とある世界のとある剣術。 ひどくシンプルなそれは、あらゆる敵を打ち砕き平和をもたらした。 そのちょっとした解説のようなもの。

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農剣流は来る者拒まず叩き斬る――鍬持つ農民の必殺剣――

 

 

 

 

農剣流と呼ばれる剣術がある。

 

 

 これは、現在でも剣術と呼べるのか議論は尽きず、世界に存在するあらゆる技の中で並外れたものであると認識されている。

 

 とかく剣術というものは例にもれず、敵を如何にして殺し、どのように効果を高めるかという、殺戮を主眼におき組み立てられていくものだ。

 現在では、守りの剣や不殺の剣と呼ばれるものなども、結局は殺戮を如何に避けるかという点において重きをおいていると言っても過言でない。

 

 これらの剣のうち起こりが他と異なると言われるものが、かの農剣流である。

 

 いかなる剣をも凌ぐと言われるその剣の始まりは些細な出会いから始まる。

 

 

 ◼◻◼

 

 

 

 ある荒廃した地があった。

 作物がろくに実らず、僅かばかりの水が染み出す地であった。

 幸運にも、緑生い茂る森が傍にあり辛うじて生きることはできたが、恵みだけでなく精強さをも育む森は生存の代価として人々の命を奪っていた。

 

 商人どころか、旅人すら近寄ることをためらわせるこの地に一人の男が現れた。

 

 男は一人の剣士であった。

 一廉の優になれずされど諦めること能わず、道なき道を行くかの如き修行の日々を送り、ついにたどり着いたのがこの地であった。

 

 すべての慈悲を奪われたかのような大地は、男にかつて捨てた慈悲の心を呼び立たせるほどのものであった。

 

 こぼれ出た慈悲に従い、人々の生活を助け始めた。

 

 弱き人々の代わりに剣を振るい、森から脅威を取り除き、より多くの恵みを享受して人々の希望となりつつあった男には一つの疑念があった―――このままでいいのか

 

 見返りの少なさや、弱きのために剣を振るうことにも不満はない。あるのは漠然とした不安だ。この剣で守れるのはただ自分のいる限り。それは、場所だけでなく時間もそうだ。

 自分が消えた後、彼らはまた苦しみに甘んじてしまうのではないか?

 

 

 自問と葛藤の末、一つの結論に至る。

 

 

 自らの剣の技を人々に伝えること。

 剣を振るうだけでは守れなかった場所も時間もこれから守っていく。

 そう考えた男の考えは、思いもよらずに暗礁に乗り上げた。

 

 その地の人々は剣を学ぶゆとりはもちろんのこと、下地すら持ち合わせていなかったのだ。

 日々の糧を得るだけで必死な彼らには体を休める日などなく、日がな一日鍬を振るい、森の恵みを得るだけで精一杯だった。

 一方で彼らの危地の中で磨き上げられた観察眼や感覚などは目を瞠るものがあり、狩りにおいては危険な森の中でも活動することができていた。

 しかし、同格や格上との戦いはほとんどなく、あったとしても敵の蹂躙という形で終わっていた。

 男の存在によって多少は楽を得たものの、無理をすればかえって苦に転ずることは想像に難くない

 

 ふたたび考え込む男の目に、荒れ果てた地を耕す人の姿を見かけた。

 絶えず上から下に鍬を噛み込ませるように振るわれるそれは、困難に打ち勝つ意地と逞しげな希望に満ちていた。男は鍬を振るう人の中に、剣を振るう自分に似た戦いがあるのだと気付き尊敬の念を抱いた。

 

 同時に、そこに剣の兆しを見た。

 

 上段から下段に振るう剣の一閃と大地に振るわれる鍬の一振りに共鳴するものと可能性を感じたのだ。

 

 日々の生活とともにある剣、それこそが農剣流の始まりであった。

 

 教える技は唯一つ、ただ頭上に振りかぶった剣を渾身の力で大地に打ち付ける。それだけだ。

 

 鍬を振るうように振るう剣は単純至極で、その地の人々も容易に身につけることができた。しかし、希望の如く現れた男に言うのは憚られたが、こんなことに意味があるのか、と思うものや似たような疑念に駆られた者も確かにいた。

 しかし、ともに苦労をした男の信念を信じ皆が男の導くままに剣を振るった。

 

 農剣流の初心の剣にして、秘技、そして必殺の剣。

 その名を地摺り(じずり)という。

 

 少しだけできた楽を鍬に替えて、肉体という大地を何度も叩き上げた。

 

 過酷だが希望に満ちた日々は、大地の荒廃と裏腹にそれぞれの肉体に筋肉の実りを与え始めた。

 

 

 

 あるとき、大地を耕していた一人が、等身大の巨猪に襲われた。

 過去には、何人もの怪我人と死者すら出してしまった存在の前に、体が硬直する。対峙する猪は、怒気荒く目の前の障害を吹き飛ばそうと戦意を高ぶらせつつあった。恐怖や不安に襲われる中脳裏によぎったのはともに苦労をし、信念を教えてくれたあの男の姿だった。

 

 息を整え、手元の得物()を確認し、両手に掴んだそれをおもむろに上へと引き上げた。様子の変わった姿に気おされた猪は、奮い立たせるように突撃の気風を撒き散らした。とうに上段に構え終わった人は、乾坤一擲の気合で敵を見据えた。

 

 ほんの僅かな静謐の間隙をついたのは、けたたましい突撃を仕掛けた猪だった。初めにあった猪との距離がみるみる迫る中、対する方は地を打つ構えを解かない。

 

 ついに猪が眼前に迫ったとき、ふと時間が動き出すことを思い出したようにそして置いてきた時間を全て取り戻すかのように、得物が振るわれた。

 

 次に聞こえたのは耳障りな断末魔ではなく、大地に轟くような(つつみ)の如き音だった。

 取るもの取らず駆けつけた人々と彼らの師は、無事の姿と獣の末路に安堵と驚愕の綯い交ぜ(ないまぜ)になった顔を見せた。

 

 そしてその時、彼らの師にとっての一つの夢がかなった瞬間であった。

 

 

 それからも、人々とその師は鍬を振るうかのように剣を振るい続けた。

 

 襲い来るは、森からの脅威だけでなく、同じ国の民、強大な帝国、果ては噂に名高き真の竜、山より巨大な巨獣などのおそるべき強者達。人の身では決して抗えぬ天災すらも襲いかかったという。

 

 幾度となく繰り返された戦いは必ず安寧とともに終結したという。

 

 いつからか憧れと畏れとともに世界に知らしめたその剣こそが―――農剣流である。

 

 

 彼らの師は、それからも彼らとあり続けた。

 もはや彼らは血をも越えた家族になったのだ。

 

 人々、もとい家族たちは場所も時間も超えて守られていく。

 

 

 

 ◼◻◼

 

 後世においても議論と畏怖によってなんども取り沙汰されるこの剣の真の強みは使い手たる彼らの並々ならぬ愛であると考える。

 

 絶対の力を持ちながら、自分の家族のために剣を振るい、救いを求められればともに戦う。しかして、世界に類の無き力を持つにも関わらず、その名の下の支配は望まない。

 

 ひどく身勝手で平和な彼らは、徐々に世界の平和の象徴としてあるようになった。

 

 慈悲から始まった剣は愛を守る剣に変わり、そしてその脈動は絶えず継がれていく。

 

 ふたたび立ち向かうものあれば語らざる愛とともにそれを振るうことだろう。

 

 この剣の傍らにあった私はそれを心から誇りに思っている。

 

 以上を農剣流の解説としてひとまずの締めとする。

 

◻◻◻ 

 本当は、猪なんぞ霞むほどの化け物や戦争などあったのだがまぁそれは気が向いたときにしよう。それでも猪の話をした理由は…まぁ本人特権ってことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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