星を破壊せんとする焔の絶望を向けられ。
計測値ギリギリの惑星級の魔力。そのありったけを込められた魔剣を地面に佇む羽虫へと向けて振り下ろそうとする巨人王の威光に当てられてなお。
「醜いですね」
その顔に一点の曇りなく。
「【
輝かしき剣を構える姿は、どこまで行っても騎士王の姿そのもので。
「────怜、さん?」
ほのかに香る彼の残り香に、二人の少女が反応した。
◇◇◇◇
第六特異点、キャメロット。
その最後の壁となる獅子王、アルトリア・ペンドラゴン……またを、女神ロンゴミニアドと呼ばれる規格外の存在。
「────答えよ」
キャメロットの実質的なトップにして、円卓の騎士にギフトを授ける超位存在。
キャメロット城の最奥に位置する玉座の間。そこは獅子王が座す神聖領域。
女神と呼ばれるほどの存在感は、矮小なる人という存在など息をすることさえ許されない覇気を放ち、魔力濃度の濃いこの時代において獅子王の周りの魔力は酷く澄んでいる。
しかして清流なれど、その勢いに小魚は生きることを許されず。
故に彼女の持つ黄金の塔……否、ロンゴミニアドと呼ばれる最果ての槍の一振に耐えられる存在などいるはずもない……はずだった。
「なんなんだ……お前は。何をもって私の前にその身を晒す──否。何故その身は未だ肉の形を保つ?」
獅子王はただただ困惑していた。
カルデアの侵略者とその女に従うサーヴァント。それらは軒並み彼女の前にひれ伏すのみであり立ち上がることを許すことなどなかった。
「──いいでしょう」
先の一撃は慢心も油断もない先手必勝一撃必殺の一槍だった。2本の足を地につけることが出来ぬのは必定、むしろ肉体が霧散していなければおかしなほどに極まっていた一撃だったのだ。
その一撃を。
いつの間に現れたのかも知らぬ見知らぬ小娘が五体満足で佇み、彼女の背後にはひとつの綻びのない大理石が残り、真正面から受けて無傷で耐えきったことが分かるその異常。
「その無駄にでかいおっぱゲフンゲフン。守るべき民を脅かすその威光、我が聖剣の輝きで断ち切りましょう────我が名はアルトリア・ペンドラゴン。ウーサー・ペンドラゴンの子にして円卓の騎士、ブリテンの王……騎士王アーサー王である。我が主の望みのままに、貴方の過ちの一切を打ち倒すためにここに在る」
その佇まいは、まさに騎士と呼べるものだった。
剣の形をした眩き光。その切っ先を床へと突き立て、塚の部分に両手を添える。2本の足は肩幅よりやや広めに広げられ重心が偏ることなく真っ直ぐに直立し、凛とした瞳で相手を捕える。
獅子王の覇気を受けてなおも一歩も引かぬ姿勢、大木のような安心感をその背を向けられたものたちに与える絶対強者の風格。
その姿は、正しく王そのものだった。
黄金の冠、荒々しい風を受けて靡くマント。何より彼女自身から発せられる王の風格と呼べるカリスマ。たとえその少女がどのような格好をしていたとしても跪いてしまう王の素質、それを増長させる格好により彼女を王の中の王と呼ぶべき存在だと認知する。
「アーサー王……騎士王か。なるほど、そのような存在が円卓には存在していたな──それで、だからなんだ」
獅子王の持つ最果ての塔が解放される。
カルデアの魔術礼装をもってようやく生存を許される魔力の荒波。自然災害と見紛う暴風、しかしそれらは突き立てられた一本の聖剣に遮られ、少女は凛々しく微笑む。
「英霊風情が。我が最果ての塔の姿を前にして抗えるとでも?」
「ならばこちらも問おう。貴公は何故に剣を取ったのか」
「無論。全て、人のためだとも」
なんの感情も乗せず、淡々と告げる獅子王の姿に。
騎士王たる少女は、後ろに控える人類最後のマスターへと視線を向ける。
「もし、そこの少女」
「え……は、ハイっ!」
「そして、ベディヴィエール卿」
「ハッ」
「貴方たちの役目を奪うような真似をしてしまいますが、どうか許して欲しい」
女神ロンゴミニアドという名を冠する獅子王はサーヴァントでは無く、今を生きる女神そのものである。
それ故にその魔力量、存在、格は一英霊とは比べるまでもない差が生じているはずであり、彼女の前に立つ少女は小さき姿を見せていた。
しかし、侮るなかれ。
(──なんなんだ、こいつは)
騎士王のマスターが誰なのかを、この場の誰も理解していない。
「
眩い光は収束していき、騎士王の持つ聖剣が姿を現す。
「────グランドセイバー。アルトリア・ペンドラゴン」
小さき体から放たれる魔力の暴風は、獅子王のそれを遥かに上回り。
「この聖剣の輝きこそ、我が騎士道、そして円卓の重さと知るがいい」
特異点Fで見た、禍々しくも目を奪われる聖剣の輝き。
黒く、侵食されながらにもその輝きは万物を照らす星の息吹と明言できるものだったと藤丸立香は思い出した。
けれど。
やはりあの時の聖剣は澱んでいたのだと。泥の影響により本来の輝きを失っていたのだと再認識するに、目の前の騎士王の持つ聖剣の輝きは十分すぎるほどに藤丸立香の魂に突き刺さる。
どうして私達の味方をしてくれるのか、と。はぐれサーヴァントなのか、はたまた全く違う第三勢力と呼ぶべきマスターの命令により馳せ参じたのか。聞きたいことは山のようにあったけれど。
「綺麗────」
ここがこの特異点の最終局面だということも忘れ、ただただ立香は背を向ける一人の騎士に見惚れた。
『グランドクラスだって? 馬鹿な、有り得ない。この時代に彼女が討伐すべき獣は存在していない。彼女が召喚される道理が無い。なら、彼女は獣に引き寄せられた存在では無い……?』
今の全てを見通す瞳に映らないナニカ。
藤丸立香の旅路のファンでありハッピーエンドを望む夢魔にはこの世界に含まれていない男の存在に気づくはずもない。
聖剣の輝き。何より、凛と佇む騎士王の背中の圧倒的な安心感を藤丸立香は忘れない。
カルデアに帰還し、召喚に応じたのは騎士王では無く獅子王であり、その後も幾度と無い召喚を行ったが終ぞ騎士王アルトリア・ペンドラゴンという英霊は召喚に応じることは無く、アーサー・ペンドラゴンという男が召喚に応じたものの彼女と縁が生まれていない事実に気を落としたこともあった。
もう一度、あの輝きを見たいと。
次こそは、隣に立ってサポートしたい、一緒に戦いたい。
そんな稚拙であり曖昧な願いをバーガーに喰らいつく反転した騎士王の隣で熱弁した記憶が今になって呼び起こされる。
「貴方、は────」
第二異聞帯、北欧。
「ソレを使ってはいけません」
巨人王、スルトの顕現。
圧倒的力を前に、藤丸立香達カルデアと、クリプターであるオフェリア・ファムルソローネは一時的に共闘を開始。
自らの霊基を犠牲にオフェリアの呪いを解除し、スルトにダメージを与えて消滅したナポレオン。彼が残した希望を手放すことなく、オフェリアは覚悟を決める。
彼女の魔眼とスルトは強く繋がっている。この魔眼こそスルトを現世に留める要石の役目を果たしているために、この魔眼を破壊することでスルトの魔力供給の道を断つことに繋がっていた。
しかし、魔眼とは所有者の脳に強く結びつくもの。これを適切な処置なく強引に潰す行為は下手をすれば脳が機能しなくなるほどに多大なダメージを刻むこととなる恐れもある。
魔眼の破壊は誰も止めるまもなく執り行われた。そして、クリプターに与えられた一度きりの規格外の大令呪の行使。
自らの命と引き換えに、世界を塗り替えることさえ可能となる奇跡の絶対命令権。これにより彼女のサーヴァントであるシグルドを神霊の領域へと昇華させることが彼女の狙いだった。
「私と来てもらいます。オフェリア・ファムルソローネ」
それは突然現れた。
合図もなく、予感もなく。初めからそこにいたかのようにオフェリアの腕を掴み行動を止めた少女。
『この魔力量、グランドクラスを遥かに越える……!! それにこの霊基パターンは!?』
ロマニ・アーキマン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてシャーロック・ホームズはシャドウボーダー内にて計測された数値が過去のデータと照合できたことによりそこにいる存在の正体に気付く。
『藤丸くんっ! そこにいるのはキャメロットに現れた騎士王だ!!』
『どうして今……いや、やはり彼女ははぐれサーヴァントじゃないのか。誰が後ろに居る?』
「────なんで」
腕を掴まれ、何故か機能しない大令呪に困惑し、腕を掴む少女の姿に見覚えのないオフェリアは「誰……?」と弱々しい声を漏らす。
そして立香は、今が死闘の最中であり乱入してきた相手が待ち望んでいた騎士王だということも忘れ、ただただ唖然としながらほのかに漂う香りに疑問が絶えない。
「我が主の命により、あなたを回収します」
「主……? クリプターの誰か? それとも異星の神かしら?」
オフェリアの問いかけに首を横に振る。
『おい……おいおいおいおい!? 不味い不味い不味いッ!! 魔力反応が桁違いだ! 今までとは比べ物にならない一撃が来るぞっ!?』
正体不明の乱入者。しかしその脅威はこの場にいる羽虫共の比ではないと、スルトは攻撃対象をアルトリアに絞り、今放つことの出来る最大火力を持ってして太陽と錯覚する業火を纏いし魔剣で消し飛ばそうと動く。
「醜いですね」
「星よ……終われ……灰燼に帰せ!
振り下ろされた魔剣は絶対破壊の一撃。神代の神々をも一撃で消し飛ばすに足る、正しく世界を焼き尽くす太陽の顕現。
「
死が迫る中、少女は靡くマントをそのままに、静かに不可視の剣を横薙ぎに振るう。
瞬間、世界から失われる色、光。
星により製造された神造兵装。その息吹が解放され、瞬く間に世界を侵食していき、スルトの一撃を飲み込んだ。
「出し惜しんだつもりはなかったのですが……なるほど、神と言うだけはある」
『嘘だろ!? あの一撃を相殺……いや、打ち勝ってる!!』
「
『『『は?』』』
全力の一撃を呑み込み、スルトの身体に僅かにも傷をつけた輝かしき聖剣の一撃。
再チャージを行い、先の一撃よりも強大な出力で少女を消そうとするスルトの目論見は一瞬にして消え去る。
なんてことのないように行われた宝具の連続使用。先程のものより一段階上げられた威力はスルトの体を包み込み強烈なダメージを負わせた。
「怜、さん……?」
盾を構え、風圧からマスターを守るマシュの口から漏れ出した呟きを聞き入れてか否か、騎士王はカルデアのマスターへと身を翻す。
「後は貴方たちの務めを果たしなさい」
『待ってくれ、Ms。このままスルト打倒に協力しては貰えないかな?』
「いいえ。私に許された役目はここまでです、探偵」
『なななな、なんだとぅ!? 君はクリプターでも無ければ異星の神の使徒でも無いっ、ならば汎人類史の英霊では無いのか!?』
「この剣は既に我が王に捧げている。汎人類史も異聞帯も関係ないのですよ」
(王……?)
「待って……まってっ!!」
聖剣の放出によりスルトは一時的に行動不能かつ多大な損傷を受けているために今までのような攻撃も動きも出来ず、痛みに悶えるのみ。
言うべきことは終わったとアルトリアは未だ困惑の最中であるオフェリアの身を預かり、何処から現れたか神秘に輝く魔法陣へと歩いていく。
抵抗は不可能と断じ、シグルドにカルデアに助力することを通常の令呪で命じ、一人着いていくことを決断するオフェリア。
そしてその進行を止める叫びを、全身を汚す少女から発せられたことを聞きつけアルトリアは背を向けたままに脚を止める。
「怜さん……なんでっ、貴方から怜さんのッ……!!」
美しい橙色の髪は今では砂で汚れ、顔には小さな傷跡が刻まれ紅い鮮血が流れている。魔術礼装も紅く、所々泥が跳ねたのかボロボロでありこの旅路の過酷さを物語る格好に、アルトリアは表情を変えることなく振り返る。
「彼は貴方たちを望んでいない」
「「ッ……」」
「貴方たちの旅路を望まない」
オフェリアの手を軽く掴み、歩みを再開する騎士王は今度こそと振り返ることなく背を向けて伝える。
「諦めなさい……弱き少女達」
「レイ、レイ、レイ。私と遊んで」
「無理」
「なんで。遊ぶの約束」
「してない」
「むぅ……」
「むくれてもダメ。てかどこで覚えたんだよそんな仕草」
「マーリンが教えてくれた」
指を弾く。
「ん? あ、あれ? なんで僕ここに居るのかな〜……なんて」
「ケルヌンノスの刑」
「ケルヌンノスの刑!?」
「……なに、ここ」
オフェリアは困惑していた。魔法陣に踏み込んだ瞬間、眩い光に包まれて目を開けた瞬間映った光景にひたすらに唖然としていた。
円卓のように机を囲む八つの椅子、そのひとつに座す男に寄り添う少女と膝を着く白い髪の女性。
そして、信じられないほどに濃密でありながら祝福を受けたかのように身体に吸い込まれていく魔力濃度。
「ん……おかえり、アルトリア」
「はい。ただいま帰還しました」
ジャギっと鎧の稼働音と共に胸に手を添え報告するアルトリアの姿を納める。
忠誠を誓う騎士のような佇まいと、それを受ける男の姿を知らないオフェリアは情報量の多さに言葉が出ない。
「あ、貧乳」
ビキッ、という亀裂音が世界に木霊する。ブフォっ、と吹き出す男とクラウチングスタートの構えを取る女性。そして真顔で言い切った少女はアルトリアの視線と重なり合うと首を傾げた。
「あれ、違う?」
「……ふふふふふふふ。誰から教わったのですか、その言葉」
魔術による身体強化を掛け続ける女性は外へ出るための唯一の扉までの最短経路を模索し、イメージトレーニングでもって逃げ切れる可能性が高いことを悟り内心でにやりと笑う。
そしてアルトリアは少女に尋ねる体を取ってはいるが既に切っ先は標的を捉え聖剣の解放を今か今かと待ち続ける。
「マーリンが言ってた」
「GO!!! はーっははは! 僕の勝ち────」
ごぎゃっ!! という衝突音と共に床へと倒れるマーリンと呼ばれる女性はぎょえ〜!! と声を上げながら後ずさる。
「チョっ!? アヴァロンで扉を塞ぐとか正気かキミ!? ちょっ、ちょ待っ!? 目が、ハイライト入ってないぞ〜!!」
ア”ァァァー!!! と叫ぶ女の声をBGMに。
「はじめまして、オフェリアさん」
「え? あ、はい……はじめまして?」
この状況で良く普通に挨拶できるな、と、これがこの場所での日常ならなんてとこに来てしまったのだと後悔をして。
「天野怜です。よろしく」
オフェリアは、この異聞帯で初めての来客となった。
■■■■異聞帯