先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
A人間色々あるんや
ラムレザルの目が嫌いだった。感情がない様に見えて、時折宝石の様に光る目が。どうでも良い事に感動し、憧れを抱いてくる目が。
自分よりずっと優れているのに妙に勉強の時にも口を出してくる。まるで保護者か何かの様な素振りだった。
きっと自分を見下しているに違いないと、ずっとそう思っていたのだが……
『私とコハルは同じじゃない。でもそれは当たり前の事。他人と同じ人なんていない……コハルだからできる事、きっとある。今日も私を助けてくれた。もし、今日の事を『そうするもの』だとか『当たり前』だと思えているなら、それは誇っていい』
一片の曇りもない瞳で彼女はそう言い切った。心の底から相手に対する尊敬が籠った眼差しに、どう答えれば良いのかまるでわからなかった。そんな風に何かを言われる事など、まるでなかったのだから。
だからなのだろう。突然ラムレザルが襲われて、自分を庇ってくれた時におかしな気持ちが湧いた。怒りに近い気持ちが。
「先生!! 先生!!!早く来て! 早く! ラムレザルが、ラムレザルが危ないんだってば!!!」
わけもわからず、とにかく助けを求めた。自分にはどうする事もできない光景が目の前に広がっているのだから。
『今すぐに向かう!』
先生はそう言ってくれたが、一方でラムレザルは敵に捕まってしまっている。街の人々は突然の爆発騒ぎに驚き、右へ左へと逃げ回る始末だ。
自分しか動けないのだと理解して、それからコハルはどういうわけか迷わず銃を手に走り出してしまっていた。
ラムレザルの目が忘れられなくて、嫌なしこりが残って、自分がやるしかないのだと突き動かされたのだ。
そうして、コハルは単身でラムレザルを助けようと発砲していた。
※
「……? 貴女、誰?」
「誰でも良いでしょ! 正義実現委員会として街中での破壊行為に対して取り締まるの!」
到底コハルに務まる相手などではない。現に一発目の射撃は少女に着弾こそしたものの、体のバランスを崩している様子が一切ない。普通の相手ではないのだ。
だからこそ、ラムレザルは自分自身に鞭を打って立ち上がる。守ってくれたコハルを手で遮り、少女と相対する。
「コハル、ありがとう。やっぱり貴女は凄い」
「っ……!」
「でもこれ以上は貴女が危ない。相手は普通じゃない」
本心からの言葉である。目の前の少女が生半可な敵ではない事はラムレザル自身が実感している。何より、ひたすらに続く頭のざらつきと本能的な恐怖が言語化できない不安を引き起こすのだ。だからこそコハルと代わらなければならない。
少女は首を傾げて、興味深そうにラムレザル……ではなくコハルを見つめる。品定めする様な動きだ。
「貴女、邪魔するの? 邪魔はめんどくさい。消しちゃおうかな」
「ひっ……」
「私の友達には手を出させない」
「友達……? 誰が、誰の?」
コハルを守るべく、ざらつく頭を抑えながらラムレザルは立ち上がる。しかし顔をしかめながら拳銃を突きつける姿に圧は感じられない。
それまで無機質という他になかった少女の声色が、そこで初めて変化する。笑みが混じった様な声である。
自分が嘲笑われていると理解した時、本来ならば芽生えるはずのない不快感が胸の内をくすぐる。
「もしかして貴女の友達なの。貴女に? ヴァレンタインに?」
その言葉は酷くラムレザルの胸を掻き乱した。また言語化できない、けれど間違いなく『侮辱』されたと判断できた。
拳銃を構え、迷いなく発砲する。大口径の弾丸が少女の仮面目掛けて放たれるが、難なく躱される。構わずもう一度発砲し、これも躱される。
「ラムレザル……?」
「怒ってるんだ? 面白いね」
何故こんな感情が湧くのか。ただただ苛立ちが募り、弾丸を全て吐き出すまでその勢いは止まらなかった。
感情に就き語化されるままに何度も指は引き金を引き、やがてガチガチと激鉄の音が虚しく響く。残弾の記憶もせず一心不乱に発砲していた事実に愕然とする。その様を見て少女は、嘲笑をやめなかった。
「クスクスクス……面白いね、ラムレザル。『お父さん』が貴女を欲しがる意味、わかってきた。今度は私の番だね」
ゆっくりと少女が歩き出す。両手には武器は握られていない。キヴォトスの人間ならば銃の一丁でも持っておく事は常識であると言って良い。誰もが自衛しなければならないからだ。けれど少女が一向に武器を持ち出す様子がない。
敵は、キヴォトスの人間ではない。それをラムレザルは一瞬にして理解していた。
では誰なのか、ヴァレンタインである事を知る存在とは何者なのか。
「……もしかして、貴方は」
銃口を向けたまま、ラムレザルの目が見開かれる。正解だと少女が頷き、手を伸ばす。
「そこまでっ!!」
張りつめた空気を引き裂いたのは飛鳥の声と、双方を威圧するかの様に放たれた暴風である。
長距離を法術───短時間だが使用できるとは聞いている───で移動してきたのだろう。何の前兆もなく飛鳥の姿がラムレザルと少女の間に飛び込んできたかと思えば、両腕を左右に伸ばして二人に制動をかける。そしてその傍らには、意外にも正義実現委員会副委員長である羽川ハスミの姿もあった。
「その場から動かないでください。貴女は既に囲まれています」
「ハスミ先輩!」
「コハル、気を抜かずに」
ハスミが構えるライフルは既に少女へ向けられている。少しでも動くならば撃つ。言葉にせずともその意思を感じられる明確な敵対行動だ。
まだ他の生徒の姿は見られない。この場に先んじてやってきたのは飛鳥達二人だけの様だ。ハスミは少女にブラフを仕掛け、とにかく動きを制限させている。だが少女は動揺する様子もない。
一歩飛鳥が踏み出し、
「……君の目的はなんだ?」
「ラムレザル」
問いかけに少女は即答する。銃を突きつけられ、威圧されているというのに彼女の視線はラムレザルに釘付けとなっていた。執着、そう呼ぶ他にない熱意のこもった声色にその場にいる誰もが目を尖らせた。
それを遮る様に立つのはコハルだった。歯を剥き出しにして威嚇する姿は威圧に欠けて頼りないが、それでもいないよりはマシだ。
ラムレザルの前に立ち塞がるコハルと、突きつけられたハスミの銃口。現状では目的を達成できないと判断し、少女はかぶりを振った。
「でも今日はやめる。また今度、会いに来るね」
「僕達がそれを許すと思うのかい」
「貴方には関係ないよ。飛鳥=R=クロイツ」
くすりと少女は微笑み、そして先程までの熱を一瞬で冷ましたかと思えば踵を返した。銃口を向けられ、普通ならとてもではないが動こうとは考えられない状況下にも関わらず、彼女はこの場からの逃走を試みているのだ。
無論それを許す人間などいない。ハスミが少女の背中にしっかりと銃口を定め、引き金を絞る……が、ちょうどそれを遮るかの様に、爆音が街に響いた。
「!?」
「迎えが来た。じゃあねラムレザル」
聞こえてきた方向に目を向けると、爆発による煙が少し離れたビル街から立ち上がっている。一体何が起きたのかと注意が逸れていた一瞬、それが抜け穴だとラムレザルが気付いた時には遅く、少女の背中は既になかった。
どっと全身から力が抜けていく。頭のざらつき、そして本能的な忌避、様々なものがないまぜになっていた緊張が緩んだおかげで、彼女の意識は薄れつつあった。
「羽川さん、まずはあの爆発が何か確かめる。誰か現場に回して欲しい」
「承知しました。コハル、ラムレザルを」
「は、はいっ! ラムレザル、ねえちょっと大丈夫!?」
コハルの呼びかけに応えたくても瞼が落ちない様にするのが精一杯で、喉から絞り出されたのは小さな呻き声一つ。
助けてもらった事へのお礼を言いたかったというのに、そこでぷつりと意識は途切れてしまうのだった。
※
補習授業部の生徒は合宿期間中は別館からの外出禁止、というものが原則になっている。だが例外的存在であるシャーレからの指示、もしくは緊急を要する場合は別である。
突然の襲撃を受け、その果てに意識を失ったラムレザルをトリニティ本館の保険室へと運び込む事に、飛鳥は一切の許可を取らなかった。トリニティを代表する『救護騎士団』ならば決して断らないと読んでの行動である。
「恐らく疲労からの気絶だと思われます。点滴を打っていますので、今日一晩ここで休めば回復しますよ」
救護騎士団所属の鷲見セリナは突然の事態にも慌てる事もなく、冷静にラムレザルの処置に当たってくれた。トリニティ内部では腫れ物扱いに近い補習授業部の生徒であるにも関わらず、躊躇いもなく協力してくれた姿勢には感謝する他ない。
ベッドに横たわるラムレザルの顔色は意識を失った直前と比べると、比較的良いものに変わっている。ほっとため息をつきながら、飛鳥は保健室の入口付近からじっと室内を覗き込んでいる補習授業部の面々へと振り返った。
「なんともないそうだよ」
その言葉に誰よりも早くヒフミがベッドへと駆け寄り、へなへなと崩れ落ちていた。
「よ、良かったぁ〜〜〜……!!!」
残りの三人も続き、眠っているラムレザルの顔を覗き込む。できれば大声は立てない様にと飛鳥が指を立てると、全員口を閉じたままでほっと安堵している。
どうやら、ラムレザルは彼女達四人としっかり親交を深められていた様だ。こんな状況下で心配してもらえるとはそういう事である。
「本当にありがとう鷲見さん。君に借りができてしまった」
「いいえ、これは私達騎士団の使命ですので。具合の悪い人を放っておく事などできません。たとえそれがティーパーティーであっても、です。きっとミネ団長も私と同じ事をおっしゃったと思います」
「蒼森ミネさん、だったね? 事情があって席を外しているとは聞いているけれど……」
「できるだけ早く戻ってきてくれると助かるんですが……と、すみません、先生に聞かせるお話ではありませんでしたね」
救護騎士団のリーダーであるミネは現在、諸事情により活動を休止しているそうだ。残りの生徒で体制を維持している様だが、伝え聞こえる話から判断するにミネは団内での象徴といえる気丈な人物だそうだ。
会って話をしてみたいという気持ちと、キヴォトスで騎士団などという団体名を名乗る集団を率いているなど少なからずエキセントリックな人間に違いない、という不安を抱きながら飛鳥はセリナへと微笑んだ。
「いいや、むしろ困った事や悩みがあればできる限り相談して欲しい。と言っても見ての通り、今は別の仕事で手一杯だから説得力はないね……お茶くらいなら、いつでも」
「ふふ、是非。ティーパーティーの方には私の方から、急を要する事態だったという事で事後承諾の形になりますが、許可をいただいておきます。体調が回復するまで、ラムレザルさんには指一本触れさせませんよ」
心強い言葉である。もし何かしらの事態が差し迫ったとしても、セリナが言葉通りにラムレザルを守ってくれるだろうと、飛鳥は確信していた。
さてひとまず最優先事項であったラムレザルの容体が確認できたならば、残るは事後処理に当たったハスミからの報告である。
「皆、ラムレザルを心配してくれているのはわかる。でも今は別館に戻っていて欲しい。ただでさえ色々ごたついた後だ。上に睨まれると厄介な事になりそうだからね」
「えっ……! で、でも先生、ラムレザルちゃんが心配です」
当然の事だが、ヒフミは恐る恐るという様子ながらも不平を述べてくる。それは残る三人も同様で、コハルに至っては顔を真っ赤にして何か言いたげに頬を膨らませていた。
気持ちはわかる。十分にわかる。その上で飛鳥はかぶりを振って、
「経過は後で知らせる。今は堪えて欲しい……大丈夫、すぐにラムレザルも戻るから」
それ以上は飛鳥も言葉にはせず、視線で生徒をなだめる。今は、今は、と。
心苦しくは思う。ヒフミ達からすればラムレザルを不安に思うのはもちろんであるし、更に言えば何故彼女が襲われたのかまで疑問がやまない事だろう。飛鳥とて、一から十まで質問に答えられるならばそうしている。だが全貌が見えず、加えてナギサの監視するトリニティ内で事件が起きたとあっては、この場における最適解は補習授業部に何もしないでもらう事のみである。
助けを求め、ちらりとハナコの顔色をうかがう。するとニコリと微笑んで、
「それじゃあ、戻りましょうか皆さん。ラムレザルちゃんも今日はそっとしておきましょう?」
「え、え、でも……」
「色々あった一日ですし、それに私達は合宿中だって事忘れちゃいけません。ね?」
「……ハナコの言う事は一理ある。動き回ってばかりだった。無理にここに留まってテストの結果に響くなら、引き下がるべきだと思う」
ハナコの提案は素早く、何より飛鳥のものよりも言葉を選んでいた。同じ生徒としての目線、これにはヒフミも言葉に詰まり、アズサも渋々ながらも頷かざるを得ない様子だ。申し訳なく思いながら、飛鳥はこの援護を利用する事にした。
「きっとラムレザルとしても、今は合宿の方を優先してほしいと思うはず……違うかい?」
「それは、そうです……」
「ならわかってほしい。僕からのお願いだ」
「はい……」
努めて柔らかい声色で語り掛け、なんとかヒフミを頷かせる。残るはコハルなのだが……頬を膨らませたまま、じっと飛鳥を睨みつけてくる。言葉を発さないのは、相当感情的になっているが故だろう。
「……~~~っっ!!!」
失言すれば、間違いなく爆発を伴って噛みついてくるに違いない。ここからは慎重に言葉を選ばなければいけないな、と飛鳥が視線を泳がせていたところで、懐の端末がぶるりと震える。ごめん、と一言断ってから画面を確認すれば、ハスミからの連絡だった。
『飛鳥先生。ご報告が遅れてしまい申し訳ございません』
「いや、こちらこそすまない。君も忙しいのに」
『トリニティ内での事件ですので、正義実現委員会としては先生に協力する事はむしろ推奨されるべき事ですので、お気になさらず……ラムレザルを襲撃した生徒ですが、その後追跡を振り切り失踪しました。何処の学校の生徒かは不明です。逃走の際に起きた爆発は彼女の仲間によるものでしょう。現場での目撃証言によると、突然爆発したそうです』
「単独犯ではなく、組織的な犯行の可能性が高いと」
『ええ……少々厄介なタイミングで、厄介な事をしてくれました』
エデン条約調印式が迫っている時期に、所属不明の生徒がトリニティ内で破壊活動を行った。これがどれほどの火種になるのか、今は想像もつかない。
『ただ、当初の目的であった美食研究会の移送は無事終了したと風紀委員会より連絡を受けました。ご安心ください』
「ありがとう……それじゃあ、僕はこれから桐藤さんに会ってくるよ」
『お気をつけて。ここ数か月、彼女はかなり気が立っている様です』
コハルからの連絡を受けてすぐに移動したばかりに、ヒナにまともな挨拶もできていない。早い内に謝罪の連絡をしなければならないだろう。とにかく今は、目の前の事が最優先だ。
通話をプツリと切ると、口元に手をやりつつ飛鳥は意を決し、
「皆、ともかく今日は戻ってほしい。僕はティーパーティーに顔を出してくるから」
「と、いうとナギサ様ですか? も、もしかして今日の事で何かあるんですか……!?」
「今日起きた事を僕の口から報告するだけさ。さて、それじゃあこれで解散。また明日教室で。その時にはラムレザルも連れてくるよ」
そこでバッサリと会話を打ち切ると、流石に食い下がる事はできない。ヒフミ達はハナコに背中を押されるまま、保健室からとぼとぼと出ていく。その背中をしっかりと見届けてから、飛鳥は一部始終を見ていたセリナにぺこりと頭を下げた。
「騒がしくしてしまったね」
「そんな事ありません。あんな風に気にかけてもらえるのは良い事です」
「僕もうそう思う……だからこそ、これからが心配だ」
「え?」
「なんでもない、僕もこれで失礼するよ。今日はありがとう」
セリナに改めて礼を言って、保健室を出る。扉を閉め、小さくため息をついてからナギサの下へと足を運ぼうとする。だがその必要はなく、廊下には既にティーパーティーらしき生徒が四、五人、飛鳥を待ち受けていた。全員が今にも肩から下げているライフルに手をかけそうなまでに、敵意を抱いている。
穏やかな空気ではない事は当然である。ピリピリと剣呑な視線が向けられていると理解した上で、
「それじゃあ、案内してもらえるかな」
敢えて笑みを浮かべるのだった。