あぁ神様、お願いします   作:猫毛布

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17 私は独りでいい

 暗闇。

 月が部屋を照らして、風がカーテンを揺らす。

 

 私が一番嫌いな時間。

 私が私だと理解してしまう、最も嫌いな時間。

 最も私である時間。私が私故の時間。私を自覚する時間。

 

 叫びたい。泣きたい。

 慟哭しても変われない。それは当然の事で、願っても神様は叶えてくれない。

 

 私は化け物で。

 誰かは人間で。

 私は化け物で。

 親友は人間で。

 私は他称化け物で。

 好きな人は自称化け物で。

 

 彼と違って、私に勇気なんて無くて。

 誰かに嫌われたく無くて。

 誰にも言えない自分がもっと嫌いになって。

 

 

 

 

 私は、化け物です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、すずか」

「おはよう、アリサちゃん」

 

 新しい学年になり二ヶ月。

 長い間一緒にいた親友を騙せる程度に笑顔が上手くなってしまった私。

 アリサちゃんも笑顔で何かを喋ってる。

 頭の中には一切内容が入ってこなくて、反射で当たり障りのない返答を選んで口から出ている。

 

 これだけ演技が上手くなってしまったのはたぶんゆぅ君の御蔭だと思う。

 毎日の様に演技ジミた彼と喋っていたのだ。それに伴い私も演じていたのだから、上手くもなる。

 

「で、アレとはどうなの?」

「どうって言われても……」

「まぁ、それほど急ぐような内容でもないけど、急がないと他に盗られるわよ?」

「……別に、私のモノじゃないし」

「……そっか」

 

 アリサちゃんは少しだけ間を置いてから返事をした。その表情は悲しそうで、私は隠すようにまた笑みを深める。

 そんな私を見て、アリサちゃんは優しそうに笑う。

 

「大丈夫よ、すずかは可愛いもの」

「そんなことないよ」

「……イヤミかしら?」

「そ、そんな事ないよ?」

 

 うまく勘違いをしてくれたらしい。

 アリサちゃんは一度溜め息を吐いて、立ち上がる。

 

「ごめん、ちょっと用事を思い出したわ」

「あ、うん」

「おはよう、バニンギュ」

「ちょっと付き合いなさい」

「首が、首がキュってなってう」

 

 扉が閉められた。他にも何かが締まってたような気がするが、きっと気のせいだろう。

 学校だから仕方ないのだけれど、今は一人の方がいい。

 いや、今も、先も一人で在る事が私なのだろう。なんて、悲劇のヒロイン振るのはやめよう。

 私はヒロインですらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁ、すずか、私は帰るわよ?ホントに大丈夫?」

「うん、先生に言われたお仕事終わらせるだけだから」

「…そっか、ごめんね」

「お仕事だもん。大丈夫だよ」

 

 嘘だ。

 本当は仕事なんて任されてない。ただ一人になりたかったのだ。

 親友に嘘まで吐いて、一人になる。また一つ嘘を重ねる。

 私はどこまで愚かなのだろうか。

 

 化け物らしく振舞うこともできず、人間を演じる事も出来なくなってしまった。

 弱い。弱い。弱い。

『化け物が暴走したら危険だろ?』

 そうだ。危険なんだ。

 化け物は危険。危険だから化け物。

 じゃぁ自分は?自分はどうなのだ?

 人と同じ姿で、人と同じ生活をして。しかし人ではなくて化け物だ。

 化け物だから危険?私は危険か?

 危険だから化け物なのだから、危険なのか。

 まるで卵と鶏の話をしているみたいだ。

 でも、これだけはハッキリしている。

 

 私が化け物であること。そしてソレを誰かが恐ること。そして誰もが認めない事。

 卵と鶏の話と同じである。もう既に在るのだから根底は覆せない。

 

 

 コツコツと窓を叩く音が聞こえて外を見れば、水滴が窓に張り付いていた。

 雨。

 まるで私の心境の様に暗い空。心みたい。なんて。

 

「傘…忘れちゃったなぁ」

 

 口から出た言葉が心境を一切考えない利己的なもので少しだけ笑えた。

 これ以上ここに居ても無意味だ。先生が来る可能性もある。

 

 一人で歩く廊下。

 私だけの空間。

 人間は誰一人いない空間。

 

 下駄箱にも誰もいなくて、扉を開ける音が嫌に響く。

 外はザァザァと雨が落ちていて、地面に水たまりを作っていく。

 

 一歩踏み出す。

 頭から冷水が流れて、頬を伝い、顎に流れ、落ちる。

 瞼に溜まり、頬を伝い、顎に流れ、落ちる。

 

 ダメだ、泣くな。泣いて解決するような問題じゃない。

 誰も助けてはくれない。助けなんて求めてない。

 私は独りだ。私は化け物だ。

 私は、泣いてない。

 

 笑え。笑うんだ。

 あの心地よい関係を崩さない為に。私は笑っていなくてはならない。

 泣くことは許されない。何故泣かなくてはならない?

 化け物は退治されないといけない、これは普通だろう?

 

「ッ……ヒゥッ……」

 

 私の悩みなんて、とても小さなモノだろう。

 私の不幸など、不幸とも呼べないかもしれない。

 なら何を泣く必要がある?無い。無いはずだ。泣くことなんてない。

 目から溢れ出るこの液体は雨でしかないのだから、私は大丈夫。大丈夫。

 

 

 ふと、肩を叩く水がなくなる。

 上を見れば赤黒い傘。

 後ろを振り向きたくはない。

 

「…誰かに泣かされたか?」

「ち、違うよ。大丈夫、大丈夫だから」

 

 私に近づいちゃダメ。

 私なんかに触っちゃダメ。

 

「……そうかい」

 

 彼にバレてはいけない。私を知ったら彼はなんて言うのだろう。

 嫌われる?いや、嫌われる程度ならまだいい。はやてちゃんにとって危険と思われたなら、私は殺されるんじゃないだろうか?

 

「まったく、傘も持たずにこの雨の中立ってるか?普通」

「……ほっといて」

「あのな、」

「私は一人がいい」

「……」

「私は独りでいい」

「バカだろ」

 

 そんな言葉にカッとして振り向くのと同時に腕を振るう。

 ベチッと音が鳴り、彼の左手に当たった。

 同時に頭の中が冷静になって、何度もごめんなさいが湧いて消える。

 

「ご、ごめ」

「ようやく振り向いたかバカ娘」

「あ、…」

 

 振るった右手が掴まれてる。

 同時に彼の顔を見てしまう。ずぶ濡れで、髪がぺしゃんこで、酷く情けない顔の彼。

 でも瞳だけはずっとコチラを向いていて。それが途方もなく怖くて。

 視線を下に背ければ、彼の上靴が泥で汚れていた。

 

「なんで…」

「助けてって泣いてる友人が居るなら手を伸ばすだろ」

「助けてなんて、言ってないもん……」

「なら今言えばいいさ」

「放して」

「イヤだね」

「…お節介、すぎるよ」

「言われ慣れたさ。久しく聞いて無かったがね」

 

 溜め息混じりに言われた言葉は、どことなく辛そうで、でも私の手を握っていた手はより強く握られていた。

 

 

 

 




~すずかタソ救済回
 実は一つにまとめようとしてたけど、キリが良かったので分割。ごめんなさい

~吸血姫と流水
 吸血鬼的にはアウトなのだけど、カテゴライズは『夜の一族』なので大丈夫かなぁと。実際はわかりません。
 アウトだったとしても、それはそれで、すずかタソが嫌いな自分を罰する為に打たれてると思えば、真っ黒だけど収まる…筈

~バニンギュ
 首をラリアットで絞められて引きずられてしまったのは我らが主人公らしからぬ主人公です

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