メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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集積コーラル到達

 子供のころ、惑星(ほし)が燃えた日を、覚えている。

 

 ことが起きる数日前から、研究者たちは慌ただしくなり。コーラルではなく、消耗によって気がふれたような者も増えてきたころ。俺は「先生」に呼ばれた。

 木星への旅行をプレゼントするという。それを真に受けず「先生」を見つめ続けていると、やがて観念したように、言った。

 

『いいかい、ウォルターくん。ルビコンは──焼き尽くされる運命にある。逃げなさい』

 

『先生は?』

 

『私かい? 私には仕事が残っているんだ。絶対にやり遂げねばならない仕事がね。ルビコンから出るのはそのあとだ』

 

 それが嘘だというのは、当時の俺でも分かった。

 

『ウォルターくん、君は強い子だ。自分だけの道をきっと歩める。幸運を祈っているよ』

 

 結局それが、最後のやりとりだった。

「先生」のくたびれた白衣を、俺は今も昨日のことのように思い出せる。

 

 コーラルが絡むと、死人が増える。

 その舞台のひとつ──我が家でもあった技研都市。俺たちはようやく戻ってきた。

 

 あれから大勢死んだ。だがそれも、もうじき終わる。

 

 

 

 

 

 

 621はガレージに帰投し、一度深度3まで戻った。アーキバスとの契約があったからだ。

 ACを降りることなく休息をとる621に、エアが声をかける。

 

《レイヴン。私にはよく見えています。コーラルの……同胞たちの声が》

 

 少し声が上ずって、どこか興奮しているようにも感じられた。

 

《アイビスの火に飲み込まれ消えた、兄弟姉妹たち。そのわずかな生き残りが、長い時を経て、再び群れを形成した……》

 

 しばらくして、エアは声のトーンを戻した。

 

《ウォルターから連絡です。聞いてみましょう、レイヴン》

 

『通信が入っています』

 

 621は回線を開いた。

 

『仕事の前にひとつ昔話をしよう』

 

 ウォルターが唐突に切り出した。飼い主はあまり余計なことを言わないタイプだったから、621は珍しさを覚えた。

 

『ある科学者がいた。家族を捨てコーラルの研究に没頭した男だ。狂った成果が山ほど生み出された。強化人間もそのひとつだ』

 

 Cパルスによる人体知覚の増幅。第1助手の発明品。

 

『善良な科学者もいた。彼は男の罪を肩代わりして全てに火を点け……満足して死んだ。……この話には教訓がある』

 

 621は黙って聞いていた。

 

『一度生まれたものは、そう簡単には死なない』

 

 621、とウォルターが呼びかけた。

 

『昔話は終わりだ。仕事を始めるぞ。飛行中にブリーフィングを確認しておけ』

 

 了解、と621は返す。

 

 エンジン始動。ガレージが離陸。向かう先は技研都市だ。

 621は言われた通り、ブリーフィングを確認する。

 

『お前も見ただろう、あの廃墟を』

 

 表示されたのは、激しい地殻変動に見舞われたとおぼしき、荒廃した古いビル群。

 

『技研都市……アイビスの火を引き起こした罪人たちの墓標だ』

 

 映像が切り替わる。

 

『コーラルはその中心に、ある……』

 

 測定データを基に作られたコーラルの分布モデルだ。空気中にも大量のコーラルが漂っているのが分かった。

 

『アーキバスが先行調査打ち切りと麾下AC部隊への引継ぎを命じてきた』

 

 そしてウォルターは言う。

 

『621。企業に使われるのは終わりだ。アーキバスAC部隊を一掃し、コーラルに最先着しろ』

 

 ACは2機。インフェクションと鯉龍。コールサインはV.Ⅵ メーテルリンク、そしてG3 五花海。

 

 ここまで言うと、ウォルターの声音が変わった。

 

『この仕事が終わったら……ある友人からの最後の依頼について話そう』

 

 重い、冷淡さすら感じる声。ブリーフィングはこれで終わりだった。

 

「こちら621、ブリーフィングを確認した」

 

『よし。……621、ここからは俺に……。──いや。お前自身の感覚に従え』

 

 技研都市の築かれた地下空間に、ヘリコプターが到達する。

 

「……了解。自分の感覚に従う」

 

 ウォルターがなぜ、彼自身に従うよう言わなかったのか、621には理解できなかった。

 

 電源プラグが引き抜かれる。ブリッジ、オペレーティングアームがリリース。

 機内移動ロック解除。クランプされた灰色の探査ACが持ちあげられる。90度回転し、カーゴランプに背を向けた状態となった。

 続いて武装が自動セット。左右の腕にバーストライフル、右肩に3連装プラズマミサイル。そして左肩にパルスブレード。いつも通りの武装構成。

 その最中、エアが言葉を漏らした。

 

《声がどんどん近づいてくる……》

 

 プシューという音と共に、腕部クランプが解除。同時にカーゴランプが開いて、荒廃した廃墟が現れる。

 

《ここが……ここが私の故郷……》

 

 機体が外へスライドしていき、肩クランプのみで保持される。

 ポジショングリーン。クランプロック解除。

 

 投下。

 

 半世紀前の廃墟に猟犬が放たれ、仕事を始めた。

 

 

 

 

 

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

『ミッション開始だ』

 

《行きましょう、レイヴン》

 

 621は道路の上に降り立った。埃が舞う。道路はあちこちがひび割れ、陥没していた。

 

 1000mほど離れたビルの谷間で、爆炎が上がった。続いてプラズマが炸裂し、レーザービームが奔った。それと曳光弾。戦闘が起きている。

 男女の声が聞こえてきた。女の声は落ち着いた声で、男の方は少し高く、胡散臭い声だった。

 

『V.Ⅱ スネイル隊長閣下、応答願います。増援を要請。任務安定遂行には兵力が足りません』

 

『遺物のくせに鬱陶しいですよ!』

 

《アーキバスAC部隊です。……片方はレッドガンズですね?》

 

『無人兵器にかまけているようだな』

 

 平べったい胴体の封鎖兵器とアーキバスのAC部隊、そして彼らが鹵獲した封鎖機構MTの戦い。

 あの封鎖兵器も技研が作ったのだろうか。621は疑問に思ったが、どのみち壊してしまえば変わらないと思い直す。

 

 621はビルの上から戦闘の様子を見守り、目標のACSが負荷限界となった瞬間、突入した。

 

「交戦する」

 

 目標は四脚の方、鯉龍だった。G3 五花海。

 もう1機が乱入者に気付く。

 

『独立傭兵! V.Ⅱ スネイル隊長閣下、応答願います。例のカラスが現れました。増援をお願いします』

 

 バーストライフルである程度削る。硬直の解けた敵機は余裕そうにのたまった。

 

『ガラクタ掃除にも飽きたところです。私は五花海……お覚悟を──っ⁉』

 

 正面からバーストライフルを浴び、そして背後から封鎖兵器のリニアガンに貫かれ、鯉龍はスタッガー。

 そこにプラズマミサイルと、ブレードを構えた621が襲い掛かった。

 

『吉穴が……見えぬ?』

 

 敵機のコアが脚部に別れを告げ、爆ぜる。

 

 621はまさか一撃で墜ちるとは思わず、アサルトアーマーを発動していた。本命はいなかったが、周囲のMTがまとめて消滅した。

 

《ベイラムを見限って鞍替えしたのでしょう、結果は同じでしたが》

 

『V.Ⅱ スネイル閣下、応答願います。僚機が落とされました。増援を要請します!』

 

 続けてインフェクションにターゲットを絞る。アリーナでは苦戦した、身軽な中量二脚AC。

 相変わらずパルスガンの圧は強かったが、猟犬はより強くなっていた。

 

 スタッガーに持ち込み、ブレードで切りつける。反撃にプラズマキャノンの直撃をもらったが、621は被害を気にせず圧をかけていく。

 

『こんなの……おかしい!』

 

 怖気づいた敵機を追い詰める。相手は残りわずかなAPを、シールドを使って必死に守ろうとした。しかしそれは叶わない。

 

『隊長! V.Ⅱ スネイル! お願いです、応答を! こちらメーテルリンク──』

 

 ふわふわと逃げ惑う敵機のコアを、シールドごとライフル弾が撃ち抜いた。何かを吐き出すような音。

 

『なぜです……スネイル……応答を……』

 

 空中でもんどり打った敵機が頭から落下。還流ジェネレータの青白い炎を上げて爆散した。

 

「スプラッシュワン」

 

『不憫なことだ……お前を相手にして助けも貰えないとは』

 

《……アーキバスAC部隊を排除しました》

 

『安全を確保しろ、621』

 

「ウィルコ」

 

 途中で崩落している高架鉄道の上に、封鎖兵器が1機だけ残っていた。上空からバーストライフルで蜂の巣にする。

 

『片付いたようだな。……先を急ぐぞ』

 

 マーカーが更新。621はズタズタに裂かれ、波打った広い道路を進んでいく。

 近づいていくと、道路が途切れていた。その先は水辺で、石づくりの古めかしい吊り橋がかけられていた。

 

 やや右手、ボロボロの市街の向こうに、巨大な建造物がそびえている。円筒形で、上にいくほど太くなっていた。ところどころ、パネルが剥がれ落ちている。

 見えるなかで一番上の部分は傘のように広がっており、端からは支柱が地面に向かって伸びていた。

 

『……バスキュラープラント──まだ残っていたのか……』

 

「ハンドラー、あれを見たことが?」

 

『まあな……昔の話だ。621、先に進んでくれ』

 

「了解」

 

 はぐらかされたが、621は気にしなかった。いつか分かるだろう。

 橋の上まで辿り着くと、対岸で爆炎が上がった。

 

 何かが突っ込んでくる。

 

《敵性反応!》

 

 ひと言で表すのなら、円形鋸刃。刃だけの。タイヤのように縦回転しながら移動している。

 その車輪刃が、これも途中で崩落している橋に飛び移り、621の方へ猛スピードで襲い掛かってきた。

 

《自律型の破砕ホイール……?》

 

 621は上昇して回避。通り過ぎた破砕ホイールはドリフトしながら方向転換、着地する瞬間を狙ってきた。

 浮き続けて難を逃れようとすると、今度はミサイルが飛んできた。機体の左右からは炎が噴き出る。火炎放射器だった。

 

「こんな破砕機があるのか」

 

 一瞬その凶悪な刃が機体を掠めたが、621は衝撃を加えて破砕ホイールを横倒しにすると、ブレードで切断して始末した。

 

《半世紀もの間安定稼働するエネルギー……人がコーラルを求めるのも……あるいは仕方のないことなのかもしれません》

 

 621は橋の上に敷かれた線路を進み、途切れるところまで来た。眼下には破砕ホイールが4機。密集していた。

 

 ちょっかいを出すのは621にも気が引けた。正面をバーストライフルで抜けなかったのだ。相性の悪い相手だった。無視して対岸へ渡る。

 

『反応値上昇。近いぞ』

 

《兄弟姉妹たちの声が一段と強くなっています。私たちを呼んでいるかのような……》

 

 不活性コーラルの黒曜石にも見える結晶が、高架を支えるアーチ状の橋桁にこびりついていた。

 その周囲にいた封鎖兵器を破壊し、621は壊れた道路を進む。

 

『反応がより強まっていく。あと一息だ、621』

 

「ハンドラー、補給シェルパを要請」

 

『了解した。送る』

 

 見捨てられた五花海やメーテルリンクとは異なり、621のバックアップは完璧だった。

 機体を完全に回復した621は更に先へ進み、断崖絶壁に辿り着いた。道路もここで寸断されている。

 

 湖があった。正面に見えるバスキュラープラントの根本や崖の水面近くは、血管のように張り付いた紅いもので覆われていた。

 もちろん水面も。うっすらと紅く滲んでいる。エアが圧倒されたかのように呟いた。

 

《ああ……この湖が……全部……》

 

『……辿り着いたぞ、621』

 

 この湖こそが、集積コーラルだった。ウォルターが求め、エアが目指した場所。

 

『すぐにアーキバスが来る。……その前に調べるぞ』

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