先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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おまたせしました


trajno-レッシャ

『皆さん、聞こえますか? 飛鳥先生との通話が途切れました。園内で何かあったようです』

『つまり、突入って事かな♪』

 

 飛鳥がスランピア内部に転移し、間もなく突入の許可が降りた。何かしらの危害が与えられた事は間違いないだろうが、今から確かめる術はない。少なくともしばらく戻ってはこられないだろう。

 加えてコハルの無事は確認できていない。彼女は園内の何処かにまだいる可能性がある。最悪のケースとしてはまた別の場所に……であるが、今はいると仮定して動くほかにない。

 アズサが正門に爆薬を仕掛け、数秒で爆発音と共に鎖が弾け飛び門がこじ開けられた。それなりの破壊音であるが園内からの動きは見られない。完全に、待ちの姿勢というわけだ。

 

「……全員で固まって動く。それでもいい? レイヴン」

 

 先頭に立ったラムレザルが一番後ろで無言を貫く黒衣の怪人へとそう投げかけると、彼はコクリと頷き平坦な声色で「構わない」と呟いた。

 

「私は外様に過ぎん。その時が来れば助言の一つでもするが、この廃墟にはさほど詳しくはない。むしろ情報共有は随時行うぞ」

「わかった。アズサと私で前方を、ヒフミと貴方には後方をお願いする。皆行こう」

「……あの、凄く気になるんですけどお二人はどういう関係なんです?」

「それで言えば、飛鳥先生がここまで私達を運んでくれた方法に関しても……ヒフミは知っていたみたいだけど」

「うーん……知っていると言うか、見た事はある程度というか……」

『あー、それなら私も気になります。飛鳥先生、秘密主義ですからね~♪』

 

 ヒフミとアズサから、そう思われても仕方のない質問が投げかけられる。同調して通話越しにハナコまで話しかけてきた。困った事に後者に関して、飛鳥はできるだけ隠している様だが……いずれ多くの生徒にバレてしまうのは時間の問題だとラムレザルの目からでも明らかだった。

 飛鳥本人は、

 

『僕はこういう事ができる、それくらいの認識でいてほしい』

 

 とかなりあやふやな回答で煙に巻いていた。教えたくない、というより教える事でややこしくなるのを避けているのだろう。

 なんと言ったら良いものか。ラムレザルが思わずレイヴンをちらりと見やると、彼は冷静な声色で、

 

「飛鳥=R=クロイツを介した、顔見知りに過ぎん。それと彼の不可思議な力だが……ある種の特権だ。本人が言う様にそういう事ができる、その程度の認識に留めておけばいい」

 

 曖昧な答えではあるものの、ただでさえひっ迫している状況下である事を踏まえればわかりやすい説明である。

 質問をした二人もまだ聞きたい様子だったが、レイヴンの『これで我慢しろ』と言外に訴える表情に、渋々と言った様子で頷き返した。

 

「……ひとまず、事が終わってから皆には説明する。今は園内への突入を優先しよう」

『そうですね。飛鳥先生には後からじっくりお話を聞く、という事で。皆さん、進んでください』

 

 開かれた門の先にゆっくりと足を踏み入れる。ヒフミがか細い声で呻くが、他の三人は何のためらいもなくその先へと進んでいた。

 園内は闇に包まれている。閉園しているのだからなおさらだ。うっすらと舗装された道らしきものは見えるが、とてもではないが明かりもなしに進めそうにない。

 

「よし。皆、ライトをつけて。何か見えたらすぐ共有して」

 

 アズサの号令と共に、ヒフミとラムレザルは自分が持つ銃に取りつけてあるアタッチメントの電源をつける。わずかにではあるが先を照らせる様になり、おどろおどろしい光景が見えてきた。

 

『うっわ。暗いところ……こんなところ歩くとか、私絶対無理かも』

「ほ、本当にここにコハルちゃんがいると良いのですが……こわぁい」

 

 廃墟という言葉は嘘ではない。スランピアの園内はひどく寂れており、人がいなくなってから相当な時間が経っている事をありありと見せつけてくる。かつては多くの人で賑わっていたであろうメインストリートは闇に包まれ、薄気味悪い。いわゆる、『何か出そう』な雰囲気である。

 

「ヒフミは私と。ラムはレイヴンと、互いに仲間の様子を確認しながら進もう」

「レイヴン、明かりはいる?」

「この見た目で電灯を持つ姿など滑稽だろう。夜目が利いている、案ずるな」

 

 なんとなく義務感でラムレザルが肩を並べて歩くレイヴンに尋ねると、苦笑交じりでそう答えた。同意する他になく、思わず何度かこくこくと頷いてしまう。

 周囲を警戒しながら大通りを抜け、アトラクションが立ち並ぶ通りに入る。いずれも完全に止まっており、巨大な外観だけがそこにある。

 

「そういえば、ヒフミ。ここはモモグループが作った場所だと聞いている。何か知っている?」

 

 沈黙を破る為なのかアズサがそう問いかけた。すると質問にヒフミは先程までの怖がっていた姿から一転し、

 

「気付いた頃には経営不振という事で閉鎖されていたんです……あくまでも噂ですけど、未発掘のペロロ様グッズが眠っているとか」

 

 スラスラと解説をしてくれる。言われてみれば、古ぼけた土産屋のウィンドウには見覚えのあるマスコットがズラリと並んでいる。

 意外と言えば意外である。覚えている限りでは、ペロロを初めとしたモモフレンズはそれなりの人気を獲得しているはずだ。それでいてこんなテーマパークを作ったからには、経営難などそうそう起きない様に見える。

 

「経営不振……どうしてそんな事に」

『とてもキヴォトスらしい理由なんですよ、ラムちゃん。なんというか……ええ、まさに」

「これは、園内の地図だな」

 

 少し離れた場所で何かを見ていたらしいレイヴンが指差す。道から少し離れたところには大きなボードがあり、スランピアの内部をわかりやすく見せてくれている。『シロ&クロ ハッピーフレンズデー』『ゴズのスクリームライダー』……在りし日を連想させる名前が幾つか並んでいるが、それ以外は薄汚れてとてもではないが読み取れない。なんとか園の最奥には、象徴とも呼べる大きな塔がある事だけはわかった。

 それにしても随分と荒廃している。跡地どころか誰の手も入っていないところを見るに、ここはキヴォトスの住民から触れたくもない場所となってしまっている様だ。

 

「……この世界で遊園地など、トラブルの温床に過ぎない。大方、大きな拠点は出費ばかりが嵩んだのだろう」

 

 ラムレザルの考えを読み取るかの様にそう呟いたのはレイヴンだった。頷くほかにない理由だ。ヒフミも反論の余地がなかったのかガックリと肩を落としている。

 

「最初は大人気だったそうなのですが、パーク内限定グッズを争っての銃撃戦を発端に連邦生徒会から正式に閉鎖が命じられたと聞いています。本当に残念です……しかも、何やら悪い噂まで出ていますし」

「噂? どんな噂?」

「ちょうど今みたいな深夜、電気が通っていないはずのアトラクションが動き出すとか。それと……さっき話した未発掘グッズを探しに足を踏み入れた生徒が姿を消した、なんて話も……あ、噂、噂ですからね!」

 

 どの程度まで尾ひれがついている噂なのか。ヒフミ自身、あまり信じていないのか手を大袈裟に振って誤魔化した。

 

「その噂には新しいものが増えているそうだ。スランピアには『鬼』がいて、刀で斬り殺す相手を探しているとな」

 

 と、レイヴンがまた口を開いたかと思えば予想外にも噂話に加わってきた。黒衣に額から突き出る角とひどく人間離れした外見の怪人からよもやそんな話題が切り出されるとは思わず、ラムレザルは目を丸くしてしまう。

 すると彼は不満げに眉をひそめ、

 

「私が俗な話に耳を傾ける事がそんなに不思議か? あんなのと一緒にいると、嫌でも噂話と陰口が耳に入ってくるぞ」

『ちょっとレイヴン? お話の内容、私にもバッチリ聞こえてるの知ってる?」

 

 あんなの、というのはミカを指していたのだろう。ラムレザルの端末からむすっと不機嫌な声色が漏れ出てきた。この意味深な発言にはラムレザル達もつい興味を持ってしまう。

 

「貴方と聖園ミカは、どういう関係なの?」

「……そこは私も気になっている。貴方は何者なのか」

 

 一刻も早くコハルの元へ向かわなければならない事は承知である。その上でラムレザルは、そして続いてアズサもそんな問いかけを投げかけざるを得ない。それだけ、自分と同じ世界からやってきたにも関わらずミカと行動を共にしているらしいレイヴンへの疑問が大きかった。

 不死の病、あの男の腹心と言える男。ラムレザルは彼とそれほど言葉を交わしたわけではないが、それでも何故と問う事に対してためらう要素はない。

 

「……関係、関係か」

 

 レイヴンは少し迷いを見せ、やがて苦笑を交えた声色で、

 

「話していいかミカ? どの道、語らねばならない定めだ」

『はぁ……良いよ。好きにして』

 

 軽口を叩きあうとは、二人は随分と親しい関係にある様だ。こんなにも誰かに対してカジュアルに声をかけるレイヴンの姿は珍しく、飛鳥にも見せてやりたいという感情まで浮かぶ。

 

「端的に言って初対面で殴り飛ばされた事から、私とミカの関係は始まった」

「殴り、え、なんですかそれ」

 

 間の抜けたヒフミの声で、薄暗い遊園地を進む全員の足が止まる。ラムレザルとアズサも意味の分からない返答にフードで隠れているレイヴンの顔を見ようと思わず強い視線で凝視していた。

 

「言葉のままだ。私は偶然奴の部屋に忍び込んでいてな、運悪く出くわしてしまった。するとミカは私を『変態』だの、『不法侵入者』だの叫びながら殴り掛かってきた」

『いや、変態でしょ不法侵入者でしょ。帰ってきたら知らない人が立ってるんだよ。しかも角生えてるし、身長高すぎだし。怖かったもん』

「それでよくも、自ら殴りかかってくるものだ。その時の私は、『幼い少女の細腕など大した痛みはないだろう』と踏んでいたが……ああ、軽く二メートルは吹き飛んだと思う。なんというかあの時の体験は、言葉にしがたい。強いて言うならばそうだな―――」

 

 そこで、レイヴンは確かにニンマリと笑ってみえた。口元だけにも関わらず三日月の如き深い笑顔がギギギという音が似合いそうなレベルで刻まれたのだ。

 

「……そこまでじゃないだろうと脱力していたからの体幹の揺らぎ。へし折れるかと思った首の骨の軋み。多分折れた鼻の骨。そして飛び出しかけた目玉。全身を駆け巡る程の壮絶なダメージ。私が背徳の炎に食らった殴打よりも威力そのものは劣っている。だが拳に込められていたのは稚拙で幼稚で、ゴリラか何かに全力で殴られた様で……既知でありながら未知、デジャヴにてジャメヴ―――gut(素晴らしい)―――イイ、痛みだった」

 

 ぞわっ、と間違いなくヒフミとアズサは鳥肌を立てた。若干レイヴンから距離を取る程度には、一瞬で二人は黒衣の怪人に苦手意識を感じていた。ラムレザルでさえも少し気持ち悪いと感じ目を細めてしまったし、端末の向こう側でハナコが息を飲んだ音さえ聞こえた。

 ミカ本人は、

 

『あーもうほんとやだ。レイヴン、キモイ! ホントにキモイ!』

「キモくて結構。もう一回殴っても、イイぞ。ああ悪くないな。嫌悪と不快感を露わにしての第二撃……gut!gut!」

 

 一体何の漫才を見せられていると言うのか。電話越しに喧嘩じみたやり取りをするレイヴンとミカに呆れ果て、敵地にも関わらずラムレザル達は呆気に取られるばかりだった。否、ドン引きしていた。

 

「そ、それじゃあレイヴン、さん。お二人の仲が良い事はわかったんですが……貴方は知ってたんですか? ミカ様が、悪い人だという事は」

 

 ヒフミが顔を青くしながらも懸命に尋ねると、気持ちの悪い笑顔から一転。真剣そのものな表情でレイヴンは、

 

「知っていたとも。知っていたからこそ、面倒を見てやっている」

『これ。レイヴンのこういうところ私怖いなって思う……』

 

 率直な感想として、意味がわからなかった。少なくともラムレザルの知るレイヴンは主である飛鳥を軸に動き、そしてその行動には少なからず彼自身の純粋な精神というものが見え隠れしていた。

 だが今はどうだろうか。トリニティの裏切り者であるミカを、そうと知りながら味方している。一体何がレイヴンをそうさせるのか、そして飛鳥はどうやってそんな彼をミカごと味方にしたというのか。

 

(……でも、きっとあの人がそれを隠しているのは理由がある。明らかになればこうして話す事さえできない理由が)

 

 流石にラムレザルも飛鳥という人間の精神が読み取れる様になってきている。フレデリック=バルサラを巡る数々の事件を遡れば、彼の思考があまりにも飛躍的でコミュニケーションというものに対して意欲的でない事がすぐにわかる。

 生徒達に『何故?』とハッキリとした疑問を抱かせながらもミカを身内に引き込んだ事には何か理由があるのだが、飛鳥としては『今伝えると良くないから黙っておこう』という答えに辿り着いたのだろう。

 

(―――理屈ではわかるけど、わかるけど危ない人だ)

 

 飛鳥が善人な事はよくわかる。よくわかるが、恐らく俯瞰的に物を見る人間である事もよくわかる。よく先生として仕事できているものだ。

 レイヴンは先程までの薄気味悪い姿からは一転、また冷静沈着な様子で肩をすくめた。

 

「私の事は良い。信用できないのであれば後ろから撃っても構わんぞ」

「い、いえ別にそんな事は! それに、レイヴンさんはラムちゃんのお知り合いですから……信じますっ」

 

 首をブンブンと振ってヒフミが答える。確かに変態的な笑顔には引いている様子だったが、その言葉そのものには彼女らしい人の良さが感じられた。

 ヒフミの目から見て、ラムレザル=ヴァレンタインは信用に値する人間という事だ。

 

『ヒフミちゃーん、私はー?』

「……ノーコメント、です」

『ひどーい! ハナコちゃん今の聞いた? ねぇねぇ!』

『―――ハッ! え、なんですか? すみません。お話はこれくらいにして皆さん、本来の目的に戻りましょう。はい』

 

 と、仲間達が話している傍らでレイヴンが興味深そうにラムレザルへと視線をよこしてくる。『まさか自分の素性を話していないのか?』と。会話の流れで彼は飛鳥と同じく、幾つか秘密にしていると気付いたのだ。

 

「皆、行こう。コハルを探さなきゃ」

 

 追求の視線を振り切り、ラムレザルは足を速める。今はまだ、話すべき時ではない。余計に仲間達を混乱させかねないのだ。

 

「ラム? 少し移動速度が速い。どうかした?」

「……なんでもない、よ」

 

 恐らく昔の自分であれば、こんな行動は取っていない。感情がラムレザルの胸をざわつかせている。心配してくれているアズサに平気だとかぶりを振りながらも、拭えない不安に彼女は唇をきゅっと引き締めてしまう。

 もしかしたら、自分は飛鳥を悪く言えないかもしれない。

 レイヴンの視線も合わせてラムレザルはこれまで感じた事のない情動に影響されていた。

 

 

 少し歩いて行った先で、何やら広場らしき場所に辿り着く。わずかではあるが、ここだけは今まで通った場所よりも明るく見えたのだ。

 

「ここは……電車の車庫、でしょうか」

「そうみたい。でも、今は何処に敵が隠れているかわからない。警戒して」

 

 ヒフミが言う様に、そこは何かしらの車両が収められている車庫だった。幾つものトンネルが並んでおり、その奥にはうっすらとだが列車の輪郭が見て取れる。

 園内の地図を思い出す。ここは確か、『ゴズのスクリームライダー』だったか。

 

「伏兵を配置するには相応しい環境。周囲に目を配って……夜闇に敵は潜んでいる」

 

 仲間達に注意を促しつつ、車庫の様子を窺う。打ち捨てられた設備のはずなのだが、妙に小ぎれいだ。びっしりと地面に張り巡らせてある線路も、まるでつい最近まで使用されていたかの様な―――

 

『―――か、かいないの!?』

 

 頭上から聞き慣れた甲高い声。コハルのものだと即座に判断し、銃口を上へと突き上げる。

 そこにはスピーカーらしき機材が吊り下げられている。園内放送の為に設置されているものらしい。コハルの声はこれによるものだった。

 

「コハルちゃんの声です……」

『ううぅ……何処なの、ここぉ! ねぇ、誰かいたら助けに来て! えっと、えっと……暗くて、狭くて……すっごい高いところ!』

「高いところ……ああ、あそこか」

 

 レイヴンが見つめる先。それはラムレザルの目でもうっすらとしか視認できない最奥部。

 天を貫こうかという堂々とした佇まい、スランピア最大の建造物である『塔』だ。つまり、コハルはそこに囚われている。

 皆行こう。ラムレザルが口を開こうとした、その時である。

 ごぅん、と低い音が鳴ったかと思えば、車庫の外観に取り付けられている電飾が一斉に光を放った。『JOY』『HAPPY』と二つの単語が不気味に点滅を開始した。

 それだけではない、何か、車庫の奥で駆動する金属音まで聞こえてくる。

 

「ッ!?」

「ええ!? これって!!」

「動き出した……どうして!?」

「―――まず、今の声が放送を通してだと言う時点でその疑問を抱くべきだったな」

 

 何か、嫌な予感がする。列車、そしてスクリームライダー。夜な夜な、電気も通っていないというのに動き出すアトラクション。

 

「皆、線路から離れて!」

 

 何が起こっているのか状況を把握すべくラムレザルは仲間達に叫んだ。アズサは素早く理解すると共にヒフミの手を引き、線路上から飛びのく。

 ラムレザルも二人に続こうとするが、その瞬間に前方を信じられない速度で列車が駆け抜けた。何者かが操作しているかの様な弾丸じみた速さだ。

 再び列車が目の前を疾走する。その時、先頭車両にまんまるとした何かが乗り込んでいるのが見えた。

 敵に誘い込まれてしまった。ラムレザルが気付いた時には既に遅く、この車庫は何者かの居城らしい。

 

「よそ見をするな。横から来るぞ」

 

 レイヴンの声、続いてラムレザルは彼の手で突き飛ばされていた。何を、と尋ねるよりも先に彼女の目の前に突如、ふわふわとした何かが落下してきた。

 熊の着ぐるみ……そう表現するしかないソレは、つい先程までラムレザルが立っていた場所に拳を叩き込んでいた。ゆっくりと拳が離れた地面には、着ぐるみの外見とは結び付かないクレーターができている。

 敵は他にもいる。視界を周囲に向けると、列車の起動に合わせてなのか続々と動物の着ぐるみが車庫の奥からやってきている。いずれも、明確な敵意を抱いてだ。

 

「ラム!」

「ラムちゃん危ない!!」

 

 アズサとヒフミの声にハッと前方に意識を戻すと、熊の着ぐるみが拳を持ち上げ今にも振り下ろさんとしていた。

 

「何を呆けている」

 

 ラムレザルが銃を抜くよりも早く、着ぐるみをレイヴンの手刀が袈裟に両断する。ふわふわとした見た目ながらもその中身は、何もない。それどころか青白い液体の様なものでパンパンに詰まっている。そして、音もなく着ぐるみは霧散していった。

 

「一体、これは」

「敵の正体は関係ない。重要なのは我々が敵に囲まれているという事だ。しかも仲間と分断されていると来た」

 

 レイヴンは呆れた声色ながら手を差し伸べてくる。握り返すと、彼はラムレザルが立ち上がれる様に力を込めた。

 体勢を立て直し、ラムレザルは改めて拳銃を構えて車庫から現れる敵を確認した。

 少し離れたところにはアズサとヒフミがいる。ここで離ればなれになるのはまずい。何者かが操る列車、そして着ぐるみの敵。これらが他の場所にいないとは限らないのだ。

 

「なんとか合流しないと……」

 

 そう思う矢先に、また列車が線路上を駆ける。ギャリギャリと音を鳴らして動く様は暴走という言葉が相応しいだろう。

 そうこうしている内に、アズサとヒフミに着ぐるみが襲い掛かっている。キヴォトスの住民らしくしっかり応戦し絶え間なく発砲しているが、それでも足止めされているのは事実だ。救援に向かわなければいけない。

 

「アズサ、ヒフミ! 今そっちに向かう!」

「駄目だ。危険すぎる!」

「私達は大丈夫ですっ。それよりもラムちゃんはレイヴンさんとコハルちゃんのところに!」

「それは……」

 

 そんな事はできない。ここに二人を置いていくなど、あまりにも冷酷な判断だ。

 二人はコハルを助ける為についてきてくれたのだ。だのにそんな友人達を残して行くなど、もっての他だ。

 それ故にラムレザルはすぐに最適解を見つけ、そしてそれをためらう事なく実行しようと決断した。

 

「レイヴン。頼みがある。敵の注意を私が惹くから、その間に二人を連れて先へ進んで欲しい」

「……そう言うと思ったよ。本気か?」

「この世界では法術が使えない。そんな私よりも、今は貴方の方が純粋な戦闘力では上だと思っている。戦力としては貴方が頼みの綱。お願い」

「―――理には適っているが」

『ダメですラムちゃんそんなのっ。危険すぎます』

 

 会話を聞いていたハナコが割って入ってくる。彼女らしくない、少し荒い声色だ。

 だがここで二手に分かれて動くならば、あるいは残って全員で戦うよりかは良い。こんなところで足を止めるわけにはいかないのだ。

 

「ハナコ、聞いて。今はこれが正しい。私はすぐに追いつくから―――」

 

 ラムレザルの決意は固かった。今すぐにでもアズサとヒフミを助けに行こうと一歩目を踏み出そうとしていた。

 だが、それを遮る者がいた。

 

「いや、その必要はない。何故なら私が来たからだ」

 

 ラムレザルとレイヴンは同時に背後を振り返る。

 件の暴走列車が走る、線路の上に。コートを羽織ったダンディが佇んでいた。

 ヴァンパイア、ナイトレス、あるいは異種。人の理より外れた、まさに人外が……スレイヤーがそこにいる。

 

「どう、して」

「……彼が呼んだのですか?」

 

 ラムレザルの疑問をレイヴンが繋ぐ。スレイヤーは肩をすくめ、

 

「ああ、そうとも。私は彼を叱る為にここへ来たのだよ。するとどうだ、若い少女達が窮地に立たされていると来た。紳士たる者、困っているレディは見過ごせんよ。不死身のカラス君もいるとは思わなかったが」

 

 と、列車の警笛が鳴り響く。ちょうどスレイヤーが立つ線路上に、暴走列車がやってこようとしている。

 だがヴァンパイアはそんな事などお構いなしに懐からパイプとマッチを取り出し、火をつける。あまりにも気の抜けたその仕草は今の状況にはあまりにも不釣り合いだ。

 そうこうしている内に、列車がやってくる。しかも先程よりも速度が上がっていた。

 危ない、ラムレザルが声をあげたその時である。列車が車庫の闇から飛び出し線路に佇むスレイヤーへと突き進み……

 

「ん? もしやここも禁煙なのかね? 人のいない遊園地ならば煙を吹かす程度は許してもらいたいのだが―――ね!!!!」

 

 轟音が鳴り響いた。激突のその瞬間、スレイヤーの拳が列車を―――跳ね上げた。

 先頭車両が宙を舞い、見事なアーチを描いたかと思えば……次には土煙を巻き上げながら地面へと落下する。

 あまりの衝撃的な光景に、ラムレザルとレイヴンは言葉を失った。いくらスレイヤーが人を超越した存在とは言え、赤子の手をひねるかの様な動きは凄まじい。

 

「ふむ、向こうの二人かね? 失敬」

 

 呑気にパイプを吹かし、スレイヤーは次に霧となって姿を消した。数秒の後に彼はゆったりと出現し、そして笑みと共にコートを翻す。そこには、先程まで離れた位置で戦っていたアズサとヒフミがいるではないか。

 

「っ!? 何が、どうして」

「え!? え!? あの、この方はどなたですかぁ!?」

「通りすがりのダンディとでも名乗っておこうかお嬢さん方。君達は先に進みたまえ。このアトラクションは、私が楽しむとしよう」

 

 スレイヤーはパイプを加え、ラムレザル達に微笑むと一人車庫へと向かっていく。突然現れた敵に、着ぐるみ達もターゲットをそちらに切り替えていた。

 今ならここから抜け出せる。説明をする暇は後に回し、

 

「二人共。あの人は味方と思って良い。行こう!」

「……把握した。ヒフミ、走ろう」

「あ、後であの人にお礼を言わせてくださいね!?」

「やれやれ。果たしてここが、原形を留めていられると良いのだが」

 

 混乱した状況を利用し、一目散に悪夢の様な空間から走り出す。目指すはスランピア最奥部。コハルが囚われているであろう、『塔』だ……。

 

 

「行ったか。これで心置きなく『遊べる』な」

 

 スレイヤーの声色はあくまでも楽し気だ。彼を取り囲むのは無数の着ぐるみ。いずれも人体を容易く粉砕せしめる、剛腕持ちと来ている。

 だが異種は、ヴァンパイアからすればそれは当然の事である。腕力など、何の恐ろしさにも繋がらないのだ。

 

「雑兵がいくらいたところで何の意味もない。この場の支配人にお会いしようか」

 

 スレイヤーがコートの裾を掴み、軽く払う。たったそれだけで暴風が吹き、着ぐるみ達を一度でチリ紙の如く薙ぎ払う。それだけで、彼がどれだけ強大な存在かが見て取れる。

 そしてスレイヤーの言葉に応じるかの様に、車庫の目の前にソレは姿を現す。

 でっぷりと太った、二本足で立つ巨大な猫。燕尾服にシルクハットなど身に纏い、杖を手にしているだけでなく片眼鏡までつけていた。それはまさに紳士然とした出で立ち。スレイヤーは「ほぉ」と感心の声をあげ、ゆっくりと会釈してみせる。

 偶然か、はたまた運命か。スレイヤーと猫の服装は、似通っている。

 

「初めまして。名前は……『ゴズ』だったかな?」

 

 巨大な猫、ゴズはスレイヤーの呼びかけに応えてかシルクハットを脱ぐと会釈を返した。言語が通じているのか、はたまた同じ外見の存在に対する何かしらのアピールか。これから戦おうかという両者の間に、不思議な関係が築かれつつある。

 だが、それはあくまでもシンパシーの一種。今より繰り広げられるのはどちらかが倒れるまで続く死闘(DUEL)である。

 勝利(HEAVEN)か、敗北(HELL)か。ヴァンパイアはくつくつと笑い、

 

「須齢屋の、奇天烈に会ひて詠める―――『亡霊や その正体は 瓜二つ』」

 

 渾身の一句を詠むのだった。




もう完全に僕の自己満足なんですがね。次回のタイトルは『Haven't You Got Eyes In Your Head?』です。
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