrdまでに変質したのだと考えております。
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