その日、中央氷原はいつも通り吹雪に見舞われていた。
深い縦穴の周囲に築かれたベイラムのキャンプ地では、戦士たちが寒さに震えながら出撃準備にあたっていた。
ウォッチポイント・アルファに一番乗りを果たしたのは彼らベイラムであった。
しかし意気揚々と乗り込んだ先でネペンテスに半数を焼かれ、作戦は頓挫。底知れぬ地下空間に恐れをなした隊員も多く、G5 イグアスをはじめ離反者が相次いだ。
独立傭兵を用いた探査を機にアーキバスの攻勢も始まり、ベイラムはいよいよ窮地に立たされる。
急速な損耗にベイラムの補給部門はあっさりと根を上げ、既に稼働率はウォッチポイント突入時の半分を下回っていた。
彼らに残されたのは、40機の二脚MTと2機の四脚MT。12機の小型戦闘ドローン。そしてそれらを運ぶ輸送機だけだ。載せる機体がない大型ドローン2機が戦闘用に改造され、これも戦力に組み込まれた。
これに指揮官機をつとめるAC1機を加えた、総勢57機の決死隊。
ベイラムにしては寂しすぎる戦力だったが、戦士たちは熱い闘志を燃やしていた。まもなく彼らは最後の攻勢をかける。
目標は穴倉を降りた先にいる、アーキバス部隊。行けるところまで行ってやるという言葉が、あちらこちらで叫ばれた。
「ポトマック! ライガーテイルはまだ出れんのだな?」
「すんません総長! あと5分はかかります! 上の連中も困ったもんです。部品が足りやしない」
「ないものねだりはやめだ。ウジ虫ども! 先に降りて暖でもとっておけ!」
そんな隊員たちの様子を、ベイラム専属AC部隊「レッドガンズ」総長、G1 ミシガンは冷静に見守っていた。傍目からはとてもそう見えなかったが。
この最終攻勢で唯一ACを駆り、指揮を執る者こそ、ミシガンだった。
「サー! やはり俺も行かせてください! 後生ですから」
そのミシガンに声をかける若い戦士はG6 レッド。レッドガンズ末席にあたる青年の名は、今日の出撃リストに記されていない。
「G6! もの分かりの良い貴様に言うぞ。貴様には特別重要な任務があるな。今後のレッドガンズは貴様抜きでは弾も出ない」
将来有望な若手を、老練の猛将は諭した。
「ナイルとヴォルタは死んだ。五花海とイグアスもいなくなった。正式なレッドガンズは貴様だけだ。その貴様がいなくてどうする、なあレッド」
「しかし……しかし……っ!」
これからアーキバスと戦うわけだが、出てくるのはウォルターの猟犬だろうとミシガンは踏んでいた。遠足では済まない。死ぬ気で相手をする必要があった。
空中分解したレッドガンズはどうなるか。穴の中で生きているであろう五花海は一人でもどうにかするかもしれないが、レッドはまだ未熟。こんなことで死なせるわけにはいかない。
果たして若人は首を縦に振った。ウォルターなんぞに比べれば、やはり健全に育っていやがる。
あいつは昔から全く変わらない。研究者だった知り合いが木星に送りつけてきた、寡黙で気丈な少年。
やがて青年となり、肩を並べて戦ったときも。袂を分かち、ハンドラーとなってからも。ウォルターの時は止まったままだ。
ずっとあいつは、己を鎖で縛りつけてきた。その鎖は誰にも解くことができず、彼は今、倒すべき敵としてミシガンの前に立ちふさがっている。
これまでも、ウォルターとミシガンは度々
あれならば……ウォルターの鎖すらも──。
一瞬脳裏に浮かんだ考えを、ミシガンは自らの頬を殴りつけることでかき消した。
こちらの心配することではない。思い上がるな。
待っていろ、G13……待っていろ、ハンドラー・ウォルター。
去っていくレッドを、降下していくMT輸送機の編隊を見送り、ミシガンは改めて覚悟を決める。
雪は弱まる気配がなかった。
621はアーキバス傘下、シュナイダーの依頼により、ウォッチポイント・アルファの深度1へ向かっていた。
内容は単純だ。降下してきたベイラムのMT部隊と、それを率いるAC「ライガーテイル」を撃破し、ベイラムにとどめを刺す。
受けなければV.Ⅳ ラスティが出向くという話だったが、他に依頼もなかった621が予定通り迎撃に出ることとなった。
『……やり遂げて戻れ』
深度1区画に入ろうとする621に、ウォルターが声をかける。冷たい口調だった。
『それ以上に俺から言うべきことはない』
「了解。これより深度1に突入する」
『メインシステム、戦闘モード起動』
621は隔壁を開け、深度1を構成する縦穴の底に出た。
『……ミッション開始』
《敵です──降下部隊、来ます!》
『
ちょうど敵が降下を終えたところだった。
『アーキバスのやつピエロを自殺任務に持ってきやがった。お可愛い、実にお可愛い』
『ピエロなのは
「敵機視認、エンゲージ」
621は正面の2機を一瞬でスクラップに変え、放置されたネペンテスの上に降り立った機体をプラズマミサイルで蒸し焼きにする。
瞬く間にMTを一掃した621は、残ったドローンをはたいていた。
『第1陣がもう全滅か……「ライガーテイル」が展開するまで、勝ちの目は
《第2波、来ます!》
上空からコーション。MTを投下される前に落としたかったが、相手の腕が上だった。あっという間に降下が完了する。
『なあ。G5のイグアスもこの傭兵にやられたとさ』
『イグアス……? そうかあの、ションベン漏らして逃げ出した奴な』
新手を処理していると、少し遅れて、目の前にMTを満載したヘリが降りてきた。621はすかさずこれを撃墜する。
『オールバニー! まだ貴様がいるのを忘れていたぞ! イグアスは貴様らの100倍は強い! ということはな、オールバニー、こいつはその20倍も強かったというだけだ!』
上空から火力支援を行う大型ドローンも撃ち落とし、621は第2波を全て鉄屑に変えた。
『無駄口を叩いている暇があったら……いったい貴様らの何倍になるか計算してみたらどうだ⁉』
『答えは2000オールバニーです、サー!』
傍受された敵の通信が、作戦開始からずっとにぎやかだった。
『その臭い口を閉じて、射撃を始めろ!』
『あぅ……サー、イエッサー!』
《第3波です、レイヴン!》
『
コーションが出現。地下空間には、降下する戦士たちの叫び声が響き渡った。
『ライガーテイルはもうじき出られる! それまで保たせておけ!』
二脚MTに混ざって、四脚MTがいた。まずはそれを621は狙った。
『おやおや、サー。美味しいところだけ持っていくおつもりで?』
『メダルは十分もらったことでしょう、サー。手柄は我々に譲ってもらいたいもんですね!』
『よかろう。G13を落とせばベイラム碧色勲章ものだぞ! ……あれはいいものだ──投げると遠くまで飛ぶ』
だが、彼らがメダルを投げることは永遠にない。四脚MTを排除した621は残った二脚MTとドローンを蹴散らし、1発の被弾もなく第3波までを全て撃破した。
『「ライガーテイル」全チェック完了です、サー!』
『老兵ですから無理させんでくださいよ?』
『遅い! このまま終わるかと思ったぞ、ポトマック!』
上がにわかに騒がしくなった。
『よく聞け、ウジ虫ども! 愉快な遠足は終わり。これは猛獣狩りだ! 帰宅してよし──直近に自殺の予定がある者だけ付いてこい!』
遠足はこれからが本番──どころか終わりを告げた。これから始まるのはデスマーチだ。
『死に方よし、サー!』
HMDにコーション。第4波が降下を開始。
《AC「ライガーテイル」、G1 ミシガン。来ます!》
エアが緊迫した声を上げた。
『ゴーゴーゴー! ミシガン総長に続け!』
『ライガーテイルを援護しろ!』
『終わらせるぞ、621。押し切られるな。圧力はかわしていけ』
「コピー」
正面左上から飛んできた分裂ミサイルを避ける。今度は警告音。連装グレネードが飛んできた。
付近のMTを蹴散らし、底まで降りてきたライガーテイルと対面する。
『戦線離脱した者は、その甘ったれたケツを低くしていろ!』
ライガーテイルはだしぬけに背部カバーを開き、パルスプロテクションを設置した。
なんのつもりだ? 621は一瞬警戒したが、すぐにその意図を読み取った。
『貴様らは教訓を得る必要がある。日記を付けておけ!』
脱出した隊員に流れ弾がいかないようにしたのだろう。
しかし621はお構いなしにパルスプロテクションの内部へ入り、ライガーテイルに直撃する位置でアサルトアーマーを発動した。
『サー……! 不甲斐ないであります、サー!』
敵機がスタッガー。621はブレードで切りかかるが、同時に炸裂弾のカウンターを受ける。
たまらず一太刀浴びせたところで退避。この隙にミシガンはリペアキットを使用した。
『その声は、数学が得意なオオサワか!』
ACSから衝撃が抜けない。距離をとったはずの621に再び炸裂弾が襲い掛かる。スタッガー。
『貴様は近接射撃訓練を2割増やせ。半年後にはかけ算以外もできるようになる!』
追撃はガトリング。接近してきたMTも撃ってくる。幸いにも重たい攻撃は来なかった。
『リペアキット、残数2』
621は再びプッシュ。バーストライフルを集中させ、蹴りを入れる。
スタッガーの追撃に打ち込んだブレードは、今度こそどちらも直撃した。敵機が2個目のリペアキットを使う。
『ひとり雇うだけでこの戦力だと⁉』
『うちの幹部にも算数の授業が必要だったようだな、オオサワ!』
『なれば足し算で勝てばいい!』
621は次第にライガーテイルを壁際まで追い詰めていく。MT1機が巻き込まれるのを尻目に3度目のスタッガーをとり、アサルトアーマーを発動。敵機はまだ倒れない。
《第5波! 畳みかけてきます!》
硬直が解けた敵機を急加速して追い抜き、振り向きざまにパルスブレードを一閃する。ライガーテイルの左肩が、付け根から溶けた。
『ウジ虫ども! 聞こえるか?』
衝撃で吹き飛び、横倒しになった敵が声を上げる。
『伝記にはこう書いておけ、ミシガンは転んで死んだ!』
そう言い残して、ライガーテイルは爆散した。
ほぼ同時に、第5波の降下が完了する。
《AC「ライガーテイル」を撃破。G1 ミシガン、ダウンしました。あとはMT部隊を!》
「殲滅する」
621は2個目のリペアキットを使用。AP残量100%まで回復する。
『馬鹿な……ミシガン総長が!』
『敵も消耗しているはずだ。俺たちは勝つぞ!』
残弾は十分にあった。ライフルは半分以上弾が残っており、プラズマミサイルも10回以上は発射できる。
621はまず、外周でグレネードを撃ってくる機体を撃破していった。
《ベイラム部隊、50機撃破。……彼らに打つ手は残っていないでしょう》
続いて中央へ。狭いネペンテスの残骸に降りてしまった四脚MTを解体し、残すは二脚MT5機。
『右肩武器、残弾10%』
プラズマミサイルも結局は残りそうだ。621は手際よく、残った機体を全て撃破した。
《ベイラムMT部隊を殲滅しました。ミッション完了です》
『……やったか』
ぽつんと、ウォルターが言った。次の瞬間には声の調子を戻している。
『よく耐えた、621。仕事は終わりだ』
「……了解。帰投する」
鉄屑で埋め尽くされた縦穴の底を後にし、621は深度2の潜伏場所へと引き揚げていった。
621、ガレージに帰投。
新着メッセージが1件あった。開ける。
『レッドガンズを壊滅させるほどになるとはな……』
送り主はウォルター。どこか感慨深そうな、そして寂しそうな口調だった。
『……お前は仕事をした、621。ミシガンもそれは分かっている』
後腐れなどない、ドライな界隈である。ウォルターも割り切っているはずだと、621は信じた。
『ベイラムはルビコンから撤退。あとを戦うのは政治家たちだ……』
そしてウォルターは言った。きっぱりと。
『コーラルが絡むと、死人が増える』
重々しく。
『過去から未来まで変わらない事実だ、621』
メッセージの再生が終了する。
それと同時に、エアの吐息が聞こえてきた。
《レイヴン。私たちは……争いの火種でしかありえないのでしょうか?》
621は何も言えなかった。資源なのだから、火種になるのは当たり前だろう。
そう言うには、621はあまりにもコーラルを知りすぎていた。
その日、621は戦闘日誌の最後にこう記した。
『G1、転倒事故により死亡』
コーラルのために流れる血は、まだ止まりそうにない。それだけは確かだった。
収入:688,200
基本報酬:400,000
報酬加算:288,200
詳細
「G1 ミシガン」の撃破:200,000
汎用兵器の撃破:16,200
軽MTの撃破:48,000
重MTの撃破:24,000
支出:54,912
修理費:17,612
弾薬費:37,300
報酬減算:0
収支:633,288