先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「……あのさ、何処から突っ込めば良いのかわからないんだけど」
「どうかしたのかなセリカちゃん」
「なんで!私のバイト先に!全員揃ってやってきているワケェ!?」
事の発端はホシノである。自由登校日なので皆で外食に行こう、そう言った次の日に彼女は集合場所を学校から離れた市街地に指定した。
全く土地勘が無い飛鳥はまた遭難しない様にシロコと事前に待ち合わわせて連れてきてもらい、セリカを除いた全員が集まった。
『うへ〜、じゃあ親睦会と行こうか』
そうして辿り着いたのが『柴関ラーメン』で、その店内には可愛らしい制服を着こなして明るく接客するセリカの姿があり、そして彼女は突然来訪した身内に驚き絶叫した次第である。
店内はそれなりに賑わっており、セリカの手にもラーメンが載せられたお盆がある。しかしながらその顔は羞恥と怒りで真っ赤に染まっていた。サッとホシノはノノミの後ろに隠れ、いつ怒鳴られても受け流せる姿勢を取り、代わりにセリカの視線は飛鳥へと向けられていた。
「なんで、アンタまでいんのよぉ……!」
「いえ、小鳥遊さんが僕の親睦会を開いてくれると言うので、断るのも失礼かと思って。まさか黒見さんのバイト先だとは知りませんでした」
「~~~~っ!」
「おーいセリカちゃん、お客さんに怒っちゃ駄目だろ。お友達だろう?」
「いえ、まぁ、そうですけどもぉ……!」
悶絶するセリカを厨房から店主の声が諫める。ちょこちょこと現れたその顔は犬そのものであるが、店の客はおろか対策委員会の生徒達も全くその事について触れようとしない。飛鳥だけはじっと店主の顔に視線を向けてしまっていた。
「ん?何か顔についているかい」
「いえ、なんでもありません。すみませんでした」
「さぁーて、じゃあセリカちゃん。お客さんを案内してくれたまえようへへへ」
「くぅ~……!あとで覚えてなさいよ!奥のテーブルへどうぞ!!」
個人的な感情と店員としての義務に挟まれながらセリカは苦虫を噛み潰した顔で一同を案内する。先頭がホシノ、最後尾を飛鳥だ。
テーブルへ向かいながら飛鳥は他のテーブルについている客をざっと眺めていく。服を着た犬猫、またはどうやって物を食べるのか不思議でならないロボット……キヴォトスの住民は皆個性的という他にない。そもそも生徒達にしてもその頭には光輪、ヘイローが浮んでいるのでどちらかと言えばヘイローを持たず、少女でもない飛鳥の方が異質なのだろう。
「はい、こちらへどうぞ。お客、様」
「うへ~、じゃあ今回の主役だから先生真ん中の方に座りなよぉ~」
「ん……じゃあ私は先生の隣で」
「では私も座っちゃいましょうか。先生どうぞ~」
「あ、どうもありがとうございます。失礼します」
「どうぞ先生、メニューです」
誘われるままに飛鳥は大きめのテーブル、その真ん中あたりの席へと腰掛ける。するとすかさずその両端をシロコとノノミが挟み込みアヤネがメニュー表を渡してきた。逃げられない様に前後の道を塞がれてしまったかの様で、昨夜の事が頭をよぎる。
もしや、ホシノは仲間達に飛鳥が怪しい動きをしていたと伝えたのではないだろうか。
(という事はこの親睦会の本当の目的は皆で僕を尋問する為……?もしや、これから僕は軽い拷問を受ける可能性がある。どうする?僕が知っている情報を全て打ち明けたとして信じてもらえるかどうか)
「先生、先生どうしました?」
「ん……黙ってしまう気持ちはよくわかる。ここのメニューは種類が多くて、悩ましい」
「ご注文は、お決まり、ですか?」
「あはは~、セリカちゃん笑いながら怒ってます☆ちょっと怖いかも?私はチャーシュー麺で」
「私は塩」
「ええと、味噌で」
「うへ~、特製味噌ラーメンに炙りチャーシュートッピング!」
メニューで目線を隠しながら飛鳥はホシノの様子を窺う。どのタイミングで彼女が話を切り出してくるのか、それが気になってしまう。セリカに何やら冷やかしの言葉をかけているが、脳裏には昨夜冷たい笑みを浮かべながら佇んでいた姿が鮮明に焼き付いていた。
あの時、そうしようと思えば彼女は飛鳥を後ろから撃つ事さえ出来た。実行しなかったのならば恐らく今は動向を監視しているのだろう。
(……別に僕は悪事を働いているわけではない、でも隠し事はしている。どうすれば正解なのか、こればかりは計算では片付けられないな)
「先生?せんせー?」
(ど、どうしたものか。よく考えたら彼女達は当たり前の様に銃で撃ち合っている手練れだ。それに比べて僕はちょっと走るくらいで息を切らす冴えない男……もしかしたら、大ピンチという奴なのかな)
「先生!」
「え、あ、はい、すみません。ちょっと考え事をしていました、すみません。そんなつもりはなくて」
「あー、セリカちゃんが大声あげちゃったせいで先生がびっくりしちゃいましたよー?」
「べ、別にそこまで大きくないわよ!?ほら早く、注文してっ」
「注文……?」
「ラーメンよ、ラーメン!」
「ああ……じゃあ僕は、醤油ラーメンでお願いします」
「もう、ボーッとしないでよね」
全員分の注文を取ってからセリカはぶつぶつと呟きながら厨房へと向かっていった。考え事をしている間、どうやらずっと話しかけられていたらしい。少々気まずそうに頬を掻いてしまう。
と、左側に座っているシロコがおもむろに距離を詰めてくる。肩と肩が触れ合いそうな感覚に飛鳥は僅かに戦慄していた。
(どうして急にこんな事をするんだ……?もしやアレだろうか、ずっと昔に見た映画でやっていた『穏やかな光景をバックに殺伐とした会話』というものか?)
「ん……先生、ホシノ先輩から聞きたい事があるって」
「聞きたい事って……?」
「うへー、先生。ここにいる時点でどんな内容かくらいかわかるでしょー?」
ホシノの目がキラリと光る。昨夜、本部で二人きりになった際にも見せたものと酷似している。飛鳥は悪い予感が当たってしまった事に思わず口をきゅっと真一文字に結んでいた。
両側に座るシロコとノノミはまさに逃げ道を塞ぐ為の要員、真ん中に座ってしまった時点で飛鳥の命運は尽きていたのだ。
「ん……先生、質問は山ほどある」
「皆凄い聞きたがってるんですよ~☆ね、アヤネちゃん」
「はい、色々と」
(なんて事だ。いつの間にか全員に疑われてしまっている……アビドス廃校対策委員会の絆は深いんだ。途中から入ってきた僕は最初から信頼していなかったのか)
察しが良い方だとは思っていたのだが、ホシノに怪しまれてしまった時点で命運は尽きていたと考えるしかない。
怪しい者ではないと証明する為には一体何処から話せば良いのか、別の世界からやってきたなど信じてもらえるはずがない。法力について説明したところで理解してもらえるはずもない。
(く……どれだけ考えたところで名案は出てこない、か)
「……わかりました、皆さんの聞きたい事について、どんな質問でもお答えします」
飛鳥が導き出した結論は誠意を以て対応するというシンプルなものだった。たとえ無茶苦茶な話をするにしても、ホシノ達に信じてもらう必要がある。であるならば大人という枠組みの存在として誠心誠意対応するべきなのだ。
意を決した飛鳥にホシノの目がゆっくりと細められる。やはり一番手は法力についてか、と彼は身構えて……
「うへ~、じゃあとりあえず飛鳥先生には彼女とかいるわけ?」
「え?」
「ん……普段何しているのか、聞きたい」
「私が聞きたかった事はホシノ先輩に言われてしまいました……じゃあ、飛鳥先生のご趣味はなんでしょう?」
「え?」
「す、好きな食べ物はなんですか?」
「え???」
一斉に生徒達から投げかけられたのは飛鳥が想像していたよりもずっと他愛もない質問ばかりで、思わず何度もまぬけな声をあげていた。目を丸くしながら飛鳥がどういう事なのかとフリーズしていると、ホシノはニヤニヤと笑い出した。
「これは親睦会なんだよ?そりゃあ、先生に聞きたい事があるに決まってるじゃーん。ほらほら教えてよ彼女とかいないのー?」
「え、えと、い、いません。あまり異性に興味は無いもので」
「普段何しているのかは?」
「……実験、でしょうか。どちらかと言えば一人でいる方が好きで」
「ご趣味は~?」
「ルーブ・ゴールドバーグ・マシンで蕎麦を打ったり、盆栽を嗜んでいます」
「好きな食べ物は……?」
「ええと、まぁ蕎麦でしょうか?」
つまるところ飛鳥の考えすぎだった。否、どちらかと言えば考えても仕方が無い状況だったのだが、わざと狙いを外されたと捉えるべきであろう。
ホシノは昨日の今日だからこそ、飛鳥にわざとらしいカマをかけて反応を見ているのだ。
「ふんふん、なんていうかアレだね。おじさんが言うのもアレだけど飛鳥先生ってばおじいさんみたいなシュミしてるね~?何歳なの~?」
「ひゃく……」
「ひゃく?」
「今のは、冗談です。二十六歳です」
「私は飛鳥先生みたいに落ち着いた性格の人凄い好きですよ~☆大人びているって良いですよね!」
「じゃあさじゃあさノノミちゃん、おじさんは?おじさんは?」
「ホシノ先輩はまだ高校生じゃないですか。それに女性なんですから話が違うと思いますよ」
「ひぃ~、真面目な返事が返ってきたよ~!飛鳥先生ぃ、おじさん同士慰め合おうじゃないかぁ~」
「……遠慮しておきます」
調子が狂うにも程がある。びぃびぃ言いながら泣きついてくるホシノをどうあしらえば良いのかわからず、とりあえず飛鳥はそのまま放っておく事にした。
「ん……先生、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンって何の事?」
「幾つもの部品を掛け合わせて、一つの玉から沢山の装置が連動していく複雑な機構です」
「つまりピタゴラなんとかの事ですね?それでお蕎麦を打つって想像も出来ないです……」
「案外楽しいですよ。自分がプログラムした通りに動いていって目標を達成する感覚は少し癖になります」
「もしも機会があれば、その時は皆で作ってみましょうか。ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」
「うへ~、説明聞いただけでおじさんいやなんだけど」
それからの少女達との会話は穏やかだ。戦っている時は皆気を引き締めて立ち向かっているが、今は何処にでもいる年端もいかない少女像そのもの。好きな事、嫌いな事、色々な話題を次々に口に出しては笑い合い、時に芳しくない反応を返す。
飛鳥はほどほどに会話の輪に交ざりながら、彼女達の姿を眺める。
こんな風に誰かと笑い合う時間が飛鳥=R=クロイツにも存在していた。くだらない話、真面目な話、少し湿っぽい話……それらは永遠のものだと信じて疑わなかった。
(……これはもしかしたら僕が見る夢なのかもしれない。本来の世界から消えてしまいたい、そう願う僕の罪悪感が幻を作り出しているとか。そうでなければ、僕がこんな風に誰かと笑い合う日が来るなんてあり得ない)
「お待たせしました。醤油、チャーシュー、塩、味噌、特製味噌に炙りチャーシュー。全部で五人分です」
「おー!待ってたよセリカちゃん~!美味しそ~!」
未だに怒りマークを額に浮かべているセリカがラーメンを運んでくる。一人ずつどんぶりが置かれていき、飛鳥の目の前に素朴な醤油ラーメンが届いた。
「うへ~、それじゃ主役の先生に最初の挨拶をお願いしようかな」
「……挨拶?」
「ん……こうやって手を合わせて『いただきます』」
「なるほど。じゃあ、いただきます」
『いただきます』
飛鳥が手を合わせて挨拶をすれば、ホシノ達も続く。そこからすぐに食事の時間が始まった。
あまり脂っこいものを食べる方ではない飛鳥としてはラーメンなど滅多に摂らない食事だ。これもまた良い経験かもしれない、などと思いながら麺を口へと運ぶ。
美味しい。ラーメンに対する価値観が一変する、素晴らしい味だった。
「……」
「あ、飛鳥先生無言で食べてますね」
「ここに来て良かったですね☆」
「うんうん、おじさんの目は間違っていなかったねぇ。あ、ちなみにここの支払いは先生持ちね」
「え!?」
ラーメンに舌鼓を打っていた飛鳥は突然の報せに麺を啜りながら顔をあげ、驚愕に目を見開くのだった。
※
「じゃあねセリカちゃーん!ごちそうさまでした~!」
「もしや、小鳥遊さんがあんなトッピングを頼んでいたのは僕に払わせる事を前提にしていたからなのか。そうか、これが噂に聞く無礼講……?」
「ああもう!さっさと帰ってよねもう!!二度と来るなー!!明日覚えてなさいよ!!!」
友人達と大人が店から出て行くのをしっかりと見届けてから、心なしかいつもよりも精神的な疲労をセリカは感じずにはいられない。
行きつけの店だった『柴関ラーメン』のバイトを始めたのは一週間ほど前で、誰にも働いているところなど見られていないはずなのだ。一体ホシノは何処で情報を掴んだのか、不思議でならない。
加えて飛鳥だ。まだアビドスにやってきて数日だというのに、もう仲間達に加わっている。
大人だ。今まで助けの一つも寄越してくれなかった連中の一人なのに。
(別に良い。皆、仲良くすれば良い。私は絶対にあんな奴と仲良くしたりなんかしない!)
こうしてバイトをしているのだって、少しでもアビドスの借金返済に充てられたらという動機だ。そんな姿勢で今日までやってきているからこそ、どうしてもセリカは飛鳥に対して刺々しい感情を抱かずにはいられないのだ。
「友達は帰っていったのかい?賑やかな子達じゃないか」
「……バイト先にまで来なくたっていいと思うんですけどね」
店主である柴大将は落ち込みぎみのセリカに対してほくそ笑みながらそう言うが、大して慰みにはならない。むしろ二度と冷やかしに来ないで欲しいという切実な気持ちばかりが強まる。
対策委員会の来店を経てからは、昼時が過ぎたという事もあり僅かに客足は減り始めた。暇な時間が出来ても特にやる事はない。精々テーブルの整理整頓をする程度だ。
アビドスの街が半分ほど砂嵐に呑まれてからというもの人口は著しく減少したが、それでも街として機能できているだけマシだ。地元でのバイトは時間の余裕が出来るだけでなく、それなりに街の為に働いている気持ちになれる。
(借金が本当に返せるかどうかなんて、わからないけどね)
と、静かになりつつあった店に客がやってくる。少しだけ曇っていた面持ちをすぐに営業スマイルへと変えて、セリカはそちらへと向き直る。
男が一人。派手なサングラスに、額から伸びた一対の角を持っている。キヴォトスにおいては少し珍しい外見だが、セリカはあまり気にならなかった。
「いらっしゃいませ!」
「えーっと、まだ開いてるっぽいね。良かった」
セリカがカウンターに案内すると、男はうんうんと頷きながら腰掛けてメニュー表へと視線を落とす。
スーツを着ているがあまり似合わない。スーツに着られている、そんな風貌だ。
「ん~、どうしよっかな。大将、とりあえずいつもの奴で」
男は慣れた口調でそう柴大将に声をかけた。バイトを始めてからの一週間では見た覚えのない客だが、もしや常連なのだろうかと柴大将の様子を窺う。
「……?」
彼はキョトンと首を傾げる。男は常連でも何でもない事がすぐにわかった。
「あー、ごめん。ちょっと言ってみたかったセリフだからさ。このミルピコ……じゃないんだっけ、カルポス一つね。それと、ラーメンかぁ。知ってはいるけど食べた事無い奴だ。店員さん、オススメある?」
「『柴関ラーメン』が名物です」
「へぇ、580円……良心的な価格だね。気に入ったよ、じゃあこれも」
「はいよ」
注文を一通り済ませて、男は大きく伸びをする。覗き見るつもりはなかったのだが、腰のホルスターには無骨な拳銃が二丁収められていた。
「ん~?もしかして店内で武器の持ち込みは禁止?ならすぐに外すけど」
「い、いえ別に……」
「いいよ全然。それよりさ、君もしかしてアビドス高等学校の生徒?」
サングラスの奥で興味深そうに目が細められる。セリカは答えて良いものかと考えたが、
「そう、ですけど」
「やっぱり!この街には若い子があんまりいないからさ。話には聞いているよ、大変なんだってね。僕に大金があればちょっとくらい助けてあげられたかもしれないけど、生憎お金が大して無いんだ。仕事で沢山使わなくちゃいけなくってさ」
「どんな仕事をしているんですか?」
「うーん、ざっくり言うとキヴォトス中を駆け回って色んな事をするのさ。ついこの前に就任したシャーレの『先生』みたいなものだよ。向こうよりかは忙しくないけどね?この街には知り合いが来ているっていうから顔を出そうと思って立ち寄ってみたんだよ」
こん、とガラスの音。見れば柴大将が乳酸菌飲料の入ったコップを男の前に置いていた。
「お客さん、あんまりウチの子にヘンな事聞かせないでくれよ」
「ごめん大将、胡散臭く見えちゃったかな?まぁ要するに僕の仕事は学生を助ける仕事だよ。大人としてね」
「……じゃあ、アビドスを助けてくれたりは?」
「うーん、それに関してはごめんなさいって言っておくよ。今請け負っている仕事が少し長くかかりそうだからさ」
「まぁ、そうだろうと思いました」
「その言い方からして大人は嫌い?わかるよ、今僕が面倒見てる子達も大人が嫌いみたいでね。今の君みたいな顔でこっちを睨んでくる事がたまにある。こればっかりは難しいね」
「大人っていつもそうです。私達の事、助けてくれない」
「ふぅーん?じゃあ僕にこの美味しいドリンクを渡してくれた大将は、君の『嫌いな大人』に入るのかな」
男はコップを傾け、白色の液体をごくごくと飲んでいく。セリカは予想だにしない言葉にカッとなり、
「そんなわけないじゃない!大将は私を雇ってくれたし、優しい人よ!」
「じゃあ君の言う『大人』っていうのはとても曖昧な概念だという事になるね。例えば今世界にいる人々を完全にグループ分けするとしても、無茶苦茶難しい。良い人と悪い人、なんて言う風に分けたとしても『悪い事をする為に良い人のフリをしている人』や『本当は良い人なんだけどそうする以外に道が無くて悪い事をしている人』なんていう様にめんどくさくなっちゃう」
また男はコップを傾け、
「僕が言いたい事を手短に話すとしよう。『人は見た目で判断しちゃいけないし、わかった様な気にもなっちゃいけない』。君達の学校を助けてくれない大人もいれば、君の事をバイトに雇ってくれる大人もいる。必ずしも全てがそうであるとは限らないし、たまに異なるパターンが出てきたと思ったら嘘だったりもする」
「……じゃあ、どうすれば良いのよ。皆、嘘つきって事になる可能性もあるじゃない」
「そうだね。その気になれば自分以外は皆嘘つきだから誰も信じない、なんて考える事だってできちゃう。でも君はそうじゃない。大将の店で働いているし、お友達だっている。信じているからだよ」
「皆を、信じてる」
「大人は信じられない、というけれど正確には『信じられない大人は信じられない』というわけだ。君が一歩踏み出すか、向こうが一歩踏み出すか。どちらにしても交流が無ければ信用なんてどうやっても築けない。どうかな、今からでも変えられる何かがあるんじゃないかな?」
そこでよぎったのは飛鳥の顔だった。
借金返済を手伝う、そう淀みなく彼は言った。9億だなんて桁外れの額を聞かされた上で、である。
彼にどんなメリットがあるのだろうか、あの判断にはどんな裏があるのだろうか。
「……」
「大人は信用できるよ。正確に言えば、信用出来る大人は信用できる。おっ、ラーメンが来た」
男の話はどんぶりが置かれる音で締められた。セリカが考え込むのを尻目に男はズルズルとラーメンを啜り、美味しい美味しいと呟く。
「うん、美味しいラーメンだ。これからアビドスの近くに寄る事があったら贔屓にしたいな、うん。美味しい」
仲間達のテーブルへとラーメンを運んでいった時、飛鳥は皆と普通に会話していた。
あの輪の中に入りたいという気持ちが少しも無いという事は無い。それでも今になって大人に手を差し伸べられたところで、と言う頑なな気持ちも晴れない。
セリカの胸中は、ざわざわと波立っていた。
※
「……信用できる大人は信用できる、か」
バイトを終えて、夜の街を歩きながらもセリカのモヤモヤとした感情は消える気配を見せない。このまま明日の学校で情けない顔を飛鳥に見せる羽目になると気付き、なんとかして切り替えようにもうまくいかない。
「とにかく、明日はまずホシノ先輩にアポ無しでやってきた事についてみっちり怒ってやる。話はそれからよ、もう……」
別の事で無理矢理気分を入れ替えて、セリカは帰宅の足を早めた。あの怪しいサングラスの男にしても本当ならあんな風に話を聞く必要などなく、無視すべきだった。余計な事を頭に植え付けられてしまった影響は大きい。
夜の街は静まりかえっている。家への近道という事で通っているエリアだが、本来は砂嵐によって被害を受けて住民が軒並み撤退しチンピラばかりが居座る危険地帯だ。
とはいえセリカとて対策委員会のメンバーとして腕に自信はある。多少喧嘩を売られても返り討ちに出来る自信があった。
「……む、何よアンタ達」
幾つかの足音と共にセリカの目の前にはヘルメットを被った生徒が銃器を手に立ちふさがる。見覚えのあるヘルメットに、彼女は眉をひそめた。
「ヘルメット団ね……昨日のお礼参りにでも来たわけ?良いじゃない。今ちょっとイライラしていたところよ。アンタ達くらい私一人で―――」
「ふぅん、血気盛んなのは良いけどちょっと勇気と言うには危なっかしいかなあ」
背後からの声。セリカもヘルメット団も、同時に視線を向ける。背中を丸めてくつくつと笑う男の姿があった。ラーメン屋に来ていた、サングラスの男である。
「黒見セリカ君、君は真面目で良い子だ。自分が頑張らないと、自分がやらないとって言う義務感で動いているその姿勢は素晴らしいと思うよ。けれど君みたいな子が一番大人に騙されやすいんだ、注意してね」
「急に何よ!ここは危ないから早く……」
「ああ、大丈夫すぐ終わるから」
銃声と、それに続いて続いてセリカの背後でバタバタとヘルメット団達が倒れ伏す音が響き渡る。
男の手にはあのホルスターに下げられていた無骨な拳銃が握られていて、銃口からは硝煙が立ち上っている。ゆっくりと振り返ったセリカが目にしたのは、銃撃を受けて意識を失っているヘルメット団の姿だった。
「凄いね、キヴォトスの子達は。一応急所を狙ったつもりなんだけど死んでないよ。まぁそれはそれで良いか」
「アンタ、一体……」
「僕の目的は君だよセリカ君。さっきは途中でラーメンが来ちゃったから止めたけど、あの話には続きがあるんだ。レッスン1、大人が全員悪いかそうでないかというお話をする。これはちゃんと君が聞いてくれて良かったよ。そうでなきゃ次のレッスンが成立しない」
銃を持ったまま、男は近付いてくる。セリカは迷う事無く肩に提げているカバンからライフルを取り出そうとしたが、それを牽制するように銃弾が肩口へと突き刺さる。
「きゃっ……!?」
「本当に凄いね、打撲くらいで済んでるんだ。まぁ法術抜き、しかも弾がないもんだから市販の弾薬を使えばこうなるのも当たり前か。天界の銃と言っても世界の構造が異なっていればちょっとは弱体化すると知られてよかったよ。えーと、それでレッスン2についてだ」
男の手が伸びてくる。ぴったりとセリカの顔へ押しつけられた掌からは、人のものとは思えない冷たさが伝わってきた。
「レッスン2、良い大人と悪い大人についての講義を終えたところで質問です。――――君から見て僕は『信用できる大人』に見えた?それとも『信用できない大人』に見えた?前者なら気をつけて、騙されちゃう」
「ぐ、ぅ……」
「安心して、ちょっと眠ってもらうだけだよ。飛鳥君と来たら先生になったせいなのかちょっと気が抜けてるみたいだから、ここら辺で誰かがお尻を叩いてあげないと面白くない」
「なん、で、アイツの名前―――」
「知り合いがこの街に来ているって話したでしょ、アレ飛鳥君の事。ああ心配しないで、彼は『良い大人』だと思うから。……あれ、僕が言っても説得力無いかも。そうだ。君の意識はあと数秒で飛ぶけど、その前に僕の自己紹介をしておこう」
銃をホルスターに仕舞い込み、男は空いている片方の手をひらひらと動かすとニッコリと微笑んだ。
「――――ハッピーケイオス」
そうしてセリカの意識はパタリと消える。彼は少女の顔に触れていた手を離すと、今度は先程自分が撃ったヘルメット団達に近付いていき、また手を押し当てる。すると意識を失っているはずの少女達は次々に立ち上がった。
「よぉし、じゃあヘルメット団の皆。君達がセリカ君を連れて行くつもりだった場所に僕もついていくからね、よろしく」
ヘルメット団は無言で気絶しているセリカを担ぎ上げ、移動していく。一人だけ手ぶらな男がついていこうとしたところで、ぶるりとポケットに入れてある端末が震えた。
「やだなぁ」
口ではそう言いつつも、男の表情には微笑みが浮んでいる。慣れない手つきで端末を取りだし、通話ボタンを押した。
「はい、もしもし?サオリ君?今何処にいるかって?うーん、散歩中かな、うん。しばらく会えないからよろしくね~」
ぶつりと通話を一方的に切って、彼は改めて伸びをする。煩わしいと感じていたスーツを敢えて中途半端に脱いだ状態にすると、着心地が良いのか口角を吊り上げた。
「さぁて飛鳥君、そろそろこの世界にも慣れてきた頃だろ?再会と行こうじゃないか」
to be continued
次回『Let's Rock』