先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
ミレニアムに所属するエージェント集団『C&C』の使命はミレニアムの前に立ち塞がる障害を排除し、学園の安全を守る事にある。これまでも数多くの問題が『C&C』の手で解決されてきている事からも、その実力は折り紙つきだ。
とは言え、常にトラブルが跋扈しているキヴォトスでも平和な時間は時折生まれる。そんな『C&C』が出張る必要のない状況下では、彼女達の使命は表向きの姿である『メイド部』だ。
「つってもよ、ミレニアムなんてそこら中掃除ロボットが走ってんだからあたしらのやる事ほとんどねえんじゃねえか?」
『C&C』部長の美甘ネルが放った驚く程ストレートな言葉に対し、部員達は一人を除いてじっと目を細めた。
ミレニアム学区内を走るモノレール、その駅構内でいそいそと清掃に嗜む彼女達の姿は、メイド服という奇抜な服装も相まって異彩を放っている。
「部長。いくらミレニアムと言えど、人気のある場所にはどうしても汚れが沸き続けます。そしてそこを掃除するのはメイドである我々の使命。普段の業務とは別にこなさなければならないものです」
そうネルを嗜めるのは隠密行動に関わらず何故か爆破を好む室笠アカネである。ゆったりとした佇まいで地面に落ちているゴミをささっと箒で一箇所に纏めながら、全くと言っていい程掃除に精を出さない部長をやんわりと咎めた。
その隣で黙々とゴミ箱にぎゅうぎゅう詰まっていた空き缶を二重三重に重ねたゴミ袋へと詰め込みながら、角楯カリンも頷いて続く。
「駅の様な人通りの多い場所はゴミの量によって治安が左右されると聞いた事がある。綺麗にするに越した事はない。リーダーも手伝って」
「あたしらの仕事じゃねえって……大体、元はと言えば見かけだけのメイドだったじゃねえか。なんでホントにやんなきゃいけないんだよ」
「我々はミレニアムへの奉仕を誓った立場です。であれば、対象がなんであれ清掃を行うのもまた必然ではないでしょうか?」
「あーっ、小難しい言い方しやがって。アカネ、お前先生の奴になんか変な事吹き込まれてねえか!?」
「えっ! 今ご主人様の話してた!?」
半ば説教となっているアカネの猛烈な口撃にネルが苛立ちを隠せずに言い放った言葉に、三人から少し離れたところで黙々と作業していた一之瀬アスナが思わぬ反応を示した。
何を考えてか自動販売機と地面の隙間にあるゴミをひたすらに箒で引っ張り出していたところから一瞬で仲間の元へ駆け寄り、目をキラキラと輝かせ始めたのだ。
「ご主人様可愛いよね〜! この前ねっ、シャーレの当番あるから先生のところに向かう途中でもうこんっなおっきなカブトムシ見つけてね! 持って行って先生に見せてあげたら眉毛こんな風にギュッとやって『見た事がない種類だ……是非譲って欲しい』って言うんだよ! いっつもふにゃふにゃなのに急にビシッとなるから面白いよねー! だからその後、カブトムシ30匹くらい詰めた箱持って行ったら今度は飛鳥先生ひっくり返っちゃって、当番やってたゲヘナの子に怒られちゃったアハハ!」
堰を切った様に突然話し出したアスナにネル達は顔を見合わせる。
ゴールデンフリース号の一件からアスナが飛鳥の事を気に入ったらしいのはわかっていたが、それにしても熱が高い。
仲間ではあるがリーダーであるネルを始めとして、『C&C』の面々はアスナという少女が起こす奇天烈な行動を予測しきれない。有り体に言うと、何を考えているのかわからないのである。
さっきまではしゃいでいたかと思えば急に落ち着いたり、息を止めているのかと思う程に静かでいたと思いきや弾ける様にはしゃいだり、全くと言って良い程その挙動は読めない。確かなのは悪人ではない事くらいである。
そんなアスナがかれこれ数週間は飛鳥に熱中している。これは興味の対象が頻繁に変わる彼女としては非常に珍しいケースと言えた。
「そんなに面白いかアイツ……? たまに顔出すと壁と話してる時あるぞ」
「私が見た時は窓にマジックペンで数式を書き込んでいましたね」
「……毛布にくるまったまま、アイスを食べていた」
口々にメイド達は先生がここ最近行っていた奇行を振り返り、それから一つの結論に到達する。全員が示し合わせた様に手を叩き、思わずそのまま言葉を口に出しかけた。
奇天烈な行動が多い飛鳥。
予測不可能なアスナ。
つまるところ、似たもの同士である。飛鳥はアスナに苦手意識があるものの、根っこは同じなのだろう。
「えー、何皆でうんうん頷いてるのー!? 教えてよ、ね、ねーってば!」
「いや、なんでもねえよ。なんかこう、納得しただけだ。仲が良いのは悪くねえな、うん」
「実際、アスナ先輩がここまで積極的になっているのが良い事なのは間違いありません。大人の成せる技とでも言いましょうか」
「……飛鳥先生と話してる時に既視感があった理由、理解した」
困惑するアスナをよそにうんうんとしきりに頷く仲間達。はたから見れば何が何だかな絵面だが、それだけ彼女達の中で飛鳥とアスナの奇妙な関係性がハッキリと結びついた感覚はなかなかの手応えだった。
ただ一人蚊帳の外だったアスナ本人は頬を膨らませ、
「むー! いいもーん、ご主人様独り占めするから!」
「おお、おお、独り占めしちまえ。デートでもなんでも行ってこい」
「うん! 行ってくる! 明日もう約束あるから!」
「おーおー、良いじゃねえか行って……んぁ??」
瞬間、時間が凍りつく。頬を膨らませていた様子から一転、パッと顔を輝かせたアスナが高らかに発した言葉にネル達は硬直した。
こういった話の流れでは、大抵最後までこの勢いであしらって終わるものである。が、淀みなく明日の予定をアスナは打ち明け、しかもその内容が驚愕に満ちたものであるなど果たして想像できただろうか。つい先程までの生暖かい空気が瞬く間に冷え込んでいくのがハッキリと感じられる。
「……デートって?」
沈黙を破り、自信満々で胸を張るアスナへとそう投げかけたのはカリンだった。困惑そのものの顔で恐る恐るという声色だ。
アスナはにっこり笑顔を浮かべると、腕を組んで衝撃的な内容を仲間達へと話し始めた。
「うん! この前ね、ご主人様がデートに誘ってくれたの。『一之瀬さんの事をもっと知りたい』って! アハハ!」
「そ、そうなんだ、へぇ……」
「ちょ、ちょっと来い。アスナ、お前は掃除してろ、な!」
「? はーい! ♪~」
ご機嫌なアスナが箒を片手にそそくさと清掃を始めるところまで見届け、ネルはカリンとアカネの手を引いて少し離れたところまで一瞬で移動する。
三人共顔色は優れない。ネルは耳が真っ赤で、アカネは冷や汗をかき、カリンは青ざめていた。
全員で顔を突き合わせ、また喧々諤々が始まる。というよりネル一人だけ凄まじい語気で、
「どういう事だよ。あいつらいつの間にそんな関係になっていやがった……?」
「心当たりはありますよ部長。最近、アスナ先輩は頻繁にシャーレへ遊びに行っていましたから。しかし、まさか我らが飛鳥先生本人から誘われていたというのは、全くの想定外です」
「……教師と生徒、禁断の恋。まさか現実に起こるとは思っていなかった。でも意外性は思っていたよりないというのが正直な気持ち」
ぽつりと呟いたのはカリンである。これにネルとアカネが説明を求める視線を投げかけると、
「たまに先生に勉強を見てもらう時があるのだけれど、距離感がたまに近い。ぐっと顔を寄せ、あの穏やかな声で話しかけられると変な緊張感が出てしまう……つまり、あのノリで粉をかけていた可能性は十分にあり得る」
飛鳥本人が聞いたら相当なショックを受けそうな物言いであるが、残る二人はそれを否定する様子はない。悪感情から言っているのではなく、『ああそういうタイプではあるな』という納得が先に出てきてしまうわけである。
しかし事態は一刻を争う。まさか先生と生徒の間でその様な個人的関係が成立していようとしているなど、衝撃的すぎるのだ。
「そ、それだと、それだとよ……!?」
『一之瀬さん、もっと君の事を教えて欲しい。僕の知らない君を、もっと……』
『ご主人様……っ!』
「って感じになるのか!?」
「部長落ち着いてください。お顔が爆発しそうです。落ち着いてください」
顔を真っ赤にして白熱するネルだが、アカネは努めて冷静である。『C&C』における参謀の役割を持つ彼女は落ち着いて状況を把握し、既に誰よりも早く平静を取り戻していた。そのクールそのものな表情にはヒートアップしていた感情も次第に冷めていき、ネルは深呼吸をして自分を取り戻す。
「……落ち着いて、それでどうする」
「考えてみてください。あのアスナ先輩です。果たして先生が本当に先輩が言った様な発言をしたか、断言ができません。何かの頼み事をデートと勘違いした、その可能性は濃厚です」
「アカネの言う事には一理ある。アスナ先輩がどこまで真実を話しているのか、真偽は定かじゃない。確かめる必要がある」
なんと冷静で的確な判断力か。アカネの発言にカリンも追従し、ネルも腕を組んだままで言い聞かせる様に何度も頷く。
「言われてみりゃ、そうだな。よーし、そんじゃアレだ。確かめてみようじゃねぇか。な? 一応部員の面倒見るのも部長であるあたしの仕事だし!」
「そうですね。真実はこの目で確かめましょう……!」
そう、確かめるならば尾行を始めとしたさまざまな手段を用いて、自らの目が目撃するのが一番である。何故なら彼女達は『C&C』、ミレニアム直属の敏腕エージェント集団なのだから……!
※
デート当日。
「先生~! ほら、次あそこ行こ! ね! ねー!」
「ははは、一之瀬さん。そんなに急がなくても大丈夫だよ」
そこにいるのは、私服姿で親し気に歩く飛鳥とアスナの姿であった。