先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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遅すぎる。
そして長すぎるから削る。
許せサスケ。


デートする? しない?

「一之瀬さん、来週予定あるかい?」

「ない! 全然ないよ!! デート? デートのお誘い? 全然いいよ!!」

「デートじゃないよ……」

 

 ある日のシャーレ、飛鳥の細い声に対して当番でやってきていたアスナは怒涛の反応を示した。爆発するかの様な声色に思わず身を反らして回避を試む飛鳥は苦笑と共に、

 

「実は今度服を買いに行こうと思ってね。良ければ一緒に来て欲しい」

「じゃあデートだっ!」

「……いや、デートじゃないよ」

「むーっ。デートじゃないならなんで誘うのー」

 

 椅子の上で自分の服を指先で引っ張り上げながら口元を緩め、

 

「以前、トリニティの生徒に服装のバリエーションが乏しいと言われたんだ。僕自身としてはファッションというものに対しての造詣はお世辞にもあるとは言えない。だから第三者の意見が欲しいのさ……特に率直な意見をね」

「……じゃあやっぱりデートじゃん! やったー!! ご主人様にデートに誘われた~~!!!」

「だ、だからデートではなくて」

「せっかくのでアスナちゃん、制服で行きまーす! いつもとは違う私を見せたげるね~!」

 

 アスナがご機嫌で胸を張ってみせると、飛鳥は案外乗り気な表情で何度か頷いた。制服という言葉に惹きつけられた様だった。

 

「制服、か。言われてみればメイド服としての一之瀬さんしか知らないな……うん、是非お願いしたい。僕の知らない君を知りたい」

「きゃ~! やっぱりデートだー!!!」

「いや、あの……」

 

 〇

 

(結局、彼女の中では完全にデート扱いなんだろうな……)

 

 雑踏の中で飛鳥は一人ごちる。ミレニアム学区内、衣料品店が立ち並ぶ通りには見るからにおしゃれな人々がそれぞれが思う至福の時を過ごしている。カフェで買ったらしいドリンク片手の者もいれば、自撮り棒と呼ばれる携帯端末用のアイテムを使って自分を映しながら何やら大声で話している者もいる。

 実に多様性に溢れた、良い光景だ。そして飛鳥はこの空間から炙れた『冴えないヤツ』というわけである。

 

(……結構傷ついた、と言っても仕方がないか)

 

 わざわざ、科学という分野にしか興味を持たない飛鳥=R=クロイツが衣服を他人に相談してまで購入しようとする理由は面倒を見ている生徒からのストレートな指摘だった。

 

『あのさ先生、他に服のバリエーションとかないの?』

 

 あくまでも純粋な疑問だっただろう。別に飛鳥を咎めているわけではない事も声色から判断できた。

 だが年頃の少女からの純粋な疑問というものはなかなかに堪えて、事実飛鳥はその夜寝床でしばらくバリエーションという言葉をひたすらに反芻していた程である。

 別段ファッションそのものを重要視しているわけではない。必要か不要かと言われたら必要とさえ答えられる。が、必要だからというだけでは人間として不適切な事くらいは理解している。それ故に先生として他者からの印象を決定づける外見部分を修正しようと思い至った次第である。

 

(待ち合わせの時間まであと五分、か)

 

 手首に巻いた時計をちらりと窺う。アスナが遅刻するとは考えていないが、何かトラブルを引っ提げてくるのではないかという不安の占める割合が多かった。

 連絡してみようか、とモモトークを起動しようとし、そこで飛鳥の視界を誰かの指が覆い隠した。

 

「だーれだ」

「一之瀬さん、後ろからだとびっくりしてしまうよ」

「あっ、バレた? ふふふ、さっすがご主人様! あっ、今日はプライベートだから先生かっ」

 

 一声聞いただけで誰かはわかる。飛鳥がやんわりと窘めると目を覆う指が離れる。振り返れば、そこには制服姿のアスナが満面の笑みを浮かべていた。

 なるほど、フリフリとした意匠が散りばめられていたメイド服と比較してシンプルなシャツ型の制服にスカートを履いた姿は、普段とは異なる印象を醸し出している。普段よりも年相応な外見に見え、飛鳥はうんうんと納得する様に頷いていた。

 

「えっ、何~そんなにジロジロ見ちゃって先生のえっち~!」

 

 ちょうど胸元のリボンを凝視していた辺りでアスナが大袈裟に両手で隠し、口を尖らせてくる。デリカシーのない行為だったと気付き、飛鳥は慌てて目線を逸らしてしまう。間違いなく耳まで赤くなっていると感じていた。

 

「そ、そんなつもりでは……ごめん」

「あははっ、顔真っ赤。可愛い~! じゃ、行こうか! 先生に似合う服いっぱい知ってるんだー!」

 

 顔を赤くする飛鳥に心から楽し気に微笑みかけ、アスナはおもむろに彼の手を握った。肌を通して伝わる温かさに、彼はわずかにドキリとする。感情の起伏に富んでいるわけではないが、かといって情動というものが皆無なわけではない。むしろ生徒達との交流でわずかながらマシになってきている方だ。

 とはいえアスナは現時点で他の生徒と比較しても飛鳥には『やりづらい』という感想を抱かせる。良くも悪くも思い付いたら動く彼女の性格は予測不可能、それでいてバニーガール衣装を見せつけてきた時の様にからかいまでしてくる。

 

(……顔を赤くしない方法、探さないといけないかもしれない)

 

 アスナに手を引かれ、手近な衣料品店へと向かいながら、飛鳥の気は重かった。

 

 

「おいおい、もう手を握りやがった!」

「流石アスナ先輩ですね……」

「リーダー、尾行の為には牛乳とアンパンは欠かせない。ほら」

 

 

「それでそれで? 先生はどんな服を探してるの?」

「ええと、予習はしておいたんだ。僕みたいな人間には少しフォーマルなくらいがいいと思うんだけど」

 

 一軒目、ズラリと並ぶ男性用衣服を前にして、飛鳥は用意していたファッション雑誌を取り出してアスナへと渡す。エンジェル24で買った、『ビジネスにもカジュアルを!』などと謳い文句が載った、少し堅苦しい表紙だ。とはいえ先生としてあまり軽率な服装を選んでは、少しばかり不健全な第一印象を与えかねない。

 判断としては間違っていなかったと思うのだが、アスナは雑誌をまじまじと見つめたかと思えば、わかっていないとでも言うかの様にかぶりを振った。

 

「先生……こんなんじゃダメ!」

「えっ。でも」

「こんなんじゃ全然可愛くない!!」

「えぇ……?」

 

 予想外のコメントである。アスナは雑誌を飛鳥へと突き返すと並べられた無数のハンガーから幾つか候補を引き出し、ズバリと見せつけてきた。一瞬で見つけ出す辺りが流石アスナとでも言うべきか。

 一枚目は長袖のシャツにジャケット、スラックスのセット。

 二枚目は花柄半袖のシャツ、サルエルパンツのセット。

 そして三枚目は飛鳥の体格に対して少しばかり大きいサイズのジャンパーにジーンズのセットである。

 選ばれた三つの候補に対して、飛鳥は「おぉ」と感心の声をあげてしまう。

 

「これは……よくあの僅かな時間でこれだけの服を見つけたんだね一之瀬さん」

「ふふん、C&Cはエージェントなだけじゃなくてメイドなんだよ? ご主人様にどんな服が似合うのかも良く知ってるんだ。で、私としては先生にはこのおっきいジャンパーなんか良いと思うんだよねっ。あー、でも、夏になったら暑いや。同じ色のパーカーなんてどうかな!」

 

 候補をまとめて試着室に持っていきつつ、ニコニコと楽し気にアスナは新たな候補を見繕い始めている。

 当初は飛鳥の選ぶ服装に対してアスナが評価を行うという流れのはずだったのだが、あっという間に流れは変わっていた。服を選んでもらっているなんとも締まらない状況であるが、彼女の選択そのものは普段絶対に飛鳥が選ばない彩り豊かなものばかりである。

 

「……本当は僕一人で選ばなければいけないのに」

 

 答えを他人に委ねてしまう事を、飛鳥は避けようとしてきた。いつも答えは出ているはずのに自分では選ぶ事ができなくて、些細な決定から重大な決断までフラフラとしてしまう。

 先生になってからその辺りを直そうと試みているのに、まさかファッションまで戸惑う羽目になるとは思いもしなかった。

 

「先生! パーカー見つけた! 試着してみなよ!」

 

 サッと戻ってきた飛鳥に肩を叩かれる。先程のジャンパーに近い色で薄手のパーカーが彼女の手には握られていて、線の細い飛鳥の体にはよく似合いそうだった。

 

「ああ、ありがとう。すべて試してみるよ」

「うん! 全部見せてー!」

 

 一度に三着も持っていくものだから、飛鳥は両手いっぱいに服を抱えて試着室へと向かう。狭い部屋まで辿り着き、壁に備え付けられたフックへとハンガーをかけていく。ここからは何度か試着を行い、何が最も似合うのかを見定める必要がある。

 試着室の入口にカーテンをかける。流石に中まで入ってこられては大変だ。

 

「一之瀬さん、外で待っていて欲しい。覗いてはダメだよ」

「覗かない覗かない。えっちなのは先生だけだもん」

「……頼むよ」

 

 試着室に乱入されては困るというのも理由の一つだが、実際は肌を見られたくないという気持ちの方が大きかった。

 上着を脱ぎ、次にシャツのボタンを外す。衣擦れの音がしばらく続いてから、曇りのない姿見には飛鳥の枯れた枝の様な肉体が映り込む。ところどころに『痕」が残っており、とてもではないが健康的な人間のものには見えない。

 数秒だけ鏡の前に佇んでから、飛鳥はおもむろに最初の服に手を伸ばすと袖を通し始めた。

 

「どうかな、一之瀬さん」

 

 カーテンをどかし、アスナに着替えた姿を見せる。ジャケットにスラックス、当初飛鳥が想定していたビジュアルに最も近いものだが、審査員の表情はあまり芳しくはない。『納得いかない』という顔だ。

 

「なんていうか、いつもの先生と変わらないかも……」

「僕もそう思っていたところだよ。わざわざ似た様な服を何着も抱えても意味はなさそうだ。残りの二着も試してみる」

 

 またカーテンを閉じ、二着目に袖を通す。花柄のシャツはまるで花畑の様に色とりどりで、飛鳥は自分の様な人間に果たして似合うものだろうか、とじっと観察してしまう。

 しかし服はそれ単体で判断を下すものでもない。決意と共に羽織り、わざと布地に余裕を作り足の輪郭をぼかすサルエルパンツも履いてみた。

 

「今度はどうかな?」

 

 恐る恐るカーテンを開けると、アスナの顔に弾ける様な笑みが浮かぶ。どうやら今度の服は当たりの様だ。

 

「あーっ、すっごい良いかも! いつもより若く見えるよホントに!」

「わ、若く……?」

「うん! いつもの先生ってなんていうか、おじいちゃんみたいな時あるもん!」

「おじ―――」

 

 サラリと鋭い言葉が飛鳥の胸元に突き立てられるが、アスナなので悪気があってのものではないだろう。むしろ彼女がそう言い切ったからには他の生徒にも同じ目で見られていた可能性が十二分にある。

 衝撃に打ちのめされるものの、堪えて飛鳥は姿見の自分へと振り返る。

 悪くはない。確かに言われてみれば、普段よりも若々しい外見に見えてくる。

 

「イメージチェンジと言えば、イメージチェンジか」

「うんうん、これならあともう一つも絶対似合いそう。早く見せてよ、先生!」 

 

「けどよくこんなに用意できたね。普段の僕はそんなに着飾りがいのある、色味のない人間に見えたかい?」

「うーん、うまく言えないんだけどさ、凄く先生って堅苦しい時あるよね? 着替えたら、見た目じゃなく雰囲気も変わるんじゃないかなってずっと思ってたの」

「……堅苦しい、か」

「先生はさ、ないの? キャーッてはしゃぐ事」

 

 花柄のシャツを羽織り、ボタンを留めているとアスナからそんな言葉が投げかけられた。飛鳥はそれに手を止める。

 脳裏を様々な光景がよぎったが、最後には口元を僅かに緩め、

 

「昔はあったよ。僕にも友人がいて、好きな事に熱中できて……他愛もない話題に花を咲かせた」

「今は?」

「今は……色々あったからね。僕も大人になって、あまり声に出して喜ぶ事はしなくなってしまったな」

「そっかぁ」

 

 三着目、パーカー姿はアスナに確認する前に飛鳥本人も『良い』と感じるものだった。敢えて強いカラーリングにする事でポップで異様に馴染んでいる様に見える。そこでようやくファッションに疎い身ながら、飛鳥は自分を着飾る事が何を意味するのかを理論ではなく、感情で理解した。

 ではアスナにもこの姿を見せよう、とカーテンに手をかける。すると足元の隙間から、誰かの靴が見える。恐らくアスナのものだ。

 

「一之瀬さん、どうかしたかい?」

「先生さ、やっぱりデートしようよ」

「え?」

 

 そこで、躊躇いもせずにアスナはカーテンを開いた。飛鳥は目を剥いて驚き、声をあげようとした次の瞬間視界が彼女の胸元でいっぱいに埋め尽くされる。

 

「~~~~~っっ!?」

 

 鼻孔を突く化粧品の香り、そして何より柔らかな感覚、呼吸が塞がっている飛鳥は夢中で両手を動かして拘束から抜け出そうと試みるが、腕力でまるで叶わない事は明白だ。

 

「よし決めた! デート行こう、ねっ先生! せっかく着替えたんだし!」

「うぐ、ぐぐぐ……!!」

 

 アスナが何故そんな発想に思い至ったのかを考えようにもガッチリと抱きしめられたままでは何も言えない。

 しばらくしてただでさえ暗い視界が更に暗くなっていく。酸欠状態だと気付き助けを求めた時には、もう遅かった。

 

「うぐぐ、ぐぅ」

「あれ!? 先生? もーしっかりしてってばー!!!」

 

 こうして、飛鳥は有無を言わさずアスナとのデートを続行する事になった。

 

 




パーカーはあれですね、前回のマルイコラボの時の服を意識してます。
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