先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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スレイヤー問わず語り『空崎ヒナ』

「はぁーはっはっは! はぁーはっはっは! 温泉が見えるか、聞こえるかぁ~! 私には見えもするし聞こえもする! さぁここを掘れ、あそこを掘れ! ここ掘れワンワンだ! はぁーはっはっは!」

 

 ゲヘナの街をドリルが襲う。モグラの様に突然道路の真下からドリルが飛び出しては地面が爆発し、土煙が雨となって降り注いだ。

 温泉開発部。ゲヘナが抱える問題児の中でも特に破壊規模の大きい危険集団。目的は温泉を掘り当てる事……なのだが、その行動には必ずと言って良い程破壊が伴い、他者への危害というものをまったく顧みない。歩く爆弾とでも言うべきだろう―――ゲヘナに歩く爆弾は無数にいるが―――。

 

「先生。追って」

「追ってと言われても……!」

 

 そんな温泉開発部が駆るドリル戦車を追いかける車両が一台。風紀委員が所有するジープは拙い動きながらも的確なハンドル捌きで土煙に紛れて飛来する瓦礫を避けていく。

 運転席に座るのは、哀れにもこの追想劇に巻き込まれた飛鳥=R=クロイツ。

 そして助手席には得物のマシンガンを構えたままの空崎ヒナの姿があった。

 

―――温泉開発部がまたバカな事をしでかそうとしている。

 

 匿名の通報に合わせて迅速に動いた風紀委員だったが、よもやそれが温泉開発部の長を務める鬼怒川カスミの情報戦略だとは思いもよらず、裏をかかれた彼女達の対応は後手に回った結果、ドリル戦車の登場という次第である。

 無論追跡し捕縛する必要がある。そんな状況で誰よりも先に動いたのがヒナと、ヒナに連れられた飛鳥だった。

 

「先生、このまま右側を意識して走って。瓦礫は私がなんとかするから」

「え、援軍が来るまで待った方が良いんじゃないかなっ」

「援軍を待っている間に道路が穴だらけになる。ここであの戦車を粉々にするか、地面が陥没して皆落ちるか、どちらが最適解だと思う?」

「……やるだけやってみよう」

 

 飛鳥には車の運転技術などない。基礎知識程度ならば把握しているが、実際に乗ってみてそこから死線を潜り抜けろなどまったく無茶な話である。

 法術を使えば一瞬であろうが……それを制したのはヒナだった。

 

―――『皆に見られたら大変でしょう』

 

 風紀委員には既にバレている。であるからこそヒナはこれ以上法術が世間に露呈する事を避け、自分がカスミを捕えると飛鳥を諭していた。

 とはいえ連れてこられた以上は仕事をするしかないわけで、ヒナは何故か部下ではなく飛鳥に運転を命じていた。

 

「あっ、来た」

 

 ギャリリィとドリルが唸り、裂けたコンクリートが礫となって降り注ぐ。これにはハンドルに齧りつきそうなまでに密着している飛鳥も青ざめた顔で助手席の相棒へと救いを求める視線を向けた。

 

「空崎さん、行けるのかい!?」

「当然よ。先生は運転に集中して」

 

 ヒナはと言えば驚きもせず、慌てもせず、冷静にマシンガンの銃口を一点に向けている。冷静そのものな横顔に飛鳥もゴクリと唾を飲み、ハンドルをギュッと握りなおした。

 礫がジープ目掛けて激突するより前に、マシンガンが火を噴いた。落雷の様な爆音に続いて放たれた弾はコンクリートの破片を粉砕せしめ、その際に生じた細かな破片はバラバラになって周囲の瓦礫までも削り取っていく。あまりにも壮大で壮絶なビリヤードである。

 襲い掛かってきたコンクリート片はすべてジープを避けて墜落していく。偶然か、または意図的か、ヒナが事前に下した指示の通りに飛鳥がハンドルはそのままでいたおかげで何の被害も受けていなかった。

 

「ね? 言ったでしょう」

「う、うん……!」

「さっ、次はあの大物を仕留めないと。先生、思い切り加速してアレの横につけて。後は私がやるから」

「でも、君一人で任せるには―――」

「大丈夫。私が誰なのか、よく知っているでしょう」

 

 ヒナはゆっくりと飛鳥に振り返ると、冷めた声色でそう言い切る。その言葉を否定できる実力を持つ者などそうそういない。飛鳥はぐっと言葉を飲み込むと、言われた通りにアクセルを踏み込んだ。

 

「さぁ、それじゃあ終わらせましょうか―――!」

 

 

 ドリル戦車がひっくり返っている。キャタピラが空に向けて放り出され、まるで甲羅の裏を見せつける亀の如くだ。

 物の見事にヒナ一人で状況は覆り、温泉開発部の陰謀は空振りに終わった。カスミ本人を尋問したところ、ゲヘナの中心部に温泉を探知したのでドリル戦車で掘り出そうという魂胆だったらしい。それによりどんな被害が予想されるか、飛鳥は冷静に諭したが「それは温泉開発と何か関係あるのかい、先生」と素晴らしい笑みで返され、絶句した。

 夕方に起きた事件はようやく解決し、今や陽も沈んだゲヘナの街は騒ぎに便乗した火事場泥棒が起きかねない。その為に風紀委員達は既に街中に駆り出されている始末だ。

 

「はぁ……」

 

 そしてヒナだけは、一人現場を見下ろせるビルの屋上から足元に広がる風景を俯瞰から観察する。

 カスミのいつも通りの凶行が巻き起こした被害は少なくとも、ゲヘナ学園生徒会『万魔殿』に風紀委員の怠慢だとつけ入る隙を十二分に与えてしまった事だろう。

 今度はどんな面倒事を投げかけられるのやら、苦労が絶えない。

 

「お手柄だ……と言うには、今晩はもう少しやる事が残っているかな」

 

 後ろから声をかけられたヒナが振り返ると、飛鳥がレジ袋を片手にやってきていた。しばらく姿を消していたが、買い物に行っていたらしい。

 

「やる事と言ってもいつもと一緒よ。全員の頭を叩けばそれで終わる話」

「けれど、その『いつも』を繰り返す事は君にとって大きな負担になっているはずだよ」

 

 屋上の縁に腰かける。足元には宙があり、踏み出せば下には地面がある。飛び降りたとてヒナには大したダメージなどない。

 そう、ダメージはない。けれど、辛いわけではない。屋上から飛び降りる事が怖くない人間などそうそういないだろう。

 

「よいしょっと」

 

 飛鳥はヒナを真似て腰かけたが、そわそわと身じろぎしては足元を覗き込み、そして目を背ける。高いところが苦手、という話ではないだろう。単に落ちる事が怖いのだ。

 ヒナは口の端を緩めた。その気になれば空だって飛べるはずの人間だというのに、感性はあまりにも弱々しい。これでよくも先生などという役割をこなしているものだ。

 

「それで買い物の目的は?」

「うん、これを君に」

 

 そう言って飛鳥が取り出したのは、おにぎりと味噌汁が入った缶―――あるにはあるが、実際に買っている人間は初めて見た―――だった。差し入れ、のつもりなのだろう。

 ヒナは思わぬ食べ物の登場に目を丸くし、ふっと笑みを漏らしていた。

 

「何、それ」

「いや、こういう食事は疲れた体に効くんだよ。栄養素もあるし、糖質やビタミンを一気に取れる。僕が食べる様なゼリーやエナジーバーよりずっと良い。食べると良い」

「食べている暇、ないかもしれないけど」

「シャーレの先生が空崎ヒナに多く買いすぎてしまった分を食べてもらっている、そんな言い分じゃダメかい」

 

 飛鳥という人間は何処か冷たくて、抜け目がなくて、合理的で、だというのに時折不思議な顔を見せる。

 人間性、とでも言えば良いのだろう。そして彼がその人間性を覗かせる事は本当に稀で、逆に言えば普段の飛鳥は何処か人を寄せ付けまいとする溝の様なものを感じさせる時さえある。

 

「残すのも勿体ないから食べる。ちょっと休憩」

 

 おもむろにおにぎりと缶を受け取り、ヒナは無言で食事を始める。飛鳥はそれをじっと見ながら、足元に広がる光景をぼんやりと見つめていた。

 

「近い内に大きな仕事が来ると思う。そうしたら、こんな風に合間の時間で君と話せる時間は減りそうだ」

 

 何か事件が起きて、それを解決すれば、僅かな隙間に言葉を交わす。そんな余裕のかけらもない時間がしばらくお預けだと言われると、ヒナは言葉にできない嫌な気持ちに駆られた。

 米粒で口を膨らませながら、内心では以前から言おうとしていた『誘い文句』が今か今かと準備している。

 

『良かったら、カフェにでも言って話さない?』

 

 簡単な話である。今の会話を延長して、コーヒーでも飲みながら今後の話をしたいとでも繋げれば飛鳥も嫌がらないだろう。

 だのにヒナはいつもの冷静さなど何処へ行ったのか、もぐもぐと口だけを動かして完全に自分を失っている。

 

「……空崎さん?」

「えっ、ごめん、何?」

「ちょっと良いかい。顔に汚れがついている」

 

 呼ばれていた事に気付かずヒナがハッと顔を向けると、飛鳥はレジ袋からウェットティッシュを取り出している。大きく『顔にも使える!』と書いてあるところを見るに、顔の汚れとやらは彼の目から見ても明らかな程度に大きなものらしい。

 まさか、とヒナは少し身を引いた。いくら飛鳥と言えどそこまで許すのは気が緩みすぎというものである。

 

「そ、それくらい自分でできるから。やめてよ」

「でも君の両手は塞がっているし……僕にできるのはこれくらいだと思うんだ。あ、別に子ども扱いしているわけではないと事前に申告しておくよ」

「子ども扱い、してるから……」

「むっ、それはすまなかったね。どうも空崎さんと話していると、いつもより過干渉気味みたいだ」

 

 そう言って飛鳥はウェットティッシュの袋をいったん置いておき、袋から自分用らしきおにぎりを取り出した。

 

「僕も横で食べて良いかい? さっきのカーチェイスで随分と神経を使った。お腹が減って仕方がない」

「どうぞ……」

 

 言われてみれば飛鳥の顔はだいぶげっそりとしている。一番ハンドルを任せても問題のない人物と思い誘ったは良いものの、やはり危険な目に遭わせるべきではなかった。今後は自重しなければならない。

 ヒナは一人落ち込みながら、口を頑張って開けておにぎりを頬張る飛鳥の横顔をじっと見つめる。彼の頬には、まぁまぁ目立つ煤の様なものがあった。

 

「……先生、ここ。汚れてる」

「えっ? 本当かい? だとしたらさっきコンビニの店員が変な顔をしていたのも納得できるな」

「もう」

 

 おにぎりも食べ終えて手が空き、ヒナはウェットティッシュを一枚取ると飛鳥の頬を拭ってやる。目を細め嫌そうにしながらも彼はヒナが拭き終わるまでじっとしており、小動物の様だ。

 

「大人なんだから、これくらいは自分でやった方が良い。絶対」

「君に言われるとダメージが凄いな。しっかり者の空崎さんだからかな……」

 

 まったくもって飛鳥という人間は無理をしすぎている。自分にできる事以上の物事に手を出して、それでいて大丈夫だと口では平気そうに振るまっているが、そうでない事はヒナにでも理解できる。

 だが大人だから、子どもの目の前だからそれを隠すのだろう。

 先程までの誘い文句をぐっと飲み込む。そんな飛鳥を、自分のわがままに付き合わせるべきではないと、空崎ヒナは冷静に考えて、堪えてしまっていた。

 

 

「……」

 

 しばらく、飛鳥には会えないかもしれない。

 時は進み、美食研究会の護送を終えたヒナは執務室で一人机に突っ伏し、無言を貫く。質のいい木材を使っているだけあって、顔を寄せていると年月の籠った良い匂いが鼻腔をくすぐる。しかしどちらかといえば、今のヒナには有無を言わさない冷たさが心地よかった。

 飛鳥を誘うか誘うまいか、などと考えていたらトリニティ市街地で爆発騒ぎ。飛鳥は正義実現委員会と生徒と共にあの不可思議な『力』で瞬間移動。残されたヒナはエデン条約がある手前、トリニティに大手を振って突入などできない。

 肩を落とし、美食研究会達を牢屋に突っ込むなり執務室で脱力している次第だ。

 

「そう落ち込むな。あれは不可抗力と言えるだろう」

「スレイヤー、貴方飛鳥先生の知り合いだったのね」

 

 室内の一角、窓際から夜空を眺める紳士はヒナが棘のある声色で問いかけると肩をすくめた。

 

「私は知っているとも、知らないとも口にしたつもりはない。それに、私が彼と既知の仲だからと言って仲人を行うなどもってのほかだ。男女の関係性に他人が割って入るとロクな事にならない」

「どうしてあそこで割って入ってきたの」

「どうしてと問われると、老人の世話焼き心に火がついたと言うべきだろう……君の成長を見守るつもりであったが、両者共にあそこまで奥手となれば口か手が出てしまうものだ。幸い私は馬に蹴られようが大した事はないがね」

「……馬って、何の馬」

「仲睦まじい男女の邪魔者を蹴る、あの馬だよ」

「………っ!?」

 

 そこでヒナはガバッと身を起こしてスレイヤーを睨みつけた。だが年を重ねたこの老紳士にはその程度の怒りはさしたる脅威にはならない。おやおや、と肩をすくめる。

 

「失礼、少々品のない表現だった。だがまぁ特別な感情を抱くのは別段おかしなものでもない。特にあの手の人種はおかしな部分で人を惹きつける。無論、私もその一人だ」

「……貴方が惹きつけられるのはどういう流れ?」

 

 すぐに落ち着いて椅子に倒れ込む様に腰かけ、ヒナは背もたれに体を預けながらスレイヤーの次の言葉を待つ。

 紳士は口寂しそうに口元を撫でながら、

 

「気付いているかねヒナ君。飛鳥=R=クロイツは君によく似ている」

「私と、先生が?」

「ああ、似ているとも。特に人を寄せ付けない様で内心では人を求めている点がそうだ。君も彼も、自己肯定感というものが地を這っている。私が知る中では双璧を成すレベルだよ、君達二人は」

「……そう?」

「そうだとも。でなければ、『先生この後時間ある?』と一言くらいはかけてもよいものだ」

 

 むっと顔を赤くするヒナを窘めながらスレイヤーは窓際に差し込む月の光を見上げながら、ぽつりと呟いた。

 

「好いていると言ってくれる誰かがいない事は辛いものだ。そういう意味では私は君には資格があると思うし、彼にはそうされるべき義務があるとさえ思う。ヒナ君はもっと愛されるべきであるし、飛鳥君はもっと愛するべきだ」

「難しい言い回し……」

「何、端的に言えばこうだよ。『君達は、もう少し報われるべき』だ、とね」

 

 そこで、ヒナの制服がブルリと震える。誰かからの電話だ。

 何事かとヒナは相手を確認し、カッと目を見開いた。スレイヤーは誰か?と問いもせず、近くのソファに腰かける。

 恐る恐ると言った様子でヒナは通話を開始し、スマホを耳元に押し当てた。

 

「……先生?」

『ああ、空崎さん。夜分遅くに申し訳ない、今良いかな?』

「―――ええ、良いけれど」

 

 震えた声が、次第にいつも通りの芯のある声色に変わる。空崎ヒナという少女はこの切り替えが異様に早い。

 

『挨拶もできずに別れたものだから、謝っておこうと思って。申し訳ない』

「いいのよ、そっちも色々あるのはわかったから。先生の方はなんともないの?」

『なんとかってところだね。それより……いや、君の『友人』に関してはまた今度にしようか。時間も時間だ』

「先生」

『何かな?』

「……その」

 

 ヒナの唇がワナワナと震える。今こそ、口に出しても良いタイミングのはずである。いつになるかはわからなくても『時間があれば一緒に出掛けよう』と声をかける絶好の機会だ。

 けれど、次第にヒナの中でその意欲は萎んでいく。頭をよぎるのは風紀委員長という自身の立ち位置と、飛鳥に課せられた多くの義務だった。

 

「……なんでもない。連絡してくれてありがとう、おやすみなさい」

『うん、おやすみ。体には気を付けてね』

 

 そこで通話がぶつりと切れ、ヒナはまた最初と同じく机に突っ伏した。今度は大きな嘆息を添えて。

 その様を見ながら、スレイヤーはやれやれとかぶりを振りつつ、

 

「人間幾度もすれ違うものだが……いやはや、どうしたものか」

 

 悠久の時を生きてきた彼をして、空崎ヒナを取り囲む事柄はいささか複雑なものである。

 だがスレイヤーはそんなヒナが嫌いではない。愉悦の感情ではなく、この老人はどうにも切磋琢磨する若人に弱いのである。あわよくば、自分に良い刺激を与えてはくれまいか、と。

 

「―――ああ、ところでヒナ君。私の食事なのだが」

「いつも通りセナに輸血パックを用意してもらってるから、どうぞ」

 

 異世界にいようとも、この男揺るがない。悠々自適、大ヴァンパイアはキヴォトスを救うわけでもなく、襲うわけでもなく、ただ青春を観察する。




なんか上手くいかへんなとか思いつつUA見てるとじわじわじわじわと増えてはいるので皆さんが好きです
この短編集も次辺りで終わろうかなと思います、ツルギの話ちょっとずらすわ!ごめんな!
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