『ソレ』に感情や思考は存在していなかった。
星の悲鳴に誘われ、数世紀早く地球という惑星に辿り着いてしまった一体の蜘蛛。
時期では無い。故に行動を起こさない。眠りにつき、仮死状態と呼べるソレはただ存在するだけで半径数百kmに生物の生存を許さない。
『予定通り、アレの対処は俺とアルトリアだけで行う。他は待機』
『しかしっ、マスター!!』
『数で叩けばいいって相手じゃない。それに、俺が考え得る中で犠牲が無く、最も勝率の高い組み合わせなんだよ』
『そういうことを言ってるのではありません!! 私にマスターの傍を離れろと言うんですかっ!? お腹が疼いて仕方がないんですが!!』
『お前もう喋るな、変態』
『あふんっ♥』
『レイ、コレはもうダメです。座に返しましょう』
『そいつ生身だから殺したら死んじゃうよ??』
眠り続ける。来るべき時が来るまで、自身を脅かすような存在が現れるまで。自身が何者かなど考える必要は無く、ただただ本能の赴くままに。故に、眠る。
『僕のことを呼んだかい!』
『呼んでない』
『ふふっ、照れるなよお? 大丈夫、お姉さんに任せなさい! 僕のお花でキミの最期の旅路を祝福しようじゃないか!』
『勝手に殺さないでね?』
『ははは。いやいや、ほんの軽いジョークさ? だから僕の首元に添えられた指を離してくれないかい?』
『怜』
『程々にな』
『ちょおおおっと待ちたまえっ!? ジョークっ、冗談!! わかるかい!? 僕の言葉は嘘! 君のソレはシャレにならないから本当にやめてくれないかいイシュタル嬢!?』
『あまり喚かないで貰えるかしら、花の魔術師? あなたの言動嘘くさくて鼻につくのよね。取り敢えずグガランナの刑に処しますから』
『グガランナの刑って何!? い、いやぁ〜、美の女神に触れられるのは光栄極まりないからか身体の震えが止まらないなぁ!』
この身を揺るがす存在など現時点でいるはずもなく、故に我が眠りを妨げるものは居ない。
意識が闇の中に沈んでいる現状こそ普遍であり常識。揺るがぬ真理であると。
『れ、怜くーんっ!! ほ、ホントのホントに助けてくれないのかい!? グガランナの刑っ、グガランナの刑だぞぅ!?』
『あんまよくわからん』
『だろうね! 僕も詳細わかってないもの!!』
『行こうアルトリア』
『ええ』
『この薄情者っ!!』
『怜が薄情者ですって?』
『ホント面倒臭いなこの女神!!』
そう。眠りを妨げる者など、数世紀先に現れるかどうか。今はそんな存在、来るはずも──
『令呪を持って我が剣に命ずる』
眠りが────
『勝利を』
『──
──意識が急浮上する。
『是は、勇者と共にする戦いである』
【承認 ガレス】
『是は、心の善い者との戦いではない』
【承認 トリスタン】
『是は、誉れ高き戦いである』
【承認 ガウェイン】
星の使命を受けた我が身を滅ぼしうる輝きの胎動を感じる。即座に滅する必要があると戦闘形態へと切替える。
『是は、生きるための戦いである』
【承認 ケイ】
『是は、己より強大な者との戦いである』
【承認 ベディヴィエール】
消さなければ。今すぐにあの輝きを消さなければと外装とも言えない触手のような何かを伸ばし数百km先の敵に向けて死の呪いを運ぶ。
『──障壁再現』
敵へと真っ直ぐに伸びた触手がなにかに接触しその進行を止める。その壁を破壊しようにも何故か侵食が機能せずにそれ以上の進行を妨げるのみ。
同様に放射線の塊を放つもその壁に阻まれる。
『是は、人道に背かぬ戦いである』
【承認 ガヘリス】
そうしているあいだにもあの星の輝きの眩きが増していく。
『是は、真実のための戦いである』
【承認 アグラヴェイン】
『是は、精霊との戦いではない』
【承認 ランスロット】
『是は、邪悪との戦いである』
【承認 モードレッド】
『是は、私欲なき戦いである』
【承認 ギャラハッド】
飛び出すように星の輝きへと向かって駆ける。壁など存在しない超至近距離での殲滅を試みる。
『是は──世界を救う戦いである』
【承認 アーサー】
早く────
『──レイ』
『ああ──
【承認 レイ】
──この身に視覚何てものが搭載されているとするのなら、今映されている映像はなんと表現すれば良いか。
白。
ただただ眩しく、それ以外が知覚することの出来ない星の命の輝き。
『──この身、この剣こそは星の輝き。オールトより飛来せし星の捕食者よ。我が剣の息吹を喰い尽くせるものならば、受けるがいい』
今、どこに向かっているのか。今どこにいるのか、何をしているのか。全ての情報をロスト。ただ星の生命の源泉へと向かうのみ。
『
────
全ては白一色に支配された。
「────凄まじいな」
目の前……と言っても、奴との距離は100km近く存在しているが、星の悲鳴にも思える大地の揺れを感じながらORTの現状を把握する。
アルトリアのほぼ全ての制約を解除したエクスカリバーを受けて目立った損傷は見えない……いや、外装を補填しているだけでダメージはあるだろうな。
ただし、この一撃だけではあの究極の一を撃ち砕くには至らなかったようだ。汎人類史のORTと比べても遜色ない個体と言えるだろう。
既に不要な外装を取り外して更なる形態変化を始めている。学習速度が桁違いだ。あれで成長過程とは本当に末恐ろしい。
次元の壁がORTの結界に侵されなかったのは幸運だったな。半ば賭けだったが。
「……っと」
座標を入力し、指定した地点へと空間を置換する。先程まで俺たちがいた場所にはORTが放ったであろう宇宙線が広範囲に放出されていた。
ORTが何を捕食しているのか観測出来なかった。サーヴァントの一騎でも喰われていたら少し厄介なことが起こりそうではあるが、とりあえずはアレを処理することだけを考えよう。
ORTは生物でありながら機械に近い性質を持っている。単純に言えば核となる心臓のようなものがあるにはあるが、それ以外の細胞が心臓の機能すらも保有しているために核を破壊したところで別のパーツが補填ができるというもの。故に俺が今できるORTの対処法は一つ。
「聖剣再現」
細胞の一欠片も残すことなく、完全に消滅させる一撃を放つこと。
「霊基パターンを参照。限定接続開始」
手を上に翳す。本来なら面倒な抑止力が出張ってくるが使用者が俺となれば話は別。根源から供給される無限の魔力をもってして先程初めて見たアルトリア渾身の一撃を再現する。
しかし、一撃だけではアレを消滅させるには足りないことは先程の攻防で明白。ORTの損傷率は45%と言ったところか。既に修復が完了しているために振り出しに戻ったが、単純計算でも最低三本の聖剣が必要。
「検索……結合。
故に……九本。
俺の頭上に展開される輝かしい九本の聖剣。一つ一つの輝きが常軌を逸しているからかもはや光の集合体にしか見えないが。
抵抗を見せるORTが何度も攻撃を仕掛けてくるがその都度空間転移なりアルトリアが撃ち落としたりとこちらの損害は皆無。焦りの感情があるのか分からないが、明らかに手数が増えてきている。驚異に感じてくれているのだろう。
「セット」
指を鳴らす。頭上に存在した光が一瞬で消えて昼間にもかかわらず暗いと感じてしまうくらいには聖剣の輝きに目が慣れてしまっていたようだ。
その聖剣達がどこに行ったのかだが、明白。
ORTの身体が異様なまでに光り輝き、その巨体を彩っていた。
「
光り輝く巨体が一層の輝きを見せた瞬間、ORTの周囲を囲う莫大な光の柱が立ち上る。
それは俺たちにまで届く勢いで展開されていき、衝撃波が並の宝具を凌駕する勢いをもってして周囲一体に吹き荒れる。俺はアルトリアを含めて球状の防御術式を展開し衝撃を耐える。絶大な光量と音により視覚と聴覚が少しの間機能しなくなるほどの威力だったがさりげなく俺の前に立ち来ない風圧から守ってくれたアルトリアにキュンときた。
その極光はどれほど続いただろうか。体感では数十分は残っていただろう。我ながら抑止力を度外視した頭のおかしい攻撃だったと思う。まあ奴らは俺の存在に気づいてるのか怪しいから耐えているだろう。
ようやく視界が安定し始めたところで目に映ったのは底の見えない真っ暗なクレーター。何km抉れているのか考えたくはない。後で適当に修復しておこうと思いながら隣に佇むアルトリアの背中を押す。
「先帰っててくれ」
「はい。ご武運を」
知識としてある彼女の性格なら俺の要求をすぐ呑むようなことは無いと思っていたがやはり現実は違うようであり、全幅の信頼を寄せられていると実感し口角が無意識に上がる。
アルトリアが消えると同時に代わりと言うように出現してきたピコピコハンマーを肩に担ぎ音もなく目の前に現れた無表情でこちらを見つめる少女を見る。
──誰か喰ったのか。
予備動作もなくこちらに宇宙線を撒き散らす少女……ORTはサーヴァントとなっていることで出力も能力値も大幅に下がっていることもあり俺は手に持つピコピコハンマーで何百回とORTの相手を始めた。