メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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エアとコーラル

 アイスワームの沈黙を確認して、ウォルターが呟いた。

 

『……終わったようだな』

 

 それから声音を戻し、621へ告げた。

 

『爆発の余波は汚染を伴う。作戦領域から──』

 

 突如、621の視界が紅く染まる。エアが視覚デバイスに干渉してきたのだ。

 彼女とのブリーフィングではいつものことだが、作戦中にここまで強く干渉してきたのは初めてだった。

 

 エアは悲しそうに息を漏らして、言った。

 

《コーラルの声が……また失われていく……》

 

 紅い視界の中で、アイスワームから空中へ散っていく「声」が視えた。ゆらりゆらりと、煙のように、灼けた空へと上っていく。

 

《レイヴン。あなたに……伝えておきたいことがあります》

 

 それを眺めつつ、621はエアの独白を聞いた。

 

《コーラルは……》

 

 エアは言った。

 

《彼らは私の同胞。兄弟であり姉妹なのです》

 

 621は黙って聞いていた。意外だとは思わなかった。

 

《私はひとつの波形……。コーラルの潮流に生じただけの》

 

 実体を持たぬルビコニアンなのだと、寂しそうにエアは語った。これまで長い間……誰にも知覚されることはなかった、と。

 

《レイヴン、あなただけが──》

 

 灼けた空、紅い視界に、突然白い光が差し込む。サーチライト。

 響き渡るロータの回転音が、621の意識を戦場へ引き戻した。輸送ヘリが戻ってきたのだ。帰るべき場所が。

 

『戻って休め、621。これから忙しくなる』

 

 よくやったとウォルターは621を褒め、回収作業に取り掛かった。

 

 それから数日間の休息が与えられた。散歩がてらに軽い偵察任務などを挟みつつ、621はしっかりと充電した。

 この間、コーラルを巡る争いにまた変化が生じていた。

 

 ベイラムとアーキバス、両企業グループの一時的な同盟は戦況を覆した。

 惑星封鎖機構は部隊が壊滅──保有戦力の過半を喪失した──、ルビコンから撤退することになったのだ。

 

 決定打となったのはベイラム主導によるアイスワーム掃討作戦だった。

 

 しかし一方で、アーキバス側は封鎖機構との交戦を経て、戦力の大幅な強化に成功した。

 彼らは執行部隊とも交戦し、強襲艦を始めとする主力兵器を多数鹵獲したのである。

 

 両社の戦力均衡は崩れた。情勢はアーキバス優勢へと傾き、企業陣営の消耗という、ルビコン解放戦線の目論見も水泡に帰した。

 

 共通の敵を失ったことで、集積コーラル到達競争はにわかに再燃。

 以前にも増して、硝煙の匂いを漂わせはじめていた。

 

 

 

 

 

 

 アイスワームの撃破から1週間後、621はアリーナのAランク帯を突破した。

 アリーナから抜けてOSチューンを終えると、休暇の終わりを告げる、ウォルターからのメッセージが入っていた。

 

『調子はどうだ、621? もう少し休息を与えたいところだが、企業はすでに動き出している。封鎖機構が片付いた以上、仕事に戻るぞ。コーラルの集積地点を目指す』

 

 ザイレムで行った調査を覚えているか? とウォルターは切り出した。

 621はあの霧に包まれた洋上都市を思い出す。傷ひとつない街を、エアとゆっくり歩いたのだ。

 

『友人がデータを解析してな──中央氷原の地下に広大な施設が存在することが分かった』

 

 ウォルターがその名を告げる。

 

『「ウォッチポイント・アルファ」。アイスワームはその入口を守っていたらしい……潜り込むぞ』

 

 再生が完了した瞬間、エアが621の視覚デバイスに干渉した。視覚が紅くなる。

 エアが口を開くまで、しばらく間があった。

 

《レイヴン、ひとつお耳に入れておきたいことが。ウォルターの言う「友人」ですが……通信データベースには彼がそのような人物とやりとりしたという記録が存在しません》

 

「ふむ」

 

《思ったより驚かないのですね。これはただコーラルを見つけようというのではありませんよ、レイヴン。彼はそれ以上の何かを求め、成すためにあなたを使っている……このルビコンで》

 

「そうだろうとも……」

 

 エアに相槌を打ちつつ、621は考えをまとめようとする。

 

「ルビコンに降りたとき、ハンドラーは人生を買い戻すだけの大金が手に入ると言っていた」

 

 しかしこれは、あくまでも脳を焼かれた独立傭兵に向けての言葉だった。ウォルター自身の目的は自分も知らないことを、621は自覚した。

 今までそんなものは関係なかったからだ。目の前の獲物を喰らい仕事を果たすことが、621にとって何よりも重要なことだった。

 

 しかしそれでも、飼い主が金儲けのためにコーラルを探しているわけではないと、猟犬の方も薄々察していた。

 

「ハンドラーが何をするつもりなのかはわからない。だが……」

 

《だが……?》

 

「マイナスになるようなことではないと……思う」

 

 このとき621が考えていたのは、ウォルターが自分に不利益をもたらすかどうか、だった。どこかで切り捨てられるのだろうか?

 そうは思えなかった。ウォルターは独立傭兵の雇い主にしてはあまりにも甘い(・・)

 

 グリッド086への無断出撃に、つい先日の門限破り。まるで……父親のような態度だったではないか。普通であれば援助を打ち切られ、勝手に死ぬがいいと言われてもおかしくないのに。

 

「何か間違いがあって……切り捨てられることになっても、正面から来るだろう。そんな気がする」

 

 訳も分からず殺されるのは嫌だが、どうしても621には、その未来を描けなかった。彼の意図しないところで死ぬかもしれないが、それはこちらの実力不足だ。

 

《そう簡単に割り切れるものでしょうか、レイヴン?》

 

 それからしばらくエアは考え込み、息を全て吐き出すような長いため息をついてから、言った。

 

《考えてばかりでも仕方ありません。引き続き集積コーラルを目指しましょう。ですが……ウォルターは本当の思惑を伏せている。それだけは忘れないでくださいね、レイヴン》

 

「ああ」

 

 621は頷き、ウォッチポイント・アルファ探査任務のブリーフィングに入った。

 

 621が自己の保存のため、ウォルターとの関係に意識が向いていたように、エアもまた、自らの未来──集積コーラルが見つかったとして、自分たちコーラルがどうなるのか──に意識を向けていた。621にとってのゴールはコーラルを見つけるところまでだったから、ふたりの見据える着地点のずれは、ついぞ修正されることはなかった。

 

 猟犬と飼い主、そして「声」。彼らの地中探査はこうして幕を上げた。




猟犬のリードに……わずかな綻びが──
 
短いのにやたら難産でした。
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