次の仕事はウォルターが発行した依頼だった。621はブリーフィングをチェックする。
『これは私的な依頼だ──友人からのな』
ウォッチポイント襲撃依頼となる、彼の「友人」からの依頼だ。
『この氷原のどこにコーラルが集まっているのか、地点を絞り込むには情報が足りない。友人からの情報によると……俺たちが探すべきは、ここだ』
画面には霧に包まれた都市が映し出された。中央に大きなタワーがそびえている。
『ザイレム』
ウォルターが街の名を口にした。
『かつてルビコン調査技研が建造した洋上都市だ。あの災害以降、かの地は放棄されている』
621にとって、技研といえばグリッド086で戦ったデスボックリ、シースパイダーを作った組織だ。ルビコン調査技研というのが正式名称らしい。
映像が切り替わる。街区を赤外線カメラで撮影し、レーダーと合成したものだ。街を覆う霧は、ただの霧ではなかった。
『コーラルに関する情報を秘匿しているのだろう──都市全体がECMフォグで欺瞞されている。先んじて友人が調査ドローンを飛ばしたが、やはり濃霧の中で消息を絶った。そこでお前の仕事だ』
ウォルターが仕事の内容を告げる。
『調査継続の障害となる、ECMフォグ制御装置を停止してこい。企業たちの目が封鎖機構に向いている今であれば、俺たちが真っ先にコーラル集積地点を探り当てることができる』
621たちは状況を利用するだけだ。ここは機先を制するため、打って出るという判断だった。
ザイレムは中央氷原から少し沖合、ちょうど企業たちの観測データが抜け落ちていた海域に位置する。データの抜け落ちの原因はザイレムで間違いないだろう。
621を乗せた輸送ヘリが、ザイレム上空に差し掛かろうとしていた。
『ECMフォグを無効化するまで、お前……の通信はできなくなる。調査ドローンが残……たビーコンを辿れ』
ECMフォグは極めて強力な妨害能力を有しており、機内での無線ですら途切れ加減となった。
AC投下。621は外界から隔絶された霧の中へ飛び込んだ。
『メインシステム、戦闘モード起動』
621は建物の屋根に降り立った。ECMフォグは文字通り、可視光線にもジャミング効果を発揮する。辺り一面真っ白だ。
《レイヴン、ECMは私たちの交信に干渉しません。しかしあなたのロックオン距離に影響が出ています。周囲に目を光らせてください》
621は操縦装置──自身と機体に発生しているジャミングの状況を確かめる。視界はフォグによる影響のみを受けている。カメラと視覚デバイス、脳の接続は厳重に防護されており、ECMフォグの中でも正常に動作した。聴覚も問題なし。嗅覚は621からほぼ抜け落ちている。味覚はない。
機体の方は、高度計、速度計に異常はない。残弾などの把握機能も正常。しかしエア曰く、FCSには影響が出ているらしい。
コンパスとレーダーは使い物にならない。ウォルターとのデータリンクも切れていた。
総合すると、レーダーがないこと以外は仕事の支障にならない。
621は正面の低いところに、点滅する光を視認した。とりあえずそれに接近する。都市全体が水に浸かっており、地上はいずれも冠水していた。ゼロメートル地帯のようで、高度計は-2を示している。
《これが調査ドローンの残したビーコンでしょうか。発見次第マーカーに記録していきます。迷ったら立ち戻ってみてください》
遠くの方にも点滅している。これを辿っていけば良さそうだ。621はビーコンの光を目指す。
『不明な侵襲を確認。恒常化プロセスE』
《都市防衛のための自律兵器のようです》
周囲にアラート。621は斜め上にアサルトブースト、空へ逃げる。
背後で爆発。突入型の自爆ドローン。爆風の範囲が広そうで、なかなか厄介だ。
ここでマーカーが更新、HMDにOBJと表記されたアイコンが表示される。エアの手によるものだろう。
《ECMフォグ制御装置を発見。アクセスしてみてください》
装置の周囲にもドローン。621は目についたものをライフルで始末し、アクセスした。
アクセス中、視界外から1機突っ込んできた。ダメージは1200ほど、まずまずの威力だった。
《制御装置の動作停止を確認。引き続き捜索しましょう、レイヴン》
621はビーコンを辿る。
『不明な侵襲が継続。恒常化プロセスA』
システム音声の内容に警戒しながら621は前進を続ける。
《ふたつめの制御装置を発見》
正面のドーム上に装置があった。周囲には自爆ドローンと、円盤状の機体。621はそれらを無視して装置にアクセスした。
対象から離れすぎなければ、アクセス中でも回避行動をとることができる。
621は自爆ドローンの突入を交わそうとして、避けきれなかった。更に円盤がレーザーブレードを展開、高速で突っ込んできた。APを半分近くまで削られたが、その間にアクセスが終わる。
《動作停止を確認。次を探しましょう。それにしても、機体情報が見つからない……すみません、レイヴン。あなたの経験に頼るしかなさそうです》
この円盤のことだろうか。621はプラズマミサイルを発射しながら応答する。
「この機体は知らない。だが墜とし方は知っている」
ライフルを見舞い敵機を撃破。高機動だが脆い。レーザーブレードによる攻撃前に倒すのが良いだろう。
『AP、残り50%』
621はリペアキットを使用、先へ進む。
『侵襲を確認。恒常化プロセスC』
正面からプラズマをチャージする光が見えた。警告音。直後にプラズマのビームが飛んでくる。
621はこれを回避。敵を無視してショートカットを決断。今見えているビーコンで、最も遠そうなものへ飛行した。
621はビーコンまでたどり着く。その先、ビルの谷間に何か落ちているのが見えた。
《あれがウォルターの話にあった調査ドローンでしょうか? 情報が引き出せるかもしれません。調べてみましょう》
接近すると、確かに調査ドローンだった。4発のロータを搭載しており、ずれもブレードがひしゃげている。それでも機体は原形をとどめていた。
アクセスが完了する。海水に浸かっていたが、中身は生きていた。エアが解析結果を飛ばしてくる。ウォルターの「友人」が記録したであろう観測データだった。加えて、メモが残っていた。
『ザイレムの機能はまだ生きている。封鎖機構によって隠蔽された、あの場所への行き方についても手掛かりがあるはずだ。把握しているのは封鎖機構と、あとは……』
ザイレムの機能? 防衛システムのことだろうか。
データの中身はいくつか欠けているECMフォグ制御装置の座標と、システム整合性チェックのログだ。その下にサブシステムの稼働状況が、区画ごとに記録されていた。
なぜか
《待ってください! 敵性反応!》
右から気配。621は視界の端にジャンプした敵機を捉え、斜め前にクイックブースト。ビルの隙間をくぐり抜けて一度距離をとる。
『恒常化プロセスB2、抗原機体投入』
《迎撃を、レイヴン!》
水音が複数聞こえた。敵機は複数いる。
621はビルの隙間に敵機をはっきりと視認する。BAWS第2工廠で交戦したステルス機だ。621は両腕のバーストライフルを撃ちこみ、蹴る。スタッガーした敵機に再びライフルを浴びせ、ブレードで叩き切った。
スキャンを使いながら、621は残りを探す。後ろにいた。ガラス張りの建物の支柱に引っかかっている。621はプラズマミサイルを発射してからライフルを放ち、敵機を蹴って壁に打ち付ける。身動きが取れなくなったところをブレードで撃破。これで2機。
周囲に敵は見えない。しかし、621はまだ敵がいると感じていた。
ライフルをリロードし、ドローンの落下地点まで戻る。しかし何もいない。
621は一度上昇しようとしたところで、背後でブースタを吹かす音を聞いた。振り向く。姿は見えなかったが、レーザーウィップが風を切る音は聞こえた。
621は角を曲がる。敵機と鉢合わせた。相手も角から飛び出したところで、互いに攻撃態勢になかった。すれ違う。FCSは敵機を捉えなかった。ECMフォグの影響でロックオン距離が短くなっているのを621は体感した。
振り返って敵機をロック。敵機はレーザーウィップを振るが、狙いが悪かった。621の前に水飛沫が上がる。621は隙を晒した相手を蜂の巣にしてから、ブレードで切り裂いた。
《……ドローンはこれで撃墜されたようですね。幸い、回収したデータから最後のECM制御装置の座標も割り出せました。マーカーに反映します。そちらへ向かいましょう》
抗原機体はあれで全部だったようだ。621はマーカーへ向かおうとして、正面に見えるドームの上にいる円盤状の機体を確認した。
こちらを認識される前に撃破した621は、そばにACの残骸を見つけた。
BAWSのACだった。内部はまだ生きていて、情報ログが残っていた。
《そういえば……》
不意にエアが話しかけてきた。
《ウォルター抜きでふたりだけのミッションも久しぶりでしょうか……。制御装置も逃げはしないでしょう。ゆっくり探してください、レイヴン》
「承知した。ゆっくり探す」
「壁」でのミッションもウォルターはいなかったし、ならばマーカーを出す必要はないではないかと621は思ったが、黙っていた。エアなりの意図があるのだろう。
ひとまず、621は先ほど回収した情報ログを見ることにした。
ログの中身は文書データだった。
『「共生」。彼女はその言葉の意味を考えているようだった。私たちの幸福な時間は、彼女の同胞の犠牲の上に成り立っている。こんなものが共生で良いはずがない……』
(3)と番号が振られていた。そうであれば、前後の文章がないと、この一節がどのような文脈で綴られたのか判断がつかない。
詮索を諦めた621はマーカーとの距離を確認する。およそ1300m。
近くの高架に飛び移り、ゆっくりと歩く。高架から地上へ降りるところで、肩の武装が市中を走るモノレール用のレールに接触した。レールが崩れ落ちる。
道はここで終わっていた。621は目の前に見える高台まで上昇し、道路の上に着地した。歩くと、ガション、ガションと足音が響いた。ACは基本的に人型だが、歩くことは滅多にない。ブースト移動が基本だからだ。響いてくる足音は、621にとって新鮮に感じられた。
会話はなかった。621は自分から話しかけることがほとんどない。エアも黙っていた。互いに無言だったが、不自然な雰囲気はなかった。作戦中ながら、まったりとした時間がコックピットに流れていた。
621は歩きながら街を観察する。極めて現代的で、状態の良い都市だった。汚染市街や「壁」街区の方が古く見えるほどだ。作られたのはザイレムの方が前だというのに、それを感じられない。ひび一つないのだ。半世紀もの間放棄されていたとは、621にはとても思えなかった。
付近はいくつかの階層に分かれていたが、エレベータなどに繋がっているであろう道路はシャッターで遮断されていた。
残り400m。エアの要請にはやや反するが、621はブースタでマーカー地点まで接近した。大量のソーラーパネルが並ぶ脇に降りる。都市の隠蔽ともなれば、やはり相応に電力を食うらしい。
《レイヴン、あれが最後の制御装置です》
ブリーフィングにも映っていた、巨大なタワーの根本に、最後のECM装置はあった。正面からは片道4車線の道路が2本入ってきており、街の中枢であろうことが想像できた。
621は制御装置にアクセスする。
《これでウォルターとの通信も可能に……》
アクセスが完了。621は即座にウォルターへコンタクト。
『62……聞こえ……か?』
「621、感度不良」
『聞こえるか? 封鎖機構がそちらへ向かっている。面倒なことになる前に離脱しろ』
ロータ音。そして、警告音。ロケット弾が飛んでくる。621は高架の下に退避した。
《……ひと足遅かったようです》
霧の中からヘリコプターが現れた。更にLCが複数出現。
『……どうやら面倒なことになったな。まあいい。もはや正面衝突は避けられない相手だ』
やるべきことは明らかだった。
『撃破しろ、621。後始末はこちらでやる』
まずはLCを撃破していく。遮蔽物が多いため、ヘリからの攻撃は脅威とならない。
街中を駆け巡る中、HMDにマーカーが多数表示された。
《……レイヴン、ザイレムに利用できそうな防衛兵器を見つけました。支援が必要であればアクセスしてみてください》
LCをだいぶ減らした。おそらく残り1機。
開けたところでヘリと交戦するのは避けたかった。621は防衛兵器──円盤にアクセスする。
『恒常化プロセスA、防衛兵器起動』
アクセスが完了。同時に背後からロケット弾が飛んでくる。621は遮蔽物裏に逃れた。背後で爆炎が上がった。
《改竄完了。ザイレムの防衛兵器にあなたを友軍と誤認させました。これで封鎖機構の狙いをある程度分散できるはずです》
ヘリとLCの狙いが円盤に向いている。621は更にもう1機円盤を起動したあと、最後のLCを撃破。続いて背中をがら空きにしているヘリコプターへ突っ込んだ。
ルビコンに来て最初に戦った大型武装ヘリだ。高高度を飛んでいて厄介だったが、621はライフルと蹴りでスタッガーをとった。
『効いているぞ──畳みかけろ、621!』
スタッガー状態でなくても、ブレードの攻撃を狙ったほうが良さそうだった。
『そのまま押し切るんだ、621』
ウォルターから言葉が飛んでくる。
『密航直後からお前の技量も上がっている──見せつけてやれ』
高度をとる敵機に対し、621は3機目の円盤を投入した。
アサルトブーストで接近しながらプラズマミサイルとライフルを投射。そのまま蹴り付ける。空中に留まったまま更にライフルとミサイルを撃ちこみ、再びスタッガーをとった。
ブレードで切りつける。2回。敵機がバランスを崩した。大きくロールする。それを修正しようと機首スラスタが炎を上げるが、これが何かに引火したようだ。機首から大爆発を起こす。
煙が晴れると、敵機は消滅していた。
『……やったようだな──ECMフォグの停止も確認できている。これで友人の調査も進むだろう』
霧が晴れる中、ヘリの破片がパラパラと地面を叩いた。
『新着メッセージ、なし』
《……レイヴン》
帰投した621はメッセージを確認。何も来ていなかったが、エアから話があるようだ。
《あの都市の防衛システムは時代を超えて今なお作動していました……それだけではありません、封鎖機構も調査妨害に訪れました。一体ザイレムとは、そしてウォルターの「友人」とは……》
621はドローンから拾ったデータのメモを思い返す。封鎖機構が「あの場所」を隠蔽している。
そこがウォルターやその友人が考える集積コーラルの候補地なのだろう。そしてザイレムには、集積コーラル候補地へ到達するための情報が眠って──
『通信が入っています』
ウォルターからだった。621は回線を開く。
『621、戻ったばかりで悪いがベリウスでの依頼が来ている。休んだらブリーフィングを確認しておけ』
依頼名は『大型ミサイル発射支援』に『執行部隊殲滅』。どうやら封鎖機構がベリウスにも手を出し始めたようだ。
封鎖機構との正面対決、その言葉に噓偽りはなかった。
数日後、621たちの姿は再びベリウス北部、ウォッチポイント・デルタにあった。
収入:360,000
基本報酬:360,000
報酬加算:0
支出:30,868
修理費:11,168
弾薬費:19,700
報酬減算:0
収支:349,132