私は、性質上夜目がきく。
散々と偽って、散々と嫌っていた自分。
そんなワタシを今は凄くありがたく思う。
隣のソファでは静かに寝息をたてる黒髪の彼。
寝たふりをして早二時間。彼が眠ったことを確認して体感で三十分程。
布団からゆっくりと這い出て、立ち上がる。
眠る彼を見下ろして、少しだけ口角が上がるのに気付いた。
美味しそう。
思考が徐々に染められていく。
目の前で眠る彼が凄く美味しそうに見える。
警戒心も無く、完全に心を許された私。
美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう。
頭がクラクラして、息が荒くなっていく。
膝をついて彼と同じ高さになって、少しだけ触れる。
「ん……」
ピクリと反応した彼を少しの間眺めて、起きない事を確認する。
起きない。
触れた手でゆっくりと肌を触って、首筋を露わにする。
見える首筋。健康的は肌。美味しそう美味しそうおいしそうおいしそうおいしソウおいシソウオイシソウオイシそうオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウオイシソウ……
「ァー、億劫だ」
「…ごめんね、送ってもらって」
「いや、送ることは別段どうでもいいんだが…お前にはわからん悩みだろう」
「悩みなら聞くよ?」
「言ったところで改善はしないさ。悪い方にしか転がらん」
溜め息を吐いた彼と一緒に帰路を歩く。
幸い、休みということもあり日が昇って少ししてから行動する事になった。
というのも、
「…ふむ、体もやや重いし、何かあったのかね」
「あはは……」
言えない。我慢できずにちょっとだけ血を吸っただなんて言えない。言える訳がない。
御蔭で私は、凄く調子がいい。
「まぁ、別に追求することでもないか」
「え?」
「いや、何にせよ、億劫だ」
また溜め息を吐いた彼。そこまで嫌なのだろうか。
「送ってもらってごめんね?」
「先も言ったが、ソコはいいんだ。俺としても送りたい、いや、これはどうでもいい」
「ありがとう」
「気にするな」
恥ずかしそうに手をパタパタする彼はまた溜め息を吐いた。
「なんというか、今の心境は彼女の両親を紹介させられる直前の彼氏だな」
「そ、そんな彼女だなんて」
「?喩え話だぞ?」
「デスヨネー」
「?…まぁともあれ、至極気が張ってるよ」
「私は今凄く気が障ってるよ」
「それはまたご機嫌な事で」
笑うこともなく、二人で溜め息を吐く。
わざとやってる様にしか思えないが、それはソレでどうなのだろう。
「あ、すずかちゃん!!」
「ファリン、おはよう」
「おはようございます。おかえりなさいませ」
「うん、えっと。この人が」
「ハジメマシテ、ミカゲユウデス。デハ、カエリマス」
踵を返したゆぅ君の腕を掴む。なるべく力を入れて。
ミシミシと音が鳴ってるが気にしない。というかこの程度の強さで掴まないと逃げるような気がする。
「音、音がヤバイ!!折れてる!絶対に折れてるから!!」
「初めまして、ミカゲ様。ワタシはファリン・K・エーアリヒカイトと申します」
「ツッコンで!?今この状況を見て挨拶するところじゃないのは明白だよな!?天然!?天然メイドなのか!!ハハッやったね!ご飯がすすイタイイタイイタイイタイイタイ!!」
「ゆぅ君?」
本当に折ってしまおうか……いや、今はやめておこう。こんな事で折ってると、たぶん先には頭蓋骨を、
思考がオカシナ方向にいったので、頭を振りリセットする。落ち着くんだ。
「すずか様、お荷物を」
「大丈夫、私が持ってくから」
「はぁ」
「ふふふ」
持っていた紙袋を取ろうとしたファリンの手を避けて、言う。
ファリンは少し首を傾げていたが、この紙袋だけは譲れない。何故か?この中には昨日私が履いていたトランクスがあるのだ。シャツは何故か手に入らなかったが、これだけは洗って返すと無理を言って戦利品として取得したのだ。
かなり訝しげにしていたゆぅ君を制し、私は今、戦利品を自室に持ち帰る途中なのだ。
「では、ワタシが案内をしますね?」
「いや、ご迷惑になるようでしたら、帰りますよ?」
「ゆぅ君?」
「イヤージツハスゴイタノシミダッタンダナー」
「じゃぁファリン、よろしくね」
「はい、任せてください」
胸に拳を置いて意気揚々と返事をするファリンにそこはかとなく不安を感じてしまった。
いや、きっと大丈夫だろう。大丈夫であってほしい。
自室に紙袋を隠した私は急いでゆぅ君の待つ部屋に向かう。
扉を開けば、ゆぅ君がのんびりとティーカップに口を付けていて、その前の席にはお姉ちゃんが満足そうに座っていた。
「あら、すずか。おかえりなさい」
「う、うん。ただいま。お姉ちゃん」
「では、ちゃんと送り届けたということで、帰ります」
「あら、まだ話は終わってないわよ?」
「いや、今日は予定が」
「座りなさい?」
「はい……」
うん。のんびりと、というのは可笑しかった。今見ればティーカップがカタカタ鳴ってる。いったい私のいない数分で何をしたんだお姉ちゃん。
「で、一晩一緒の家に居たんだし、責任とかはとってくれるんでしょ?」
「アッハッハッ、手も足も出してないのに責任だなんて」
「へー、他は出したんだ」
「何も出てませんとも、ええ、もちろん」
「ふーん」
目が笑ってないお姉ちゃんとティーカップをカタカタ鳴らしているゆぅ君。
「まぁ冗談はさておき」
「冗談の目つきではなかった、なんて言えない」
「ゆぅ君言ってるよ?」
「ナニモイッテマセン!!」
カップを机に置き、深くソファに座りなおすゆぅ君。ついでに横が空いたのでソコに私が座る。
別に他意はない。
「で、私たちの事は知ったの?」
「すずかから聞きました」
「…感想は?」
「正直に言ってしまえば、だからどうした、ですね」
「そっか。すずかの見る目は正しかったのね」
「そうですね。バニングスさんを友達にしてるわけですし」
「……」
淡々と口を開くゆぅ君。たぶんお姉ちゃんの言ってることは想い人としてなんだけど、ゆぅ君は的外れに返す。
ゆぅ君は気づいてないから仕方ないんだけど、この話の流れからどうしてアリサちゃんが出てきたんだろう。
「ふーん、なるほど、なるほど」
「……」
「あんまり話してもない子にこういう事を言いたくはないんだけど。貴方、そうとう損な生き方をしてるわよ?」
「お姉ちゃん!?」
「アハハ、知ってます」
乾いた笑いが隣から聞こえる。隣を見れば真っ直ぐにお姉ちゃんを見ているゆぅ君が居て、その目は深い色をしていた。深い、深い黒の瞳。
「でも、望まれてやってる事ですから」
「…そっか、ごめんなさい」
「お気になさらずに。さて、では帰ります。長々と失礼しました」
立ち上がり、ペコリと頭を下げた彼は綺麗な足取りで扉に向かう。
ガチャリと開いた扉からゆぅ君は振り返る事もなくその姿を消した。
怒ったのだろうか。いや、確実に怒ってるだろう。誰だってあんな事言われたら怒る。
「そんなに睨まないでよ、すずか」
「だって…」
「大丈夫よ、あの子怒ってないし」
「本当は怒ってたかもしれないよ?」
「まぁ、私の評価が下がった所で大丈夫よ」
「でも、」
「あの子はアナタを一個人として見てるから、大丈夫よ」
少しやわらかくなった笑みを浮かべてお姉ちゃんは私を撫でる。
撫でてから、私に視線を合わせるように膝を着く。
「あの子が好きなのね?」
「…うん」
「そっか。じゃぁ、やめろ、だなんて言わないことにするわ」
「え?」
「あぁいう子と付き合うのは、骨が折れるわよ」
「どういうこと?」
「……それはアナタが気付くことで、私から言える事じゃないわ。一つだけ言うのなら、あの子と過ごしたいならそれ相応の覚悟が必要、とだけ言っておくわ」
私の覚悟?
私を受け入れる彼の覚悟ではなくて、私が彼を受け入れる覚悟?
「私たちと一緒なのよ、あの子も」
「……人間じゃないの?」
「そういう事じゃないわ。まぁゆっくり考えなさい。アナタたちはまだ若いんだから」
そうやって私をやさしく抱き締めてくれたお姉ちゃんは、どこか悲しそうだった。悲しそうで、でもそれが分からなくて。私には頷くことしかできなかった。
~すずか回終了
お疲れ様です。これにてグダグダ否、
一応、書きたかった…というか今回の話は書かなくてもよかったんですが、ユウが勝手に家に送り届けるとか言ってしまったから…。
ネタも少なく、分割もありませんが、気にしないでください。仕様です。
~健康的な肌
擬態魔法を掛ける為に思考のどれかは起きてます。
アースラでは運び込まれた時はボロボロ、その後医療班の手で包帯を巻き、起床後に擬態。の流れならばたぶんバレナイ筈。子供にボロボロな姿を見せたいと思う大人はアースラには居ないと思うのでバレテナイヨ!!バレテナンカナイヨ!!
~トランクス
言いくるめ方は、恥ずかしいから持って帰って洗って返す、とでも言えば夕君なら騙せる筈
~損な生き方
友達に化け物だと告白されて、そのまま受け入れるほどのお人好しの事
~私たちと一緒
ユウはこの事に関して無自覚です
~トランクスの使い道
決まってるだろ、恥ずかしい言わせんな