ベイラムのルビコン撤退を見届けると、アーキバスはすぐに動き出した。
ウォッチポイント・アルファ、深度3の更に奥──未踏領域の調査を、独占的に始めようというのだ。
抜け駆けを図るものなどいないはずの状況で、先ほど独立傭兵が突入した。これに追いつき、排除せよ──。
「ブリーフィングは以上です。質問は?」
「ありません」
ブリーフィングをじっくりと行った上官の姿を、V.Ⅳ ラスティは内心冷ややかに見つめる。
正直肩が凝るのだ。無駄な情報が多いというわけではないのだが、第2隊長の尊大な態度は時としてヴェスパーズの面々をも辟易させた。
耐えられるのは自由人の第1隊長殿ぐらいであろう。
「よろしい。退室して構いません──ああ、ひとつだけ」
「なんでしょう?」
「この作戦、確実に遂行しなさい、第4隊長」
「承知いたしました。──ではこれにて。準備がありますので」
ブリーフィングルームからハンガーへと向かうラスティは、ブリーフィング中に映し出された画像を思い返していた。
深度3区画にあるカメラによって撮影されたものだ。画質は粗いが、ACが映っている。中量二脚のようだった。
あの奥行きのあるシルエット、突き出たコアと脚部の膝関節。あれは……RaDの探査ACではないか?
『621、仕事を再開しよう』
621のもとに、アーキバスから依頼が来ていた。
『レーザー障壁を排除したことで、さらなる深度の探査が可能となった。アーキバスからは先行調査を継続しろとの依頼が来ている』
まだあるぞ、とウォルター。音声が切り替わる。
『先行調査隊、レイヴンに通達します』
V.Ⅱ スネイルが、直々にブリーフィングを入れてきたようだ。
『あなたの進行してきたルートを追跡している機があると情報を得ました』
あまり言葉を短縮しない印象のあるスネイルの言葉遣いが、わずかに乱れていた。
『
画像が表示される。粗くてよくわからないが、深度2の奈落をまたぐ橋の上に、ACが映っていた。
スネイルの送ってきたメッセージが止まると、ウォルターが言った。
『……「コーラルが絡むと、死人が増える」。こういうことだ、621』
ブリーフィングを終え、武装を検討する621にエアが話しかける。
《あなたを追跡しているのは何者でしょうか? 解放戦線? 別の独立傭兵かしら?》
「不明。だが、あの機影は……」
あの特徴的な脚部のライン。人でいう大腿から背中側に突き出たウイングへ向かうそれは、シュナイダー製軽量二脚機「ナハトライアー」のものだったはずだ。
『メインシステム、戦闘モード起動』
『ミッション開始だ。封鎖されていた深度に降下していけ』
621はウォッチポイント・アルファの深度3、吹き飛んだ原子炉を支える梁の上にいた。
武装はバーストライフルのままか、ショットガンかを検討し、結局変えなかった。交戦距離の柔軟性を優先したのである。
スキャンデータではすり鉢状になっていた穴の底へ、621は飛び降りる。高度がマイナス15000を下回った辺りで、突然レーダーがおかしくなった。
《ジャミングのようですね。活性コーラルによる影響でしょう……あなたの目と耳が頼りです》
穴の底には一部が結晶化した、黒いタール状の何かと、地下水が溜まっていた。薄く、紅い。コーラル混じりだが、これは活性コーラルではない。それがあるのはこの奥だろう。
結晶の粉末が空気中を漂っているのか、瑠璃紺色に煌めいていた。
『その結晶は不活性化したコーラルだ。害はない。死んだ人間と同じだ』
穴の底に横穴があり、少し進むとまた縦穴になっていた。
降りていく。穴の中は靄がかかっており、視界が悪かった。
その靄の中に、ミントグリーンの光が見えた。
『それは……ミールワームか⁉ 異常成長している……』
それは虫だった。人ひとり丸ごとかじれるようなサイズの、巨大な芋虫。
突然それらが、地中から
《クリーチャー内部からコーラル反応! 危険です!》
芋虫が弾ける。紅い体液がバケツをひっくり返したように飛び散った。
『……こいつらもコーラルの味を覚えたようだな』
残ったミールワームは、うねうねと這いずりながら621の方へ向かってくる。防衛本能がはたらいているのかもしれなかった。
「突破する」
這いよる虫の上を621は飛んでいく。入り組んだ洞窟内には無数のミールワームがいた。地中から、壁から、天井から。
それをFCSがいちいち捕捉していく。マニュアルエイムを入れるべきだったかと、621は少し後悔した。
縦穴と横穴が複雑に組み合わさった洞窟が、進んだ先で一度途切れていた。
奈落の先に人工物があった。ラックの中に、白い円筒形のポッドが連なって配置されている。
『ミールワームの養育ポッドだ。以前は稼働していたのだろうが……』
所々ポッドが散らばり、コンテナやケーブルが飛び出していた。照明も何個か切れている。
621は奈落を超えた先、落下して潰れたラックの上まで飛んでいった。
《レイヴン──後方に反応あり、接近しつつあります》
エアの言葉で621は反射的にレーダーを確認。
「レーダーが復旧した……コンタクト」
真後ろだ。621は後方確認用のカメラを視界全体に映し出す。
飛んできたのは紺と黒で塗装されたシュナイダーの軽量二脚ACだった。BAWS中心の武装を積み、空力性能を追求した威嚇的な機体が、621の背後に着地する。
『独断で突入した傭兵を始末しろ、という話だったが……』
左肩には、口輪を嵌めた狼のエンブレム。AC「スティールヘイズ」。コールサイン、V.Ⅳ ラスティ。
『なるほど。私たち突出した個人はもはや不要ということか。そして上の連中は一石二鳥のチャンスを逃さなかった』
621はカメラを元に戻し、振り向いた。スティールヘイズと対峙する。
『言いたくはないが……』
意志を貫く男の声がした。
『このラスティには、ルビコンで為すべきことがある』
ライトグリーンのカメラアイが、輝きを増したような気もした。
『なあ、
錆びた口輪付きが問うた。猟犬に。
『君はどうだ?』
あるいは鴉に。
《AC「スティールヘイズ」、来ます!》
『踊らされるつもりもないが、今回はな。いずれ避けては通れない道だ。行くぞ、
「……ここで来たか、V.Ⅳ。──交戦する」
621、スティールヘイズ共にアサルトブーストで突撃。
敵機はバーストライフルとバーストハンドガンを、621はプラズマミサイルを添える。そのまま621は蹴りを入れた。
『……互いが抹殺対象とはな。621、まずは生き残れ。それが今すべきお前の仕事だ』
「了解」
621はスティールヘイズのACSに衝撃を蓄積させていく。相手の動きに合わせて小刻みに機体を揺らし、一方的に撃ち込むのだ。
そのままスタッガーを取ったが、敵機の硬直復帰が早い。ライフルを撃つのが精一杯だった。リペアキットで完全回復される。
『変わらないな、君は。死ぬことも……殺すことも恐れていない』
「死んだら仕事にならない。回避はしている」
621はスティールヘイズを障害物に嵌める。再び蹴りつけ、ライフルで敵機をスタッガーに追い込んだ。
ブレードの連撃を当ててたところで、敵機の硬直が解ける。またリペアキットを使用された。
なればと621は、ACSを回復される前にアサルトアーマーを発動。直撃させた。再び敵機のAPを削りとったものの、一連の流れでは仕留められなかった。
『……敵に回すと実感するよ。君は強く──そして危うい……!』
敵機が最後のリペアキットを使用。
「次はない」
『鋭利だな……だが問題はそこじゃない。幾度か機体を並べたが、私にはいまだ見えずにいる』
621は蹴りを起点に三度目のスタッガーをスティールヘイズにもたらす。ブレードを二度当て、更にもう一度蹴り飛ばす。
『教えてくれ、
直後、621は不意打ち気味に突き出されたレーザースライサーをくらった。ACS負荷限界。
「何だ、だって?」
追撃はプラズマミサイルだった。着弾前に硬直が解け、621はこれをかわす。
「敵がいれば撃つだろう。墜ちろ」
すかさずスティールヘイズが着地する瞬間を狙ってブーストキック。その右腕を吹き飛ばした。
『毎度凄まじいな……だが、終わるわけにはいかない』
スティールヘイズが膝を突く。コアには大穴が開いていた。
『……
しかし敵機はまだ動いていた。背部カバーが開き、パルスエネルギーが増幅、暴走していく。
『理由なき強さほど危ういものはないぞ!』
スティールヘイズ、アサルトアーマー発動。621は距離を取って事なきを得る。
光が収まると、そこには何もなかった。えぐれた地面が残るだけだ。
《スティールヘイズ、機体反応完全消失……離脱しました》
621はむずがゆさ……不快感があった。
きっとそれは、自身を
『……よくやった、621。彼を追う必要はない……今は先に進んでいけ』
「任務に変更なし、了解……先に進む」
『リペアキット、残数2』
不快感を抱えたまま、621はリペアキットでAPを完全回復。崩落したのであろう瓦礫を越えた先にあった、縦穴を降下する。
《大規模なコーラル反応……この縦穴の底から来ています。このまま行きましょう、レイヴン》
やや機体の奥行き方向に広い縦穴だ。そして長かった。高度計の数値がどんどん増えていく。マイナス16500、17500……。
高度マイナス18000を下回ったところで、高度計が振り切れた。プログラムされていないのだ。これより深いところは、高度計を使う想定のない空間だった。
《反応は近い……》
縦穴の底まで辿り着く。体感だが高度マイナス20000mほどになるか。
しかしまだ横穴があった。緩やかに下りつつ、右にカーブしていく。
突然、明るく開けた空間に出た。目の前にあるのは、傾斜した巨大な
エアが驚いたような声を漏らした。
《この都市……アイビスの火以前の……!》
621が出たのは、岩壁に突き出た高台。都市を一望できた。
ジオフロント。しかし平坦ではない。地殻変動で隆起した断層が、建造物を丸ごと持ち上げたような印象だった。
『技研都市……』
ウォルターも呟いた。
『……やはりか。探しても見つからないわけだ』
そして621に向け、ウォルターは言った。
『企業が動き出す前に手を打つ必要がある。……戻って休め』
収入:260,000
基本報酬:260,000
報酬加算:0
支出:17,792
修理費:8,792
弾薬費:9,000
報酬減算:0
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