先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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大人は信用できない

「聞かせてください。アビドスに差し迫っている危機について」

 

 飛鳥の言葉にアビドス対策委員会の面々は一人を除いて顔を見合わせる。唯一の三年生である小鳥遊ホシノだけは部屋の一角に置かれているソファに寝転がり、むにゃむにゃと何やら呟いていた。

 

「先生には助けてもらったけど、でも部外者よ?私達の問題は私達で片付けるべきよ!」

「ですが、私達にはあまり手段は残されていません。何より飛鳥先生は……今の所初めて私達に味方してくれた大人です」

「ん……悪い人じゃないのは確か」

「助けてもらいましたしね〜。相談するだけしてみましょうよ。ホシノ先輩はどうですか〜?」

 

 ノノミが少し大きめの声でホシノへと声をかけると、モゾモゾという物音に続いて顔だけが動き、

 

「ん〜?話してもいいんじゃないかなあ、ヘルメット団を倒すのに手を貸してくれたのなら少なくとも味方だし。それにアヤネちゃんの言う通り、選り好みしてる場合じゃないよ〜」

「だそうです。セリカちゃん、物は試しですよ?」

「んぐぐぐ……わかったわよ、話したいなら話せばいい」

 

 そこで話し合いを終えて、代表としてアヤネが飛鳥の前に躍り出る。咳払いの後に、

 

「アビドス高等学校は借金を抱えているんです。額はざっくりと……9億ほど」

「……9億」

 

 まともな金額ではない。生徒達の表情が途端に曇っていくのを見るに、恐らく返し切れる算段はまるでついていないのだろう。

 飛鳥はあくまで冷静に、

 

「その9億が廃校の直接的な原因という事ですね。他の生徒や教師がいないのは、沈みゆく船から逃げ去っていったが如く」

「沈みゆ……ちょっと!言い方ってもんがあるでしょ!?」

「これはあくまで客観的に見ての感想です。ここからは主観的な、当事者である貴方達からのお話を聞きたいんです。少なくともここまで借金が膨れ上がるのは、相当な額を一度に借りるか法外な利子をつけられる以外にはあり得ません。そうせざるを得ない何かが起きた──たとえば砂嵐?」

「ん……正解」

 

 アビドスの街を襲う砂嵐が原因で人々は街から出て行かざるを得なくなった、と言うのが飛鳥の認識だったが高等学校の校舎自体は存在している。街としてはまだ成り立っていたはずなのだ。

 しかしそれさえもままならなくなったのは借金によるものだろう。

 

「砂嵐によって街は大きな被害を受けた。そしてその復興の為には資金が必要で借金をせざるを得なかった。ここまでの対応は間違っていませんが、借りた対象に問題があった、そうですね?」

「うへ……なかなか、先生ってば話がわかる」

 

 寝転がっていたホシノがむくりと体を起こし、飛鳥へと視線を寄越す。いつの間にやら対策委員会の面々も同様に背筋を正していた。

 

「アビドスは以前まで大きな学校だったと聞いています。けれどそれはゲヘナやトリニティ、ミレニアムといったマンモス校と比べてしまえば、大したものではない」

「片田舎の学校と言われればその通りです。しかも災害で都市部にまで被害を受けていたアビドスに手を差し伸べてくれる人達なんて、悪徳業者くらいでした」

「砂嵐は未だ止まず街の大半は砂に飲まれていた、という事は根本的な解決には至っておらず、その都度資金が必要になる」

 

 わかりやすい負の連鎖だ。解決が出来ないまま果ての見えないゴールを目指してマイナスばかりを増やしていけば、待ち受けているのはゴールどころか現状の維持さえままならない崖っぷち。

 たった五人で今日まで騙し騙しやってきたのは、キヴォトスに生きる生徒ならではのバイタリティという他にない。

 

「事情は把握しました。奥空さん、時間があれば過去の借用に関する履歴と、お金を借りている金融機関について詳細な情報をください。僕の方で裏を調べておきます」

「えっ」

 

 声を上げたのはセリカだった。驚きの表情を浮かべ、何か言おうと口をパクパクさせるが言葉らしい言葉が出てこない。

 アヤネはと言えばセリカと同じ様な反応を返しながらも、テキパキと資料の整理を始めていた。

 残る三人、ホシノ、シロコ、そしてノノミはそれぞれ反応が異なっている。

 ホシノは眠たそうな目つきながらもじっと飛鳥を見つめてくる。ヘルメット団との戦いから感じていたが、彼女は頭が切れる。穏やかな外見とは裏腹に、内心では何かを考えている様子だ。

 シロコは何を考えているのかわからないが飛鳥の頭からつま先までを見つめ、確信した様に頷いている。

 ノノミは仲間達の様子を見ながらニコニコと微笑むのみで、具体的な感情は読めない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!どういう事か説明してよ!」

「借金返済を手伝います。生憎手持ちはまるでありませんが、何かしら負担を軽減させる方法くらいは見つかるはずです」

「うへー……?一応話だけは聞かせようと思ったけど、本気で手伝うつもりなの先生」

「僕はシャーレの先生です。それなら生徒の為に働く事は義務であると同時に使命です。ここまで皆さんの事情を聞いた上で、見なかった事にする選択肢は僕の中にはありません」

 

 飛鳥=R=クロイツは先生として選ばれた。であるならばそれには何かしらの意味が伴っているはずである。

 苦難に耐える少女達から目を逸らせなどしない。何故ならば飛鳥の最終目標はそうした在り方を世界から取り除く『世界平和』なのだから。

 

「……今更、大人に頼るなんて私は反対だからね」

 

 セリカだけはポツリと言い返した。自己紹介の時にも感じていた刺々しさはまだ残っている。

 飛鳥はセリカの威嚇するかの様な低い声色に対して、特に大きな反応は見せなかった。

 

「奥空さんから聞きました。ヘルメット団とは常にここにいる五人で戦っていたと。借金の返済も、この大きな学校を守ろうと皆さん五人で頑張っているんでしょう」

「……そうよ、ずっと私達で頑張ってきた。大人はだーれも助けてくれない、それどころか借金を返せとしか言ってこない。今までもそうだった、だから私は大人になんて期待しない。今更大人の力なんて借りない!」

「いえ、それは違います。僕は───」

「歩き疲れてシロコに助けてもらわなきゃそこら辺で死んじゃっていたかもしれないアンタなんか、信じられないって言ってるの!私帰る!」

 

 ガタン、と腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がるとセリカは脇目も振らずに本部から飛び出していく。飛鳥はかける言葉も見つからず、じっと彼女が鳴らす靴音を聞くのみだった。

 即座に静観していたノノミが立ち上がると、ニッコリ微笑む。

 

「私、ちょっと様子見てきますね。飛鳥先生、あまり気になさらないでください」

 

 そうしてノノミがセリカを追いかけていったところで、ホシノは大きくあくびをした。

 

「ノノミちゃんも言った通りだよ先生、あんま気にしないで。セリカちゃんも悪い子じゃないからさ〜?本人が言う通り大人が助けてくれなかったのはまあ確かだし、本当にそういう人が出てきてもどんな反応すればいいのかわかんなくて困っちゃうんだろーねー」

「……砂狼さんがいなければ死んでいたかもしれないのは確かです。そういう意味では、僕はあまり信用に値しない人間かもしれません」

「ん……戦闘中のサポートはありがたかったと思う」

「本当は僕が自分で戦えれば良いんですが、お力になれずすみません」

「先生、お待たせしました。とりあえずざっとですがこれまで返済した額などをまとめたものです」

 

 アヤネの仕事は飛鳥が予想していたよりも早かった。ぎっちりとした紙束にびっしりと日時、金額などが記されている。手慣れている、否、手慣れずにはいられなかった事がすぐに判断できた。

 

「ありがとうございます、こんなに細かく」

「いえ、普段の通りにやっているだけです。何か返済の糸口があったら幸いです」

「ホシノ先輩、今日はどうする?」

「ん〜そうだね、今日は撃ち合いまでして皆へとへとでしょ?ここらでお開きにしようか。代わりに明日は自由登校日だし、皆でご飯にでも行こうよ〜」

「良いですね!飛鳥先生の歓迎会って事で!」

 

 ワイワイと話し始める対策委員会の面々を横目に、飛鳥は既に記録へと目を通し始めていた。

 対策委員会は借金そのものの返済は未だまともに出来ていない。高校生五人では利息を払うのに精一杯な現状だ。恐らくすぐ横で盛り上がっているのも、そういった事が滅多にないからだろう。

 

(悪徳金融業者に借りてしまっている時点で法外も良いところだ。問題は借金そのものではなく、借金を請け負っている業者がどこの誰なのかどうか、明確に絞り込む必要がある)

 

 業者の名前は『カイザーローン』。ホシノ達から聞いてみたところ、キヴォトスでも有数の巨大ブラック企業『カイザーコーポレーション』が展開する事業の一つであるらしい。

 少なくともまともな企業ではない様だ。飛鳥は口元に手をやりながらまたペラペラと紙束をめくる。

 

(毎月の利息は700万円ほど。この調子だと完遂するまでに300年は必要になる……到底返しきれない金額だ。どうやって返していくのかは重要だけど、少しでも負担を軽減させるには……)

 

「先生、私達はそろそろ帰りますがどうしますか?私で良ければお手伝いしますが」

「もう少しここにいます。戸締りの方法など教えていただければ」

「わかりました、では鍵をお渡ししますね」

 

 サッとアヤネは懐から本部の鍵を手渡してくる。全く淀みのないものだから、飛鳥はじっと彼女の顔を見つめてしまっていた。

 信用を勝ち取れたのは良いが、果たして少し気を許しすぎではないだろうか。

 何はともあれ、飛鳥には何も悪事をこなす動機はない。黙って鍵を受け取った。

 

「ん……先生、それじゃあまた明日」

「はい、さようなら」

 

 手を振りながら少女達は廊下に出ていく。飛鳥も手を振り返してそれを見届けてから、再び机の上に重ねられた紙束へと向き直った。

 つらつらと数字を読み上げる。それでも、決定的な穴の様なものは見つけられない。

 一時間ほど経ってようやく全てを処理したが何も気になる点は見つからなかった。

 

(……明日になったら、砂狼さん達から何か聞き出せないかな)

 

 これ以上は記録からは何のきっかけも引き出せそうにない。飛鳥は紙束をまとめ直し、ため息をつく。

 

(僕は先生として彼女達を助けなくてはならない。役割に課せられた使命として、一人の人間として。でもその為には僕は今までの僕に限りなく近付かなくてはならない)

 

 椅子から立ち上がり、真っ白のホワイトボードへと足を運ぶ。マジックペンのキャップを外して、飛鳥はさらさらと複雑な数式や図を描き込んでいく。

 法力、並びに法術に関する知識の確認と頭の中で練られている異世界における法術運用に関する理論の確立、それが校舎内に残った理由である。

 

(少なくとも、理論上ではこの世界で法術は使える。けれど事前の懸念通り世界への影響そのものは免れないはずだ。こればかりは計算していっても最後は実際に出来るかどうかになる。短時間だけ法術の実験を……)

 

「うへー、先生。何してんの?」

「ッ!?!?」

 

 飛鳥は背後からかけられた声に思わず身を反らし、そのままホワイトボードに顔面から突っ込んでしまう。ドタバタと傾いたホワイトボード

を慌てて両手で支えながら、彼はそそくさと書き連ねていた計算式を消していく。

 声の主はホシノだった。ぼんやりとした話し方からすぐにそうだとはわかったものの、完全に気配を消していたばかりに飛鳥の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。

 

「た、小鳥遊さん……急に後ろから声をかけないでもらえるかな」

「ごめんごめん、先生がこーんな顔しながら何かやってるから気になっちゃってさ」

 

 ホシノは額に皺を寄せ、目を両側からギュッと引っ張ってみせる。そんな顔だったかな、と飛鳥はこの場に鏡があれば今すぐにでも確認したい気持ちに駆られた。

 もし今までもずっと何か考え事をしている際におかしな表情をしていたとしたら、恥ずかしいなどと言う話ではない。

 

「……ありがとう小鳥遊さん、これからは気をつけるよ」

「???でさ、先生何書いてたの?難しそ〜」

「ああ、ええと……」

「───実験って、何の事?ここに書いてある。『法術』って奴」

 

 なんと言い訳しようか、などと考えていた飛鳥はそこでホシノへと目線を向ける。

 ホシノはふわふわとした口調から芯が通った口調へと、前触れもなく切り替わっていた。彼女は仮面を被っている。だらしなく緩い昼行灯を装いながら、その裏では正反対の冷静な思考を隠しているのだ。

 じっと青と黄の瞳が飛鳥を貫く。下手な言葉は選べない、そんな圧迫感があった。

 

「僕は先生になる前は科学者だったんだ。法術っていうのは、その時から使っている隠語の様なもので……要は単なる科学実験だよ。学校なんて久しぶりだからね、つい昔を思い出してしまったんだ」

 

 ひとまず嘘をつく事にした。出来る事なら法力も法術も、飛鳥がどこからやってきたどんな素性なのかも知られてはいけない。その結果がどの様なものになるのか、想像もつかないのだ。

 二人きりの本部をシンと静寂が包み込む。やがて飛鳥へと向けられていたホシノの双眸はゆっくりと細められていき、

 

「うへ〜!こんな時間にそんな事やるなんて、先生ってば物好きだねぇ。でもほどほどにしたほうがいいよぉ、明日皆の前で船を漕いでたら恥ずかしいからね〜」

「小鳥遊さんはどうしてここに?家に帰ったはずでは?」

「夕焼けの下で寝るのも悪くないかな、なんて思って学校まで来たんだけどさ〜。やっぱり家で寝る方が一番だよねって思い直して帰ろうって事になって、そしたら……先生は何やら考え中だったってわけ」

 

 声色が穏やかなものへと戻っている。わずかに張り詰めていた空気が弛緩するのを感じながら、未だ飛鳥の心臓は激しく鼓動を鳴らしている。

 間違いなくホシノは敵意に近いものを向けていた。今はそれを少しだけ抑えているに過ぎない。

 

「先生も見たところアヤネちゃんからもらった資料全部読んじゃったんでしょ。じゃあ戸締りして一緒に帰ろっかぁ」

「……そう、ですね。明日は皆で外食だと言っていましたし、あまり遅くまでいるのも良くないかもしれません」

 

 たった一度だが敵意を向けられたのならば、つまるところ今この場の主導権はホシノが持っていると言っても良い。

 飛鳥は言われるがままにホワイトボードを元あった場所に片付けると、アヤネから預かっていた鍵を持って廊下へと出る。ニコニコと笑いながらホシノもそれについてきて、鍵をしっかり閉めるところまで見届けた。

 

「ふわぁ……ねぇむぅい。先生も帰ったら寝るに限るよ、うん」

「すみません、こんな時間までいるつもりは無かったんですが、つい」

「別に怒ってるわけじゃないよぉ、ほら帰る帰る」

 

 ぐい、とホシノに背中を押され、無理矢理ながらも飛鳥は廊下を進んでいく。

 校内は懐かしい雰囲気だ。まだ再起の日が訪れる前、20世紀のジャパンはこの様な奥ゆかしい内装であったと言うのを資料で見た覚えがある。

 

「……良いですね、学校というものは。さっきも言った様に昔を思い出します」

「わぁ、先生ってばおじさんみたいな事言ってるよぉ。ほらほら昇降口見えてきた」

 

 ホシノと共に昇降口までやってきたところで、背中に触れていた手が離れる。勢いがついていたあたりで梯子を外され、飛鳥は少しだけ躓きながらもバランスを取り戻す。

 振り返ればホシノは笑顔のままで立っている。

 

「先生、本当にアビドスを助けるのに協力してくれる?」

「僕は先生として全力を尽くすつもりです。その気持ちに偽りはありません」

「……そっかぁ。じゃあ、また明日ね先生!」

 

 昇降口から校門を通り抜けるまで、飛鳥はずっと背後からの視線を感じていた。ホシノのものだ。

 つまるところ彼女は本部に偶然やってきたのではない。飛鳥の行動を見張っていて、わざとあのタイミングで近づいてきたのだ。

 

(僕の事を信用していないのは黒見さんだけではない、という事か)

 

 校舎を振り返るが、ホシノの姿はもう見えなかった。




to be continued
次回「大人は信用できるよ」
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