先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
お待たせして申し訳ございませんんでした。
ラムレザルがパチリと目を開けると、見慣れない天井が広がっていた。どうやら自分は寝かされていて、そしてそうなった経緯を思い出すと彼女は弾かれる様に上体を起こす。
あの少女はどうなったのか、街は、コハルは? 湧き出す疑問を解消しようとベッドから降りようとするが、頭のざらつきはないものの気怠く、手足の自由が利かない。過度の疲労であると分析できたものの、解消する術は思いつかなかった。
(……今まで体の機能に不調が起こるなんて滅多になかった。彼女と接触したせい?)
あの仮面の少女はラムレザルの事を知っていた。正確に言えば、『ヴァレンタイン』としてのラムレザルを。
別世界からの来訪者だと気付かれる機会はなかった。間違いなくあの少女はハッピーケイオスと繋がりがあると考えて良いだろう。そうでなければあそこまでの異質さは説明できない。
今まで感じた事のない頭のざらつき……本能的なものとしか称せない恐怖。そんな感覚を生じさせるものがなんであるか、薄々ではあるがラムレザルは心当たりがあった。
「……あの子も、もしかしたら」
考えに耽りそうかというところで、誰かの足音が聞こえてきた。そこでようやくラムレザルは自分が医務室らしき部屋にいる事に気付く。足音は医者のものと考えて良いだろう。
別段起きていてまずいわけでもなく、じっと近付いてくる足音を明かりもついていない部屋で待ち構える。窓の外をちらりと窺うと陽が沈んでおり、真っ暗だった。
「―――ここだ、ここにいる」
「だ、誰も来てないですよね?」
「ちょっとハナコっ、近いっ」
「バレたら大変なんですよコハルちゃん、もっと身を寄せ合いましょうよ……」
「ひぃぃっ」
何やら騒がしい。そしてその騒がしさには覚えがあった。ラムレザルはふらつく体で正体を確かめるべく歩いていき、ドアを開けて廊下を覗き込んでみる事にした。
ガラリと開かれたドアの前には、やはりと言うべきかヒフミ、アズサ、コハル、ハナコの四人の姿があるのだった。
『あっ……」
「何しているの、こんな時間に」
※
「で、でも良かったですラムレザルちゃんが元気でっ。運び込まれた時は凄く具合が悪そうでしたから……」
「ちょっとふらつくけど私は大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
ヒフミはラムレザルがいつもと変わらぬ様子で応えると安心した様子でホッとため息をついた。まだ安静にしておいた方が良いと再びベッドに体を預けながら仲間達の表情を窺うと、皆心配してくれていた事が如実に伝わってきた。特にアズサはきゅっと結んでいる口が心なしか緩んでいる。
それにしても、とラムレザルは全員の顔を見ながら、
「こんな時間にここにいて問題ないの? 補習授業部は別館から出てきてはいけないはず」
「あ、それならコハルちゃんに説明してもらいましょう。ね? コハルちゃん」
「えっ、え、えっと、それは、その」
ハナコが唐突にコハルへとそう投げかけると、彼女は顔を真っ赤にしながら一歩前に出て、
「……ほ、本。押収品の本を戻す為に、来た」
「あの正義実現員会の押収品ですからね。一刻も早く戻さないといけませんでした。その流れでラムレザルちゃんのお見舞いもしようと決めたんです。コハルちゃんが言い出したんですよ」
「ち、ちがっ、違うから……私はその、ちゃんと戻さなきゃって」
「飛鳥先生は……?」
「何か考え事をしているみたいで部屋に閉じこもっています。だからアズサちゃんに先導してもらって、ここまで誰にも見つからずに辿り着けました」
ハナコの性格はまだ読み取れないものの、嘘をついていない事はハッキリと読み取れた。ラムレザルはじっと恥ずかしがるコハルを見つめ、
「ありがとうコハル。来てくれてとても嬉しい」
「……げ、元気じゃないと困るんだから。忘れてないでしょうね、テストで全員合格しないと補習授業部から出られないって! エリートの私の足を引っ張ってほしくないだけ、それだけだから!」
「うん。コハルには助けてもらってるから、これからは気を付ける。テストも合格しなきゃね」
体調は至って問題ない。今はまだふらついているが、明日にはすぐいつもの調子に戻るだろう。
そこまで考え、ラムレザルは口を閉ざす。頭の中に浮かび上がってきたのは、仮面の少女の姿だった。
「でも、また彼女が襲ってくるかもしれない」
「ラムレザルを襲った生徒は、どんな見た目だった? 何処の生徒だった?」
思わぬ人物が関心を示してきた。アズサだ。ラムレザルはかぶりを振って、
「仮面を被っていたから顔はわからない。制服を着ているわけでもなかった」
「も、目的はラムレザルちゃんだったんですよね。知り合いなんですか?」
「ううん、私も初めて会った。でも彼女は私を知っていた。間違いない事は、敵だという点だけ」
「っ」
自分で口にしながら、ラムレザルは自分の発言がいたずらに仲間達を怖がらせているのではないかと遅く気付いた。正体不明の敵が自分を狙っているだなんて、そんな事を聞かされてどんな反応を取られるかなど想像するまでもない。
ヒフミ達の表情も僅かに曇っていくのが見え、ラムレザルは先程まで抱いていた、仲間達が気遣ってくれたという喜びが急速に冷えていく感覚に言葉が詰まる。
学生として友達を得て、同級生を得たつもりだったが、結局のところ自分は別世界の住人だと突き付けられている様だった。更に言うならば人間ではなくヴァレンタインという別種の存在である。そんな自分が、『学校に行ってみたい』などと言う個人的な感情に甘えてこれからヒフミ達に迷惑をかけるなどあってはならない。
「……先生に頼んで、私だけ別の場所に移してもらう。もしもまた何かあったら皆に迷惑がかかるから」
ぽつりと呟く。名案だと思った。仲間達に危害が及ばない様に何処か離れたところに自分自身を隔離して、そこで勉強すればいい。そしてテストに合格して……トリニティを去れば良い。そうすれば誰でもない異物として心沖なく敵と戦える。
だが、俯きがちだったラムレザルをグイっと下からヒフミが覗き込んでくる。何かを決意した目で。
「いいえ! そんなのダメですっ。ラムレザルちゃんも含めた皆で合格するんです!」
「でもそれは、私が一緒にいなくても成立する。私一人で合格しておけば問題ない」
「それじゃあラムレザルちゃんが独りぼっちですっ。私達は同じ部活にいるんですから……皆で協力するんですっ」
どうしてそんなにヒフミが熱くなっているのか、それがどうしてもわからなくてラムレザルは目を丸くした。一体何が彼女をそこまで駆り立てるのかと。
「そして合格したら、皆で海に行くんですよっ! 約束したじゃないですか!」
「あ……」
そういえば、そんな話をしたのだった。まだ知らない事を体験したいと、そんな話題から海に行こうと小さな約束を交わしていた。
「だから一緒に頑張るんです。一緒に勉強して、合格して、それから一緒に海へ行くんですっ!」
「……」
「う、海? 初耳なんだけど、何それ」
「良いですね海。私もこの前新しい水着を買ったのでぜひLet`s ROCKしてSLASHな事をしてみたいと……」
「何言い出すのよ!? 今そういう感じの空気じゃないでしょ……!?」
困った事にラムレザルはヒフミの熱意を押し返したくてもできなかった。
彼女達の身に降りかかるかもしれない危機を考えれば、今は海を優先する理由など見つからないはずなのだ。まさに、不必要だ。
―――不必要で、不純で、不可解なものばかり。でも……きっとそれを大切だと思えるもの、と私は考えてる
けれどこう言ったのはラムレザル自身だ。不必要で、不純で、不可解なもの。それを自分は愛せる様になっている。
まだ出会ってそれほど時間は経っていない。それでも補習授業部で出会った生徒達との交流を、悪くないと感じているのは確かな事実である。
「もしも、もしも私と一緒にいたら何が起きるかわからない」
「その時は私も戦う。同じ部活という事は、つまり同じ部隊という事。部隊の仲間を見捨てはしない」
きっぱりとそう言い切ったのはアズサである。これにはラムレザルは返す言葉もなく、まじまじと彼女を凝視する。
廊下で二人きりで話し合った時からある種のシンパシーはあったが、ヒフミに加勢するとは予想外だったのである。同時に、やはりアズサは自分が思う以上に感情豊かな人間であると理解できた。
「……私は別にどっちでもいい。でもラムレザル一人で勉強できるのか心配だから見ていてあげてもいいんだから」
コハルが声を上ずらせながら続く。隣のハナコがとにかくニコニコと微笑みながら、
「私もラムレザルちゃんは今のままで良いと思います。それに……キヴォトスで個人を狙った襲撃なんて特別珍しい事じゃありませんから心配しないでください? うふふふ」
あまり聞きたくない、更に言うと追及したくない話をサラリと告げられたがハナコも他の三人と同じくラムレザルを守ると宣言している様だった。こうなれば、意地を張っているのは本人だけとなる。
それがたまらなく嬉しくて、困ってしまう。つい口の端を緩めて微笑んでしまう。
「―――わかった。それなら、皆と一緒に頑張る」
決意は固まった。ラムレザルも迷いを捨て、改めて仲間達と向き直る。部の一員として全員でテストに合格し、海を目指すのだ。
一体感とでも言うべき雰囲気が室内に漲っていく。今ならばどんなテストであろうと合格できるかもしれない、そう確信できる程の自信が湧きつつあった。
「そうですっ。アズサちゃんも、コハルちゃんも、ハナコちゃんも……ラムレザルちゃんも!皆で一丸となって目指せ退学回避ですっ!!」
補習授業部の部長として、ヒフミが高らかに拳を突き上げ……そして、ぽろっと何か凄まじい言葉を漏らした。
退学、回避。もちろんそれを聞き逃す者などいるはずもなく、口走ったヒフミ以外の全員が目を丸くしてしまう。
「……退学って?」
「今退学って言った?」
「あら、あらあら……ヒフミさん?」
「たいがく―――?」
宣言したヒフミ本人も数秒経ってからみるみる内に青ざめていく。それだけで、何か言ってはならない事を彼女が口走ってしまった事が理解できた。
わなわなと震えて口を両手で抑えても遅く、完全に凍り付いた一同の視線にヒフミは目を泳がせる。
「あっ、あっ、えっと……言っちゃった!」
補習授業部は合格できなければ全員もれなくトリニティからの退学。
寄りにもよってこのタイミングで、桐藤ナギサが敷いた恐ろしいルールの全貌が明かされてしまうのだった。
これでとりあえずChapter4のVol.1が終了になります。
Vol.2が始まるまでに書きたいけどスペースが見つからなくて困っていた小話を幾つか挟みたいと思います。
内容は
『カズサ 飛鳥とイチャつく』
『ツルギ 暴走する』
『アコが飛鳥の犬になって飛鳥がアスナの犬になる』
の三本を予定しています。