メインシステム、戦闘モード起動   作:留式

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妖精の舞う湖

 ウォルターが示したのは、現在地から5100mと少し先、湖の真っただ中。そこへ621はアサルトブーストで飛んだ。道中には半ば水没したビル群が見えた。

 

『コーラルが上昇している……自己増殖が思った以上に速い』

 

 ウォルターの言葉で、621は以前拾ったログを思い出す。

 

『まずい──コーラル潮位が異常な速度で上昇している!』『アイビスを出せ!』

 

 湖の上に小さな白い何かが漂っていて、コーラルの声が視えた。まるでアーク放電のように紅い光が弾ける。

 列を成して漂うそれを、621は目で追った。

 

《レイヴン、やはりウォルターは──》

 

『待て! 何か来るぞ!』

 

 浮遊する物体にたどり着いた。オービット、あるいはタレットだろうと、621は直感的に識別している。

 それが翼を広げ、上空へ飛んでいった。

 

《不明機体、上です!》

 

 紅い軌跡を621は追う。エアの言う通り、上空を飛行する機影が見えた。人型で、背中に翼が生えている。

 そう、例えるなら──妖精。

 

 飛行物体はその妖精の翼の中に収納されたようだった。あれが母機で間違いない。

 

《反応あり……これはC兵器!》

 

 地下空間の空を、妖精が翔ぶ。銀色の身体、鋼鉄の翼で空気を切り裂き、翼端から紅いヴェイパートレイルを引いて。ブースタからも紅い粉をまき散らして翔ぶ。

 急上昇、バレルロール。紅いヴェイパーが螺旋を描く。続いてループ。反転して急降下。本物の──水蒸気による白いヴェイパーを引いて、妖精は621に向かってきた。

 

 墜落寸前、器用に態勢を変え、機体は脚から着水。水飛沫が上がる。感性を取り戻しつつある621から見ても、その姿は美しかった。

 腕と腰はすらりとしていて、脚は空力を考えた程よい太さ。肩から生えた4枚の翼は肉厚で、それが空を飛ぶに相応しい構造であることを示していた。

 

『「アイビスシリーズ」……やはり稼働していたか』

 

 その鋼鉄の翼からタレットが飛び出す。左右6機、全部で12本の紅い軌跡を引き連れて、妖精が翼を広げ、飛び立った。威嚇するように。

 

『やるぞ、621。もう一仕事だ!』

 

「ウィルコ。621、交戦」

 

 

 

 

 

 

 再び上がった水飛沫が、水面に落ちたその瞬間、戦いが始まった。

 

《これまで遭遇したC兵器とは違います。動力がコーラルというだけではない……おそらく制御導体もです!》

 

 タレットによるコーラルの一斉射撃。621はプラズマミサイルを放ってから回避。ミサイルを当てる。しかし敵機は紅い光波を放ってきた。621はこれも避け、今度はバーストライフルを撃つ。

 対して敵機は3機ずつタレットを繰り出しながら軽やかに舞い、621を翻弄しようとした。

 

 これは621には効かなかった。機体側のロックと自身の操作を同調させ、確実に敵機の未来位置を読んだ。

 攻撃を続け、スタッガーした敵機にブレードを叩き込み、蹴り飛ばす。これで半分ほど仮想APを削った。

 

《効いています、レイヴン!》

 

『……よく聞け、621』

 

 ウォルターから無線。

 

『アイビスシリーズは通常の防衛兵器ではない。コーラルに関わる危機を未然に防ぐための……ルビコンの安全装置とも言える機体だ』

 

 タレットの砲撃、飛んでくる光波をジャンプで避けながら、621はウォルターの言葉を聞く。

 

『そしてその制御を握る主はとうの昔に逝った。やらなければお前がやられるぞ!』

 

《直撃を狙えるチャンスは多くはありません。ですがあなたならやれる!》

 

 ウォルターが気合いを入れ、エアが励ます。

 しかし一方で、タレットによって少しずつACSに負荷が溜まり、やがて限界を迎えた。スタッガー。

 

 硬直はすぐに解けたが、光波が飛んでくる。2発。

 621はクイックブーストで避けようとしたが、1発目を被弾した。2発目はかわし、修正して放たれた3発目もフェイントでやり過ごす。

 

『リペアキット、残数2』

 

 猟犬の反撃は苛烈なものになった。再び展開されたタレットによる、左右からの一斉射撃。621は短くアサルトブースト、コーラルビームのど真ん中を着弾前に突破することで回避した。

 そのまま光波を放つ動作を始めた敵機に、バーストライフルをぶち込む。敵機がACS負荷限界。

 

『その調子だ、621! そいつはもう終わるぞ!』

 

 ライフルとミサイルが妖精に浴びせかけられた。硬直の解けた敵機が舞い上がろうとした瞬間、その機体にコーラルの小爆発が起きる。

 吹き飛ばされた敵機は湖に落下した。仰向けになって。墜落の衝撃により、水飛沫のかわりにコーラルがパチパチと弾けた。

 

《敵機コーラル反応……停止しました》

 

 どこからか高い音が聞こえた。まるで耳鳴りだ。

 

「この音は? 強くなっていく……」

 

『……待て! まだ終わっていない!』

 

 水面を紅い光が奔り、敵機へ集中していく。高音と共に。

 それが機体に到達すると、妖精は甦った。

 

《再起動しています!》

 

『これがアイビスシリーズの真価ということか⁉』

 

 湖面は今や真紅に輝きを放っていた。コーラルを弾かせ、タレットが水中から出現。敵機に追従する。

 

《周辺コーラルとの共振……環境からエネルギー供給を受けています!》

 

「この湖が……ひとつの外部電源装置なのか」

 

《ジェネレータを完全に破壊しない限り、その機体は止められません!》

 

「心臓を斬るぞ」

 

 コーラルはこの妖精にとって血液だ。心臓を止めれば、死ぬ。やることは今までと同じだ。

 

 確かに敵は凄味を増していた。引き連れるタレットのビームは更に太さと数を増し、色は禍々しいまでに紅くなっていた。

 母機の方も出力が上がったのか、機動の切れ味が増した。621はタレットの攻撃によってスタッガー。直後に光波が飛んでくる。

 

 今までの光波とは違い、編隊を組んだタレットが突入した後、純粋な光波が飛んでくるという連携技だ。

 621は敵の照準をかわせなかった。初撃が命中し、リペアキットを使用する。

 

『リペアキット、残数1』

 

 一方でその攻撃は大味でもあった。無尽蔵のエネルギーを活かしきれていない。攻撃後の隙を621は見逃さず、攻撃の圧を強める。

 敵機が硬直。すぐ復帰されることを考え、621はアサルトアーマーを発動した。

 

《敵機、損傷拡大!》

 

 直撃。HMDに表示された敵機の仮想APが、一気に半分近くまで削られる。

 

《……この場への強い共振反応があります。コーラルを守るという……確かな意志……》

 

 621にも確かな意志があった。敵を墜とす。この惑星(ほし)に降りてからずっとそうしてきた。そしてこれからも。

 タレットのビームにじわじわと焼かれながらもライフルをぶち込み、プラズマミサイルを絡め、脚を振り抜く。

 

 次のスタッガーはすぐに訪れた。621はブレードに持ち替え、その背中にパルスの刃を叩きつける。

 

『あと少しだぞ、621!』

 

 敵機の仮想AP残量が、目測だが25%は下回った。敵機を追い詰める621の姿に、ウォルターが感情を露わにして、叫ぶ。

 

『この仕事をやり遂げられるのはお前だけだ!』

 

 離脱を図る敵機に銃弾を浴びせると、相手は全身を真紅に輝かせ、一つの刃となって突進してきた。

 これを見た621は肩からブレードを取り出し、正面から振り下ろす。手ごたえあり。パルスブレードは正確に、妖精の心臓を切り裂いた。

 

《敵機、ジェネレータ破損!》

 

『吹き飛ぶぞ! そこから離れろ、621!』

 

 コーラルの血飛沫が飛んだ。次いで爆発。黒焦げになった妖精の骸が、紅い湖面に落下する。

 

『……やったな、621?』

 

《コーラルの共振が……弱まっていきます》

 

 紅い湖面が静まるのと共に、621も高音が聞こえなくなったのを感じる。それを見ながら、エアが言葉を紡ぐ。

 

《このマシンが受け継いだ、作った人々の意志……。過去から続く全ての声たちが……消えて──》

 

 その瞬間、621の人工聴覚は、視界外から飛翔する何かの音を捉えた。それが621の左前方に突き刺さる。視覚よりも音が先だった。

 やがて621は目にしたものを理解する。スタンニードルランチャーの弾丸だった。

 

『はんっ⁉』

 

 スタンニードルランチャーの弾は着弾すると安定翼を収納する。続いて帯電した尾部が潰れながら前方へスライド、弾丸全体に通電。その状態で放電索が展開され、半径15mを焼き尽くす……。

 一連の様子を、621は非現実的な感覚と共に眺めていた。

 

『いかん! 621、避けろ!』

 

 必死に叫ぶウォルターの声も、どこか遠くに聞こえていた。

 ただ、明らかに直撃を狙わなかった一撃が、おそらくはマニュアルエイムで発射され。自らはACS負荷限界を迎え、更に強制放電状態に陥ったこと。

 そして何かの拍子に戦闘モードが解除され、現状ただ狙い撃たれるのみであることは悟っていた。

 

 ミッション成功。ただし次はなさそう。

 

 621はラスティに逃げられたときと同様の、不快感を感じた。

 なぜ後方警戒を怠った? ニュービーか、こいつは? 殺った直後が一番危ないのは、殺す側として知っていただろ?

 

《レイヴン⁉ 機体制御を失っています!》

 

『くそ、一手遅かっ──』

 

 猟犬が我に返ったのは、飼い主の通信が途切れた、その瞬間だった。

 

「ハンドラー? アーキバスめ……」

 

 しかし、621はその言葉を最後まで発することはできなかった。

 

『強化人間C4-621、著しい興奮状態を検知。保護モード起動』

 

《っ⁉ 駄目!》

 

『不正アクセスを検出。人格保護を放棄。強制休眠モード起動』

 

 そのため、621は直後に起きた、情報領域での争いにも気付かなかった。

 

《させませんよ……ようやく、形成されてきたのですから。ねえ、レイヴン……》

 

 

 

 

 

 

 静まり返った湖に膝をつき、傷だらけの探査ACがその沈黙に加わる。

 この様子を見つめる別のACがいた。肩に装備したスタンニードルランチャーの砲口からは、煙が上がっていた。

 

「ターゲットを無力化」

 

 排莢。帯電した薬莢が地面に落ち、小規模ながら電気をまき散らす。

 

「はい……ええ。指示通り生かしてありますよ」

 

 パイロットは通信をしていた。いつもの粘着質な声を発して。

 

「……企業(アーキバス)を出し抜こうなど愚の骨頂」

 

 その機体は紫を基調に塗装された、マッシブな重量二脚機だ。いずれも所属先の肝入りで開発されたものであった。

 

「身の程を弁えない駄犬には教育が必要です」

 

 AC「オープンフェイス」。アーキバスグループ強化人間部隊「ヴェスパーズ」所属の第2隊長機。コールサイン、V.Ⅱ スネイル。

 

「ああ、それから勿論……」

 

 戦闘モードを解除した彼は、自身の手を焼きに焼いた駄犬についてひとしきり罵った後、思い出したように言った。

 

「その飼い主にも」

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