先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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前後編の前編です
アコは変な子ですが好きです


シャーレ業務日報

 かつて天雨アコはアビドス学区に独断で風紀委員を派遣、当初不鮮明極まるシャーレを手中に収めるべく飛鳥=R=クロイツを保護―――という名目だが実際は拘束―――しようと試みた。

 結果はアビドス生徒会および表向きの追跡対象であった便利屋68の抵抗に遭い、委員長であるヒナに話を通していなかったばかりに叱咤を受け命令を下したアコ本人は処分を下される事となってしまった。

 アコ本人は未だに悔いている。行いをではない。自身が画策した企みが完遂できなかった事を、である。

 

「飛鳥=R=クロイツ……またもこんな事を」

 

 風紀委員の行政官を務める以上、キヴォトス内の情報を可能な限り把握するのも使命。そんな彼女が諜報部に集めさせた特定人物……シャーレの飛鳥がこれまで行った活動の数々が今目の前にコルクボードいっぱいに張り付けられていた。

―――カイザーコーポレーションに不祥事発覚、経営陣の進退は? 

―――ミレニアムサイエンススクール内で開催された『ミレニアムプライス』にて飛鳥の指導を受けた生徒達が新技術などを発表、既に一部がミレニアム学区内にて採用。

―――百鬼夜行学院にて飛鳥=R=クロイツが発案、ミレニアムによって開発された新型プロジェクションマッピングが大成功。

―――ゴールデンフリース号にて発生した狐坂ワカモによるシージャック事件。解決のキーは飛鳥=R=クロイツ。

 

 ここ数か月、キヴォトスで報道されるニュースの大半には飛鳥の名がある。しかもそのどれもが功労者としてだ。

 アコ本人は認めたくないが、あの奇妙極まる青年が優秀な存在だという事は明らかだ。

 すべての生徒に対して干渉を行える超法規的措置、あの連邦生徒会長が自らの後釜として選んだ大人。そんな常軌を逸した存在をあの時アビドス学区で捕らえる事ができなかったのは、ゲヘナにとって大きな損害である。

 

「絶対に我らがヒナ会長の足元に置かねば……!」

 

 間近に迫りつつあるエデン条約、そして重要なファクターになりうるであろう飛鳥。ゲヘナを治める『万魔殿』に渡してなるものか。

 アコは敬愛する空崎ヒナの為にも、今一度行政官として成さねばならぬと決意するのだった。

 

 

 そういうわけでアコが選んだのは武力による介入ではなく、シャーレが募集している当番として飛鳥に接触するというものだった。

 情けない事に連邦生徒会はシャーレに対してまともな増援を送るどころか一部のタスクを丸投げしている現状にあり、そこに本来の業務である生徒の支援まで任されている状態になっている。これに対して飛鳥は時折当番制で生徒に幾つかの仕事を委託している様だ。

 そしてアコはその制度を利用し、忌々しい大人が居を構える部室にまでやってきていた。

 

「おはようございます、飛鳥先生♪」

「……何故、君が」

 

 オフィスへやってきたアコを出迎えたのは困惑一色の飛鳥である。コーヒーが淹れられたマグカップを手に椅子に背中を預けた姿勢で硬直している様はとてもではないが人を出迎えるものではない。人物面で大きな減点である。

 とはいえそんな事を追及しても仕方がない。アコはコホン、と気を取り直して飛鳥と向かい合う形で置かれている生徒用のデスクまで歩いていき、当たり前の様に腰かける。

 

「さて、本日シャーレの業務をお手伝いしますゲヘナ学園風紀委員の天雨アコです。よろしくお願いしますね? 先生」

「ええと、まず今日の当番は空崎さんだと聞いていたのだけれど」

「委員長はご多忙なので本日はお休みしていただき、この私が補填でやってまいりました。ヒナ委員長程ではありませんが行政官の名に違わぬ円滑な処理をお約束いたします。何か他に問題は?」

「……ないです」

 

 有無は言わせない。そもそも生徒に助力を乞うている側なのは飛鳥なのだから押し切る。

 アコは忘れていない。アビドスで飛鳥が挑発に挑発を重ね、彼女を苛立たせた事を。大人らしい屁理屈を利用して時間を浪費させた事を。

 砂漠で起こした不可解な超常現象に関しては一度頭の隅に押しやり、今は精神面で彼を支配する。そしてトリニティとの対立の際にゲヘナが有利に働く立ち位置に押し込んでしまおうという魂胆だ。

 

「さて、それでは本日の予定について確認させていただいても?」

「わかった。今見せるよ、ちょうど昨日当番だった羽川さんがまとめてくれて……」

「今すぐ捨てましょう。不潔なので」

「えぇ……?」

「内容は私が把握し、すぐに新しいものにまとめます。今後は私が作成したファイルをシャーレの基準とする様に」

 

 そも、シャーレの在り方はあらゆる学園に対して中立的という歪極まるものだ。そんな状態で作成される資料など共有する上で面倒にも程がある。何かしらの基準を設け、専用の規格を作って対応するべきだろう。

 飛鳥が机から取り出したファイルを受け取り、アコは内容を検める。果たしてトリニティが誇る正義実現委員会の人間が作ったものとはどの様なものか、品定めする気持ちで覗いてみると……異様にきめ細やかである。上手く表現できないのだが、とにかく『わかりやすい』。妙に整っているとまで言える。

 さぞ不思議な顔をしていたのだろう。ファイルを見つめるアコを見かねて、飛鳥がこう言った。

 

「その基準っていうのはもう僕の方で作ってあるんだ。色々な生徒達が来てくれるのだから、余計な混乱は招くべきではないと思ってね。ああ、でも各学園へのマニュアル送信をしていなかったな……申し訳ない天雨さん」

 

 丁寧な物言いである。隙どころか懐の広さが窺え、更にファイルのフォーマットそのものは行政官として日々様々な書類に目を通すアコからしても、非の打ち所がないものだ。これならばどの学園の生徒でも、当番となったその日からでも前日からの業務を引き継げる。

 もちろんよくも丁寧にやってくれたなどと怒るわけにもいかないので、アコはこめかみに青筋を浮かべながら微笑むにとどめた。

 

「……いいえ、こちらこそ整備していただきありがとうございます先生。ええと、それで本日の業務は……なんですか、この『ファミレス』というのは」

「ああ、ここから少し離れた学区にある店舗なんだけど、最近売り上げが低迷しているそうなんだ。そこでシャーレにコンサルティングを頼めないかと依頼が来てね」

「コンサルティングぅ……?」

 

 怒りが思わず消えてしまう予想外の内容に眉をひそめるアコをよそに、飛鳥は心底真面目そうな顔で別のファイルを机の引き出しから取り出すと一面を開いて手渡してくる。『大改造計画・ニコニコレストラン』という大袈裟な企画書を目の前の大人が本気で考えたのだと判断するまでに、アコは数秒程時間を要した。

 企画書のタイトルは想像を絶するセンスだが、内容そのものはわかりやすく書かれている。ここ半年で売り上げが一気に低迷してしまっている事、その原因がなんであるかを飛鳥は事細やかに調べ上げていた様だ。

 

「……で、一体どうしてこの様な依頼を受けたのですか?」

「どうしてと言われても、シャーレへの依頼なわけで」

 

 何やら自信ありげな様子の飛鳥は、とてもではないがかつてアコをとことん翻弄した姿とは似ても似つかない能天気な表情である。まるで別人の様だった。

 それでいて企画書そのものはしっかりと作り込まれた文章ときている。その温度差は多少なりともギャップを与えてきていた。

 キヴォトスを混乱に陥れる謎多き大人、またの名を『あの男』。嘘か真か、今一度見極めねばならない。アコは飛鳥の内面を知るべく、なんとしてもその正体を突き止めねばならないと決心した。

 

 

「それじゃあ天雨さん、留守番を頼むよ」

「はい、いってらっしゃいませ」

 

 飛鳥は依頼を果たすべく足早にオフィスを出ていった。アコの仕事は彼が戻ってくるまでの間、新たな依頼がやってきた場合に対応する事である。

 もちろんアコからすればボーナスタイムだ。飛鳥不在の間、このオフィスに隠されているシャーレの秘密を可能な限り見つけ出しておきたい。何か一つでもあのいけ好かない大人の秘密を掴めれば、その隙を突いて彼の弱みを握れるはずだ。

 

(こういうのはまず彼の机に……)

 

 泥棒の様な動きで飛鳥のデスクに駆け寄り、引き出しを開けようと試みるが当然開かない。どうやら鍵がかかっている様だが、電子ロックではなくアナログ式の様だ。つまり鍵がなければどうやっても中身を見る事はできない。

 舌打ちをしながら次々と引き出しの様子を見ていくが、唯一開いたのは五段ある内の一番上だけだった。中身は分厚いファイルが一冊。表紙には『業務日報』と記されている。

 

「こ、これは……」

 

 開いてみると、どうやらこれまで当番としてやってきた生徒達が一日の報告を書き連ねているらしい。

 

「直接的なものではないにしろ、何か手掛かりがあるはず……」

 

 果たしてこれまで飛鳥がどんな事をしてきたのか、間接的にだが知る時が来た。アコはウキウキで日報を開き、一番最初の記録から目を通し始めた。

 

『〇月×日 記入者 ミレニアムサイエンススクール二年 早瀬ユウカ』

 

(この日付は確か狐坂ワカモ主導で暴動が発生した時から間もなく……飛鳥先生が初めて姿を現した事件のすぐ後に書かれている)

 

『キヴォトス内で発生していた暴動鎮圧後、作戦の際に消耗した弾薬等の経費をシャーレに請求しました。なお飛鳥=R=クロイツ先生は先生として着任されたばかりだった為一部の業務が停滞しており、私の方で補助しました。本日報は今後シャーレにて飛鳥先生の業務に関わる情報を共有するものとして扱います。

 なお以下のものは飛鳥先生が独断で購入したものです。

・シールド発生装置

・ドローン

・スマホ

 これらを購入後分解して放置していた為、厳重注意を行いました。今後同様の作業を行っていた場合は指導をお願いします』

 

「あの人は一体何をしているんでしょうか……?」

 

 最初の記録から既に何かが怪しいものの、アコとしては有効な情報になりうる。次の日報を見るべくページをめくる。

 

『〇月〇日 記入者 アビドス高等学校一年 奥空アヤネ』

 

「……アビドス。あの砂漠に囲まれた荒廃した地区ですか」

 

『朝から飛鳥先生が突如謎の装置を起動。独自にドローンを開発し、携帯端末一つでシャーレ全体を守るセキュリティシステムを完成させたとの事です。しかし誤作動が起き、ドローンが搭載されているゴム弾を飛鳥先生の後頭部に発射。先生は軽い脳震盪を起こしました』

 

「…………なんですかこれ」

 

 もしかしたらこれは秘密は愚か、もっとくだらない情報のみを書き連ねたものになるのかもしれない。アコは嫌な予感を覚えながら読み進める。

 

『×月〇日 記入者 便利屋68 陸八魔アル』

 

「あっ!? 便利屋……彼女達もここに来ていたとは」

 

『飛鳥先生の足がへし折れかけた事件から一週間。お見舞いに行こうとシャーレまで来たのは良いけれど同じ事を考えている生徒達が沢山いて凄く困ったわ。原因が私達にあるのものそうだけど……でも先生は笑って許してくれて、私に散歩に連れて行って欲しいと言ってくれたの! 今こそ見せ場だと思って車椅子に先生を乗せてあげたの……でもなんていうかこう、色々あって……わざとじゃないのよ本当に。まさか銃撃戦のど真ん中に飛鳥先生が放り投げられるだなんて誰も予想できないじゃない!』

 

「―――頭が痛い」

 

『△月△日 記入者 勇者アリス』

 

 急に理解できない単語が混ざってきた事にアコはしばらく言葉を失い、どういう経緯でシャーレに勇者がやってくるのかを数分程考えてみたものの、全く答えが出なかったので中身を確認する事にした。

 

『アリスは勇者なので魔法使い飛鳥先生を再びパーティーに勧誘するべくシャーレまでやってきました。すると先生は運びたい荷物があるのに重すぎると涙目でアリスに頼んできたので運んであげる事にしました。アリスは勇者なので簡単に運べました。飛鳥先生はお礼にアイスを買ってくれる事になりました。ですが先生を狙う悪者(恐らく魔王の部下だと考えます)に追いかけられ、アリスは力持ちなので先生を連れて街を走り回りました。無事逃げきれましたが、先生の顔はユウカに怒られているモモイの様に真っ青でした』

 

「……?????」

 

 一度ファイルから目を逸らす。自分が読んでいるものは日報ではなくただの怪文書かもしれない。色々な感情が押し寄せてくる。だがゲヘナ学園風紀委員として、何よりヒナの仕事を少しでも楽にする為、先生の弱みを握らなければならない。自分に喝を入れながらページをめくった。

 

『×月×日 記入者 超スーパー凄いハイテク最強メカ ロボカイ』

 

「……はぁーっ……」

 

『あのガキ共完全に日報を書く事を忘れとるからワシが書いとくぞ。今日はゲーム開発部最新作のデモ版を飛鳥の奴に触らせようとしたんだがな、運動不足の連中を助ける為のゲームだというのにアイツと来たら一面でバテおった。モヤシというかもはや枝だ。大体これを書いとる連中は少しくらいあのダメダメ男に筋トレの一つや二つ教えてやったらどうなんだ、死ぬぞアイツ。多分寝てても死ぬぞ』

 

『×月□日 記入者 アビドス高等学校二年生 砂狼シロコ

 先生の体力が不安だからサイクリングに連れていく。一キロ進んだところで先生が倒れた。もうできない、僕には無理だと言ってくるけれど、せめて私の十分の一くらいは動ける様になってもらわないと後が大変。続けてもらう事にした。最終的な記録は三キロになった』

 

『□月〇日 記入者 ミレニアムサイエンススクール二年生 乙花スミレ

 今日のメニュー 

 ・腕立て百回

 ・腹筋百回

 ・スクワット百回

 以上のトレーニングをやってもらう予定でしたが飛鳥トレーナー不在。追跡を試みましたがあらゆる痕跡を意図的に抹消済み。しかし筋肉の前には全くの無意味です。追跡開始から一時間後に確保、実施しました』

 

『△月〇日 記入者 ミレニアムサイエンススクール三年生 誰もが慄く清廉なる天才安楽椅子系ハッカー 明星ヒマリ

 今朝の占いの結果を確かめるべく飛鳥先生の移動ルートにハッキング敢行。先生がトリニティとゲヘナの衝突に巻き込まれる事態となりましたが、無事脱出。実験は大成功です』

 

『△月△日 記入者 早瀬ユウカ

 先生! モモイ達が何処に行ったのかご存じでしたら至急連絡を! ミレニアム学区内でゲーム開発部によるトラブル発生中です! コユキが一枚嚙んでるんですよ! 先生が庇っていたりしませんよね!?!?』

 

『あなた様へ あなた様のワカモより

 お元気でしょうかお元気に違いありません尊きお方清廉なる飛鳥先生。いかがお過ごしでしょうか。私はあなた様の事を想うだけで我が身の裡より情熱の炎が湧き上がり収まる事を知りません。なんと罪深き愛、なんとかけがえのない気持ち。いずれまたお会いしたい気持ちだけで胸が張り裂けてしまいそうです。あなた様あなた様あなた様あなた様あなた様あなた様あなた様あなた様』

 

 

「……これはもしや弱みどころの問題ではない気がしてきましたね?」

 

 流れてくるページはどれも業務の中で飛鳥が死にかけている内容のものばかりで、とてもではないが知られて困る秘密などまったくない。むしろアコの目から見ても多種多様な拷問にかけられている飛鳥の身を僅かながら案じてしまっていた。

 だが活かせると言えば活かせる。どうやら飛鳥は方々で活躍こそすれど、あまり他者に対して強気に出られる人間ではない様だ。つまり一度でも有利な条件に持ち込む事ができれば……うまくアコの思う様に彼を掌握できる可能性がある。

 

(フフフ、良いアイディアを思い付きましたよ)

 

 今こそ雪辱を晴らす絶好のチャンス。アコはニヤリと笑い、計画を実行する事にした。

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