『早速だが本題に入ろう。ブルートゥを殺せ。手段は問わないよ。以上だ』
621はカーラが送ってきたブリーフィングをチェック。あまりに大雑把な内容だった。10秒もない。
しかし尺がまだあった。
『流石に飛ばしすぎか。ええと、これはアイスワームについてだ、あんたが絡まれた技研の遺産のね』
残りが正式なブリーフィングだった。冒頭はカットされずに残っていたようだ。
『封鎖機構だけなら企業が手を組めばなんとかなるかもしれないが……あの化け物は話がまったく別だ。数で当たってどうにかなる代物じゃない』
物量作戦が向かない相手なのは確かだった。あの巨体にまとめて轢かれるのがオチだろう。しかし相手は621の想像以上だった。
『こいつのクソ厄介なところは永続的なリアクティブシールドだ。コーラル技術、コーラルの指向性を応用するのさ──普通の兵器では太刀打ちできない』
ファーストコンタクトでは不規則に動く頭部を狙ってみたが、仮に当たったところでダメージは入らなかったというわけだ。ではどうするというのか?
『なら、普通じゃなければいいのさ』
カーラは大真面目に言ってのけ、621の疑問を解消した。
『私がシールドに穴を開けるようなブツを作ってやる……あんたの手伝いが要るがね』
ここからが621の仕事だった。
『あんたが向かうのはグリッド012──開発初期に作られた、崩落寸前の区画だ。そこにRaDを裏切ったチビの
カーラは憎々しげに続けた。
『人呼んで「
でかでかと映し出されたのは、アリーナで戦ったばかりのミルクトゥース。乗り手の経歴はどうやら本当のようだった。
『奴はRaDから逃げる際、ただ金と技術を持っていっただけじゃない……あいつは私の秘密道具までも盗みやがった。その秘密道具がアイスワームのシールドをこじ開けるのに必要なのさ』
ブリーフィングが終わる。
引率はウォルターではなくカーラが直接行うことになっていた。留守はスティックが預かっているらしい。
2日後、621は出撃。降下直前、カーラが言った。
『準備はいいかい、ツーリスト? ブルートゥを悲しむ奴はいない──むしろ私らみんなが得をする』
『メインシステム、戦闘モード起動』
『それじゃ、ツーリスト。案内は私に任せな』
621は中央氷原からやや北に位置する山岳地帯、汚染されたその区域の一角にある、グリッド012崩落区画の隅に降下した。
AC単機が目標の任務だ。閉所ということもあり、621は長射程ショットガンを持ってきている。
『ようこそ、ツーリスト! 遠くからはるばるお越しになった方と楽しめるなんて感激です』
広域放送で、甘く、歌うような口ぶりの、男の声が流れてきた。
『……ブルートゥ。あんたが盗んだものを返してもらいに来た』
『おお、なんと! 貴方はカーラのご友人! 素敵だ……ならば私にとっても友人同然です。新たなる出会いに乾杯……! さあどうぞ、ご遠慮なさらずに』
『……何が言いたいか分かるね、ツーリスト? 最奥を目指すんだ』
グリッドはしばし木に例えられるが、621がいるのは幹のある中枢ではなく、横に生い茂った枝葉に相当するエリアだ。
それぞれの建造物は枝から垂れ下がるように建てられていき、枝の方もまた、グリッドの拡大と共に増大する曲げ応力に耐えるだけの強靭な構造をしていた。
それほどまでに強靭なグリッドだったが、アイビスの火による炎と爆風には耐えられなかった。
谷底には落下したグリッドの区画がいくつか見られた。原形をとどめているものから、ばらばらの鉄骨になったものまで、様々だ。
621が降りた区画はまだ空中にあったが、他の区画も含めて激しく傾斜し、どこかしらが千切れていた。断面からは貨物線や鉄骨、あるいはケーブルが垂れ下がっており、災害の激しさを物語っていた。
その中を621は足場を飛び移っていく。カーラのマーカーは目安程度にして、高度上限近くの足場を使った。
再び下に目を向ければ、地上は山地というより渓谷といったほうが正しかった。氷原と異なり、ここは雪も氷もなく、茶色い岩肌が露出していた。谷底には湖や川が流れている。
岩の削れ具合からして、一帯は急激な地殻変動によって隆起したと思われた。これも「アイビスの火」によるものなのかは、621には分からない。
《レーザーセンサに触れないよう注意を。敵機の起動制御と結びついているようです》
レーザーを発している機体とは距離がある。問題なかった。
『私のために、遠くから新しい友人が訪ねてくる……』
広域放送は相変わらずうっとりとしたような口調だった。
『何という歓び……! 胸が高鳴ってしまいます!』
621は高度制限に従って降下を続けていく。広域放送は気にならなかった。621にとってブルートゥは標的でしかない。
『お待ちしていますよ、ご友人……大舞台を前にそわそわしているのです。心配だ……けれどそれより、ずっと楽しみです』
区画最奥の近くまで到達。621は足場から飛び降りる。
自由落下するACは時速1000kmを優に超えてマーカー地点正面に飛び出した。
《敵がシールドを展開しています──内側から攻めましょう》
『あの変態野郎、当然のように
シールドの中に二脚MTやトイボックスが見えた。621はシールド内部に侵入する。
『可愛い我が子がスクラップになっていくのは見るに堪えないね。いいさ、せめて景気よく叩き潰しな! 今後の製品開発に生かさせてもらおう』
シールドが消失。突っ込んできた母機を621はかわし、付近のMTをショットガンで始末する。爆風の広い高誘導ミサイルを1発もらったが、被弾はそれだけに抑えた。
『そこから屋内に入れる。ブルートゥの奴も近いはずだよ』
崩落区画最奥は、他の構造体の上に横倒しになって乗っかっているだけの状態だったが、貨物線用のシャッターから内部に入れた。
『スロー、スロー、クイック・クイック、スロー……』
突然ブルートゥが口ずさんだ。熱に浮かされたような、ねっとりとした吐息混じりの声が広域放送で垂れ流される。
『スロー、スロー、クイック・クイック、スロー……分かってますよ、ミルクトゥース。私も待ち遠しい』
《なんだか……様子のおかしい人です》
エアが呟いた。いつもより低くて冷たい声だった。
《トラップには一層警戒してください。閉所では危険性が高まります》
屋内は瓦礫が散らかり、レーザーがそこらじゅうに張り巡らされていた。その間に、2機だけ通常のMTがいる。これを片付け、621は更に内部を進んだ。
『精一杯のおもてなしをしたつもりです。どうぞ楽しんでいただきたい、ツーリスト』
横倒しになった屋内が途中で千切れていた。
『そこから飛び降りたら終点だよ』
マーカー情報が更新される。更に下があったようだ。
『……覚えときな、あの男は
621は眼下の廃墟へ飛び降りた。
《ここは……何かの格納庫だった場所でしょうか?》
中身が見えた。どうやら上下逆さまになっているようだった。かつて床だった天井から吊られている、古ぼけた何かの砲身を見下ろす金網の上に、621は着地した。敵機の姿は見えない。
《目標ACが近くにいるはずです》
「違いない」
621はスキャンを実行。ミルクトゥースはあっけなく見つかった。鉄柱の影に隠れるように、柱のリブの上に立っていた。視線は下のレールキャノンを向いている。
背中ががら空きだ。621はターゲットアシストを起動、ミルクトゥースの背後まで接近してショットガンを発砲した。
その瞬間、ミルクトゥースの溶接面にも見える頭部が621の方を向いた。
『どうか! サプライズをさせていただきたかったのですよ、ご友人!』
『ブルートゥ!』
カーラが怒鳴る。
621はブーストキック。直後再びショットガンでスタッガーをとる。コンマ数秒後にプラズマミサイルが着弾、ダメージを刻んだ。
続いてブレードで連撃。初撃は当たったが、次が外れる。
『ああ、カーラ……貴女はいつも私に素晴らしい出会いをくれる。素敵だ……』
『黙らせてやりな、ツーリスト!』
2機のACが、天井と柱に囲まれた狭い空間での空中戦に入る。ミルクトゥースの低い機動力を、ブルートゥは入り組んだフィールドでカバーした。
火炎放射によって奪われた621の視界に敵機が飛び込んでくる。ブレードを展開、回転している状態のチェーンソーを構えていた。
『ふぅ……ジェネレータの甘美な調べ……ミルクトゥースも喜んでいます!』
振り下ろされたチェーンソーが621を激しくゆすり、APを削り取る。
『あのACはRaDで組んでやった機体だ、ツーリスト。侮るんじゃないよ!』
『AP、残り50%』
ブルートゥと同じ声のCOM音声がAP残量を告げる。本人が収録したのかもしれない。
リペアキットを使う暇はなかった。621はアサルトアーマーを発動、敵機をACS負荷限界まで持ち込む。
追撃はショットガンが精一杯だった。空中でスタッガーした敵機とは距離があり、ブレードは届きそうになかった。
互いにリペアキットを使用し、戦いが続く。素早く相手を翻弄しにかかる621と、炎で目潰しのできるミルクトゥース。
やや高めの警告音が聞こえた。HMDの下の方に、ACS ANOMALYと表示されている。ACSが熱でやられているのだ。この状態では負荷が溜まりやすい。
『ミルクトゥースが啼いている……レールキャノンが啼いている……親元を離れ……さぞカーラを恋しがっていたのでしょう』
私も啼いています……というブルートゥの声を聞いて、カーラは大きくため息をついた。
『かける言葉もないよ』
『スロー、スロー、クイック・クイック、スロー……』
炎で阻害される視界の中、621は戦闘を続ける。いつの間にかダメージが蓄積しており、再びリペアキットを使用して回復した。
『スロー、スロー、クイック・クイック、スロー……
戦いながらブルートゥが嬉しそうに言った。無線の裏で屈託なく笑う男の顔が621にも想像できた。
《レイヴン……私はなんだか混乱してきました。静かにさせてもらえると助かります》
「イエスメム」
エアの物騒な要請に621は応じた。
ショットガン、蹴りと命中させ、ブレードで一気にミルクトゥースのAPを削り取る。
たまらず敵機が後ずさり。
『分かるでしょう、ご友人。はるばるいらっしゃった貴方のような方と、こうして踊り明かす……エレガントです! これこそが……美!』
ミルクトゥースがアサルトアーマーの発動動作に入った。それを見た621はブレードを一閃。発動前に仕留める。
『なぜです、ご友人……贈り物をくれるなんて……。素敵……だ……』
ミルクトゥースは地面に叩き付けられて爆発炎上、沈黙する。
《敵AC、機能停止しました》
『死んだみたいだね、良かったよ』
カーラはあっけらかんとしていた。
『それでは、ツーリスト。「秘密道具」を回収するとしよう。ミミズ退治には欠かせない代物さ』
後日、スティックからメッセージがあった。カーラは621の仕事ぶりを高く評価したようだった。
『RaD、「
収入:120,800
基本報酬:50,000
報酬加算:70,800
詳細
軽MTの撃破:51,600
重MTの撃破:19,200
支出:39,504
修理費:21,554
弾薬費:17,950
報酬減算:0
収支:81,296