『みんな』幸せのハッピーエンドが見たいだけだ   作:ラトソル

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彼の瞳に私は居ない

 彼の全てを忘れた日は無かった。

 

 亜種特異点、異聞帯。人理焼却を防ぎ、束の間の休暇も存在しないほどに立て続けに行われてきた騒動のラッシュ。それらを経ても、決して彼の記憶は薄れることなく色濃く残り続けていた。

 

 目を閉じれば彼が居た。目の前で消滅した彼が映っていた。

 記憶の中での彼は私を決して責めることはなくて。守れたことにホッと胸をなで下ろして微笑みかけてくる彼の体が崩れていく夢を何度見た事か。

 

 生きてて欲しかった。死んだなんて思いたくなかった。けれど状況証拠がそれを許さず、彼は世界から消えていて。

 

 二度と感じることがないと思っていた温もりが。匂いが、思い出が。留まることなく激流が如く溢れかえる。

 死の直前だったことも、今敵意を剥き出しにしてこちらを見下ろしてくるアルジュナという神への恐怖も全てが吹き飛び、あるのは片腕で私を抱き寄せアルジュナから背で守ってくれる彼の温もりだけ。

 

 涙が止まらなかった。嬉しかった、寂しかった、悲しかった。

 

 今まで何してたの? なんであの時私を守ってくれたの? なんで私を置いて消えてしまったの? 

 あの人達はなに? どうして女の子ばかりなの? 私の事忘れちゃったの? 

 

 様々な感情が湧き出てくるのを感じる。それでも今だけは止まらない涙を流しながら私は彼の温もりを身体に伝えることだけを考える。

 

 もう呼べないと思ってたけど。マシュと私だけが覚えていたその名前。私は感情の起伏から上手く動かせない口に強要し、震える口を動かして彼の名前を呼んだ。

 

「れい、さんッ」

 

 その優しい笑顔をもう一度見せて欲しい。私だけにその瞳を向けて欲しい。「大丈夫か」と頭を撫でながら至近距離で視線を交わしたい。

 

 そんな私の願望。一瞥だけでも胸の鼓動が止まらなくなる彼の視線は。

 

「──イシュタル」

 

 それでも彼は、私を見てくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 神たるアルジュナ……視ておくべきだったな。想定以上だ。周りの被害を考えなければ俺の異聞帯の中で勝てるのはアルトリアとオルトくらいか? 暗殺ならジャックでもワンチャンか。それでも異聞帯が消し飛ぶくらいの被害は考えないといけないから現実的じゃあないなと、オルトの遊び相手にするプランを却下する。

 

 俺の呼び掛けを待ってましたとイシュタルが飛んでいく。転移させても良かったが、俺の手札を見せるのはあまり得策では無いと判断し、蘆屋道満の元まではイシュタル自らで行ってもらう。まあ分身体だろうから本体を殺すまでは行かないだろう。場所は分かってるからいつでも殺せるが。

 

 にしても、と。勢いで抱き寄せてしまった立香の感情を感じて思った。

 

 ────気まずっ。

 

 余波から守るためとはいえ腕を背中に回したのはやらかした。うん、気まずい。とても気まずい。だって俺はもうこいつらの味方でもなんでもない。彼女の旅路を終わらせる立場になってしまっているのだから。

 それでも彼女が傷つく事を許容出来ていないあたりは俺の気持ちも分別出来ていない証拠なのだろう。

 

 とりあえず顔を合わせるとか無理だから回していた腕を離す。「ぇ」とこの世の終わりみたいな声が聞こえてきたけど知らん知らん。

 

「マシュ」

 

「え、あ……れい、さん……?」

 

「お前のマスターだろ。しっかり守ってやれ。今回は俺の責任もあるからこの場は俺が片付ける」

 

「な、にを……いえ、不可能です! この異聞帯の王であるアルジュナさんは世界の創造と破壊が出来るほどにまで神々を吸収し力を──」

 

「行け」

 

「ですがっ!」

 

 俺はもう彼女達と馴れ合うことは無いと決めているから。あの場で死んで終わりと思っていた俺の未熟さのせいでもあるけれど、それでも俺は彼女達を突き放さなくてはいけないから。

 

「三度目は無いぞ」

 

「ッ……」

 

「行け。アンタもだ、妙蓮寺」

 

「……ちょちょちょ!? なんでそれ知ってるのよ!! てか貴方だれ!?」

 

 多分俺今無表情だろうな。カルデアにいた頃もずっと笑ってるタイプじゃなかったしキャラ変とかじゃないけれど、それでもあいつらを突き放すには心を無にして他人であることを伝えなければならないから。

 型月世界の異物である俺の肉片も魔力の残滓も残らなかったのは元々居るはずのない俺という存在が消えたからこその世界の修正力の結果で、世界から俺の記録が存在とともに消えて俺の軌跡は都合のいいように改竄されているのは当然の結果だったのに何故か一番覚えていて欲しくなかった二人が俺という存在の何もかもを憶えていて。

 

 主人公補正と言えばそれまでだけど。なにかの陰謀を感じずにはいれないこの帰着はまじで苛立たしい。

 俺が二人のことを忘れたように演じることも考えたけどそんな自信ないし、ボロが出るのは時間の問題だから俺が二人から離れ、二人も俺から離れてもらうしかないから。

 

 あいつらは、俺の世界を──大切な存在を消す敵だから。

 

 そう思っていこう。だから俺は立香にもマシュにも視線を交わさないし顔を向けることもない。

 

「ペロロンチーノの方が良かったか?」

 

「ペペロンチーノよ!!」

 

 歪な視線を感じる。デイビットか。突然現れた謎の存在に対する警戒心ではなく、居て欲しくない存在に出会ってしまった焦りと警戒を捉える。なるほど、こいつもか。

 

「障壁展開」

 

 マシュ達の前に立ち、俺の背後に断絶するように次元の壁を展開。拒絶という意味プラスで上から見下ろしてくるアルジュナが黙って俺らのやり取りを見ていた理由も入ってる。

 アルジュナの手のひらに高濃度の魔力が集中。俺を脅威と見なしたのか、世界を破壊するに足る一撃を俺単体に向けて放とうとしている。それでも余波だけでそこらの英霊の宝具を軽く超えてくる程の破壊力があるからこその壁。

 

 相殺は無理。異聞帯が消し飛ぶ。さっきみたいに宇宙を作ってその中に入れるのも手だが、多分あれは直線の攻撃じゃなくて点の攻撃だな。放った瞬間俺の今いる座標に出力されるから放たれてからの回避は無理だし回避したらカルデア消滅。受けるしかないか。

 

 凄い形相で俺を見下ろすアルジュナを見て溜息を吐く。あ〜、ヤダヤダ。なんで出てきちゃったんだ俺。出向くのはオリュンポスくらいだと思っていたのに。ベリル・ガットは殺したからモルガンを使用したロンゴミニアドによる奇襲は無くなったけど、円滑に進めていくならモルガンに一役出てもらうのも悪くは無いかもしれないな。

 

帰滅を裁定せし廻剣(マハー・プララヤ)

 

 俺の魔力隠蔽を見破っているな。英霊が持ち得る力を逸脱している。北欧のスルトもこいつの前では赤子同然だろう。

 故にこそ、俺に対して一切の妥協も慢心もなく、世界を破壊する一撃を俺個人に集約させているわけで。

 

「怜さんっ!!!」

 

 あのチャージ時間に見合わない膨大な魔力。身体に負荷をかけて強引に最大火力まで引き上げている。次弾装填までにはかなりの時間を要するだろうな。だから実質この攻撃を捌けば俺の勝ちなわけで。まあその後にも拘束ぐらいはさせてもらうが。

 

「やめてッ!!! いやぁっ!!」

 

 俺の周りに半径5メートル程の球体状に包み込まれる。なるほど、無傷では済まない。重力が乱れ、俺という世界が破壊されるに全てを注ぎ込んだ一撃。宝具という枠組みでは推し量れない神の裁断。上下左右の感覚が完全に麻痺してしまう程の威力は今まで味わったことの無い体験だった。

 

「アヴァロン」

 

 まあ、関係無いが。

 

 俺の剣が持つ最強の盾。いつもは複製品しか持っていないが今回はオリジナルを譲り受けている。使わなくてもまあ腕が千切れるくらいに収まるだろうけどアイツらの悲しむ顔が見たくないから遠慮なく使わせてもらおう。

 

「なんだ……なんなんだっ、お前は!!」

 

 アルトリアが持つ宝具のぶっ壊れ加減を再認識した。ん〜、無傷。対粛清防御に片足突っ込んだ術式を二重に重ねていたとはいえ無傷は有り得ない。アヴァロンやっべぇ。

 インド異聞帯において絶対の存在であり比類する者は居ないアルジュナが放てる最強の一撃を無傷で防いだ存在に対して有り得ないことが起きたことに対して信じられないと顔を歪ませている。安心しろ、俺も驚いてるから。

 

 俺を排除するために極限まで凝縮し範囲を限定したからこそ周りへの被害は障壁を展開した必要がなかったほどに皆無で。

 妙蓮寺……ペペロンチーノがドン引きしている顔が面白くて笑いそう。マシュと立香は俺が無傷だったことと言うか、俺の姿が一瞬でも消えたことに対してこの数秒で涙を流して地面に這いつくばっていた。行けって言ったのが分からないのかあいつらは。

 

 シャドウボーダーの接続は乱しているから向こうから俺の存在を認識することは出来ないし、痺れを切らした向こう側が出張ってくるのも時間の問題だから短期決戦が必要。

 

「消えろっ!」

 

 先の一撃で消耗が激しいのか、アルジュナは通常攻撃に切り替えた。まあそれすらも並のサーヴァントは一撃で消滅しかねない威力だが、これでも全盛に比べれば二段階ほど下がっている。

 立香達は逃げる様子は無い。むしろ俺の方へと駆け寄ろうとしているのをペペロンチーノとラクシュミーにとめられている。さっさと終わらせるか。そう思い、俺はぐっと空間を掴むように右拳を握りしめる。

 

 世界の理に干渉し、アルジュナが乗る白いヴィマーナを一瞬で消滅させる。足場を失い体勢を崩したアルジュナの照準がズレ、立香たちの方へと光線が放たれたが障壁に当たり霧散する。

 

 両手を上へと掲げ、半円を描くように横へと拡げていく。小さな光の玉が合計9つその半円の軌跡に浮かび上がり、螺旋状に回転を続ける。

 

 俺の剣がアルトリアなら、俺の杖は彼女以外には居ない。

 俺の知る限りで最高の努力家であり天才。彼女が編み出した魔術の術式は目を見張るものがありこの魔術に関して言えば俺は完璧な再現は出来ない。オリジナルなら再現できるのにその魔術版に再編された術式は再現出来ないというのもよく分からないと自分でも思うが。

 

「ロンゴミニアド、斉射」

 

 彼女の術式程コスパは良くなく、無限の魔力があるからこそ出来るゴリ押し。

 この魔術を使って改めて彼女の努力の一端を感じることが出来る。どれほど長い時間を掛けてこの術式構築にまで至ったんだろうか。

 

「ぐ……くっ……!」

 

 威力を抑えて放ってはいるが万全では無いアルジュナにとっては負傷まではいかなくてもダメージは積もる。

 ここまで来たら楽に拘束することは可能だ。

 

 この異聞帯に先に到達したのはカルデアだから、彼ら彼女らが世界に終止符を打つのは義務であり責務。だから俺がアルジュナを倒すことはしてはいけないから俺に出来るのはここまで。そんな俺個人の考えをカルデアに押し付ける。

 

「界」

 

 結界を構築+多次元空間の生成+転移+重力操作+神性特効付与。

 見た目は黒い小さな箱。1メートル四方の小さな箱にダメージを与える効果は無く閉じ込めるということに関して全振りしている神性が高ければ高いほど効力の高いオリジナル魔術。

 天の鎖とは違い拘束ではなく封印に近いが時間制限を設けることでさらなる拘束力を上げている。2時間を想定しているが多分1時間しないうちに出てくるだろう。

 

 その代わり、外からの干渉の一切を遮断しているからただの延命措置にしかならないが。

 

「終わったわ。やっぱり分身体ね。どうする?」

 

「今は良い。ありがとうなイシュタル」

 

「良いわよ。大した仕事じゃなかったし」

 

 ふわりと俺の横に降り立ったイシュタルは言葉では済ましているがニヤケが隠せずぴくぴくと口角が動いているのが見える。しっぽがあったらちぎれるくらいぶん回してそうだ。犬の耳付けようかな? 

 美の女神らしく振舞っている時よりこういう何気ない素の表情の方が断然可愛い。後で頭撫でよ。

 

「良いの?」

 

 太陽の輝きがここに来て一番強く地上を照らしているがそれに反してここでは静まり返っていて。

 イシュタルからの端的な問いかけは俺にだけ伝わる意味を持っているけれど、ここに俺が来ること自体イレギュラーなのにこれ以上は何もすることは無いから。

 

「俺はもうカルデアの人間じゃない」

 

 ヒュッ、と息を呑む音が鼓膜を揺らす。けれど俺はそれに気付いてはいけないから……いや、気づいた上で反応しないんだ。

 

「れ……」

 

「アルジュナは閉じ込めただけだ。すぐに出てくる」

 

「な……何故だ! 何故トドメを刺さない! 今あれにトドメをさせるのはお前だけでは無いのか!?」

 

 マシュの声を遮るように淡々と告げる。やはりと言うか、ラクシュミーは憤怒の感情を抱き俺を叱責するように怒号をあげるがペペロンチーノは納得の表情で身を引いている。

 

 俺は彼女らに視線を向けることなく事務的に告げていく。

 

「俺はお前達の味方じゃない」

 

「「っ」」

 

「だからこの異聞帯の問題に干渉することは無い。今回は俺が起こした問題を処理したに過ぎない」

 

「き、さま……この世界の状況を知って言っているのか!? 奴を今消さなければ無辜の民は当然のように消えていく!! 全てがなかったことにされていくんだぞ!!」

 

 ラクシュミーが詰め寄ろうとする。それに対して俺は動作無くラクシュミーの一歩前に横一線に地面に斬撃をつける。

 言葉にしなくても、その境界線を超える意味をラクシュミーは理解したようで踏みとどまった。

 

「関係無い」

 

 同情なんて無い。

 全てを救うなんてことは出来ないことは所長を救うことが出来なかったことで学んでいる。

『みんな生存のハッピーエンド』は俺の世界に限った話だ。外の世界まで手を出そうなんて傲慢なことは言わない。そんな無責任なことは出来ない。

 

 俺はお前らを救わない。

 

「諦めろ」

 

 彼女達が知る天野怜は死んだ。そう思わせないと、今の二人は見るに痛ましい。

 所長から始まり、目の前で死んでいった近しい存在が期間を置いて俺だったからこそ二人はトラウマのようなものを抱えているだけで。俺に対してどうこうということはなくただの罪悪感だけで動いているから。

 

 超遠距離から俺の頭蓋向けて放たれた七つの弾丸をイシュタルが魅了し送り返す。俺はイシュタルの肩に手を回し抱き寄せ、玉座へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オ、オオオオル、オルオルオルオオオルトぉぉおおお!!!???」

 

「ぶいっ」

 

「カヒュ……」

 

「……どういう状況?」

 

「オルトの正体をオフェリアに伝えたらこんなになっちゃった♪」

 

「ああ、そう……」

 

「オルオルオオオオルトトトオオルルルオオルオルオル」

 

「────ははっ」

 

 肩が軽くなった気がした。

 この非日常的日常がもう俺は手放せない宝物で。

 

「怜くんが制裁しない……!? 誰だ君は!! 怜くんを返せっ!!」

 

 アルトリアがマーリンにゲンコツを叩き込み床に埋め込ませたこの光景も俺は捨てることの出来ない俺の守りたい情景だから。

 

 クイッと袖を引かれ意識を向ければ不安そうなイシュタルの顔が俺を見上げてくる。それすらも愛らしく感じて俺は口角を緩めて決めていた頭を撫でるという行動を取る。

 

 甘えるように擦り寄ってくる彼女はとても美の女神とは思えない。そしてやはり俺には親しい存在を突き放すという行為は全く向いていないことに気がついて。

 

「ごめんな」

 

 誰に伝えたいのか分からない言葉を俺は独りごちる。

 

「いえーい、ぶいぶい」

 

「オルオルオルオルオルオルオルオルオトトトトトオオオオオ!!?」

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