メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

13 / 79
交信

 暗闇だ。すべての感覚が機能していない。

 

 何も、ない。

 

《あなたは……?》

 

 かすかな……光? いや、波だ。紅い、波。波形。──音。

 

《第4世代、旧型の強化人間……》

 

 これは、声だ。

 

《私たちは……「交信」しているのでしょうか?》

 

 声が……視える。

 

《私はエア──ひとりのルビコニアン》

 

 この声は話しかけてきている。

 

《どうか、目覚めてください。あなたの自己意識が……コーラルの流れに散逸する、その前に》

 

 真紅の光が、逆流した。

 

 

 

 

 

 

 頭の中を何かが駆け巡る感覚で、621は我に返った。

 

 すぐに警戒態勢をとる。仕事はまだ終わっていない。

 

 621は機体の状況を確かめようとして、外が見えないことに気づいた。メインシステムは動いているが、戦闘モードではない。そしてカメラがオフになっている。

 621のジャイロセンサは、621が空を飛んでいると伝えてきた。オートパイロットになっているようだ。

 

『強化人間C4-621、生体反応を確認』

 

 機体が着地する。カメラが起動した。

 機体はどうやらウォッチポイント制御センターの屋上にいるようだった。依然雨が降っている。いくつかの設備から火の手が上がっているのが見えた。

 

『オートパイロットを解除。ハンドラー・ウォルターへの通信を接──』

 

《レイヴン》

 

 ウォルターへ通信を繋ごうとするCOMを遮って、声が621に話しかけてきた。

 ひとりのルビコニアン、エアと名乗った、女の声。

 

 残念です、レイヴン。……あの声と、同じ?

 

《敵性機体の接近を確認しました》

 

 訳の分からない状況で、唐突に敵が飛んでくる。敵だ。621には分かっていた。

 

 自分はこの機体を知っている──何度も何度も殺された相手だ。

 AC、あるいはMTらしきコアが背負う、巨大な背部ブロック。搭載されるブースタから炎を噴き上げて、敵機はこちらに向かってきた。

 背部ブロックから生えたレールが、機体を一周するリングを描く。

 更にその機体を、パルスアーマーが包んでいた。

 

《あなたの脳波と同期し……「交信」でサポートします》

 

 浮遊したまま、敵機が621の前で停止。物々しい音と共にランチャーが飛び出し、機体を覆う。

 

 コアと頭部の赤い無機質な視線が、621に向けられていた。

 

《メインシステム、戦闘モード再起動》

 

 エアによって戦闘モードが再起動される。同時に警告音。敵機がリング状にミサイルを吐き出す。621にとっては散々見た光景だ。ささやかながら右肩のプラズマミサイルを発射する。

 回避行動は取らない。バーストライフルをセミオートで撃ちながら、一直線に敵機へ接近する。621は持ち替えたブレードでアーマーを切りつけた。その間に曲がり切れなかったミサイルが次々と地面にキスしていった。

 

 621のターンは一度終了だ。敵機が離脱行動をとる。

 警告音。グレネードが真上から飛んできた。621に回避する暇はなかった。序盤から機体が硬直し、621は隙を晒す。

 追撃はなかった。621はAPを横目で見ながら敵を追尾する。APは残り6800程度。

 

《敵機について調べました。惑星封鎖機構の無人機体、バルテウス》

 

 何かの拍子にターゲットアシストが解除されていた。被弾はそのせいだ。621はターゲットアシストを再起動。

 

《ダメージを与えるには、展開しているパルスアーマーを剥がす必要があります》

 

 エアと名乗る声が、中身のない電子記事のようなことを言ってくるのを半ば聞き流しつつ、621はバーストライフルをパルスアーマーへ放ち続けた。記憶の中よりも随分と脆いように感じられた。そろそろ剥がれる。

 

《パルスアーマー消失。今です、レイヴン》

 

 621はブレードに持ちかえ、連撃。ブーストキックでバルテウスを蹴り飛ばす。更にアサルトアーマーで追撃、硬直の解けた敵機が移動して直撃せず。代わりに着弾したプラズマミサイルがダメージを与えていく。

 左腕をライフルに戻し、621はバルテウスに衝撃を蓄積させていく。あれが再びパルスアーマーを張る前に、できる限りのダメージを与えたい。

 

《通信回線は一時的に切断しています。あなたは致死量に近いコーラルを浴びた直後……。今は──戦うことに集中してください》

 

 左腕のライフルのマガジンを空にして、ブレードと入れかえる。同タイミングでバルテウスにプラズマミサイルが着弾、スタッガーに追い込んだ。

 

 すかさずブレードで連撃をかける。パターン化された攻撃。ライフルで追撃。蹴りを放つべく、アサルトブーストに点火しかけたところで、敵機が浮上した。

 

《この波形は……⁉》

 

 アサルトアーマーだ。621は後方にクイックブーストして離脱を試みる。少々厳しいかもしれないが、果たしてどうか。

 

《レイヴン、距離を!》

 

 バルテウスがアサルトアーマーを発動した。パルスエネルギーが広範囲に飛び散り、荒れ狂うが、機体にダメージはなかった。回避成功だ。

 

 アサルトアーマーを発動すると同時に、敵機はパルスアーマーを再び展開した。機関砲で621をけん制し、不用意な位置取りを誘発させる動きをしてくる。この機動は……火炎放射か。

 

 敵機がブレード状の炎を振りかぶり、621を消し炭にすべく空気を切り裂いた。621は敵機の真下をくぐり抜けるようにして回避した。

 

 おかしいな、621は感じた。随分とゆっくりな動きだ。あの炎のブレードはこちらが視認するより早く振り下ろされるはずなのだ。振りかぶるところから振り終わるまでの動きが遅く、狙いも大雑把だった。

 そういえば、ミサイルの雨も今日はまだ最初だけだ。思ったより撃ってこない。

 

 バーストライフルとプラズマミサイルが、バルテウスのパルスアーマーを瞬く間に削っていく。

 621は特に苦労することなく、再びパルスアーマーを剥がすことに成功した。

 硬直したバルテウスにブレードを叩きつけ、ブーストキックで文字通り足蹴にする。

 

《敵機、ダメージ限界に向かっています》

 

 離脱した敵機にアサルトブーストで詰めかける。警告音と共にグレネードが飛んできた。

 回避が遅れた。アサルトブーストで突進する621とグレネードが正面衝突。なかなかに迂闊な被弾だった、と621は思う。アサルトブースト中の衝撃緩和効果もあって、スタッガーは免れていた。APは残り4000ほど。残量は既に50%を切っている。

 

 グレネードを放ったバルテウスは、621と交差して振り切ろうとする。反転した621はブレード攻撃の噴射で接近。連続攻撃の一発目は外したものの、二発目を当てる。

 敵機はこれにミサイルとグレネードの組み合わせで対抗してきた。しかし至近距離まで詰めた621にミサイルは当たらず、照準に狂いでもあったのか、本命のグレネードも見当違いの方向へ飛んでいった。

 

 621はACSに負荷が溜まった敵機へバーストライフルを射撃、ACS負荷限界に追い込んだ。ブレードはまだ冷却中だった。621はまず敵機を蹴とばす。続いてバーストライフルを撃ちこみながら接近。プラズマミサイルも発射する。十分近づいたところでブレードに持ちかえ、バルテウスの背部ブロックへ振り下ろした。一回。二回。

 

 背部ブロックから爆発が起こった。一度ではなく、何度も。その度にオレンジ色の花が咲き、行き場を失った電気がアークを引き起こした。

 621は敵機のコアに強い光を見て──直後。

 

 最期に大きな花を咲かせ、バルテウスは羽虫のように地面へ落ち、動かなくなった。

 

《……敵機システムダウン。沈黙しています》

 

 戦いの熱を降り注ぐ雨が冷まそうとする中、621は炎上を続けるバルテウスの前に佇む。

 

《……レイヴン》

 

 声が──エアが話しかけてきた。

 

《あなたには休息が必要です》

 

 そうかもしれない。621にとってとんでもない仕事だったのは確かだ。

 

《でもその前に、ひとつ警告を》

 

 西の空が光った。上空を覆った曇が吹き飛び、周囲が昼のように明るくなる。

 621の頭に、核という言葉が浮かび上がった。しかし、これは知識にある核爆発ではない。それよりもずっと大きなものだ。

 

《あなたが巻き込まれたコーラルの逆流……あれは予兆に過ぎません》

 

 このウォッチポイントにも爆風が到達した。ACにとっては、ちょっとしたそよ風程度の強さ。爆心地までは距離がありそうだ。

 

《ルビコンを焼き払う……この炎と嵐の》

 

 621の頭上に、灼けた空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 621はウォルターと合流。ひとしきり出迎えを受けたのち、ひとつの映像を見せられた。

 

「……これはある友人から提供された観測映像だ」

 

 どうやら、ウォッチポイント付近から撮影されたものらしい。

 

「見ろ、621。逆流から引き起こされたコーラルの局所爆発……その拡散には一定の指向性がある」

 

 映像では、コーラルと思われるマーカーが、確かに一定方向に集中して流れているのがうかがえた。

 続いてウォルターが地図を表示する。

 

「向かう先はアーレア海を越えた対岸、中央氷原。コーラルには鳥や魚の群知能にも似た、集まろうとする特性がある」

 

 資料映像がオーバーライドされる。確かにコーラルが一か所に集まろうとしているのが、621にも見てとれた。

 

 つまりな、そう言ってウォルターは結論を告げる。

 

「中央氷原のどこかに、大量のコーラルが眠っているということだ」

 

 フムン。ウォッチポイントを破壊したのは、この観測データを得るためだったのか。621は合点がいった。

 で、この中央氷原へ行けばよいと。

 

「頭の中で妙な声が聞こえるということだったな……」

 

 話題が変わった。621は例の声についてウォルターに報告した。とりあえずは幻聴として。ファーストコンタクトでは人ならざる形をしているように見えたが……本当にルビコニアンなのだろうか?

 

「その手の症状は、旧世代型強化人間にはよくあることだ」

 

 少々の沈黙。

 

「先の逆流に巻き込まれた影響もあるだろう……気にするな」

 

《……レイヴン》

 

 突如視界が紅く染まる。視覚デバイスに直接作用されているようだった。

 

《今回のコーラル局所爆発により、ベリウス北西部のベイエリアが消失しています》

 

 再び地図が、エアによって表示される。確かにベリウス北西部の半島が、丸ごとクレーターになっていた。

 

《……ですがそれすらも……かつての「アイビスの火」とは、比較にならないほど小規模なものです。──レイヴン》

 

 エアが改めて、621の名前を呼んだ。拾った名前を。

 

《あなたにお願いがあります。集積コーラルに到達するまで、あなたとの交信を続けさせてほしいのです》

 

 彼女──便宜上そう呼称するしかあるまい──は語る。己の願いを。

 

《私は見届けなければならない。コーラルを巡るこの闘争がどこに向かうのか、必ず。──ひとりのルビコニアンとして》

 

 

 

 

 

 

『強化人間C4-621、通常モード移行』

 

 621は、確かにこのガレージに戻ってきたことを意識した。生きて戻ってきた。

 

『新着メッセージ、2件』

 

 メッセージのひとつはウォルターからだった。

 

『621、俺はこれから野暮用で外す。中央氷原への旅行は、企業に情報を売ってパトロンが付いてからだ。戻るまでの仕事を伝える……しばらく休め。これは命令だ』

 

 もうひとつは……。

 

《……レイヴン。あなたのハンドラーはしばらく不在なのですね》

 

 エアだった。エアは少し考え込むような沈黙の後、言った。

 

《先ほどの中央氷原への「旅行」ですが──ベイラムからは早速依頼が届いているようです。確認してみてはいかがでしょうか?》

 

 この駄犬は、飼い主の留守中、早速命令違反を起こすのだった。




 収入:480,000
 
 基本報酬:380,000
 報酬加算:100,000
 詳細
   ウォルターによる特別手当:100,000
 
 支出:57,966
 
 修理費:23,316
 弾薬費:34,650
 報酬減算:0
 
 支出:422,034
 
 ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
 ストックが尽きたのと、リアルの状況を鑑みて、勝手ながら数か月お休みいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。