《レイヴン。あなたに個人的な依頼があります》
エアが持ちかけてきたのは、仕事の話。それも個人的なものだった。
《エンゲブレト坑道なのですが、先のコーラル逆流の発生を受け廃棄される運びとなりました。その調査に行きたいと考えています》
以前ベイラムが展開した陽動作戦において、621はエンゲブレト坑道に侵入。最奥の掘削機兼コーラル測定装置を破壊した。
このときコーラルが逆流し、621はまたしてもコーラルに飲まれかけた。
当時、実感はなかったがそれなりに肝を冷やしたし、何より弾薬費の5倍以上もついた修理費が印象的だった。
《コーラル逆流以前から、かの地は半ば捨て置かれていました……その歴史は古い──ルビコン開発中期から存在しているのです。この
ここまで言って、エアがしばらく黙りこくった。
「エア?」
621が問うと、やや言いにくそうにエアは切り出した。
《ご存知の通り、私にはあなたに報酬を支払うための資産がありません》
「構わない。エアには借りがある」
先にエアが取ってきた解放戦線からの依頼を、621は
初めての作戦失敗、放棄だった。直後に襲撃してきた解放戦線のACが口にした言葉は、まさしく正しい。
信義により立つ任務の不履行は、万死に値する。
失敗すれば、そのときは死ぬだけだというのが、傭兵、そして強化人間の世界だ。
《いけません。報酬は出します。ひとつ代案があるのです》
ゆえに621はただ働きでも構わなかったが、エアは折れなかった。
《封鎖機構の機体残骸を見つけたら、ぜひアクセスしてみてください。企業もルビコニアンも封鎖機構の技術情報を集めています。回収したデータですが、換金してあなたへの報酬に充てたいと思います》
「わかった。ひとつ質問がある」
《なんでしょう、レイヴン?》
「坑道内部だが、敵は?」
《封鎖機構の歩哨と修繕用のメカが、わずかですが残っているようです》
手ぶら、ないしは最低限の武装で済むのではないかと621は考えたが、そうはいかなそうだった。
武装はいつも通りでいいだろう。
「了解。点検が終わり次第、出撃する」
レイヴンとの戦闘直後だったが、機体の修復、整備は既に完了していた。
もちろん点検が必要なのだが、出撃前の点検とセットで実施する。
ひとしきり作業を済ませ、621は時計を確認する。まだランチには早い時間だったが、気にすることなく昼食分の流動食を摂取し、坑道へ飛んだ。
急な出撃にもかかわらず、すべて順調だった。
疑問はすぐに解消した。降下直前、エアが何でもないことのよう口にした。
《少々勝手ながら──ウォルターには周辺の地形調査に行ったことにしておきました。ありがとうございます、付き合ってくれて……レイヴン》
621が何か返事をする前に、機体が投下された。
『メインシステム、戦闘モード起動』
《始めましょうか、レイヴン。早速データ回収を行えそうな機体残骸をいくつか検出しました。マーカー情報を送信します》
621はエンゲブレト坑道へ入っていく。入口から惨状だった。千切れたケーブルから火花が飛び、天井の照明が点滅していた。
地面には落下した金網、そして落石が散らばっている。岩壁を補強するため組み込まれている鉄骨も歪んでいた。
最初の区画まで辿り着く。歩哨のMTを始末したところで、621は視界の隅に残骸を捉えた。
墜落したドローンだ。621はアクセスする。
《封鎖機構の機体情報です。あとで換金してあなたへの報酬に充てさせてもらいます》
以前はコンクリートで整地されていたこの区画も、今は酷い有様だった。ACよりも大きな岩があちこちに転がり、辺り一面ダストで覆われていた。
トロッコはひっくり返っている。その近くには天井から垂れ下がった隔壁が見えた。順路を塞いでいるかに思われたが、歪んでいるところから先に進むことができた。
この先は空中を無数の粒子が漂っていた。まるでコーラルの粒子にも見えるが、紅くない。内部を青白く照らしている。幻想的な光景だった。
下には水面が見えた。僅かに紅い。コーラル混じりの地下水だった。以前は奈落が続いていたのだが、逆流で水位が上昇したのかもしれない。
《……コーラルは情報導体特性から、機器類に干渉することがあります。先のコーラル逆流の影響でシステムが部分復旧している残骸もあるはずです。それを見つけていきましょう》
マーカーが3つ出現。621は近いものから目指すことにした。
小部屋の中にあるようだった。行く手を阻むドローンやMTを排除し、ところどころ融けた瓦礫が炎を上げる横を進む。
部屋の奥には坑道の最奥にあるものと同型の掘削機があった。ただし稼働はしていない。
土台の手前に残骸が転がっている。封鎖機構のMTだった。黒焦げになっているが、データは生きているようだ。
《このデータも換金できそうです。あなたへの報酬が増えるのは私としても嬉しいです。この調子で探しましょう》
室内にはまだ反応が残っている。一見損傷が少ない掘削機の周りだが、機械と壁との狭い隙間の先に、岩壁が崩れている箇所があったのだ。
《旧世代のAC……でしょうか。技研が製造したものでしょう》
崩れた土砂に巻き込まれるような形で、残骸が転がっていた。元々壁の中にあったのかもしれない。出土品だった。
621は残骸に近づき、アクセスしながらまじまじと眺めた。
異様な造形のACだった。
アクセスが完了。
「なんだ……これは」
ナガイという人物の口述筆記だ。教授らしい。洋上都市で見つけたドルマヤンの随想録と同じく、散逸したなかのひとつだ。
このデータは4とナンバリングされており、非常に緊迫した内容が綴られていた。
『まずい──コーラル潮位が異常な速度で上昇している! この共振──ある種の相変異を示唆して……計算しろ、猶予は? 47時間2分16秒。間に合う、アイビスを出せ!』
《ルビコン調査技研所長の口述筆記のようです……タイムスタンプによると、記録されたのは「アイビスの火」の2日前。あの災害に見舞われる直前の……予兆について言及しているものと思われます》
アイビスを……出せ、だって? 621は違和感を覚えた。
この内容によれば、コーラルは「相変異」なるものによって潮位が急上昇、このナガイ教授がアイビスを出し、結果的に星系一帯が燃える大災害につながった。ということになる。
新技術の取り扱いを誤り、とんでもないことになった話はごまんとある。「アイビスの火」もそのひとつだと、621は考えていた。
「コーラル自体の性質によるものではなかったのか」
人類社会に飛躍的発展をもたらすとされた、新時代のエネルギー資源。
ウォルターと出会ったばかりのころ、621はコーラルについてこのように説明されたのを覚えていた。
エネルギー資源なのだから、繊細な性質を持つはずだ。何かの拍子にドカン、ということがあっても不思議はない。そう思っていたのだ。
《これは散逸した記録のひとつに過ぎません。他の残骸も探してみましょう、レイヴン》
「了解した」
近いマーカー地点は、小部屋の反対側、物質集積所と思われる空間。
空中通路へ抜ける道中に、BAWSのACが倒れていた。
《BAWSの旧型……ルビコニアンが乗っていたようです》
脚部の装甲がめくれ、アクチュエータが露出していた。これもどこかから落ちてきたのかもしれない。前来たときにはなかった。
解析が終わる。
「ドルマヤンの随想録、2番目か」
『「声」を視るようになってどれほど経つだろうか? 「尽きることはないから心配は要らない」、いつものように恵みを摂る私に、彼女はそう言った……。「私が君なら許さないだろう」、私はそう返して、それから己の欺瞞を恥じた』
《……ルビコン解放戦線の思想的指導者、ドルマヤンによる口述筆記でしょう。ですがこれは……極めて個人的なものであるように思えます》
「ドルマヤンも……「声」が視える?」
解放戦線のトップ、ドルマヤンは、どうやら「声」が視えるようだ。621にとってのエアのように。
621はこのデータのひとつ後ろ、3番目の随想録の内容を思い出す。
『「共生」。彼女はその言葉の意味を考えているようだった。私たちの幸福な時間は、彼女の同胞の犠牲の上に成り立っている。こんなものが共生で良いはずがない……』
ドルマヤンは「彼女」の同胞を犠牲にして、「恵み」とやらを摂っていたようだ。それを欺瞞だと考えていたらしい。
現状分かるのはこのぐらいだった。
「解放戦線の、指導者……」
《近年、ドルマヤンは表舞台に姿を現さないといいます。実質的な指導者はフラットウェルに任せ、裏で暗躍している、耄碌したなど、さまざまな噂があります》
フラットウェル……AC「ツバサ」のパイロット。621は思い出す。ACでの戦闘能力は高くなさそうだが、指導者としては別なのだろう。
「ふむ──次へ向かう」
残りのマーカーはひとつ。最奥だと思われた。
坑道内は静かだった。自機が発する音を除けば、リペアメカが行う溶接作業の音だけが響き渡っている。
最奥手前、エレベータ昇降路の底にLCが落ちていた。621はたむろしていた歩哨を片付け、LCの解析から始めた。
《このデータからは執行部隊の編制が確認できます》
621は改めて最奥区画を眺める。
掘削機は未だに火の手が上がっており、天井から落下した何かの装置が突き刺さっていた。
周辺には巨大な岩がごろごろと転がり、地面はそこかしこで砕けている。
最後の残骸は区画の左奥にあった。うつ伏せに倒れている。
《それも技研の旧世代ACと思われます》
アクセスが完了。
「2番目……」
中身はナガイ教授の口述筆記だった。2番目。これも不穏な内容が記されていた。
『第1助手の様子がおかしい、明らかに研究に取り憑かれている。確かに、Cパルスで人間の知覚を増幅するというのは論理的な根拠があるかもしれない──しかし倫理的な学者ならば、それは踏み越えてはならない一線のはずだ。可能性が人を狂わせる、コーラルこそ、その最たるものではないか?』
《……最初の強化人間について言及があります。同じくコーラル技術によってあなたは生み出された……。でも、そうでなければ……私たちの交信はなかった》
「Cパルス──相変異に、共振……」
なるほど。621は何かをつかみかけていた。
「そのための脳深部コーラル管理デバイスか」
621が知っている概念の中では、オールマインドのフレームが近い。「人体感覚の拡張」をテーマに掲げているのだ。
外界からの刺激をACという機械を通じて感じ取る際、どうしても人間の感覚との間に齟齬が生じる。
これを解消するため、当時の技研はコーラルの情報導体特性を利用した、究極のセンサフュージョン技術を開発したのだろう。
「……これとACが無ければ死体と変わらない。だが確かに、エアと出会ったことの方が重要だ」
《っ⁉ そう言ってもらえると……嬉しいですね、レイヴン──》
エアがひとつ、咳払いをした。
《取得できる情報はもうなさそうです。あなたがルビコンの過去やコーラルの本質について思いを巡らせてくれたなら……》
エアが続ける。静かな口調だった。
《……それならば、ここに来てよかった》
「こちらこそ──感謝している、エア」
粒子が漂う地下空間は、621に妙な居心地の良さを感じさせた。
621はしばしの間、最奥に佇む。それから見逃した封鎖機構の機体残骸がないか、坑道中を探し回った。
坑道から出ると、周囲は暗闇に包まれていた。既に日没を過ぎていた。
《少し……長居しすぎたかもしれません》
やってしまったという雰囲気のエア。しかし621は満足感を覚えていた。それだけの収穫は得られた。そして周辺の地形調査に行ったという設定は、頭からすっかり抜け落ちていた。
収入:203,000
基本報酬:0
報酬加算:203,000
詳細
エアによる回収データ売却:203,000
支出:3,000
修理費:0
弾薬費:3,000
報酬減算:0
収支:200,000
パパには秘密のデート。しかし門限を過ぎてしまい……?