グリッド086は朝を迎えていた。気温が低く、一帯は霧に包まれていた。
その霧に紛れる影があった。RaD製のMTと、BAWS製のガードメカ。しかし改造を施され、正規品とは異なる様相を呈していた。
彼らこそが、
「ジャンカー・コヨーテス」構成員のジョーは、ミサイルを満載したMTに搭乗し、集団の一角でグリッド086を目指していた。
霧で閉ざされた視界はどこかコーラルがもたらす酩酊感と同じものを感じさせる。ふわふわ、ふわふわ。見続けると、酔っ払う。
グリッド086はコヨーテスの商売敵たるRaDの中枢拠点のうち、最大級の規模を誇る。コヨーテスは度々ここに襲撃をかけては、手荒い歓迎に叩き潰された。特に2年ほど前から、その手強さが一層増してきた。
そう、「
あのカーラという女は素性が全く分からない。かの「アイビスの火」の
なんせ、「アイビスの火」が起きたのは半世紀も前だ。オムツも取れないような赤ん坊だったのなら、ギリギリ名乗れるだろうが……。
それでも50代の
ジョーから見て、RaDは変な奴、もとい虚言癖のある奴が多いように思われた。
今のコヨーテスのボスも、元々RaDの重役だったそうで、ジョーのような下っ端からは信用できるのか不安視する声もあったのだ。しばらくして手のひらをねじ切ったが。
他にも間抜けなラミーだってそうだ。そりゃあ死なん限りは「
しかし、コヨーテスの面々はラミーで足止めをくらったところにMTの大群をぶつけられるなど、RaDの抜け目なさについて身をもって知っていた。
その中枢が、グリッド086が、壊滅した。
第一報が届いたのが昨夜。複数の区画にわたって散々荒された痕跡が見られた。
当然コヨーテスは色めき立った。あのRaD相手にここまでやってのける大馬鹿野郎が確かにいたのだ。
即座に戦闘部隊が用意された。ジョーたち破壊活動を行う一団と、RaDがため込んだ情報を抜き取る連中の二手に分け、ここ最近で最大規模の攻勢をかけるのだ。
朝方の濃霧に紛れてグリッド086へ侵入し、機密情報をいただき、ついでに向こう数か月は機能停止するような損害を与えてやる。これが一連の流れだった。
成功すれば、今夜は一層コーラルがうまいだろう。コーラルミールワームみたいにろ過されてボンヤリした
ジョーは既に脳みそがパチパチ弾ける感覚を夢想していた。
グリッド086へ侵入したジョーたちコヨーテスは、すぐ違和感に気が付いた。空っぽだった。もぬけの殻。いつもなら歓迎委員会が出張ってくるのだが、ガードメカすら出てこなかった。
溶鉱炉区画をハッカー集団に任せ、破壊活動担当は最奥区画の手前まで抵抗なく進むことができた。
残すは隔壁2枚のみだ。いつサプライズがあっても良いように、前衛の構成員は慎重に配置を組んでいた。ジョーは後衛として、やや離れたところから火力支援を行うのが役目だった。
ハッキング担当から、ついにお出迎えが来たという連絡が入った。こちらもそろそろ来るはずだ。
隔壁が開くのが見えた。何が出てくるのやら。
『おい! ACが出てきたぞ! 見たことねえ機体だ。カーラの野郎、金を積みやがったな!』
『パンチャーとキッカーを突っ込ませろ!』
どうやら新戦力のACがいるみたいだ。ラミーみたいなやつなら与しやすいのだが。
前衛部隊が改造ガードメカを突っ込ませる。それぞれ火力と脚力にアップデートが施されたものだ。
しかし、30秒もしないうちに、何かが飛び出してきた。そのまま後衛のMT集団へ突っ込んでいく。
『おいみんな! お客さんだぜ!』
『おっ、ありゃあ「ぼんくら」ラミーじゃねえな。RaDの新入りか⁉』
『ぶっ飛ばせ!』
ジョーも遠くから敵機をロックオン。高誘導ミサイルと拡散ミサイルを発射。当たらなかった。
ラミーなんぞよりよっぽど素早く、軽快に動く。どうやらグレネードを装備しているようで、ジョーを含めて6機いるMTのうち、4機が瞬く間に撃破された。
ジョーにも見覚えのない機体だ。これでもそれなりに長くやってるのだが。稀に出てくる「
敵機が消えた。どこだ?
真横で爆発。味方機が粉砕された。MT部隊は残り1機……俺だけ?
ジョーは慌てて振り向き、拡散ミサイルを発射する。ちょうど正面に飛び出したACに向かって。
拡散ミサイルは弧を描くように飛ぶため、すぐに着弾しない──視界がスローモーションになる。RaDの探査ACがブーストを吹かしてジョーの方を向いた。肩に搭載されたグレネードの砲口と目が合う。
黒い。吸い込まれそうだ。構えの姿勢で、敵機がほんの数瞬、ジョーに接近する。黒い穴がぐんぐん近づいてきて──
ぴかりと、何かが光った。
野暮用に取り掛かっていたハンドラー・ウォルターは、621の依頼リストに起きた変化を見逃さなかった。
ベイラムによる中央氷原先行調査依頼に、「受諾」の文字が書かれている。ウォルターの管理下にある621の口座を確認すると、既に報酬が振り込んであった。まさか出撃したのか?
見れば、621によるメモがあった。ウォルターは感心した面持ちでそれを読む。
大陸間輸送用のカーゴランチャーを使う……か。正直まともではないが、悪くない手だ。
だが、少々修理費が高い。怪我などしていないだろうか。グリッド086ならばカーラがいるはずで、そこまで心配することもないが……。
席を外してる間に散っていった、かつての手駒たちの姿がウォルターの脳裏に浮かんだ。思わずため息がこぼれる。
感傷を振り払う。方針を定めねば。
621には、このまま氷原に行ってもらう。着く頃には自分の野暮用も片付くはずだ。
ウォルターは音声メッセージを録音し、621に送信した。